ギフテッドの結婚・仕事・趣味について(後日談#1)
先日公開した1万文字の私小説
高知能ゆえの孤独・渇望・不器用さ〜ギフテッドの苦悩と解放
では、結婚生活での挫折から離婚までを綴りました。
今後、このテーマとは全く関係のない記事も出していきますが、時々 ”後日談” として今考えていることを取り上げた記事も書いていきたいと思います。
今回は、人生を3分割する『結婚』『仕事』『趣味』という3つのテーマで現在の思考をまとめていきます。
結婚について
私小説を読んでいただければ分かる通り、自分は2回の離婚を経験しました。
「もうやめておけよ」
という意見があるのも重々承知ですし、自分としてもそのような気持ちは多少あります。
ただ、2回目の離婚に至るまでに心理カウンセリングを受け、WAISの結果を見て、本記事のヘッダー画像の通り
『ギフティッド その誤診と重複診断』
『大人のギフテッド 高知能なのになぜ生きづらいのか?』
という書籍を読み、自分なりに今までの人生を分析したことで見えてきたこともあります。
私小説でも触れていますが、稀に出会う "不思議な居心地の良さ" を感じる人の正体に今まで気づいていませんでした。
そんな人に会うと、今までは
「なぜか、この人とは気が合うなあ」
と思っていたのですが、これは偶然ではなく、必然だったことをようやく理解できたのです。
2回目に結婚した時のように自身の感情を押さえつけるのではなく、そのような ”同類発見センサー” をもっと信じるべきだったということです。
というわけで、実際に自分が出会った ”不思議な居心地の良さ” を感じる人がどんな人なのか、共通点を整理してみました。
(※あくまでも自分自身の体感で合う人の特徴であり、ギフテッドの人を見分ける方法ではありません。)
●1対1で話すと極短時間でセンサーが反応する
初対面でも話し始めてかなり早い段階で「普通の人とは違う」という明確な感覚がある。
会話に緊張感がなく、自然に会話が進む。
ただ、3人以上いるとその場にいる別の人に合わせて話しているからセンサーが働かない。
●修士号を取得している
これはかなり乱暴な共通点だが、ある程度の割合で当てはまる。
同じ性質を持っている人たちは ”何かを極めること” をライフワークとしており、修士までは進学していることが多いように感じる。
ただ、家庭の事情等で進学できなかった可能性もあり、100%の判断材料にはならない。
大事なのは ”何かを極めること” を大切にしているかどうか。
●一人の時間を大切にする
内省や興味対象へ没入する時間が長いため、一人の時間を大切にしている。
判断基準が他人ではなく自分自身であるため、一人で行動することも苦にしない。
●結婚願望がない(特に女性)
これは高知能の人には特にありがちだと思うが、まず自分一人で精神的に完結しているため、切実な結婚願望を持たない人の割合が高い。
特に女性は結婚すると ”女性としての役割” を求められ、自分一人の時間が削られたり自己実現ができなくなるという圧力を認識しているためか、結婚願望が薄いように感じる。
現時点では、性別に関係なく上記の特徴から大きく外れることはないのではと考えています。
繰り返しになりますが、まずは話してみて不思議な引力が働くかどうか、というセンサーを信じてみます。
そして、自分自身もそうですが一人の時間を大切にするし、フロー(興味対象への深い没入)状態に突入すると相手のことも見えなくなります。
このことから、お互いにそのような性質を持ち、自分一人で立っていられるような精神的自立がなければ長期的関係は成り立たないだろうと思います。
仮に結婚生活があるとすれば、まず子供前提にはならないでしょう。
もちろん相手との関係性次第ではあり得ますが……。
一般的な "寝食を共にする" "どこに行くにも一緒" という感覚ではなく、同じ家に住んでいたとしても時々一緒に食事を摂る程度とか、月に1回博物館等に行って静かに時間を共有するみたいな関係かもしれません。
確かにそこに相手はいるけれども、日常的に関わることはない、みたいな。
フロー状態から成果物を持って帰還し、パートナーにその面白さを語り、お互いに知的好奇心を刺激する時が一番幸せを感じる瞬間なのではないかと思います。
また、自分自身「絶対に結婚しないといけない!」とまでは思っていないのですが、自分のセンサーが働くような女性はほぼ結婚願望を持っていないでしょう。
むしろ、パートナーを必要としない自立した精神性にこそ惹かれる部分があるからです。
そして、そのような女性は精神的にもたれかかってくる男性を負担にしか感じないのではないかと思います。
そう考えると、自分に求められるのは特定の相手の存在に依存したりすることなく、精神的に自立し、ある程度複数の相手に分散して少しずつ頼ることなのではないかという結論に達しました。
これに関しては後述の『趣味について』で触れます。
自分自身の精神的バランスが整えられていないと、結婚願望がなかった女性が「この人となら一緒に歩んでいける」と思うことはないでしょう。
仕事について
次に仕事について考えてみます。
今の会社に就職した時、まず衝撃を受けたのは
「まともに会話が成立しない」
ということでした。
直前まで修士課程で同じ研究室の学生や教授と普通に楽しく会話していたのに、突然まともに話せなくなりました。
自分の出力を2段階下げてフィルターを通した言葉を使わざるを得ないため、会話するだけで疲労困憊です。
