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どうしてこんなに生きづらいの?と思い続けた人生のお話|はじめてのnote

はじめまして。

私を生きる相談室byいちかラボ にて
【しなやか自分軸カウンセリング】を提供している
カウンセラーの進藤いちか🍀です。

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はじめまして!

カウンセラーとして開業する数年前まで、
私自身が20年以上の長い間、アダルトチルドレンやHSPの生きづらさを経験しました。
適応障害にもなりました。

今となっては、生きづらさから卒業した私ですが、
もし、私の経験に共感してくださる方がいるのなら、当時の私が報われるという思いもあり、
とってもとっても長い自己紹介を書きました。

当時の自分のダークな部分や、人への妬みなども曝け出してせきららに書いていますので、
共感していただけたら応援してくださると嬉しいです☺️

本当に長いですが、ご一読いただけましたら幸いです。

🍀幼少期:活発で負けず嫌い

父の仕事で引っ越しも多かったものの、
人見知りもなく、すぐに周囲と打ち解けることができていました。

幼稚園や小学校の帰りはよく、友達とかけっこをしながら帰っていました。
明るく、活発で負けず嫌いでした。

🍀中学生:
周囲との比較で生まれた
コンプレックスと自己否定感

しかし、中学生になると容姿をからかわれることが増えました。

それきっかけに、周囲と比較することで徐々に自分の中にコンプレックスが生まれ、
自分を否定する気持ちが強くなっていきました。


🍀高校時代:
本当の自分を隠し続け、他人軸で生きる基礎ができてしまう

中学でのコンプレックスが消えないまま、高校生になりました。

常に周りの目を気にして、
周囲に"変だと思われたくない"という思いから、

一人ぼっちだと思われたくない
一人ぼっちが怖い

という感覚が極端に強くなっていきました。

そしてクラスの友達グループに属するために、
必死に本当の自分を隠しました。

周囲の反応や評価が私の全てで、
常に人の顔色を窺い、
心休まらない日々
を送ります。


■周囲から反応が得られないと不安になる

相手の反応が気になってしまうため、
話の中心にいることがだんだん怖くなり、
自ら話し始めることは減っていきました。

話をしなければいけないときでも、
周囲から反応を得られないと不安になるため、
会話がどんどん自虐的な内容になっていきました。


■大人数でいるのにずっと強い孤独感

友達グループに属することに執着していました。

そのため、からかわれて悲しくても、笑顔でやり過ごしました。
そこで怒ったら空気を悪くしてしまい、
グループにいられなくなると思ったからです。

本当はとても傷ついていたのに、
自分の本当の気持ちを無視し続けてしまったのです。

周囲に人はいるのに、味方はいないような、
強い孤独感がある日々。

本当の自分は誰にも見せられない。

心の中でそんな孤独感を抱え
「休み時間」と「グループ分け」に恐怖を感じながら、
でも何事もないように振る舞いながら生活をしていました。

そんな経験から、人の気持ちや行動の意味に興味が芽生えたのもこの頃でした。

🍀大学時代:
過去の経験から優しい友人にも心を許せず、自己嫌悪する日々

大学では心理学を専攻しました。

幸い友人もできて楽しい大学生活を送れそう、と思いましたが
高校時代のトラウマはまだ私を悩ませます。

■仲間外れの恐怖から抜け出せない

仲が良い感じているのは自分だけで、
いつか友人グループから外れるのではないかという妄想が止められず、
心がずっと落ち着きませんでした。

自分に焦点が当たると話すことが怖くなり、
思っていることをうまく話せません。

そんな時に口をついて出てくるのは、
高校で話し慣れた自虐的な話でしたが、
大学の友人は、反応に困っているように感じました。

しかし、他に何を話したら周囲から反応が得られるのかを知りませんでした。

■心の中でマウントをとる癖がついてしまう

大学では「周囲に評価してもらえたから、
友人グループに入れたんだ」という
思い込みの自己評価により、
なんだか自分が強くなったような気持ちになりました。

そして、今の自分の居場所を確認するかのように、
街中や大学で人を見るたびに、心の中で勝手にマウントをとっていました。

しかしその度に、
そんな目で人を見ている自分に嫌気がさし、
自己嫌悪
を繰り返していました。

こうして、徐々に「周囲の評価=自分の評価」となっていきました。

また大学で、初めてスクールカウンセラーに相談したのを覚えています。
友人に心配されたくなくて、周囲にばれないように気を付けながら向かいました。

当時は、とにかく自分がダメなんだとばかり考えていて苦しく感じていましたが、
