原民喜と丸山健二を繋ぐ人がいたとは
以前、ネット検索で「丸山健二」とすると「梯久美子さんと夫婦なのか」、と言うビックリするような事が書かれていて、もちろんそうではありませんが、お二人を結びつけるネタがあったからこのような事になったのでしょう。
さて、紅顔の美青年(笑)の頃から、丸山健二さんのファンで、ここでは親しみを込めてマルケンと呼ばせていただきます。
その昔、エッセイや小説から伝えられるマルケンの生き様は、自立して生きようともがく青年期の私に大きな影響を与えた。きっと人生で影響を受けた人ベスト8に入ると思う。
一方であまりにもピュアな原民喜と出会った事で、人として私なりに幅が広がったように思う。残された作品に感動し、作品を通じた作家論として卒業論文に選んだ。
大学は、勉強と学門の違いを知るところだ、と聞いた事がある。卒論を書いている時その意味がわかったような気がした。学門のドアを少し開け、その深みを覗いて、ここから先は僕には手に負えない、そう思った。
今から、40数年前の事だ。
この二人の作家の共通点は、生きるとはどう言う事かを全く違う角度から追求している点、又、群れない事、世界や人を俯瞰した眼で客観的に見つめる事だと思う。
しかし、目指す方向は同じとしても、この二人は全てにおいてあまりに違いすぎる。
梯久美子は、マルケンから物書きになることを勧められ、ノンフィクションの梯子を上り、数多の素晴らしい作品を残している。
そして評伝「原民喜死と愛と孤独の肖像」を発表した。
この本を知るまで、梯久美子を恥ずかしながら、存じ上げていなかった。
その後、彼女の幾多のノンフィクションやエッセイを読み、又、マルケンとの関係を知った。
私と同年代であることも知った。
本当に世に忘れられつつある原民喜を知らしめてくれて、嬉しい。
おまけに数年前、大学入試の国語の問題にも出題された。
40数年前、彼を学問の入り口にした身にすれば、
梯久美子さんにお礼を言いたい。
「ところで梯久美子さん、丸山健二について書くのは手強いですか」
ぜひお願いします。
