【主夫視点】『家族の一番の理解者』という美しい響きの落とし穴
嫁さんと5歳の息子、そして私の3人家族。
主に趣味の領域において、嫁さんと息子にとって、一番の話し相手は私。
家族の中で趣味を分かち合えるって素敵じゃない。
どこに問題があるの?
私の場合の気付きを書いていきます。
※前回の論点をまた別の角度から掘っていく内容です。
はみばっちょ家の趣味嗜好
嫁さん。
結婚前から韓国大好き。
東方神起大好き、SM所属グループ全般を中心にK-POP大好き。
勿論韓国ドラマも大好き。
数年前からはBE:FIRSTもお気に入り。
生活面ではここ数年で懸賞に意欲を燃やしだし、素敵な商品を当ててくれる素敵な嫁さん。
息子5歳。
Eテレの美術番組をたまたま観たことから美術の道を突き進む。
基本オールジャンル、最近では仏教美術と国宝を中心とした日本美術の方がお気に入りのよう。
でも5歳児らしく、ポケモンも大好き。
現行の最新版1025匹図鑑を眺めてはいつもニコニコ。
金銀で時が止まっているおとーちゃんは大変です。
さて、この2人の趣味道に共通するもの。
① 若干ニッチな分野
② オタク気質全開
③ ①②から導き出される、理解者の少なさ
そこに、私の気質、自分を削って相手に全投入するの大好きな精神が足し合わさるとどうなるか。
相手の話についていけるよう、相手と同じものを好きになって
自分が一番身近な話の合う理解者となる。
こうなる訳です。
私が理解者であるメリット
しかしこれは私にとってメリットのあると信じ込んでいた(後述参照)選択肢でした。
韓国にしても東方神起にしても美術にしても、私のそれまでの人生には縁もゆかりもない世界。
そこに飛び込んでいき、世界を知っていくのは純粋に面白い。
自分一人では得られなかった世界の広がりを、誰かと共感しながら手にしていくのはとても楽しいものです。
また、家庭の中に趣味の理解者がいるということは、共通の話題が常時存在しているということであり、常に話題が絶えないということ。
家庭内のコミュニケーションがとても円滑になるという実感もあります。
事実、東方神起の新曲が発表されたり、地元の展覧会の新情報を見たりしたとき、嫁さんと息子が真っ先に話す相手は私、2人にとっての一番の趣味友なんだろうなという実感はあります。
私は、この『誰かと同じものを同じように好きになろうとする気質』は別に特別なものではないと思っていました。
息子に対するものは特に。親なら、息子が好きになるものに一緒になって熱中するのは割と当たり前じゃない?と。
しかし、嫁さんを見ているとどうもそうではないらしい。
いつまでたっても新しいポケモンは分からん分からんと言うまま、美術もどこの美術館で何の展覧会があるとかはそこまで詳細に把握してない様子。
これはもしかして。
誰かと同じものを同じように好きになるって。
実は割りと特別な素養なのか?と気づくわけです。
あなたの理解者はいるの?
さて、それに気づいた私の中で芽生えたもの。
当初は、誰にでも取れるスタンスではないんだし、誇りに思ってOKなのでは?と考えました。
しかし直後に、自分に軸があって成立するスタンスなのでは?自分にはちゃんと軸となるものはあるの?
あなたの一番の理解者はちゃんといるの?
そう、ここなのです。
自分が家族の理解者となるメリットを前述しましたが、そこであえて省いたメリットと信じていたものがもう1つ。
【誰かの好きなものにただ乗りすることで、低コストで新しい世界を知ることができる】
そう、前回の自己投資の話に通じる、自分にコストをかけない精神がこれでもかと発揮された考え方です。
私は先日までこれをメリットと捉えていましたし、人によっては十分メリットになりうるマインドでしょうが、私のように自己の内面を削りに削りまくってる人が持つと、自分を放棄する免罪符となってしまうわけです。
そうやって自分を放棄した結果、誰かに一番の話し相手になってほしいような、夢中になれる何かを持たない自分が出来上がってしまい。
果たして、自分にとっての一番の理解者は誰になるの?同じ熱量で話をぶつけられる相手はいるの?という結論が導き出されます。
ただしこれは難しいところもあって。
例えば今回のはみばっちょ家でいうと、私が引いている分、嫁さんと息子は思う存分自分の熱量を私にぶつける事ができ、それでうまく回っているんだろうと感じる部分はあります。
これで私まで自己を主張して熱量が衝突しあったら、お互いうまく理解者でいられるのやら、どうやらと。
答えは中々出ません。
出るわけはありません。これまでの人生の上に成り立っている、今の選択肢とその裏付けなのですから。
なのでまだまだ考えます。
幸い自己について考えることは苦手ではありません。
まずは、夢中になれるものを探すところから。
