【第64回】中学受験 × 親のエゴはあるのか
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道を示すのか。
示した道を歩かせるのか。
それだけの違い。
こんにちは。おじです。
このnoteでは、父親の苦悩と徒労に包まれた記事をできるだけ肩の力を抜いて発信しています(だって疲れてしまうので)。分析や解析を主軸とした記事ではございません。基本的に当方の独断と偏見に満ち溢れた内容となっていますので、どうぞあたたかいコーヒーと共にお楽しみください。
それって親のエゴじゃないの?
そのように感じたことや、
似たようなことを周囲に
言われたりした経験は
ありませんか。
さて今回は、一般的に
あまりポジティブに取られない
この言葉に対し、
私が思っていることを
オブラート3枚程度に包んで、
私見を述べていきます。…薄い。
#1 「エゴ」の定義
我々が日常で「エゴ」という
言葉を聞いた場合、あまり
ポジティブな印象は受けない
と思います。
それは「エゴ」という言葉が、
・自分中心的な考え方や欲求
・利益を優先する行動
など、世間一般では、
「エゴイズム」「エゴイスト」
といった、否定的な意味で使われる
ケースが大半だからです。
しかし、本来「エゴ」というのは
ラテン語で「自己」という概念であり、
「個性と創造性」「自己の確立」
といったポジティブなニュアンスも
含まれている言葉だということを
ここに記しておきたいと思います。
つまり、
「エゴ=悪」ということでもない。
ちょっと寄り道をしてすみません。
私は当然のように
心理学の専門家ではありませんし、
特別な講義なども受けていない
少し思想の偏ったタダのおじです。
なので、過去の心理学者の方の
知恵を少し拝借しています。
ありがとうフロイトさん
あっ、ビールで良いですか?(雑
こういった背景を知っていると
少し冷静にこのテーマを扱える
気がします。
そんなエゴです(即採用型)。
#2 モヤモヤの正体
さて、難しい話はほどほどに、
少し具体的な内容へ。
現実では日常的に「エゴ」や
それにまつわる会話を聞く
機会があったりします。
私のnoteでは主に中学受験に関して
取り扱って発信していますが、
とりわけ勉強に関わる内容に関しては
その色が濃くなりがちです。
「なぜそんなに勉強させるのか」
「子どもは望んでいないのでは」
「親の都合ではないか」
などなど。
私は幸い言われたことはありませんが、
口に出さないだけで、そう思っている方も
いらっしゃると思います。
考え方が「人それぞれ」という言い方と、
否定的な意見への反発感情はさておき、
決断までに色々と悩んだり試行錯誤した
経緯を分かり合えないまま議論すること。
それがモヤモヤの正体なのでは?
と仮定しています。
「自分の子どもに辛い思いをさせたい」
「よし、勉強させてやるか」
などと考える人はいないと思います。
それなのに、時にそれに近いような
言葉を投げかけられる。
そのギャップです。
#3 勉強が標的となる理由
ゲームが好きな子はいますか?
たくさんいると思いますよね。
私も同じ意見です。
ではどのくらい好きですか?
これは少し難しい質問です。
1時間程度で十分な子もいれば
1日中遊んでいる子もいます。
(私は後者です。)
そして多くの大人は
1日中遊んでしまう子どもに対し
危機感を持っています。
その一方で、
没頭してしまうことに対しては
違和感を持たないと思います。
それはつまり、
世の中一般的な感覚であり、
自分の感覚とギャップがないから
だと考えられます。
では読書はどうでしょうか。
たくさんいると思いますよね。
私も同じ意見です(くどい)。
ではどんなジャンルが好きですか?
少し難しい質問です。
アニメが好きな子もいますし、
ファンタジー好きな子、
歴史小説が好きな子
色々いると思います。
では勉強はどうでしょうか。
あまり好きじゃない子もいるし、
好きで自ら進んでやる子も
たしかに存在します。
ただし本やゲームと比べると
その母数は少ないと思います。
なのでギャップが生まれやすい。
人は自分の中にない考えに対し
少し慎重な意見になりがちです。
これが特に勉強に対して
懐疑的になる理由ではないかと
考えています。
#4 エゴは悪いことなのか
嫌がっていることに対して
無理やり取り組ませた瞬間に
それは「強制」となり、
「親の都合」ということになります。
大人でも、
やりたくないことはありますし、
強制されるのは嫌ですよね。
それと一緒です。
では次のケースはどうでしょう。
ゲームが好きな子どもに、
「ゲーム好きなら作ってみたら?」
「自分でも作ることできるよ」
と話をしたことはありますか?
ここで子どもが興味を示したとき、
プログラミングを習ってみようか
という話が出るかもしれません。
これに対して
「子どもは望んでいないのでは」
「親の都合ではないか」
とはならないと思います。
勉強が好きな子どもに
「もっと色々学べるよ」
と問いかけるとします。
子どもが興味を示したとき、
じゃあ塾に通ってみる?
これも同じ理屈です。
一つしか道を知らない子どもに
別の道も教えてあげる。
これは親の都合ではなく
親の役割だと思っています。
道を示すのか。
示した道を歩かせるのか。
それだけの違いです。
と、言いつつ
そんな父は方向音痴です。
国語に対して道を示した
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記事を書いてる間、息子は既に夢の中。。。
それでも続けているのは、もはや父の意地。
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