MAJでの高市首相登壇による批判は本当に妥当なのか
2回目の開催となったMUSIC AWARDS JAPAN(以下MAJ)。レコード大賞に代わる音楽賞として期待されたが、今回、MAJの前夜祭に出席した首相への多くの批判が見られた
権力と音楽は距離を置くべき
政治利用をするな
表現の自由を侵害するな
どれも言うまでもなく正しい
特にDJトーマス氏の記事は興味深かった
両親が自分の親との時間を過ごせなかった過去を音楽で少しでも埋めたいことに政治が介入してくる不安が簡潔に伝わってくる
しかしいくつか気になった点がある
・韓国の音楽賞で政治家は(DJトーマス氏の知る限り)介入してない
・グラミー賞は反権力
・もともと政治発信の弱い日本に政治家が介入してくる不安
これらの主張に少し違和感を覚えた
例えばこの文章
もともと政治的メッセージを発する文化が薄い土壌に、首相個人が登壇するという光景が積み重なっていけば、次に誰かが政権批判的な楽曲を発表しようとするとき、その判断には「この業界は政府と仲がいい」という空気が影を落とす。
表現の自由は、こうした空気の蓄積によって、ゆっくりと狭まっていく。
この文は音楽賞を受賞するレベルの政権批判的な楽曲を投稿するアーティストがいる前提に立っている
日本で政権批判的なアーティストは超少数派である
記事に挙げられている羊文学や米津玄師などの反戦や社会的不平等のテーマを取り扱うアーティストはいるし珍しくない
しかし真っ向から政権をdisるアーティストはJHIPHOP界隈でもあまりみかけない(nextforeignなどはいるが)
たいていのJHIPHOPは有名人や大衆をdisる曲が多いし、そもそもJHIPHOP自体がマイナーすぎて大衆に知られていないのが大きい
tiktokやYouTubeショートなどで主に活躍するphonkアーティストやボカロなどのネット発の音楽ジャンルを見ても
将来への不安を描いたものやネットミームや日常でのあるあるなどを使ったネタ曲などが大半を占めており、そもそもエンタメを政治利用をしないという暗黙のルールが広まりきっているのもあって政権への批判をしないのである
またグラミー賞は「反権力」というより「民主党支持」と表現するほうが実態に即している。
実際、スポークン・ワード部門などで政治家に授与された例はオバマ元大統領やクリントン元大統領など民主党所属者に限られており、共和党政治家への授賞例はほぼ存在しない。
また、授賞式のスピーチを振り返っても、民主党政権下で現政権を正面から批判したアーティストはほとんど見当たらない。
なぜならグラミー賞受賞者はほぼ全員が民主党支持だからだ
世界一のプロデューサーと称されるグラミー賞28回受賞のクインシージョーンズ、全米一位10度、25回受賞のスティーヴィーワンダー、史上最多受賞数35回を誇るビヨンセ
ほかにもレディーガガ、ブルーススプリングスティーン、テイラースウィフト…
これらの超大物アーティストは全員民主党支持者である
もし純粋に「反権力」であれば、政権の党派を問わず批判が向けられるはずだが、実態はそうなっていない。
また韓国の授賞式では韓国政府関係者の関与度は実際には相当高い。
文化体育観光部が主催する「大韓民国大衆文化芸術賞」などの公式な政府表彰イベントにおいては、現職の閣僚(文化体育観光部長官など)が登壇し、祝辞を述べたり、アーティストへ直接賞を授与したりする関与が行われている。
またアジア最大級の音楽賞であるMAMA(韓国のエンタメ企業主催)には2014年と古くはあるが、当時の大統領がビデオメッセージで祝福した過去がある
古くからの上司や仕事仲間がこの賞に関わっているからあまり批判したくない、高市首相の出席でネットで叩かれることに心を痛めるからこそのDJトーマス氏の言い分には説得力があるし、長年音楽に携わられた方の意見としてとても重要な言説だ。
しかしその反例に挙げられているものが主観的な前提に立っていることへの違和感は拭いきれない
国が介入することへの不安は至極真っ当だが、そもそも反権力的なアーティストが日本ではほぼいないこと、グラミー賞でも民主党への極端な付託があること、韓国の授賞式での韓国の政治家の関与を見ても、他を美化しすぎていることは否めない
国がアップデートしきっておらず、厚揚げろがやanarなどのネット上を主な活動場所とするアーティストへの冷遇に対する不満などならかなり説得力が増すし、むしろそこを国への批判に取り上げてほしかった。
今後MAJへの批判は増すと思うが、現時点で自分のアーティストが受賞できなかった不満や反権力なファンからの非難に限定しているあたり、大衆からのレコード大賞に見られた批判が出てくるかは疑問だ。今後どういった展開になっていくかは注視していきたい