話しを聞いてもらうことで、自分一人では気づけなかった新しい考え方に出会いました。

その日の帰りはなんだか空が鮮やかに見えた気がしました。

この時初めて、カウンセリングの力を実感し
「人の人生を動かす仕事をしたい」という
”たった一つの自分の想い”が芽生えました。


🍀就職活動:
自分軸が消え、常に "誰か" を演じ続ける日々

トラウマはまだまだ私を苦しめます。

自分を偽り周囲の評価されるための自分で生きてきたことで、
だんだん自分の心の声(本音)が聞こえなくなり、自分軸がなくなってしまいました。

就職活動も

自分がどこに向えがばいいのか、
何をしたら満足できるのか、
そして今どんな感情なのかさえも、

考えても考えてもわかりませんでした。

出てくるのは自分の考えではなく
「こうしたらこう思われるだろうな」という周囲の評価ばかり

自分がわからないので、性格適性検査は、毎回
”企業に求められるであろう誰か”になりきらないと回答できませんでした。

そしてとにかく「周囲に評価される」ような大きな会社で就職をと考え、金融系の営業職として就職しました。

■本当の自分の感情がわからない…

周囲に評価されるために出来上がった、
偽りの自分
で面接を受けました。

やりたい仕事はわからないけれど、会社を調べることで、”正解”を想像して一生懸命答えていました。

そして就職先が決まったことで、偽りの自分でいた方が物事がうまくいく気さえしました。

…ということは”本当の自分”って別にわからなくてもいいのかも、と感じ始め、自分探しをすることもなくなりました。

🍀新人時代:
周囲に評価されず、自分を見失ったストレスから腎盂腎炎に

仕事ではなかなか成果を出せませんでした。

当時、同期や先輩がたくさんサポートしてくれていたのですが、
成果が出せないということは、周囲に評価されないということ。
それは私が一番恐れていることでした。

さらに自分を見失っている私は、
怒られても「周りの空気が悪くならないように」へらへらしてみたり、
褒められても「周囲にねたまれないように」過剰に謙遜してみたり。

自分の感情がわからないので、「どんなキャラクターで対応しよう?」
いつもそんなことを考えていました。

そうして自分自身をさらに追い込んでいきます

常に追い込まれて焦っているので、
重要な場面であるほど、プレッシャーを感じてしまい、本来の力を出すことができませんでした。

そうしてだんだんと悪循環(ぐるぐる考えてしまう状態)に入っていき、
会社にいる意味を失っていきました。

すると、だんだん会社に行きたくないという思いが強くなり、
朝は起きれず、夜はお風呂に入る気力もなくなりました。

会社を辞めたいのに、その勇気も気力もなく
毎日毎日、こんなことを考えていました。

「事故にあえば、会社に行かなくて済むのに…」

毎日朝も夜も辛い気持ちでいっぱいで、
涙が出ることもありました。
それでも出社したら、できる限り周りに合わせて、
元気な自分を演じ続けていました。

■体からのSOS

そうしているうちに腎臓病(腎盂腎炎)になり、
長期間休養をすることになります。

「定年まで頑張ろうと思っていたのに」と出鼻を挫かれた気分でしたが、

同時に「やっと抜け出せる…」と、安心している自分もいました。

そして休養後に、退職を決意します。


🍀会社員時代①:
”NO”と言えずに仕事を増やし続け、適応障害に

「人の人生に大きく関わる仕事をしたい」という
唯一の想いは、大学の頃から変わりませんでした。

それだけを頼りにIT企業に転職し、
人材採用を担当をすることになりました。

自分がされて嫌な面接はしない。という思いで
寄り添った面接を心がけ、仕事自体には大きなやりがいを感じていました。

とはいえ、
まだまだ他人軸で生きている自分がいました。


■常に相手の機嫌を窺い、冷や汗をかく日々

今回の仕事では周りの助けもあり、
ある程度の結果は残せました。

しかし、その都度フィードバックがないと、周囲の評価がわからず、自分に自信が持てませんでした。

だからこそ、常に周囲を気にし過ぎてしまい、
出社時の挨拶に対する反応で、
その日の上司の機嫌を察知し、
機嫌が悪そうなときは朝から冷や汗をかきました。

目があわないように、
猫背になってPCで体と顔を隠し、
絶対に話しかけないようにしていました。

そして、いつも
”怒られるかもしれない”という妄想でビクビクし、
会話している人たちとふと目が合うと、
自分の悪口を言われているような気分になりました。

こんなふうに、常に周囲を気にしては過剰に反応して
常に心が疲弊していましたが、
それを悟られないように気丈に振る舞いました。

そんな時、社内で周囲の評価にとらわれず、
自分らしく振る舞っている人を見ては、

私だってもっと自由に、心穏やかに生きたい!