例えば会話のテンポについては1往復でやり取りする情報量が少なすぎて違和感があったのを覚えています。
自明の内容について省略して話を進めようとして怒られました。
しかも、その怒られ方が
「迅速に意思疎通しないといけないのに会話のテンポを乱すな!」
また、自分は連想ゲームやメタファー(暗喩)みたいなちょっとしたジョークが好きなのですが、そのネタの前提になる知識が無かったり、2つの事象の共通点を結びつける能力がない人が多く、話が通じません。
その結果、教養を感じない下ネタや第三者の噂話のような質の低い会話を聞いて愛想笑いするだけの状態になり、表情も強張り、自然に話したり笑ったりすることもできなくなっていきました。
興味深いのは自分が「この人は優秀だな」と尊敬するような少数の人からは
「君は頭が良いね」
「ちょっとレベル高すぎてついていけないよ」
と言われるのに、自分から見ても「(失礼ながら)この人は頭が悪いんじゃないか?」と感じてしまうような人からは馬鹿にされるという逆転現象が起きていたことです。
(WAIS受検前であり、自己評価としては特に頭が良いとは思っていませんでした)
これに関してはヘッダー画像の書籍を読んで「しばしば理解できないような発言をするため馬鹿にされる」という記述を見つけ、納得しました。
ただ、就職当時は本当に不思議でした。
他にもいろいろなことがありましたが、例えば以下のようなエピソードがあります。
先輩「○○(自分)はオバケとか信じるタイプ?」
まず、社会人になって職場でこのようなオカルトじみた言葉を聞くとは思わず、自分の頭には ”こいつ何言ってんだろう?” という不快な疑問が浮かびました。
とりあえず何か回答する必要があるため、
「え?信じるわけないじゃないですか!大人になって信じてる人なんているんですか?」
と回答すると
先輩「○○は天然だから信じてると思った」
という言葉が返ってきました。
仮にも理系修士卒の人間に言う言葉ではありません。
この人は教養もなければ自分に対する人として最低限の敬意すら持っていないのだと感じました。
それ以降、自分はその人と接する時、生身の人間同士という感覚を持たないようにしています。
しかし、組織内での評価は高く、その後その人は出世していきました。
このような職場環境でも耐えてきたのは、組織内でどうしてもやりたい仕事があったからです。
苦しい下積み時代を耐え抜き、数年後にようやく希望していた部署に異動しました。
その瞬間、世界が180°変わりました。
とにかく会話にかかるコストが少なく、職場にいても全然疲れません。
教養があり頭の回転が速い人たちばかりで、連想ゲームやメタファーもスムーズに理解され、直感的なジョークで笑うことができます。
それまで無口だと言われてきた自分がたくさん喋るようになり、自然な笑顔が増え、毎日仕事に行くのが楽しみになりました。
仕事内容としてもある程度の裁量が与えられるため、自身の抽象的思考能力や創造性を活かすことができ、成果も出て認められていきました。
この経験から、同じ空間にいる人間の質は選ばなければならないと強く感じました。
仕事に関しては興味関心がないと100%の力を発揮できませんので ”何をするか” も大事ですが、それ以上に ”誰と働くか” が重要です。
自分の特性上、結婚生活と同様に人間関係を妥協してごまかしながら耐えることはできません。
異動のタイミングもギリギリで、正直自分が壊れる直前でした。
”毎月給料が入ってくるから我慢する” という働き方は自分にとって持続性がないのです。
今後、どのようなポジションに異動するかは分かりませんが、再びダメな環境になった場合、早急に会社から脱出できるだけの準備は常にしておかなければなりません。
趣味について
趣味については、これも難しい二面性があります。
とにかく興味関心を持ったことに関しては一点集中型で極めます。
様々な情報を集め、それらを統合して戦略を固め、実際に試行錯誤を重ねることで当初の戦略を微調整して自身に最適化していくというのが自分の趣味のやり方です。
時間も体力も知力も総動員していきます。
そうすると、気付けば周囲の趣味仲間との差が開き、一緒に楽しめなくなっていきます。
一人で行動することも苦ではないためそれでも問題なく楽しめるのですが、趣味による人間関係は得られなくなっていきます。
本当は自分が極めている趣味について情報交換し、知的交流をしたいという気持ちがあるのですが、どうしても周囲に対して
「そんな浅い考えで取り組んで楽しいの?」
と感じて萎えてしまうのです。
このように人間関係が希薄になっていくと『結婚について』で述べたように複数の人間関係に分散して頼ることが困難になり、ひとたび同類センサーが働くような人に出会うとその人にオールインして迷惑をかけてしまいます。
そこで、今後は自分の好きなことをするだけではなく
”同類が多そうな場所に少しだけ顔を出す機会を作る”
ことを試していきたいと思っています。
ただ、突然現実に顔を合わせる場に行くのはハードルが高いというのもあり、とりあえず始めたのがこのnoteでもあります。
文章を書くのはそれなりに好きですからね。
まだ開始10日程度ですが、このようにニッチな内省ばかりの内容にも関わらず予想以上に多くの方に読んでいただき、驚いています。
本当にありがとうございます。
今後について
今回の記事に書いた内容は、あくまでも現時点での思考です。
もちろん、時間が経つことで今後考えが変わる可能性はありますし、またそのような”転機”があれば後日談シリーズとして記事にしたいと思います。
