🌟自己紹介のつづき④|飛行機✈️で息ができなくなった日😣うつ病と向き合い病院🏥を卒業するまで
こんばんは、みきです❤️
この記事は、自己紹介連載
「自己紹介のつづき|『毎日ワクワク楽しく
生きる!』にたどり着くまで」
全5回のうちの第4回です。
中国🇨🇳へ向かう飛行機✈️の中で
突然、息がうまくできなくなりました😣
手🖐️に汗がびっしょり
動悸がして
呼吸が苦しい
あれが、私の心と身体が出していた
限界のサインでした
1. 飛行機✈️の中で起きた異変
その日はなんとか薬💊を飲んでホテル🏨まで行き
横になりました
でも翌日から、ご飯🍚が食べられない
おかゆをひと口
工場🏭で検品をしているとふらつく
さすがにおかしいと思い
日本に帰国しました
心療内科を受診すると
「軽度のうつ症状」と言われました
薬は強くなりました
でも私は、そのときまだ
本当の意味で止まれていなかったんです
2. 「軽度」と言われたまま😰また走り続けた
暫く休んで良くなると
私は
また海外営業の仕事に就きました
中国・台湾を担当し
日本と現地を行き来する日々✈️
売上は伸び⤴️
給料も人生でいちばん良かった時期です
でも実際には
24時間仕事ができる環境になっていました
深夜までメール📩、電話📱、移動、調整
買い物に行く時間もなく
休みの日はネットショッピングばかりしていました
あの頃の私はまだ
「薬を飲めばなんとかなる」
「頑張れば戻れる」
と思っていたんですよね
3. ベッド🛏️から起き上がれなくなった朝☀️
限界はもう来ていました。
ある朝
頭では「起きなきゃ」と思っているのに
身体がベッドから起き上がれない
休んで少し良くなった気がしても
また起きられない
その繰り返しでした
最終的に、自分で精神科を探して受診し🏥
ようやく うつ病 と診断されました。
その頃には、
「もう死んでもいいかも」
と思うところまで落ちていました
4. 入院して、やっと回復が始まった✨
私を救ってくれたのは、病院に併設された
ストレスケアの専門施設でした🏥
2か月、規則正しく起きて、食べて、休んで、治療を受ける
カウンセリングを受けながら📝
自分の状態を知っていく。
そこで私は初めて
頑張ること以外の回復の仕方
を学びました
あのとき気づきました
限界を超えた心は❤️
自分ひとりや家族だけでは支えきれないことがある
専門家に頼ることは、
弱さじゃなくて知恵なんだって
5. 好きなものは、回復の途中で命綱になる✨
入院中最初は音も匂いも何もかもが
ダメでした。途中からアロマやハーブティー
最後の方では音楽や本を楽しめるように。
退院してから私を支えてくれたのは
マイケル・ジャクソンのMVと山PのライブDVDでした
毎日のように見て歌って🎙️
少し元気になるとライブにも行けるようになり
友達も増えていきました
好きなものって
ただの趣味じゃないんですよね❤️
つらい時期には
命綱になることがあります
そこから薬を減らし病院を卒業するまで
約12年
49歳でようやく
「本当の意味で回復した」
と言えるところまで来ました
6. おわりに
もし今
「まだ大丈夫」と言いながら無理を続けている人がいたら😭
どうか気合いで越えようとしないでください
止まることも、頼ることも、
人生を守るための大事な行動です。
最近、自分のしんどさを
「このくらい平気」
と見ないふりしていませんか?
次回はいよいよ最終話。
不安を埋めるように資格を集めていた私が、
花とAIとタロットを通して“自分の答え”に
戻っていくまでを書きます。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます🌟
もし今日の内容に重なるところがあったら
「ここが印象に残った」
「私もこんな経験がある」
など、ひとことでもコメントいただけたら
嬉しいです
よかったら続きも読みにきて下さい❤️
シリーズ一覧
第1話|「私には何もない」は思い込みだった〜私の原点〜
第2話|「不器用だね」を何十年も信じていた私へ。子どもの頃のラベルは大人になって外せる
第3話|頑張ることが、私の価値だった。海外への憧れから30歳の離婚まで
第4話|飛行機で息ができなくなった日。うつ病と向き合い、49歳で病院を卒業するまで
第5話|45歳から人生は再編集できる。花とAIとタロットが、私の未来を動かした
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