なぜ世界は日付を統一できなかったのか YMD・DMY・MDY三つ巴の世界史
はじめに
07/04/2026、あるいは04.07.2026といった表記に遭遇すると、脳内が完全にフリーズしてしまいます。2026がおそらく西暦2026年を指すであろうことは容易に想像できますが、では、その前の「07/04」「04.07.」が、7月4日を意味するのか、それとも4月7日を指すのかが判然としないからです。どちらが正しいか、判りますか?
米国人に前者を示して質問すると、「7月4日、独立記念日に決まっているじゃないか」という回答が返ってくるでしょうし、欧州の人たちなら「当然、4月7日だよ」と返答するのは目に見えています。
それでは、世界の他の地域や国、例えば、中国、インド、アラブ諸国、あるいはベトナムやタイの人たちは日付をどう表現するのか、各国の日付の順序や表記法には、どのような背景事情や構造があるのかご存じでしょうか?
前回のマイnote記事では、日本では1月、2月と数字で表現、英国ではJanuary、Februaryと固有名詞で示される暦の月の名前(月名)について、「①数詞月名、②ラテン・西欧型、③季節・自然型、④宗教暦・伝統暦型、⑤混合型」の5つに区分して解説した上で、「暦の月名を見ただけで各国・各民族の歴史や文化・アイデンティティが理解できる」ことを述べました。
今回は、その続編となりますが、日付の順番や日付の表示方法にも、各国の歴史が凝縮されていること、そしてデジタル時代における国際標準化の動向について紹介します。
前回の振り返りと、今回の記事の全体概要
前回の記事では、世界各国における月名の表現型は大きく5つに区分されることを説明しましたが、実はこの5区分が、各国における年月日の日付のフォーマット(表記形式)にも大きく関わっています。
そこで、まずは月名表現の5区分を振り返った上で、各国における日付の順序を概説します。
(1)数詞月名
古代から中国の文化的影響を受けてきた国々では、1月、2月・・・12月と、月を数字でカウントします。日本、中国、台湾、韓国、北朝鮮、ベトナム、モンゴルなどが該当します。
(2)ラテン・西欧型月名
英国、フランス、ドイツをはじめ西欧諸国では、共通して、古代ローマの神・皇帝・数字・祭事などに由来する固有名詞を用いています。西欧以外の国々でも、西欧の文化的影響を強く受けた国や、植民地支配された国において、ひろくラテン・西欧型の月名表記が用いられています。
(3)季節・自然型月名
ウクライナ、ポーランドなどスラブ系の国々や、そしてフィンランドなどでは、自国の自然・農耕・気候に対応した語彙を月名に用いています。
(4)宗教暦・伝統暦型月名
アラブやイラン、インド、そしてインドの文化的影響を受けてきた国々では、伝統的な宗教行事や占星術(太陰暦)に基づく語彙を用いた月名が用いられることがあります。
(5)混合型月名
トルコのように、12の月名の中に、他の国や文化由来の用語や、自国固有の用語が複雑に入り組んで共存しているようなケースもあります。
しかるに、世界で用いられる日付の表現順序には、①YMD型、②DMY型、③MDY型の3つがありますが、各国における日付のフォーマット(表記形式)は、上で述べた月名表現型と大きな関わりがあります。
① YMD型
日本では2026年10月12日のように、年・月・日の順に日付を並べますが、このような日付はYMD型(YYYYMMDD)と呼ばれます。数詞月名を用いる東アジアの国々は、ほぼ共通してYMD型です。また、インド文化の影響を受けてきた国などで、伝統的にYMD型を維持してきた国があります。
② DMY型
国によっては、日・月・年の順に12.10.2026のように表記します。これはDMY(DDMMYYYY)型と呼ばれます。ラテン・西欧型の月名表記をする国、すなわち、西欧諸国や、西欧の文化的影響を強く受けた国、植民地支配された国において、ひろくDMY型表記が見られます。
③ MDY型
日付を月・日・年の順に10/12/2026といった表記をする国もありますが、これはMDY(MMDDYYYY)型ですね。世界的には一番少数派で、米国や、米国の影響を強く受けてきたごく少数の国で用いられています。
YMD型日付フォーマットの国
(1)東アジア漢字文化圏でYMD型が普及した理由
日本、中国、台湾、韓国、北朝鮮、モンゴルといった東アジア文化圏の国では、月名を一月、二月と数字で表現する慣習が1000年以上のスパンで続いてきました。そして、これらの国では共通して、日付を、年・月・日の順に表現します。
