文化遺産シリーズ第56回<参拝のつもりが、古墳探しに。〜房総のむらと龍角寺古墳群を歩く〜>
ふと、龍角寺に行こうと思った。
きっかけは、ほんまにそれだけやった。
千葉県栄町にある龍角寺。
名前に「龍」が入っとる時点で、ちょっと気になる。
しかも調べてみると、龍伝説や七不思議も残っとるらしい。
これは行ってみたい。
そう思って龍角寺のことを調べていたら、近くに「龍角寺古墳群」という名前が出てきた。
古墳群?
しかも場所を見てみると、どうやら房総のむらのあたりに広がっとるらしい。
房総のむらなら、前に行ったことがある。
古い町並みや昔の暮らしを見られる場所、という印象やった。
でも、古墳があるなんて知らなんだ。
「え、あそこ古墳あったん?」
そう思った瞬間、今回の目的が少し変わった。
龍角寺へ参拝するつもりが、いつの間にか
「古墳群を見に行きたい」
という気持ちになっとた。
まさか、参拝の予定が古墳探しになるとは思わんかった。
でも、こういう寄り道こそ、文化遺産めぐりの面白いところやと思うんよ。

まず向かったのは、千葉県立房総風土記の丘。
緑に囲まれた看板の前に立つと、ここから少し時代をさかのぼるような気分になる。
古墳を見るぞ。
そう思いながらも、最初に入ったのは房総のむらの展示エリアやった。

チケットを買って中へ入ると、そこには古い町並みが広がっとった。
商家や武家屋敷、昔の建物が並び、歩とるだけで少し時代劇の中に入り込んだような気分になる。
ただ、今回のウチはいつもと少し違う。
町並みを楽しみながらも、頭の中では案内図を思い出しとった。
このあたりに古墳があるはずや。
展示エリアの中を歩きながら、建物を見る人でもあり、古墳を探す人でもある。
そんな少し不思議な散策が始まった。

房総のむらの展示エリアに入ると、まず目に入ってきたんは江戸時代の町並みやった。
商家が並び、土の道がまっすぐに伸びている。
看板や格子戸、瓦屋根を見ながら歩いとると、少しだけ昔の町へ迷い込んだような気分になる。
こういう場所は、ただ歩いているだけでも楽しい。
でも今回のウチは、町並みだけを見に来たわけやなかった。
案内図を見ながら、古墳の場所を探す。
古い建物を見て、昔の暮らしを感じながら、今度はもっと古い時代の痕跡を探す。
江戸時代の町並みのすぐ近くに、古墳時代の記憶が眠っとる。
そう思うと、なんだか時間が何層にも重なっている場所を歩いているようやった。

展示エリアの中を歩いていると、木々の向こうに、こんもりとした場所が見えてくる。
大きな案内板があるわけでも、派手に整備されとるわけでもない。
気をつけて見ていなかったら、そのまま通り過ぎてしまいそうな場所やった。
でも、こういう場所にこそ古墳がある。
「これも古墳なんかな」
そんなふうに思いながら近づいていくと、ただの木立や草むらに見えていた場所が、少しずつ違って見えてくる。
古墳というと、大きくて立派なもんを想像しがちやけど、実際にはこうして森の中にひっそり残っとるものもある。
名前を大きく掲げられていなくても、そこには確かに昔の人たちの営みがあった。

さらに歩いていくと、「79号墳」と書かれた標識があった。
草木の中にぽつんと立つ小さな丸い標識。
周りは緑に覆われていて、知らずに歩けば、そこが古墳やとは気づかないもんかもしれへん。
でも、番号がついとる。
それだけで急に、目の前の草むらが「遺跡」に変わる。

79号墳は、大きな古墳のような迫力はない。
でも、木々の中に静かに残っている姿が、逆に印象に残った。
立派に復元された古墳だけが文化遺産やない。
こうして森の中で、ほとんど風景に溶け込むように残っとる古墳もまた、この土地の記憶なんやと思う。
房総のむらの展示エリアを歩いとると、江戸の町並みと古墳時代の記憶が、同じ場所に並んで存在しとることに気づく。
ここは、ひとつの時代だけを見る場所やない。
歩くたびに、時代の層が少しずつめくれていく場所やった。

展示エリアを進んでいくと、今度は竪穴住居の復元が見えてきた。
さっきまで江戸時代の町並みを歩いとったのに、気がつけばさらに時代をさかのぼっとる。
瓦屋根の建物から、茅で覆われた住居へ。
町のにぎわいから、森の中の暮らしへ。
房総のむらは、ひとつの時代だけを見せる場所やないんやなと感じた。


中をのぞくと、外から見るよりもずっと暗い。
木の柱が立ち、屋根の内側が低く広がっている。
外の光が少しだけ差し込んで、土の床や柱をぼんやり照らしとった。
ここで人が火を囲み、食事をして、話をして、眠っとったのかもしれへん。
そう考えると、展示物というより、昔の暮らしの気配がそのまま残っとるようにも思えた。

