カラーに戻る前に、モノクロへ沈んだ話──Nikon Zfにたどり着く前の1年
これは写真の話でもあるけれど、
正確には「判断を減らすために選んだモノ」の話だ。
Zfを選ぶ前、Leica M4-2と共に駆け抜けた、あの1年の話。
2025年の夏頃だったと思う。
足の怪我が治って、また自由に歩けるようになった。
本来なら、
「やっと撮れる」
そう思えるはずのタイミングだった。
でも実際には、
カメラを持って外に出ても、
シャッターを切る理由が、どこにも見当たらなかった。
撮れなくなったわけじゃない。
むしろ、いくらでも撮れた。
でもそれは、
SNSで消費されていくための写真を
ひたすら量産する作業に近かった。
写真展の予定もない。
写真集の構想もない。
ただ、投稿して、流れて、反応を眺める。
「撮ることが楽しい時期」は、
いつの間にか通り過ぎていて、
僕はその次のフェーズに、
うまく移行できていなかった。
そこからさらに少し時間を巻き戻すと、
僕は一時期、意識的にモノクロだけを撮っていた。
それは怪我をする前。
その時の愛機が、 Leica M4-2だった。

それまでは、
自分はカラーしかやらない。
そう言い切っていたと思う。
でも、フィルムカメラを手にして
モノクロ写真を撮り始めた瞬間、
はっきり分かったことがある。
自分は、写真が下手だった。
構図も、狙いも、距離感も、
すべてが曖昧だった。
これまでは、
色に頼って、
トリミングでごまかして、
なんとなく成立している気になっていただけだった。
それを、
モノクロフィルムは容赦なく暴いてくる。
だから当時の僕は、
「これは逃げじゃない」
「修行なんだ」
そう言い聞かせていた。
一年は、デジタルもアナログも、全てモノクロでいこう。
光と構図だけに集中しよう。
足腰を鍛え直そう。
その判断自体は、
間違っていなかったと思っている。
その後、
怪我が治り切る前に、デジタルLeicaを手放してZfを選んだ。
そこから少しずつカラーに戻り始めたとき、
正直いちばん不安だったのは、
自分の色が見つからないことだった。
技術も、知識も、
できることは増えた。
プリセットも、いくつも作れた。
青を基調にした paddle BLUE。
深く沈んだ Deep Blue。
できるだけ素直な standard。
夜の滲みを強調した urban abstract。
どれも好きだった。
でも、どれも決定打ではなかった。
逆に、
プリセットを作れるようになった分だけ、選べなくなっていた。
「これが自分だ」と言い切れる軸が、
まだ見えていなかったからだ。
決定的だったのは、
SNSで、自分が撮った写真と
ほぼ同じ場所、同じ構図の写真が
流れてきたときだった。
別にパクリだとは思わなかった。
でも、
逆にパクリだと思われたくもない。
せめて、
自分の色があれば。
そう思った。
モノクロであること。
世界観を縛ること。
それは、
自分を守ってくれていた反面、
表現を狭めていた側面もあったのだと思う。
今でも、
光と影だけを主役にしたい場面では、
モノクロでいいと思っている。
でも、
戻りたいとは思わない。
モノクロは、
僕にとっては表現技術のひとつであって、
魂の置き場所ではない。
だから、
よほど明確な演出意図がない限り、
モノクロを主流にすることは、
もうないと思う。
この一年で気づいたのは、
僕は「どう撮るか」よりも、
「どこまで戻るか」を考えている、ということだった。
派手な色はいらない。
強いコントラストもいらない。
滲んだ光。
曖昧な境界線。
輪郭が溶けていく瞬間。
色に溺れる前に、
一度、完全にモノクロに沈んでおきたかった。
これは、
カラーに行く前の思考の記録だ。
完成形でも、到達点でもない。
いまの自分の、ひとつ手前。
静かで、
迷っていて、
でも確かに必要だった時間。
色に戻る直前の記録として
この時間を、言葉じゃなく写真で残しておきたかった。
なので、一年のモノクロ写真は、
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