その文化的・歴史的背景として3点が指摘されています。

① 中国における「全体から個(大から小)」へ進む世界観
中国文明の根底にある儒教や道教の哲学では、「宇宙や自然という大きな秩序の中に、人間という小さな個体が存在している(天人合一)」と考えます。思考のプロセスが常に「マクロ(全体) ➔ ミクロ(部分)」へと向かうため、物事を記述する際も最も大きな単位から順に並べる性質があります。
住所の並び順([国名] ➔ [都道府県] ➔ [市町村] ➔ [番地])しかり、名前の並び順([姓・家系] ➔ [個人の名](全体から個))しかりです。日付の並び順についても、[年(地球の公転・宇宙)] ➔ [月(月の満ち欠け)] ➔ [日(個人の活動)]という秩序が反映されているという解釈です。
② 歴史:天子(皇帝)が時間を支配する仕組み
古代中国において、暦(カレンダー)を作ることは皇帝(天子)だけに許された絶対的な権力の象徴でした。新しく皇帝が即位すると、宇宙の時間をリセットして「元号(年)」を定めました。そのため、歴史の記録や公文書においては、「どの皇帝の、何という元号の、何年目か」という『年』の情報が国家の最重要事項であり、文章の冒頭に必ず書かれました。この国家統治の構造も、YMD型が崩れなかった大きな理由だと考えられています。
③ 中国語の「修飾語が前に来る」文法規則
中国語(および影響を受けた日本語や韓国語)の文法規則では、「説明する言葉(修飾語)は、常に説明される言葉(被修飾語)の前に置く」というルールがあります。日付を言葉にする際も、東アジアの言語では[年] が [月] を飾り、[年月] が [日] を飾る、という順番になるため、そのまま文字の並びとしても定着したのです。
(2)イランや古代インドの慣習
中東では、イランは未だに古代ゾロアスター由来の伝統歴(太陽暦であるイラン暦)を用いており、日付のフォーマットも、東アジア同様、現在に至るまでYMD型が維持されてきました。ペルシャ語の文法でも、名詞を修飾する際、「大きな概念(所有者)から小さな概念(所有物)」へと繋いでいく規則があることや、天文学的な合理性から、「もっとも大きな単位(地球が太陽を1周する『年』)」を最初に置き、順にブレイクダウンしていくYMD型が受容されてきたようです。
インドにおいても、中国やイランと同様の背景、すなわち、古代から「全体から個(大から小)」へ進む世界観が存在していたことや、国王の即位からの年数をすぐに把握するという観点から、歴史的にはYMD型で、年・月・日の順に日付が表記されてきました。しかし、英国による植民地時代以降は、欧州式のDMY型で日付がフォーマットされています。
ちなみに、歴史的にはインド文化圏の国々のうちスリランカ、ミャンマー、カンボジア、ラオス、タイなどは、インド同様、元々はYMD表記でしたが、西欧諸国による植民地支配を受けたことに伴い、DMY型にチェンジし、今でもDMY型が主流です(タイは、植民地支配を免れましたが、文明化の観点から自発的にDMY型を受容しました)。この点、ネパールは、直接の植民地支配を受けなかったもあり、現在に至るまで公式にはYMD型が維持されています。
DMY型日付フォーマットの国
(1)欧州でDMY型が普及した理由
英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなどの西欧諸国から、中欧、東欧、そしてロシアに至る国々や、これらの国々の文化的影響を受けてきた諸国では、冒頭に日にち、そして月、最後に年、というDMY型が長年の慣行です。東アジアなど東洋諸国が「大から小(YMD型)」であるのに対し、欧州が「小から大(DMY型)」になった理由には、次のような3つの背景があります。

① 個人の日常(実用性)を最優先する文化
西洋の思考プロセスの根底には、全体よりも「いま、ここの個人」を重視する視点があります。これがカレンダーの扱いにもそのまま現れました。庶民の日常生活(作物の収穫、市場の取引、明日の約束など)において、最も頻繁に変わり、最も確認したい情報は「今日が何日か(日)」です。「年」はめったに変わらない。「月」も30日間変わりません。そのため、「最も新しく、毎日変化する重要な情報(日)を一番最初に提示し、後ろに向かって世界(月・年)を広げていく」という、実用主義・直感主義的な並び順が定着しました。
② 教会の暦と「キリスト生誕(西暦)」の一元化
