素浪人わたり放浪奇(二) 鴉森のくれくれ妖怪【上の巻】|リライト版
俺は素浪人のわたり。これまで、さまざまな森を旅してきた。梟森から始まって、印ノ森、はたまた鴉森と、この流浪の旅も十年ほどになるだろうか。
ほんの二ヶ月前、この白鷺森森にやってきた。つい先日、白鷺森で出会した座敷わらしの話を瓦版に載せた。その記事がすこぶる評判が良かったらしい。
巷の間で、白鷺森でも妖怪が出たと持ちきりになった。もっと妖怪の話を聞かせてほしいと人々が言っているとか。
そんなわけで瓦版の版元から、また妖怪の記事を書いてほしいと依頼があったところだ。妖怪のネタは山ほどある。
「しかし、めんどくせぇ」
縁側で青空を見上げ、キセルをくゆらせながら呟いた。
ちゅんちゅんと鳴き声が聞こえてきた。目をやると庭の松の木に雀が数羽止まっている。空に登る煙の筋が少しづつ細くなり、煙草の葉はすっかり灰になってしまった。
「やべぇ、これが最後の葉っぱだ」
背負い籠の中を開けて、中を覗き込んだ。煙草の葉がないことを確認すると、キセルの灰を火のついていない火鉢に捨てた。
「ーー仕方ねえ、煙草代稼ぎにもう一丁、妖怪の話を書くとするか」
傷だらけの文箱の中から紙と筆を取り出した。筆は懐中筆と言って、携帯用の短い筆と墨が一緒になったものだ。
「葉っぱを買う前に、紙を買っておいてよかったぜ」
鴉森で出会った、あのくれくれ妖怪のことを書いてやろう。
師匠の形見のキセルと紙を文机に置き、筆を走らせ始めた。
あの頃はひどい流行病が町を襲っていた。罹ったら死んじまう病気だと人々は恐れ慄いて、家屋に閉じこもっちまった。
俺は今こそ商いを始める時だと思って、鴉森の大きな町に店を構えたのさ。
昔、エレキテルで動く細工箱の使い方を寺子屋で習ったことがあった。細工箱の硝子窓を使えば、直接会わずに話をすることができる。こいつで商いを始めようと算段を練った。
細工箱をいくつか用意して貸し出せば、対面せずに細工箱の使い方も教えることができるんじゃねぇか。そしたら流行病が感染る心配もねぇ。損料と謝儀で一挙両得だと目論んだ。
(妖怪に習ったこともあながち悪くねぇ。これは妖術じゃねぇしな)
まず手始めに長屋の一角を借りて、店の謳い文句も考えた。
『エレキテルで動く細工箱の使い方を教えます。硝子窓を覗けば、何人とも会わずとも話ができる南蛮渡来の細工箱。筆を使わず、文字を書くのも自由自在。そろばんより速く賢く、仙人にも匹敵するであろう。流行の絵師に及ぶとも勝らん絵も描ける。貴殿のお役に立つこと間違いなし』という看板を出して付人を集めた。
看板の謳い文句の術は師匠に習った技だった。
ちなみに付人とは俺を見守ってくれるという約束手形の文を交わした奴のことだ。付人にはこの店の知らせが優先的に届く。
俺の付人はあっという間に増えて、二ヶ月で二百人ほどの大所帯になった。もちろん、その中には座敷わらしもいたけどな。
しかし、この付人たちがやっかいだった。毎日のように金をくれくれ言ってくる奴らがいたのだ。
「いい巻き物があるから、買いませんか?」とか「素晴らしい金儲けの師匠がいます。仲介料を払ったら紹介してあげます」などと、文をよこすようになった。俺の師匠は一人で十分だって言うのによ。友人のように近づいてきて、いい奴かと思えば、最後に「儲け話があるから、一口のらねぇか?」とか言うやつもいたな。
そういう奴らは適当にあしらって、粛々と商いを始めた。
一人目の弟子はお梅という若い娘だった。
付人は始めにあいこんと言う名の自分の似顔絵を送ってくる。そのあいこんの中でも一番可愛い娘を選んだのさ。
細工箱の硝子窓越しに話をしながら、まぁいろいろと教えるわけだが、このお梅というのがあいこん通りの可愛い娘だった。
死病なんて構わねぇから、直接会って顔を拝みたいと思っちまうほどだったのよ。
そして、ある夕、俺は見ちまった。
久しぶりに銭湯に行った帰りのことだ。俺の店に文を投げ込む女の姿を見たんだ。俺は慌てて物陰に隠れた。そして、その女の顔をしかと見てやろうと物陰から覗いていたんだ。
「なんだ、お梅じゃないか?」
本物のお梅は直で見ると可愛いというよりも、えらいべっぴんな娘だった。手拭いを口に巻いて、女に話かけようと物陰から身を乗り出した。
「お、おうめ……..」と声が出かかったその瞬間、お梅の美しい顔が転がり落ちた。
美しい顔の下には目も鼻も口もない・・・のぺらんとした顔があるだけだった。お梅は慌てて落ちた顔を拾って、辺りを伺いながら頭に貼り付けた。
なんと、のっぺらぼうがあいこんと同じ顔の面を被っていたのだ。驚いて踵を返して物陰に引っ込んだ。
どすっ(やべぇ!)
勢いのあまり尻餅を付いちまった。物音に気がついてお梅が振り返る。俺は咄嗟に野良猫のふりをして「にゃあぁ」と鳴いたんだ。するとお梅は首を傾げながら元に戻って去って行った。ほっと胸を撫で下ろした。
「まったく、一張羅が汚れちまったぜ」
起き上がると袴についた泥を払った。
俺はお梅の身元が気になって、こっそりと後をつけたのさ。
昨年、創作大賞に応募した作品をリライトしてお届けします。
別アカウントにありましたが、整理するためにこちらに引っ越しすることにしました。大人になって初めて書いた小説ですが、読んでいただければ幸いです。
※名称の一部を変更しました。
