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「永徳の娘と金泥の図」挿絵版創作控え

◆目次



第一章 宿命の香りと金泥の図




第二章 二通の遺言



第三章 柘榴と茉莉花の系譜




第四章 道満丸とルイス・フロイス



第五章 ダンディとバチカンに会う


第六章 道満丸の受洗、帰国と愛香との再会



第七章 永徳の遺言書


第八章 妙徳院からの文


第九章 玉姫の黄金率


第十章 明暦の大火、金泥の図再び


※暫定・太字は原文進行中
(タイトル、各章の内容、最終章は推敲により変わります)


「永徳の娘と金泥の図」の年表(825ー1658)

◯西暦*出来事・時代背景・登場人物の動きと血脈の継承◯
★【胎動:小町一族の血と禁断の香り】★
・825:小野小町の誕生
 
征夷副将軍でもあり文人でもあった小野みねもり(778)を祖父にもち、その子小野たかむら(802)を父とする、小野小町(825)が誕生。仁明・文徳・清和天皇に宮女・歌人として仕える。武術にも秀でており身丈は6尺という大柄の女性だった。生涯独り身という説もあるが、近衛府の佐々木少将と熱愛し娘をもうけていた。時を超え1544年に生まれたお雪は小町の34代目の末裔。800年にわたり柘榴と茉莉花の香り袋を継承していた。
・1544~1563:絶世の美女・お雪の誕生
明智光秀(1528)の義妹であり、小野小町(825)の血を引くお雪(1544)が誕生。永徳(1543)と相思相愛となる。永徳は信長への面従腹背を誓い、愛するお雪の面影を「香る金泥」に封じ込める密かな戦いを始めた。


1563年:永徳とお雪が出会う二人だけで祝言。永徳、お雪が中国古代の西施の生まれ変わりと思い込む。永徳は密かにお雪が題材の「西施沈魚」を描く。信長が永徳の才覚を認めるも、お雪を側室にしようとする。お雪は信長の横恋慕を拒絶し、死を覚悟して小町の歌を詠んで愛を貫く。
同年1563年:ガラシャ誕生
1564年:永徳、信長から臣下の娘を正室に強要させられる。
1565年、義輝からの依頼で洛中洛外図を描きあげる。
・同年、足利義輝殺害される。(永禄の変)
香りの継承と宿命の誕生】★
・1567:永徳とお雪の娘・愛香誕生
。お雪は持っていた柘榴と茉莉花の匂い袋を形見として永徳に遺す永徳は後年それを愛香に引き渡す。最愛のお雪の死で悲しみに明け暮れる永徳は、柘榴と茉莉花を調合し、香りの放つ自然の金泥の色を編み出す同時に補色との均衡でお雪のイメージを作り出す究極のものだった。それは安土城の絵図には使わせず、この技術はその後弟子となる凛(1575誕生)だけに遺言として残す。偽りの二つの屏風はすべて弟子たちに作らせた。真の金泥の下図はその後、道満丸とお雪に引き継がれ、凛は永徳の遺志を継ぎ、奥絵師をしながら生涯永徳の指南書と記憶をもとに、下図を完成させる目標を抱く。
上杉景虎の嫡男・道満丸(1571)が誕生。お雪の死後、その「柘榴と茉莉花の香りは愛香に託され、金泥の図を巡る宿命が動き出す。
・1574年:愛香(7)がガラシャ(11)に匂い袋を渡す。
【激動:黄金の屏風と雪原の決死行】★
・1574年:信長が謙信に洛中洛外図を贈呈する。
・1575年:凛誕生(母は妙御前)
・1576年:密命の金泥図と許嫁の契り。
安土城築城開始(1581年完成予定、永徳は総指揮、宗秀に現場の指揮を任せる)
信長の命で愛香と道満丸が許嫁となる。信長からは祝として安土山之図屏風の下図(目録・完成後は寄贈予定)が贈られる。その後信長の死で下図だけに終わる。献上された安土の屏風の下図とは別に永徳は本物の春日山「金泥の図」を下描きしていたものを持参した。絵具に練り込まれたお雪の香りは、幼き二人の体と記憶に深く刻まれる。永徳が愛香を連れて謙信(1530)と対面、義兄弟の契を結ぶ。春日山「金泥の図」はお雪のイメージで西施の伝説を題材にした、柘榴と茉莉花の絵具で香りのする屏風であった。翌年濃越同盟は事実上破綻。
・1578年:上杉謙信死去。(椿御前も殉死)
1579年:御館の乱・阿賀北への集団逃亡
父である三郎景虎は華御前と共に自害。凛(4歳)は母・妙御前と共に、愛香、道満丸、そして下絵と画道具を担いだ永徳の弟子たちと共に加地城へ。
二十五里の雪路を越え、謙信の妹・鳴海院(1538・夫の加地春綱は他界し子息の秀綱が城主)に救われたこの決死行が、春日山「金泥の図」と次世代の命を守り抜いた。1580年、凛は鳴海院の計らいで永徳に弟子入り(愛香から分けてもらった匂い袋を持参)、亡きお雪の香りと同じ香りに永徳は驚く。凛は別れ際愛香から匂い袋を分けてもらっていた。
【流転:海の彼方の洗礼と奇跡の再会】★
・1582年:本能寺の変
により安土城の偽の屏風は焼失。一方、道満丸はフロイスの後押しで「春日マイケル」の名で渡欧(1582)。一五八五年、ローマ教皇への謁見を果たしバチカンにて受洗もう一つの偽の屏風を渡す(地図の間に飾られるも同年謎の焼失)。異国の空の下、彼は故郷の香りと信仰を胸に刻む。
・1587年、加地城が景勝・兼続軍との最終決戦で落城。愛香は従者と越後山中で潜伏する。妙徳院は鳴海金山の近くの寺に出家。
・同年、ガラシャ、長女のお蝶、次女多羅が受洗
1590年:再会と愛香の受洗
バチカンから帰国(8月)した道満丸は、「母お雪の香り」に導かれ、山中で隠れキリシタン信者たちと潜伏していた愛香と涙の再会を果たす。道満丸(19)の帰還を受け、愛香(23)もまた密かに洗礼を授かる。禁教の嵐が近づくなか、二人は同じ信仰と香りで結ばれた。