古代ローマや中世ヨーロッパでは、中国のように「皇帝が代わるたびに元号(年)を変える」という仕組みがありませんでした。キリスト教社会になり、世界は「キリストが生まれた年(西暦)」という1つのタイムラインで固定されました。「年」が固定されて変わらないものであるため、人々の関心は「今年のキリストの復活祭(イースター)は何月何日か」という、毎年変動する「月」と「日」の組み合わせに集中したという経緯も、DMY式の背景事情です。
③ 「後ろから修飾する」文法規則言語
西欧の言語では、日付を言葉で発音する際、「日 ➔ 月 ➔ 年」の順に後ろから説明を付け足していく構造になります。英語の伝統的な言い方「the 24th of June, 2026」を直訳すると、「24日(どこの?)➔ 6月の(どの年の?)➔ 2026年の」となります。中国語や日本語の構造とは逆で、言葉を喋る順番の通りに数字を書き並べた結果、自然と「24/06/2026」というDMY型になったということです。
(2)ドイツ圏・ロシア圏で月をローマ数字表記する慣習
ここまで東アジアのYMD型と、欧州のDMY型の違いを見てきましたが、実は、欧州のDMY型で文字を書く際に、歴史的に非常に面白い論点がもう1つあります。それは、M(月)の表記法についてです。
東アジアでは、1月、2月と数字で月を表現するのに対し、欧州(西欧)では歴史的に古代ローマ由来の固有名詞がもっぱら使用され、数字で表現する習慣は元々存在しませんでした。英語圏では、月名をフルスペルか、JunやFebといった3文字略語で記載するのが一般的です。
ところが、次に述べる事情により、19世紀から20世紀にかけて、ドイツ圏とロシア圏(旧ソ連勢力圏)では、月をアラビア数字ではなく、自国の月名固有名詞でもなく、ローマ数字で表現するスタイルが普及していました。
① ドイツ圏での月のローマ数字表記
19世紀のドイツは、未だ統一国家が成立しておらず、多数の邦国において多数の言語が用いられていました。当時は、通商の活発化により国際郵便や外交文書が急増しますが、言語ごとに月名の固有名詞が微妙に異なるという不便があるため、月をローマ数字で書く習慣がドイツ圏では普及しました。日をアラビア数字、月をローマ数字で表現することで、例えば「3.Ⅷ.1986」は1986年8月3日であることが一目瞭然で、混乱も回避され、合理的でした。
20世紀に入り、統一ドイツの域内で統一言語の使用が進むと、ドイツ語の固有名詞による月名表記も見られますが、1960年代まではローマ数字で月を表現する習慣が強く残っていました。その後、1970年代にコンピューターが普及すると、ローマ数字の入力に手間が生じることもあり、西ドイツでは月の記載が、次第にアラビア数字に置き換わっていった経緯があるようです。(ちなみに、旧ソ連圏に属していた東ドイツは、以下にみるとおり、依然としてローマ数字が主流でした。)
1970年代半ばの西ドイツでは、様々な表記が乱立していましたが、50年前の「1976年6月24日」が実際に表記されていた頻度のイメージを示します。
$$
\begin{array}{l:l}
表記 & 頻度 \\
\hline
24.06.1976 & ★★★★★ \\
24.6.1976 & ★★★★★ \\
24. Juni 1976 & ★★★★☆ \\
24.VI.1976 & ★★☆☆☆ \\
1976/6/24 & ★☆☆☆☆ \\
\hline
\end{array}
$$
② 旧ソ連勢力圏での月のローマ数字表記
ドイツ圏内における、月をローマ数字で記載するスタイルは、ロシアにも伝わり、ロシアでもローマ数字表記が普及していきました。月をローマ数字表記する慣習は、帝政ロシアの時代にも見られますが、1917年ロシア革命により成立したソビエト連邦(ソ連)が、ローマ数字表記を徹底的に推進しました。
というのも、ソ連は官僚制国家で、命令書、計画書など文書主義の国でした。中欧からシベリアに至る広大な領土内において、多数の民族をかかえ、多数の言語(少数民族を含めると数十・数百単位)が行き交う中で、行政実務の効率化、曖昧さの回避、国民のコミュニケーションの円滑化を図るべく、国民に対し、月のローマ数字表記の周知徹底を図ったのです。
ソ連を構成した15の共和国内部のみならず、東欧の同盟国でも、月のローマ数字表記が普及しました。かくして、西ドイツでこの習慣が廃れた後も、現在に至るまで、ロシア勢力圏では月のローマ数字表記が広くみられたのです。(旧ソ連勢力圏の現在の状況は、個人的にはメチャクチャ面白いのですが、かなりマニアックなので、次々回に別の記事として取り上げます)
