大人保育園「第二話」極道、先生に叱られる
時計のアラームの音で目を覚ますと、そこには見知らぬ天井。
「この部屋は一体」
神崎が、周囲を見渡すと、ぬいぐるみやゲーム機、漫画の棚などが置かれている。
ほどなくして、自分の身体に触れてみた。
「やはり、子供のままだ」
神崎はぼそりと呟き、ベッドから起き上がった。
見知らぬ扉を開き、部屋を出る。
身長が低いため、ドアノブに手をかけるのも大変だ。
部屋の外に出ると、いくつかの扉があり、階下へと続く階段を見つけた。
ベーコンの焼けるいい匂いがする。
ゆっくりと階段を降りていくと、見知らぬ女性が優しく微笑んでいた。
「蓮司、おはよう」
知らない人物だと思っていたが、笑顔で自分を見つめる女性を見て、神崎は思い出す。事故で亡くなった彼の母だった。
「母ちゃんか?」
声にならない声を出す。
不思議な顔で、神崎の母は口を開いた。
「母ちゃんじゃなくて、お母さんね。なんで今日だけ母ちゃんなの?」
と、女性は笑い出す。神崎は思う。
(間違いない。俺が幼少期に交通事故で死んだお袋だ。親父はこの時間仕事に行っていた)
洗面台の小さな椅子に乗り、鏡で自分の姿を見た。
「やっぱり保育園児か。あの世って、面白いこともあるんだな。母ちゃんもいるし」
神崎は、自分があの世にいると思い込み、そして死んだはずの両親の存在を嬉しく思った。
「最近、保育園で喧嘩しなくなったみたいね。龍二君とも仲良くしなさいよ?毎日喧嘩ばかりして」
龍二?真壁龍二のことか?神崎は驚いた。
真壁とは、同じ保育園には通っていない。
奴とは、極道になってからの因縁だ。
(まあいいや。あの世ってのもいいもんだな)
そう思いながら、亡き母の笑顔を見て、話を聞き、ベーコントーストを食べる。
「美味い」
約35年前、神崎の両親は、彼が小学校低学年の時に事故で亡くなっている。
そのベーコントーストの味を思い出し、涙が止まらなくなる。
「どうしたの?なんか保育園で嫌なことでもあった?」
「いや、ちょっと、眠たくて。あくびだよ」
もしお袋や親父が生きていたら、俺は極道になっていなかったのではないか。
そんなことを思いながら、食事を終え、神崎は母と一緒に保育園へと向かう。
園の入り口には、神崎の妻に似た保育士「森野 ひより」が立っていた。
「おはようございます。あれ?蓮司君。おはようございますは?」
神崎は反射的に直立不動になり、大声で叫んだ。
「おはようございやす!!」
ひよりは、満面の笑みを浮かべる。神崎の母は驚いていた。
「まるで、自衛隊員さんみたいな立派なおはようね!」
神崎の母親は、不思議な顔で息子を見送った。
何か違う。そう感じたのである。
「パンダ組」
それは、「光星(こうせい)保育園」の年長が集まるクラスだった。
なすがままに、神崎は保育園児を貫くことを決める。
隣には、真壁龍二が「お山座り」で座っている。
担任のひよりの話を聞きながら、真壁が耳打ちしてきた。
「一時休戦や。ワシらあの世におるん。間違いない。昨日、あの女にご指導された後記憶が飛んでな。で、目が覚めたら、俺の親父とおかん、生きとってん。もうワシらが争う必要もないやろ」
どうやら真壁も同じ境遇らしい。
確かにもう、自分たちには関係がない。
「龍二君、蓮司君。人がお話しているときはどうするんだったかな」
森野 ひよりの笑顔は怖い。彼女は怒っているときは、絶対に怒鳴らない。
神崎や真壁の「住んでいた世界」では、怒鳴り散らされるのが当たり前。
静かに怒る極道は、ほぼいないのだ。
午前は、教室内で自由に遊ぶ時間だった。椅子や机はどかしてあった。
「じゃあ、折り紙やブロック、お話、好きに遊んでください」
ひよりが笑顔で言うと、周りの園児たちは大きな声で叫ぶ。
「はーい!」
神崎と真壁は、その光景に驚愕した。
まるで、組長との会合で、「あいっ!」と叫ぶ、自分たちとの過去を見たからだ。
真壁は折り紙を数枚持ってきて、神崎に渡した。
「ワシ、折り紙めっちゃ得意やってん」
こいつ、もう園児になりきってるじゃねえか。神崎は真壁の適応能力に驚いた。
すると、後ろから二人の園児が現れた。
「兄貴!抗争どうなったんすか?俺たち死んだんですよね?」
昭和を思わせる角刈りの園児。
神崎は、彼を見てすぐに思い出した。
右腕として戦ってくれた、高杉 恒一(たかすぎ こういち)(中身38歳)を。
そしてもう一人、端正な顔立ちの少年。
それは真壁の一番の舎弟、熊谷 剛(くまがい つよし)(中身35歳)だ。
皮肉にも、高杉の性格は真壁に似た荒っぽさ。
熊谷は、神崎の持つ知的なクールさ。
