素浪人わたり放浪奇(三) 鴉森のくれくれ妖怪【下の巻】|リライト版
お梅は角を曲がった井戸のところで男女数人組と合流した。薄紫色の夕暮れの中、そいつらはうっすらと笑っているように見えた。
「なんだよ、金をくれくれと言ってきたあいこんの奴らじゃないか」
あいこんの顔に夕陽が射して、わずかに顔と面の境界線が浮き上がった。
いや、笑ってるんじゃない。
そいつらは笑っている顔の面をつけているのっぺらぼうだった。あいこんと同じ顔の。
俺は真っ青になって、日が暮れるなか、一目散に店に戻った。
「のっぺらぼうに狙われていたのかよ。どうりで、みんなくれくれ言うはずだ。細工箱の硝子窓越しじゃ、まったくわからなかったぜ」
酒でも飲みたいところだが、水しかねぇ。俺は水瓶から柄杓で水を汲んで、頭から被った。冷たい水で一気に正気に戻る。
早々にこの店を畳んだほうがいいと悟った。しかし、やられてばかりじゃ悔しいじゃねぇか。
「いっちょ、やってやるか」
冷たい水を柄杓で一気に飲み干した。
俺は店でおふ会という会を開くことにした。早速、俺の付き人たちにおふ会の案内の文を送った。
今は人間の死病が流行っている。おふ会にくるのは妖怪に違いない。酒の席だから、座敷わらしは来れないだろうしな。
文を送った数日後、おふ会は開かれた。たんまりと酒と食事を用意して、準備万端さ。おふ会に来ると返事をよこしたのは三十人ほどだった。
次々と俺の付き人たちがやってきて、店はいっぱいになった。もちろん、お梅もやってきた。俺は口に手拭いを巻いて奴らにばんばん酒を振る舞ったのさ。
のっぺらぼうたちはもっと酒をくれくれと言って、あっという間にあるだけの酒を飲み干した。
丑三つには、奴らはベロンベロンに酔っ払って寝てしまった。そこで俺はとりもちを使って、片っ端からのっぺらぼうの面を剥がしたってわけよ。
お梅の美しい顔の面を剥がした時は、流石に冷たいため息が出そうになっちまった。
よく見ると何人か人間も混ざっていた。あやうく人間の顔にとりもちを付けて窒息死させるところだったぜ。
「こいつら、目覚めたら驚くだろうな。くくっ」
早朝になって「ゴキッチョー、ゴキッチョー」と、近くの長屋で飼っているうずらが鳴き始めた。その鳴き声を聞いて奴らが目を覚ました。
「きゃー、私の顔がない!!」
「俺の顔もだ!」
「畜生!俺のもだぜ」
「やりやがったなー」
のっぺらぼうたちは慌てて自分の顔を探し回った。床を這い、ぶつかり合いながら自分の顔を探すのっぺらぼうたちの姿は滑稽だったぜ。
「ぎゃ〜!!のっぺらぼうだ!!だれか、だれか、助けてくれぇ!!」
目が覚めた人間たちのほうもたまったもんじゃない。腰が抜けて動けなくなった奴もいた。
「のっぺらぼうだ!!掴まえろー」
間もなく数人の岡っ引きが息を荒げて店に駆けつけた。
「こうなると人間のほうが怖いもんだな」のっぺらぼうたちが狼狽する姿を見届けると、背負い籠を持って店を後にした。
すでに岡っ引きへは連絡済みだったのさ。ならず者のわたりが妖怪を通報したと感心されたぜ。
鴉森の出口まで来ると、後ろを振り返った。生い茂る深い緑が風で大きく揺れている。清々しい風が汗ばむ体を吹き抜けた。お天道様がもう天中まで昇っていた。
「ずいぶん店に金をぶっこんじまったが、仕方ねぇ。商いの才がなかったってことよ」
「妖怪を引き寄せる才能はあったんじゃないの?でも、猫の鳴き声はもう少し練習したほうが良さそうね」
どこからか若い娘の声がした。
足元を見ると白い猫が俺を見つめていた。
「お前、しゃべるのか?気持ち悪いな」
「また振られちゃったね。わたり」
猫はニヤリと笑った。
「うっせーな。なんで知ってんだよ!」
猫を抱えようとすると、猫はするりと俺の腕から逃げた。
「ふふ、またどこかで会いましょう」
そう言うと、白い猫はどこかに消えていってしまった。
こうして、俺の鴉森での旅は終わった。
あれ以来、あの白い猫には出会していない。
懐中筆を文机に置くと、完成した原稿が風に飛ばされそうになり、慌てて文鎮で紙を押さえた。
「ふーっ」
両手を広げて畳の上に大の字になった。
「煙草代ぐらいになってくれよな。くれくれ妖怪のせいで、店はまったく儲からなかったからよ」
庇の下から、空が紅に染まり始めているのが見えた。
「しかし、鴉森の出口で会った猫はいったい何だったっんだ?薄気味悪いぜ」
そう言いながら、また白い猫に会えることを楽しみしている俺がいた。
俺は気が付いていなかった。
雀が飛び立った松の木の下で、小さな白い影が動いていたことに。
鴉森のくれくれ妖怪【完】
雨葉村の妖怪寺〜役者絵と、水と油の恋心【一の巻】へつづく
(一) 白鷺森のフォロー外し妖怪
(二) 鴉森のくれくれ妖怪 【上の巻】
昨年、創作大賞エンタメ原作部門に応募した作品をリライトしてお届けします。少年漫画や少女漫画の原作を想定して書いた作品です。
別アカウントにありましたが、整理するためにこちらに引っ越しすることにしました。大人になって初めて書いた小説ですが、読んでいただければ幸いです。
※名称の一部を変更しました。