MDY型日付フォーマットの国
日付を、月、日、年の順に記述するMDY式を採用する国は、グローバル全体でみるとごく少数派で、米国や、歴史的に米国との結びつきが極めて強い複数の国、具体的には、フィリピン、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオなどに限られます。
(1)米国がMDY型の理由
米国が、MDYという特殊な並び順を使用しているのは、かつて米国が英国の植民地だった18世紀当時、本国・イギリスにおいては日付をMDYで発音・記述されていたという背景事情があるようです。

本国・イギリスの当時の慣習をそのまま取り入れて、米国において、MDY型が定着しましたが、19世紀から20世紀にかけて英国ではDMYの方が論理的であることや欧州大陸との貿易などの利便性を考慮して、欧州スタンダードのDMYに切り替わっていきました。しかし、すでに独立していた米国では、英国での改革の波に乗らず、植民地時代の古いMDY型を維持し、独自の文化として突き進んだという経緯があります。
(2)17~18世紀のイギリスでMDY式が流行した理由
17世紀以前のイギリス(中世・テューダー朝など)の公文書や記録では、日付は数字の記号ではなく、「王の即位年」と「教会の祝日(聖人の日)」を基準とした完全な「文章」として書かれていました。庶民も知識人も、月日を数字で数えるのではなく「聖マリアの告知日の3日前」や「収穫感謝祭の次の日」というように、教会の典礼暦(行事)を基準に生きていたようです。
例えば、「西暦1301年6月26日(月)」のことを当時は、"Monday after St. John the Baptist, 29 Edward I"(和訳すると「エドワード1世の治世第29年の、聖ヨハネ誕生日のあとの月曜日」)といった表記をしていたようです。
17世紀ごろに、日付を月日で言葉にする習慣が定着してくると、6月24日を「the 24 th of June」と表現するよりも、「June the 24th」「June 11th」と発言するほうがテンポが良く、好かれました。また、18世紀に、イギリスでジャーナリズムや商業が爆発的に発展した際、新聞のヘッダーや商業文書で日付を列記する際に、文字(月名)を前に置いたMDY型のほうが視覚的に見やすいとして印刷職人や知識人の間で好まれました。
このような事情のもとに、当時、MDY型が主流だったイギリスから植民地である米国にMDY型の慣習が流入しましたが、その後、本国・イギリスでは欧州スタンダードのDMY型に変更し、米国だけが独自路線を歩んだことは上述のとおりです。
ハンガリー、カナダ、ベトナムなどの日付フォーマット
以上、YMD型、DMY型、MDY型を採用する国々の歴史的・文化的背景を見てきましたが、個別にみると、興味深い国がいくつかあるので、特記しておきます。
① ハンガリー
ハンガリーは、言語体系はフィンランドなどと同じく「フィン・ウルゴ語族」に分類されますが、4世紀後半に突如として中央アジアから東欧(黒海北岸・ヴォルガ川)に現われ、5世紀に大帝国を築いた「フン族」の末裔を自認している国です。フン族のルーツは中央アジアでペルシャの文化の影響を強く受けてきましたが、9世紀に現在の地に定着してからは、その地に元から住んでいた先住民たるスラブ人やゲルマン人と通婚を重ねていきました。このため、現在では東アジア系の遺伝子は痕跡程度にしか残っておらず、宗教もキリスト教(主にカトリック)が中心です。
ハンガリーの月名表記は、ローマ・西欧型(英語のJanuary、February…と語源は同じ)ですが、興味深いことに、日付フォーマットはYMD型です。YMD型は欧州諸国の中では異例中の異例ですが、ハンガリー語の「説明する言葉(修飾語)」を常に「説明される言葉(名詞)」の前に置くというルールと整合的です。また、アジア的ルーツを持つという民族のアイデンティティが、周辺国が一様にDMY型である中で、唯一、YMD型を温存している一因と考えられます。(歴史言語学において、中国語やペルシャ語の直接の影響とみる考え方は否定されているようです)。
② カナダ
米国の隣国であるカナダは、米国の影響のみならず、文化的・経済的にフランスや英国の影響も強く受けてきました。カナダは、日付表記が世界で最も混乱している国として、よく知られています。というのも、隣国である米国の影響を受けてMDYに固執する人あり、一方で、フランス・英国など欧州とのつながりを意識する人たちは、DMYを使うなど、歴史的に混沌してきた経緯があります。
