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「上手い写真」より、「好きな写真」を撮るようになった。

最近、僕は「上手い写真」を意識しなくなった。

もっと言えば、写真らしい写真を撮ろうとすることを、少しやめた。

きっかけは、このレンズだった。

AstrHori 50mm F2。

まず、Zfに合わせた時の見た目がいい。
クラシックなデザイン。
金属の質感。
価格から考えると十分すぎる描写。

でも、このレンズを気に入っている理由は、そこではない。
このレンズを使い始めて、写真との向き合い方が少し変わった。

今回は、そんな話。

いつからか「正解の写真」を探していた

昔の僕は、もっと自由に撮っていた。

水面。
光の揺らぎ。
雨粒。
油の表面。
煙。

 Leica M11/2022

意味のある被写体というより、形や空気感に惹かれていた。

でも、いつの間にか、
「写真らしい写真」を撮るようになっていた。

大きなきっかけがあったわけではない。

SNS。
写真コミュニティ。
他人の作品。

そういうものを見ているうちに、少しずつ影響されていったんだと思う。

上手い写真。
綺麗な写真。
評価される写真。

気づかないうちに、そういうものを追っていた。

そして、その頃の写真は正直あまり楽しくなかった。

写真を撮っているのに、どこか誰かの答えを探していた。

だから、上手く撮ることを一度やめることにした。

Nikon Zf/2026

綺麗な写真と、自分が撮りたい写真は違った

もちろん、綺麗な写真は好きだ。
スマホに流れてきても、思わず止まる写真はある。

圧倒的な解像感。
綺麗な色。
完璧な光。

そういう写真には、確かな技術がある。

でも、僕が撮りたいものは少し違った。

説明できない空気。
曖昧な光。
余白。
少し古い記憶のようなもの。

考えてみれば、昔から好きだったのはそういう写真だった。
いつの間にか、それを忘れていただけだった。

Nikon Zf/2026

AstrHori 50mm F2で戻ってきた感覚

AstrHori 50mm F2を使い始めて、少し昔の感覚が戻った。

理由の一つは、無段階絞りだ。

普通のレンズなら、
F2。
F2.8。
F4。

こんなふうに段階的に数字で選ぶ。

でも、このレンズはその間を自由に行き来できる。

f2.8より少し開ける。
F2より少し絞る。

光を見ながら、自分の感覚で決める。
ZfのEVFなら、その変化をファインダーの中で確認できる。

シャッターを押す前に、写真が少しずつ形になっていく。
その感覚が面白い。

50mmという距離感

そして、もう一つ。
50mmという距離感が、自分には合っていた。

広すぎない。
寄りすぎない。

世界を全部説明するのではなく、自分が気になった部分だけを切り取れる。

スナップでも、抽象的な表現でも、中途半端にならない距離。
40mmという日常の視点とはまた少し違う。

街から新しい世界を切り取るには、これくらいがちょうどいい。

写真は撮る瞬間に完成している


以前は、撮った後に写真を作っていた。

RAW現像で色を整える。
明るさを調整する。
理想に近づける。

もちろん、それも写真の楽しみ方だと思う。

でも今は少し違う。
撮る瞬間に、もう写真が完成している感覚がある。

カメラで決めるか。
それともPCで決めるか。

方法はどちらでもいい。

大事なのは、自分が何を見て、どう残したいか。
そこだけだと思う。

Nikon Zf/2026

また、抽象写真に戻ってきた

不思議だけど、また昔みたいな写真を撮りたくなった。

水面。
光。
影。
形。
意味のないもの。

でも、自分には意味があるもの。

このレンズは、僕を上手くするレンズではなかった。

もう一度、写真を楽しませてくれるレンズだった。

写真を続けていると、いつの間にか「上手く撮ること」が目的になることがある。
でも、本当に残したいものは、もっと曖昧な場所にあるのかもしれない。

上手い写真より、自分が好きだと思える写真。

今は、そちらを大切にしたい。

使用機材

▶︎Nikon Zf

▶︎AstrHori 50mm F2

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