同1590年:師・永徳の最期(10月)
凛(15)は師・永徳の臨終に立ち会い、その金泥の図の完成の遺志を受け継ぐ。永徳にすればそれは安寧への祈願と、お雪への永遠の想いそのものだった。

【開花:お玉の誕生と安寧への祈り】★
・1600-1632年:血脈の継承と「お玉」の誕生
ガラシャの死後、その香りと誇りはお蝶(1579)、お松(1600)を経て、お玉(1632)へと受け継がれる。お松は死の間際、一族の誇りである「匂い袋と遺書」を、戦国最後の希望としてお玉に遺した。
・1615年:妙徳院から凛へ最後の文が届く・・・道満丸と愛香は金泥の絵図を守りきり、越後の地で名を変え農民に帰して庄屋になったとのことだった。ふたりとも仲間と共に隠れキリシタンとして生涯を閉じるということであった。凛の真の金泥の図が世に出ることを祈願していたという文だった。
1648年:安寧画塾の邂逅
奥絵師を引退した凛(73歳)の前に、十六歳になったお玉が現れる。お玉の身から溢れる圧倒的な芳香が、自分の持っていた匂い袋と同じだった。お玉のその筆先に宿る才気を見た凛は、お玉が生誕日に受洗させられたことを知りつつ、彼女を養子に迎える。お玉に三十三年前の妙徳院の文をお玉に見せる。お玉にはこのとき凛や愛香との想いがひとつであることがわかった。
1657-1658年:大火からの新生と江戸の安寧
明暦の大火ですべてが灰となるも、凛とお玉は再び立ち上がる。若き絵師・菱川師宣(1618)が協賛し、かつて永徳が夢見た「真の金泥の図」が、柘榴と茉莉花の香りと共に、平和な江戸の街に甦る。
(注)※ガラシャ(伽羅奢)の受洗は1587年で本名は明智珠(たま)。主人公のお玉とは同名なので、あえて生誕日からガラシャ名にしています。。




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