敵対する若頭の性格に良く似た二人が、彼らの舎弟だったのだ。
真壁の舎弟である、熊谷が口を開いた。
「四人でお山座りして話しましょう。今は争っている場合じゃないです。神崎さん、俺たち今はただの保育園の年長です。そして真壁の兄貴も」
保育園児になっても知性を醸し出す熊谷の言葉を聞いて、神崎、真壁、高杉、熊谷の四人は、教室の隅で「お山座り」をした。
ある意味「カチコミ前の談義」である。
「俺たち、工場で全員死んだでしょう。兄貴たちもいるってことはそうだと思うんです。つまり、転生ってやつですよね。」
熊谷以外の三人がポカーンと口を開いている。
「て、てんせん?」
「転生です」
真壁が熊谷に尋ねた。もちろん、神崎と高杉も知らない言葉だ。
「おい熊谷よ。俺たちあの世にいるんじゃねえのかよ」
神崎の言葉を聞いて、熊谷は首を横に振る。
「自分、転生ものの小説が好きでして。現世でうだつの上がらない人間が、死後に別世界で無双する……いわば『魂のシノギ』のようなジャンルです。そこで無双して、女を囲うわけです」
それを聞いた真壁は、熊谷をにらみつけた。
「そんな軟弱な奴の小説なんか読んどったんかワレ!実生活で上手くいかん?そんなもんただの現実投資やろがい!」
「兄貴、投資じゃなくて、逃避です。兄貴の好きなパチンコじゃないんです」
真壁は続ける。
「そんなもん知らんがな!じゃあ何か?ワシと神崎の代理戦争。そんで全員くたばってもうて、現実投資、いや、逃避?あってる?」
熊谷が深く頷く。神崎と高杉は笑いを堪えるのに必死だった。
「あってるんやな!そんな異世界とかいうもんに、飲み屋みたいな名前の場所へ吹っ飛ばされたって話か。ワシらそんな軟弱じゃないやろが!」
「確かに」
敵対組織だった、神崎と高杉も声を揃えて頷く。
だが、現在の彼らは誰がどうみて紛れもない「四人の保育園児」である。
「真壁さんは、脳みそまで筋肉でできてる単細胞のゴリラだと思ってましたけど、たまにはマトモなこと言うんですね」
高杉が、元天敵の、真壁に言った。
「じゃかーしいわワレ! 親も早くに死んで施設育ちのワシに、学やら礼儀やらあるわけないやろが! 育ててくれた親父(組長)のためにも、人を殴るしか能がなかったんじゃ!」
神崎はそれを聞いて驚愕した。
真壁も幼いころに、両親を亡くしていたのだと。
神崎が口を開く。
「とにかく、その転生とかいうものなのかは知らないが、俺たちは間違いなく保育園児だ。この服装と名札を見てみろ。パンダ組、ひらがなで名前まで書かれている」
全員が、自分の胸に付いている「ひらがな」の名札を見た。
「俺たち、人生をやり直せるんじゃないか?」
神崎は思う。森野ひよりが亡き妻「神崎美咲」にそっくりであること。
そして、ベーコントーストを作ってくれた母の存在。
今は、美咲の命を奪ったであろう「真壁への憎しみ」も湧いてこない。
そして今、自分が保育園児であり、それがもし「転生」という名の再スタートだとしたら。
「ワシはやり直しも何も、また極道になるで!神崎、お前のタマはワシが取ると決めとるんじゃ!一時休戦なだけじゃ!」
大声を出す、真壁の後ろに、冷徹な目つきをした美女が立っている。
ひよりだった。
「真壁君。ちょっと先生とお話ししましょうか」
(こ、この女、ウチの親父よりドスが効いとる……!)
真壁は固まった。彼は女性と話せないのだ。
更に美人となると、余計である。
真壁は黙って、ひよりに付いて行った。
あれが、西日本最強の極道だとは。
いや、今はただの「園児」である。
「りゅうちゃんすき!」
一人の女の子が、真壁に後ろから抱き着いた。
名札には「まちだみお」と書かれている。
真壁龍二(中身42歳)は、5歳の女子保育園児すら、まともに会話ができないのだ。神崎の舎弟、高杉が口を開いた。
「俺たち、とんでもねえ世界に来てしまいましたね。次の時間、おままごととかもやるらしいです。真壁の兄貴、あの『みお』っていう子に好かれてるみたいです」
熊谷が続ける。
「極道の俺たちが、保育園で生き抜く。全国制覇より難しいですね。人生ハードモードってやつですね神崎さん」
残された三人は、青ざめた顔で、今の現実を受け入れるしか無かった。
みおに抱き着かれている真壁は、三人の方を青ざめた顔で見ていた。
「真壁、男になれ」
神崎は、心の中で大笑いしながら、たじろぐかつての「狂犬」を見つめていた。
第二話 完
第三話「狂犬、5歳児に屈する」に続く。
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