後述するとおり、現在国際標準としては、YMD型が推進されており、カナダ政府は公式には、YMDを使用しています。しかしながら、国民に根付いた生活習慣は容易に変容するものではなく、カナダ国内では、MDY、DMY、YMDの三つ巴の混乱が続いています。このため、ビジネス書類などで、数字だけの表記は混乱を招くことからNGとされており、月をアルファベットで書くのが自衛策のようです。
③ ベトナム
ベトナムは歴史的には、中国文化の影響を強く受けてきた国であり、フランスによる植民地支配を受ける前には、YMD型の日付フォーマットだったようです。しかし、植民地時代にはフランスの影響を受け、DMY型にシフトしました。その後、DMY型が長らく用いられてきたようですが、ベトナム政府は近年、国際規格に準拠したYMD型を推奨しています。かくして、YMD型→DMY型→YMD型への先祖返りが進行中のようです。
④ 国際規格に準拠してYMDを推進しつつある国
歴史的に、DMY型やMDY型を使用してきた国であっても、国際標準の観点から行政や公式文書でYMD型を強く推奨・義務付ける国が増えています。上述のベトナムやカナダ以外にも、デンマーク、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ケニア、ブラジル、コロンビアなどが、YMD化を図っています。中でも、スウェーデンでは、YMD型がかなり浸透しているようです。
DMY型・MDY型文化圏の時間感覚
DMY型・MDY型の国々でも、時分秒は日本と同じ順序で発語・記述されています。YMD型日付フォーマットをごく普通に使ってきた日本人的感覚からすると、年→月→日→時→分→秒の時間の把握が合理的で自然なことであり、「日→月→年→時→分→秒」あるいは「月→日→年→時→分→秒」の時間把握は、考えただけで頭がクラクラしてしまいます。
DMY型・MDY型の国の人たちは、時間の流れのリズムの乱れ・ねじれに違和感や矛盾を感じないのか、はなはだ気になります、よね。この点、欧米人の感覚では日付と時間(時分秒/HMS)は、脳内で完全に別物として処理されてきたようです。
というのも、欧米人にとって、日付とは「年という巨大な歴史のタイムライン」の中に「自分たちの生活(日・月)」を位置づける行為です。まず重要なのは、「今日(日)」であり、それが「何月に属しているか」でした。「年(西暦)」は神が定めた不変のベースラインとして最後に添えるものであり、日付は「ミクロ(日常)からマクロ(歴史)へ」と視線が広がる構造だったようです。
一方で、時間(時分秒/HMS)は「与えられた1日(24時間)」という閉じたマス目を、「どう切り分けて消費するか」という論点でした。朝起きてから夜寝るまでの間で、まず「いま何時台か」という大きな区切りを確認し、それをさらに細かく切り売り(分・秒)していくため、自然と「マクロ(1日)からミクロ(秒)へ」という引き算の構造だったようです。
このように、向かっているベクトルの方向(ミクロ➔マクロか、マクロ➔ミクロか)がそもそも違うため、両者を同じ並び順にする必要性を感じることはなかったらしいです。しかも、欧州の言語の文法構造が、日付と時間の双方で「最も自然な発音の順序」を規定していたので、何らストレスを感じることなく、実用的にDMY型(またはMDY型)とHMSが並立してきました。
国際規格(ISO 8601)によるYMD型の普及
欧米の人たちは、欧州と米国とで、DMY型かMDY型かを巡る衝突や混乱はあれど、DMY型(またはMDY型)の日付と時間(時分秒)のねじれを意識することなく、生活してきました。しかし、20世紀にコンピューターが登場すると、問題が生じてきました。
人間の脳は、書類に「24/06/2026 15:30」と書いてあっても、文脈的で「日付と時間だ」と瞬時に判断できます。しかし、コンピューターは左から1文字ずつしか読めないため、この表記だと日付順・時間順にデータを正しく並び替える(ソートする)ことができません。システムエラーを防止するためには、余計なコードが必要となります。
このため、「日付がDMYやMDYで、時間がHMSなのはシステム上、致命的な矛盾だ」という指摘がなされるようになりました。そこで、1988年に、時間と同じ「大➔小」のベクトルで日付も統一する 「YYYY-MM-DD HH:MM:SS(YMD-HMS型)」 という世界共通の国際規格が作られるに至りました。