と心の中で叫んで、嫉妬していました。

それでも、仕事そのものは大好きで、
もっとスキルを極めたいという思いから、
キャリアコンサルタントという国家資格を取得。

第二の人生ではカウンセラーをしたいな…、という夢も抱きました。

■「できません」が言えず、不眠症・うつ傾向に

人材採用のリーダーも任されるようになったころ、
さらに仕事の幅を広げるため、小規模なグループ会社へ移していただきました。

そのタイミングで当時の上司と合わなかったメンバーが一度に退職。
移ったばかりの会社で部署に一人、残されてしまいました。

そんな中でさえ「やらなきゃ評価されない」という思いが先行し、どうしても「できません」が言えませんでした。

残業が一気に増えて体調を崩し、
適応障害(不眠・うつ症状)で休職することになりました。

復職後は部署の人数も増えており、しばらくは問題なく働けました。
しかし、上司が変わらず、3年後にまた多くの退職者が出たことで、転職を決意しました。


🍀会社員時代②:
心の穏やかさが欲しかったのに、再び適応障害に…

周囲に評価されるため「昇進すること」にずっと執着していました。

しかし、休職を経験したダメージが大きく、半ばあきらめるような思いで
キャリアよりも心と体の穏やかさを優先したいと考えるようになっていました。

もう少し健康的に働ける場所をと探し、採用担当として今度は商社に転職しました。

自身の経験から、人の気持ちを思いやる採用担当でありたいという思いを形にできました。
裁量も与えてもらい、仕事自体にはとてもやりがいを感じていました

しかし、ここでも以前から部署内の退職が立て続いていたことを知らず、
入社半年後からどんどん人数が減っていきました。

その結果、前の会社よりも残業時間が増えてしまうことになります。

「・・・またか・・・」

当時感じた気持ちは、とても言葉では言い表せません。

とにかく自分に落胆し、自己嫌悪し、もうどうしたらいいのかわからなくなりました。

イライラや不安、そして落胆の思いを抱えながら、それでも「とにかく結果を出さないと!」と、数字に追われていました。

焦っているからこそ、会議の中のどんなアドバイスも、全部自分を責めているように感じ、その度に、自分を責め、冷や汗をかきました。

連日続く深夜残業と休日出勤で、心も体も疲れていきましたがそれでも「もうムリです」「できません」が、どうしても言えませんでした。

そうしているうちに、徐々に頭が働かなくなり、記憶力も極端に落ちていきました。

仕事のパフォーマンスも落ちたことで、さらに自信をなくし、再び悪循環が始まっていきます。

人と話すときには、何か失敗してしまわないかと緊張状態になり、上手く話せません。

仕事も思うように進んでいない気がして、周囲からの慰めも全部、悪く受け取っていました。


すると自分が何かを話したり、何か行動するたびに、
相槌を打つように、脳内で自分の悪口が聞こえるようになりました。

「何言ってんのかわからない」
「考えが浅い」
「それ、この前言われたばっかりじゃん」
「すぐ他人の意見に合わせるんだから」

実際に言われてもいないのに、何をしてもあれもだめこれもだめと、
脳内で自分の悪口が止まらなくなりました。

そして、職場での小さな失敗が家で勝手に思い出され、気持ちのやり場を無くしました。

その度に家で「あーー!」と突然大声を出すすようになってしまいました。
そんな状態だったため、体調不良も加速していきました。

■休んだらもう社会に戻れない

医者からは初診の段階ですぐ、休職を勧められました。

しかしここで休んでしまったら、もう社会復帰できなくなるような気がして、
自分から「そうですね、休みます」とは言えませんでした。

所属部署のメンバーのことを考えたり、目標数値のことを考えては、
休職してはいけない、という使命感を自ら生み出しました。

しばらくは休み休みでも、なんとか会社に出社するという日々を続けていました。

■私が積んできたキャリアは…?

そしてついに家からも出られなくなり、休職せざるを得なくなります。

休職に入っても仕事が頭から離れず「とにかく早く戻らないと!」と焦る気持ちが抜けませんでした。

同時に、私のキャリアは、ここで終わったんだと感じ、大きな大きな喪失感が生まれました。

私の今までって一体なんだったの。

周囲に評価されるために体を壊しながらも一生懸命頑張ってきたのに、そのせいで心を壊して。

私は一体何のために頑張っていたの…?

どうしようもない、けれどやりきれない気持ちが頭をぐるぐると回り続けていました。

■思いつく限りの悪い妄想を自分に浴びせる日々

今回の休職では、簡単に社会復帰できる気がしませんでした。

会社を変えてもだめということは、もう会社で働くこと自体が向いていないのではないか、という思いがありました。

また、もしかして今まで人が辞めていったのは自分のせいなのではないか、と過去のことを勝手に紐づけて、思いつく限りの悪い妄想を、毎日繰り返していました。

・・・そして、
ついにこのあと大きな転機が訪れ、生きづらさから脱却。

そして自分がやりたいことを見つけ、仕事を辞めて100日という猛烈な勢いで、開業するに至ります!

・・・が、かなり長くなってしまいましたので、次のノートにまとめました。

ここまで少しでも共感してくださる部分があれば、
ぜひリアクションをいただけたら嬉しいです。

進藤いちか🍀

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