H)imaなライブ
私の隠された生態の1つ。
配信者。
注目するべきは、「どの規模の配信者なのか?」というところ。
ズバリ、2~3回やって、飽きたから放置してるレベルの配信者。
誰も見てない。
かなり異質な配信で、数字には繋がりにくい自負がある。
何故そんな無駄をやっているのか?
お解りになりませんか?
アートですよ、アート。
芸術とは、なにも絵画や彫刻だけではないのです。
思想やメッセージ、感情などを表現するのに、物体は必ずしも必要ありません。
『行動芸術』というモノも、この世界にはあるのです。
(ロックバンドがライブ中にギター壊すのとか、サッカーで点を決めたらユニフォーム脱いでイエロー貰うとか、そういうのも同じかも。)
あまり、意味が理解できないなら、ご自身で調べてください。
私が言ってる事が、ただのデタラメだと、すぐにバレるでしょう。
それでですね、前回の記事で、
スケジュール日記手帳には「過去と未来がある」と書きました。
でも時間軸には、まだ足りないものがある。
つまり「現在進行形」はどこにあるのか?
それが私のライブ配信『作業用思考』と言う訳ですね。
手帳に書くような文章が、リアルタイムで生成されていく過程が見れます。
見れるといっても、大層なものではないです。
画面には文字しか映らないから非常に地味。
あまり楽しいものでもないはず。オススメはできませんね。
(海外の人がうっかりクリックしてしまって、10秒もたずに離脱した形跡がある。5件くらいかな。)
映像は地味、音も環境音だけで地味。
「作業用BGM」兼90分タイマーとして聞けば、まだ有効的かもしれない。
今回は、手帳に書くみたいに、手帳の使い方を真面目に考えようとしたライブ作文。
なんだけど…いつものように、変に脱線した。
途中で洗濯物を干してるし…
あまりオススメは出来ない、YouTubeのアーカイブはコチラ
『作業用思考・手帳の使い道を考える』
この時のライブ作文をもとに編集したのが前回の記事
『使えない手帳は売れない』。
誰も見ないのに、ライブ作文は何の為にやってるのか?
意識高い系の学生なんかは、カフェで勉強をしてたりする。
個人的には、「家で勉強した方が効率的では?」と思う。
有言実行な私は、学生当時、きちんと家で勉強を始めた。
そして、ものの見事に、部屋の掃除へ逃げていった。
大人になった今でも、ある程度同じ。
私にとってのライブ作文は、椅子に縛り付けるための、おうちカフェみたいな効果がある。
他の目的とか遊び方も、あるにはあるけど…
YouTubeのライブ配信。
定期的に配信した方が、多少は効果が増えるけど…
私はどこへ向かっているのか…
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どこへ向かっているのか、と言っても良く分からない。
時間軸の話かもしれない。
今回の記事の過去編は、さっきも出した。
でも、手帳の話題は時系列だと、
動画→前回の記事→今回の記事。
現実の手帳は10年前が初まり…とか考えると、よく分からない。
配信に関する過去記事はこの記事。
だけど、私は作文を始めて半年くらいの初心者。
3か月も前の記事は読みにくいと思う。
前回の『使えない手帳は売れない』から読んでもらえると、抵抗が少ないと思う。
