【Review】カメラは、撮る人を写しているんだ。──写真に迷った僕が、この本で見つけた答え──
最近、どうにも写真が楽しくなくなっていた。
撮ってはいるけれど、どこか噛み合わない。
原因がはっきりしないまま、2025年4月にLeicaからNikon Zfへとカメラを切り替えた。
ちょうどその頃、書店でワタナベアニさんの『カメラは、撮る人を写しているんだ。』という一冊が目に飛び込んできた。
タイトルを見た瞬間、胸の奥がざわついた。
──自分は今、結局何を写しているんだろう?
そんな問いが、真っ先に頭に浮かんだ。
迷いの正体が見えた日
読み進めるうちに、少しずつ自分の迷いの輪郭が見えてきた。
それは、「撮る理由を語れていない」ということだと思った。
なぜ、自分は写真を撮るのか?
何のためにカメラを持ち歩くのか?
写真を始めたばかりの頃は、ただ「楽しい」だけで十分だった。
でも数年も続けていると、今のままではダメだと思う瞬間が増える。
そのたびに自分の中での小さなアップデートを重ねてきた。
フィルムカメラやモノクロ写真など、かつて避けていたジャンルにも挑戦した。
けれど、それでもまだ核心には届かなかったみたいだ。
理由はシンプルで、聞きかじった技術や機材の話はできても、写真そのものを語れていなかったからだと思う。

写真の世界のいくつもの層
写真の世界には無数のジャンルがあり、それぞれのジャンルの中でもまた立場があり、さらにそこではそれぞれの価値観や「上手い」の基準も異なる。
そりゃ、広告で著名人を撮るプロカメラマンと、趣味で友人・知人を撮る人とでは、求められる要素も全く違うだろう。
例えるなら、グラム単位で砂糖を調整するパティシエと、冷蔵のありもので絶品のチャーハンを作るうちのオカンを同じ料理軸で語るくらいに違う。
どちらも美味しいけど、比べるものじゃない。って話。
SNSの中にいると、こうした多様な価値観が区別のない膨大な情報として流れ込んでくる。
時にはその波に飲まれ、誰かの提示する正解を探そうとして迷ってしまう。
そんな自分が滑稽だった。
今になってわかる。
僕が疲れていたのはカメラや写真ではなく、その情報の洪水だった。
そして、それを受け流すには自分の写真を撮る以外に解決策はない。
その正解は本来、自分の中にしかないのだから。

「カメラは、撮る人を写しているんだ」
本の前書きにあった一節が、強烈に刺さった。
「楽しそうだと思って始めたことを『こうやれ、こうするな、あなたは間違っている』と厳しく修行みたいに言われたら、誰でもやる気がなくなります。」/ワタナベアニ
SNS上には批判や否定の言葉も多い。
それが直接自分に向けられたものでなくても、同じような写真を撮っていれば間接的にダメ出しされたような気持ちになる。
だからこそ、どんな情報にも揺るがない自分の軸が必要だ。
何を撮るのか、なぜ撮るのか、どこに立つのか、なぜこの写真なのか…
そのすべてが写真に出る。
撮る対象以上に、自分自身が滲み出る──いや、出さなくちゃダメなんだ。
そう思った瞬間、外野のノイズが消えて、迷いが少し晴れた。

写真を語る理由
この本を読んでから、YouTubeやnoteでもできるだけ“写真”の話を増やすように意識している。
ZfにしてからYouTubeが変わりましたね。とコメントをいただくことも多いが、実はそれはZfに変えたからではなく、この本を読んだ影響の方が大きい。
恥ずかしながら、Zfはあくまできっかけであり、過去の自分の苦悩の欠片でしかないのだ。
確かにLeicaやNikon Zfなどの機材ネタの方がYouTubeの再生数は伸びる。
でも、大事なのは見せかけの数字ではないと、この本を通して気が付くことができた。
今は自分の言葉で語る「写真を撮る理由」や「視点」の話を楽しんでくれる人が、少しずつリピーターとして増えている。
これは何より嬉しいし、続ける力になる。
どうやら僕は、ポジティブに、写真の話をしたいのだ。
『カメラは、撮る人を写しているんだ。』は、楽しかったはずの写真に迷っている人にこそおすすめだ。
きっと今の立ち位置や、これから撮りたい写真の方向性を見直すきっかけになる。
あと、写真の“上手さ”にとらわれすぎてしまう人には、この一冊もあわせて読んでほしい。
→ 『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』(これもそのうちレビュー記事書きたいと思ってます)
この2冊は、僕に「だからこそ写真を語る」という決意をくれた。
数字に揺れながらも、写真や視点を語り続ける勇気を与えてくれた、大切な本だ。
影響を受けた写真関連の本のまとめはこちら
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