案内板によると、これは弥生時代の竪穴住居を復元したもんらしい。
古墳を見に来たつもりやったけど、その前に、もっと古い時代の暮らしに触れることになった。
死者を葬る古墳を見る前に、生きていた人たちの暮らしを見る。
この順番が、なんとなくよかった。
古墳は突然そこに現れたわけやない。
その前には、ここで暮らし、食べ、働き、祈っていた人たちがおった。
そう思うと、このあとの古墳の見え方も少し変わってくる。

一度展示場を出て、さらに歩いていくと、「みそ岩屋古墳」の案内板があった。
岩屋古墳へ向かう途中に出会う、もうひとつの岩屋。
案内板には「龍角寺106号墳」とも書かれとった。
ここも龍角寺古墳群の一部なんやと思うと、このあたり一帯が、ほんまに古墳の密集地なんやと実感する。

みそ岩屋古墳は、木々と草に囲まれとった。
はっきりと整備されて目立つというより、森の中にひっそり残っとる感じがする。
でも、その静けさがまたええ。
古墳は大きさだけやない。
目立つものもあれば、こうして緑の中に沈むように残っとるものもある。
どちらも、この土地の記憶を今に伝えとる。

道しるべを見ると、龍角寺、管理棟、資料館、古墳広場の文字が並んどった。
ここまで来ると、もう展示施設を歩いとるというより古墳群の中を歩いとる感覚に近い。
目的地は、岩屋古墳。
日本最大級の方墳といわれとる古墳へ向かって、木々の中の道を進んでいく。

道は静かで、木陰が続いとった。
さっきまで建物や展示を見とったのに、いつの間にか周りは森の気配になっとる。
この道の先に、本当にそんな大きな古墳があるんやろか。
そんなことを思いながら歩いとると、少しずつ空気が変わっていくような気がした。

そして、ついに岩屋古墳の案内板にたどり着いた。
龍角寺105号墳。
岩屋古墳。
ここから先が、今回いちばん見たかった場所やった。
案内板を見ただけでも、ただの古墳ではないことが伝わってくる。
房総の丘に眠る、巨大な方墳。
参拝のつもりで調べ始めた旅は、いつの間にか、古代の墓をめぐる旅になっとった。

岩屋古墳へ向かう道を進んでいくと、奥に大きな墳丘が見えてきた。
あれが岩屋古墳かと思いながら歩いとると、その手前にも古墳があることに気づく。
それが、龍角寺104号墳やった。
大きな古墳の前に、もうひとつ古墳がある。
この時点で、ここがただの公園や展示施設ではなく、ほんまに古墳群の中なんやと実感する。

104号墳は、草に覆われた小さな丘のように見えた。
でも、近づいてみると、墳丘の一部に石室の跡のようなものが見える。
古墳というと、きれいな形の丘を遠くから眺めるもの、という印象もあるけど、ここは少し違った。
土の中にあったもんが、今も少しだけ顔を出しとる。
そんな感じがした。

案内板によると、104号墳では昭和40年に石室部分の緊急調査が行われ、人骨や直刀、砥石、馬具金具、長頸壺などが出土したらしい。
さらに近年の調査では、直径30メートルほどの円墳であることもわかったという。
今は静かな草の丘に見えるけど、そこには確かに人が葬られ、品々が納められとった。
そう思うと、目の前の景色が少し重くなる。
ただの土やない。
ここには、誰かを送り出した人たちの時間が積もっとる。

石室の跡を見ると、古墳の内側に少しだけ触れたような気がした。
もちろん中に入ることはできない。
それでも、石の組み方やくぼみを見ていると、ここが墓として造られた場所やったことが伝わってくる。
案内板には、この104号墳が岩屋古墳に先行する古墳であること、そして両方の古墳が近い関係にあることも書かれとった。
つまり、目の前にある岩屋古墳だけが突然現れたわけやない。
この場所には、いくつもの古墳が連なり、時代を重ねながら造られてきた歴史がある。
104号墳を見たことで、このあと向かう岩屋古墳が、より大きな流れの中にあるものとして見えてきた。

104号墳のさらに奥へ進むと、
それが、岩屋古墳。
龍角寺105号墳や。
遠くからでも、もう大きさが違う。
手前の古墳も十分に「古墳を見に来た」という感じやったけど、これはその比やない。
思わず足を止めて、
「あ、でか……」
ってなった。
古墳というより、ひとつの地形みたいに見える。

近くまで来ると、その迫力はさらに増した。
斜面が大きく盛り上がっていて、頂上には木が立っている。
そして「古墳の保全のため登頂はご遠慮下さい」の看板。
そらそうやろなと思う。
これだけの規模の古墳が、そのまま目の前にあるんやもん。
近くで見ると、ほんまにピラミッドみたいやった。
もちろん形は日本の古墳らしい土の盛り方なんやけど、
人工的に築かれた巨大な台形の山という感じがして、
「昔の人、これほんまに造ったん?」って気持ちになる。

