Nikon Zf レンズに28mmという選択|旅はレンズ1本から始まった
家に帰るまでが遠足だ。
と言ったのは先生だが、
旅は、荷造りの前に始まっている。
と言ったのは誰だったろう。
ああ、僕か。
カメラを選ぶことも、
服を畳むことも、
本当は「何を持っていかないか」を決める行為だ。
今回は、最初から決めていた。
レンズは28mm一本だけでいく。
先に結論だけ書いておこう。
旅に持っていくレンズを一本に決めたら、
写真より先に「歩き方」が変わった。
機材が減ると、迷う時間が減る。
迷いが減ると、立ち止まらなくなる。
結果として、写真よりも先に
自分の“感覚のピント”が合い始める。
この記事は、28mmの話をしているようで、
実は「選ばない練習」の話だ。
出張を旅と呼ぶ理由
京都に行く。
実は、仕事で。
でも、僕はこれを出張とは呼ばない。
情緒もへったくれもないから。
何かに乗って、少し遠くに行けば、
それは旅と呼びたくなる。
いや、旅と言いたいお年頃なのだ。
だから、場所は京都でなくてもいいし、
旅の内容も仕事がメインだから特別なものじゃない。
ただ、持っていくカメラだけは、
迷わないと決めていた。
かつての僕は、旅より機材を運んでいた
少し前まで、
旅(出張)のたびに機材が増えていた。
Leica Q2とSL2-S。
あるいはSL2-SとM11。
Summilux 50mmとVARIO-ELMARIT 24–70。
Summicron C 40mmも忍ばせていた。
旅行カバンとは別に、
カメラリュックに機材を詰める。
多いときは、三脚とストロボも入っていた。
レンズフィルターも、
バッテリーチャージャーも必要だった。
「これで何が起きても大丈夫」
そんなドヤ顔をして、出かけていたと思う。
帰ってから、いつも同じ場面に立ち止まる
当時はホテル暮らしだった。
所有している荷物のほとんど全部を持って出て、
その全部を持ってホテルに帰る生活。
帰ったら、
ホテルの部屋で床に荷物を広げる。
レンズを並べる。
ボディを取り出す。
そのとき、ふと気づく。
あれ?——使っていない機材がある。
撮影枚数を見て、さらに気づく。
おや?——どちらのカメラも、中途半端だ。
「結局、何しに行ってたんだ?」
いや、まぁ仕事なのだ。
メインは仕事。
写真はあくまで趣味。
その割には、
荷物の量は仕事道具の遥か倍以上。
でも、写真に使える時間は十分の一以下。
考えてみれば、
写真を撮りたくて機材を持ち歩いているのに、
結果として、それができていない現実。
全部を持って出て、
全部を持って帰る。
これは撮影でも、旅でもない。
ただの——機材運搬屋だ。
そうでなければ、
何かの修行か?
少し、恥ずかしくなった。
これは意味がない。

Zf一台、レンズ一本という選択
それからは、
やり方を変えた。
デジタルLeicaをすべて手放したのを機に、
僕はNikon Zfへと乗り換えた。
このカメラの魅力はこちらの記事でもたっぷり語っているので、気になる方はぜひ。
Zfに合わせるレンズは、手持ちのMマウントを中心に、
いろいろ試した。
そして、行き着いた。
旅に出るなら、
ワンボディ、ワンレンズ。
Zf一台に、
レンズは一本だけ。
「足りるかどうか」ではなく、
「これでどうにかする」を基準にした。
この結論に行き着くまでに、
去年Zfで撮った写真は、
いくつかデジタル写真集にもまとめている。
迷いと葛藤にまみれた、
とても恥ずかしい写真集だ。
LUCENT BLUEーいつかの光、これからの風ー
40mmという、いまの距離
レンズを選び抜く過程で、
だんだんはっきりしてきた。
自分にとっては、
どうやら28mmがいちばんしっくりくる。
しかも、28mmをそのまま使うわけではない。
クロップして、40mm相当で使うのが良い感じだ。
近すぎず、遠すぎない。
構図を考えすぎなくて済む。
自分の視野に、
かなり近いのだと思う。
では、なぜ40mm単焦点にしないのか。
理由は単純だ。
京都を歩いていると、
どうしても引ききれない路地が現れる。
そんなときは、
クロップを解除して28mmに戻す。
レンズ本来の力を、
そのまま使えばいい。
これが、単焦点の40mmスタートだと、
クロップで60mmになる。
正直、
旅に50mm以上はいらない。
欲しくなるのは、
どちらかといえば35mmのほうだ。
でもそれなら、
40mmで一歩下がるか、
28mmで一歩寄るか。
それで、だいたい事足りる。
だから、
28mmを一本持つことが、
今のところの最適解というわけだ。

選ばないことが旅を軽くした
ズームが必要な場面は、
ほとんどない。
どうしてもというときは、
編集でトリミングすればいい。
それよりも、
レンズ交換のために
わざわざ立ち止まらずに済むことのほうが大きい。
迷わない。
悩まない。
サッと撮って、
すぐ通り過ぎる。
機材を減らしたことで、
旅は確実に軽くなった。

旅の終わりに残ったもの
先日、京都から戻って、
写真を見返した。
出来がいいかどうかは、
正直よくわからない。
でも、どれもその日の空気を
ちゃんと含んでいる気がした。
ほとんどの写真が、
40mmクロップで撮られている。
これは正解でも、結論でもない。
いまの自分が快適な距離が、
たまたまここだっただけだ。
旅は、世界を撮るためのものじゃない。
自分のピントを、合わせ直すためにある。
たぶん、次の旅でも、
僕はまた28mmを持って出かける。
それで足りなくなったら、
また考えればいい。
もしこの記事を読んで、
少しでも「自分も荷物が多いな」と思ったなら、
一度だけでいいから試してみてほしい。
レンズを一本に決めて、出かけてみることを。
足りないかもしれない。
後悔するかもしれない。
でも、その不安ごと持って歩いた時間は、
きっと写真よりも先に、自分の感覚を変えてくれる。
機材の話に見えて、
これはきっと「選ばない練習」なんだと思う。
追記
あの頃に撮った写真は、
文章よりも、写真のほうが正確だった気がする。
いくつか、まとめてある。
この話は、
YouTubeではまったく違う角度で話している。
良かったらこちらもどうぞ。
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