かくして、コンピューターの普及・デジタル化の推進とともに、これまでDMY型を長年使用してきた国々においても、次第にYMD型が合理的な形式として定着しつつあるようです。
ちなみに、元々DMY型を使用していた国々の人々は、文字では「2026-06-24」と記載したり、されてあっても、発音するときは、これまでどおりのDMY順に脳内置換し、月名も各国の固有名詞月名に置き換えて発語しています。器用ですね~。
ところで、頑なに国際標準であるYMD化を拒み、自国の伝統に固執している国があります。それは米国です。もっとも米国の連邦政府が国家の意思として、頑なにMDYに執着している訳ではなさそうです。むしろ連邦政府機関では、連邦準備制度理事会(FRB)、内国歳入庁(IRS)、連邦航空局(FAA)、国際宇宙ステーション(NASA)、国防総省(DoD)の内局(軍の現場部隊ではDOG型)、セキュリティ・諜報機関のシステム運用では、YMD型が徹底されています。
ただ、米国の民間ビジネスの現場では情報通信分野も含め、あらゆる場面でMDYが使われており、全国レベルでYMD型に変更するとなると莫大なコストが発生します。そして、何よりも、MDY型が文化的慣性として国民の骨の髄までしみこんでおり、仮に国家が、強制的にYMD型の推進を図ったとしても、米国民の反発を招き、白紙撤回に追い込まれるのは目に見えています。なので、国家としては民の慣習にまで口出ししない、というのが米国の状況です。
余談になりますが、様々な領域で国際標準化が推進される際には、どこの国にも陰謀論を唱える人たちが一定数存在します。日付フォーマットの国際規格(ISO 8601)によるYMD型の導入について、「欧米間でDMY型とMDY型の主導権争いを続けている中で、中国が漁夫の利を得た。YMD型は、中国がグローバルスタンダードを乗っ取る策動の好例である」といった主張が、欧米で見受けられます。
おわりに
前回は月名の表現について、今回は、日付のフォーマット(表記形式)の多様性について見てきました。最後に、主要地域・国の概要を一覧に整理しておきます。
$$
\begin{array}{l:l:l}
地域・国 & 月名表現 & 日付フォーマット \\
\hline
東アジア(中国、日本、韓国、モンゴル等) & 数詞型 & 歴史的にYMD \\
西欧諸国 & ローマ型固有名詞 & DMY→YMD移行期 \\
米国 & ローマ型固有名詞 & 頑なにMDY \\
スラブ(ウクライナ、ポーランド等) & 独自の自然暦 & DMY \\
フィンランド & 独自の自然暦 & DMY \\
トルコ & 混合型固有名詞 & DMY \\
ハンガリー & ローマ型固有名詞 & 歴史的にYMD \\
イラン & ペルシャ暦固有名詞 & 歴史的にYMD \\
アラブ諸国(現在) & 主にローマ型固有名詞 & DMY \\
アラブ諸国(歴史的・伝統的用法) & イスラム暦固有名詞 & 歴史的にYMD \\
インド(現在) & ローマ型固有名詞 & DMY \\
インド(歴史的・伝統的用法) & ヒンドゥー暦固有名詞 & 歴史的にYMD \\
\hline
\end{array}
$$
この表は、先進国や地域大国が中心ですが、新興国や途上国を含め、個々の国ごとに見ていくと、月名や日付の記載順序ひとつに、その国の歴史や文化・アイデンティティが深く刻まれていることが読み取れます。
文明先進国への憧れから、当該先進国の月名表現などを自発的に受容することもあれば、国によっては、植民地支配を受けた場合に、新たな慣行を強制され、それが集合的トラウマになっていることがあるのかも知れません。植民地支配から解放された際、国家・民族のアイデンティティのシンボルとして、敢えて使いづらい伝統的な月名に復古するか、それとも、導入の際に強制された経緯があったとしてもすでに定着したものを合理的なものとして使用を継続するか。
また、先進国・途上国とも、グローバル・スタンダードが提唱されたときに、いち早くその波に乗るか、それとも、土着主義・ローカリズムを死守するか。それぞれの国で、合理性や利便性・国際性か、それとも文化的慣姓やアイデンティティのどちらを優先するか、を巡る熾烈なせめぎあいがあったことでしょう。
社会科や世界史など、学校教育では細かい知識が受験勉強で詰め込まれますが、世界の多様性や多文化・他民族への理解促進の観点からは、前回・今回と説明したようなことがらを子ども達が生の知識として学んだ方がよほど有益な気がします。