案内板を見ると、岩屋古墳には西石室があることがわかる。
奥行きは4.8メートル。
切石積みの横穴式石室で、床石や壁、天井の一部に貝化石を含む軟質砂岩が使われとるらしい。
こういう説明を読むと、ただ「大きい」だけやなくて、
構造そのものにもかなり手がかかっとるのがわかる。
しかも、ただ土を盛っただけやなく、石室を二つも備えた方墳。
それを7世紀の人たちが築いたと思うと、
この場所が当時どれほど特別やったかが想像できる。

西石室の入口をのぞいてみると、奥は暗く、ひんやりした空気が漂っているようやった。
中はよく見えへん。
でも、その暗さがかえって「墓」であることを強く感じさせる。
外は明るい夏の空。
けれど石室の内側だけは、時間が止まっているみたいに見えた。
こういう場所に立つと、古墳って歴史の資料である前に、
やっぱり“誰かを葬るための場所”なんやなと思わされる。

さらに東石室の案内板もあった。
東石室は西石室よりやや広く、奥行きは6.5メートル。
こちらも切石積みの横穴式石室で、構造や補強の工夫などが説明されとった。
一つの古墳に、東と西、二つの石室がある。
この時点で、もう規模感がおかしい。
古墳という言葉で想像していたものを、
岩屋古墳は軽く飛び越えてきた。

墳丘の斜面を見ると、ところどころ石がのぞいていた。
案内板を見たあとやと、それがただの石やなく、
この古墳の内部構造や歴史の断片に思えてくる。
何百年、何千年と時を経て、
土の中に隠れていたものが少しだけ地上に姿を見せている。
そう思うと、この古墳全体が、
まだ完全には語りきれてへん歴史そのものみたいやった。

少し離れて別の角度から見ると、岩屋古墳の大きさがさらにわかる。
草に覆われた斜面。
上に立つ二本の木。
そして、周囲の景色の中でも明らかに際立つその存在感。
これが、日本最大級の方墳。
写真で見るだけでもすごいけど、
実際に目の前にすると、もっと圧倒される。
「古墳って、こんなにでかいんや」
そんな当たり前みたいな感想しか出てこんくらい、
まずはその大きさに飲まれた。
しかも、これがどこか有名観光地の中心にあるわけやなく、
房総のむらの奥、木々に囲まれた場所に、静かに残っている。
その感じもまたよかった。
派手に主張しているわけやない。
でも、近づいたら圧倒的にすごい。
岩屋古墳は、そんな古墳やった。
岩屋古墳を見終えたあとも、まだ散策は終わらなかった。
この先には、旧学習院初等科正堂があり、さらに復元されたF101号古墳もある。
そして、そもそもの目的地やった龍角寺も残っている。
けれど、今回はここでいったん区切ろうと思う。
龍角寺に行こうと思って調べ始めたはずが、気がつけば房総のむらを歩き、古い町並みを見て、竪穴住居をのぞき、森の中の古墳を探し、最後には岩屋古墳という巨大な方墳の前に立っとった。
参拝のつもりが、古墳探しになった。
でも、こういう予定外の出会いこそ、文化遺産めぐりの面白さなんやと思う。
地図の上ではただの名前や番号に見える場所でも、実際に歩いてみると、そこには土地の記憶がある。
草に覆われた小さな古墳。
石室の跡が残る104号墳。
そして、緑のピラミッドのようにそびえる岩屋古墳。
房総のむらは、昔の暮らしを見せる場所やと思っていた。
でも実際には、それだけやない。
江戸の町並みの奥に、弥生の暮らしがあり、さらにその先に古墳時代の記憶が眠っている。
いくつもの時代が重なった場所。
それが、今回歩いてみて感じた房総のむらやった。
次回は、この続き。
旧学習院初等科正堂を見て、F101号古墳へ。
そして、いよいよ龍角寺へ向かう。
龍角寺参拝のつもりで始まった今回の旅が、どんなふうに龍角寺へ戻っていくのか。

その話は、また次回。
それにしても、房総風土記の丘は思っていた以上に広かった。
今回は岩屋古墳まで歩いたところでかなり満足してしまったけれど、まだ見られていない場所も多い。
地図を見れば、他にも古墳や資料館、文化財建造物が点在しとる。
一度歩いただけでは、とても全部は回りきれへん。
だから、ここはまた改めて歩きに来たい場所やと思った。
今回は、龍角寺へ向かう途中で出会った古墳群の話。
次回はその続きとして、旧学習院初等科正堂、F101号古墳、そして本来の目的地やった龍角寺へ向かっていこうと思う。

