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ヘミシンク18年 ― フォーカス27からフォーカス15へ。静寂に開いた新たな探求

ヘミシンクCDを使わなくても、フォーカス領域に入れるようになっていた。
フォーカス領域にはいることは、継続していた。

ただ、向かう先が変わっていた。

フォーカス27ではなく、フォーカス15へ。

気づけば、私はもうガイドを探していなかった。


ベッドに横になり、部屋を暗くし、呼吸を整える。
暗闇の中に階段をイメージする。

一段ずつ進む。

13。
14。
15。

眉間とこめかみにわずかに力が入る。
意識が拡張する感覚がある。

数十秒後、顔と頭の力を抜く。

その瞬間、浮遊感が訪れる。

体は眠っている。
しかし意識は覚醒し、体よりも大きく広がっている。

これが、私のフォーカス15へのプロセスだ。


まず、意識が体の上に抜けるようにイメージする。
天井を抜け、自宅の屋上を見下ろす。

文章だけ読むと幽体離脱のように思われるかもしれない。
しかし私の感覚では、意識は常に体の周囲にあり、幽体離脱とは違う。

イメージ力で離脱を補っている感覚だ。

自分の住む街、日本、成層圏、宇宙へと上がっていく。

このプロセスは、おそらく
Gateway Experience か Going Home に収録されていたものだ。

つまり私の瞑想は、依然としてヘミシンクを基礎としている。


宇宙を漂うこともあった。
南国のビーチや、
芝生の高原へゆくこともよくあった。

そこで何をするか。

大きく二つに分かれる。


一つは、ただ風景の中にいること。

大学時代、バイクを飛ばして海岸へ行き、
ただ海を眺めていた感覚に似ている。

眺める、音を聞く。風を感じる。

何もしない。ただ在る。


もう一つは、登場人物との会話だ。

ビーチに若く美しい女性を出現させることもできた。
しかし彼女は、私の想定通りのことしか話さない。

退屈になり、消してしまう。

所詮、自分のイメージの産物だ。


だが、時折、不意に現れる存在がいる。

老婆。
子供。等々。

彼らは、私のコントロール下にない。

彼らは、登場も予期できなければ、発言も予期できない。

意味不明な言葉を残して消えることもある。
だが、考えさせられる言葉もあった。

内観する。
対話する。

それが楽しかった。


ある日、子供が現れた。
彼は自分を小学12年生といった。(誤記ではない)

「おまえ、俺より進んだ世界に住んでるんだろ!」

意味はわからなかった。

だが、すべてに意味を求める必要もない。

私は、意味不明さそのものを楽しんでいた。


よく訪れるビーチや高原は、毎回ほぼ同じ景色だった。

心の原風景かもしれない。
昔見た絵葉書の記憶かもしれない。

曲がり角。
小屋。
椅子。

定型化された世界。

しかし、例えば、ときに城が現れる。
宇宙やビーチに城は明らかに不自然だ。

だが瞑想中は、それを疑わない。

心の原風景は定型化され、
その時々の心の状態に合わせて変化するのかもしれないな、と考えていた


ヘミシンクCDを使っていた頃、
私はフォーカス27を足しげく訪れ、ガイドを探していた。

だが、いつの間にか、

外部の存在を求める探求から、
内面を観察する探求へと変わっていた。

つまり、ガイドを探すのではなく、
自分の内側を観る。

フォーカス15の静寂の中で、
新しい精神世界の探求が始まっていたのかもしれない。


(続く)

このnoteは、
「意識」と「身体」、そして「その先」を探る記録です。
まだ結論は出ていません。
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長期実践の中で起きた意識の変化や体験を記録しています。
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