見出し画像

令和8年熊本地震に遭った翌日、とある店で女将さんと話したこと

令和8年熊本地震から十日余り。私が住む熊本市では、時折余震に身構えながらも、普段の営業に戻りつつある店が増えてきました。でも、よく行くスーパーの一軒はまだ休業したままです。

より大きな揺れに襲われた氷川町や八代市、宇城市などでは、状況は全く違うと思います。被災された方たちが少しでも早く安全で落ち着いた生活に戻ることができるよう、願うばかりです。

このnoteでは、「熊本を走って眺める」ことをテーマにしたランニングの記録を書いてきました。今回は、地震の後で私が実際に見聞きしたことをいくつか記します。

何かを主張したいわけではありません。
ただ、こんな人がいて、こういうお店があった、ということを私の目線で記します。具体的な店名などは出しません。

地震の翌日、近くのスーパーに行ったことを前回の記事で書きました。

その日、食品を扱う、とある個人商店にも行きました。かなり前からそこで営業しているだろうと思われるお店です。

何度も前を通ることはあり、気になるお店でしたが、私の生活時間と合わず中に入ったことはありませんでした。

地震の翌日、いつもより早く仕事を終え(前夜、家に帰ることができずにかなり疲れていました)、その店の前を通ると開いていました。

臨時休業している店も多い中で、「こんな日も店を開けているんだ」と思いながら中に入りました。私が想像していた通り、雰囲気のいい場所でした。

いくつかの商品を手に取ってレジに行き、店員の方と少し話をしました。多分、お店の女主人だと思います。ここからは、女将さんと書くことにします。

スーパーやドラッグストアなどでは、よく見かける店員さんであっても会話をすることは基本ありません。

でも、この店では、女将さんと客の間でちょっとした会話のやり取りが普通に行われているのだろう。そう思わせられる、ごく自然な会話でした。

話題は、やはり昨日の地震のこと。

熊本で職場以外の知り合いがあまりいない私にとって、こうしたほんの少しの会話が、地震の緊張を和らげてくれました。

聞くと、女将さんの家では、物が落ちたり倒れたりしているとのことでした。

「食器がかなり割れちゃった」
女将さんは、そう言っていました。

そんな状況でも店を開けていることに、私は驚きました。

それが表情に出たのか、女将さんは
「今日、うちの店が開いてると思わなかったでしょ?」と言葉を続けました。

店を開ける決断をしたものが何だったのか、私にはわかりません。
この地震に負けないという決意だったのか、客への心遣いだったのか、または少しでも商品を回転させる必要があったのか。

理由が何であれ、女将さんの様子には気概が感じられました。

地震の翌日に初めてその店に入り、前から気になっていた食品を手に入れることができたこと、そして女将さんと少しだけ話ができたことは、私にとって励みになることでした。

帰宅後、スーパーで買ってきたものと合わせてかみしめながら味わいました。

地震の後も、こういう小さな営みが、きっとあちこちで行われていたのだろうと思います。


いいなと思ったら応援しよう!