部屋の中の象⑤ 受験生の息子を壊した夫の一言
子どもが本音を言えない家庭
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はじめに
息子が別居後に打ち明けてくれたことと、
私が長年見てきた出来事を、一つにつなげて振り返ってみました。
私は長い間、夫婦喧嘩の問題ばかりに目を向けていました。
父親から息子への愛情の乏しさや、
「私は夫にとって大切な存在ではなかった」
という現実を、受け止めきれていなかったのです。
その結果、
息子を苦しい環境で育ててしまいました。
そして、息子が長い間抱えてきた悲しみを知った時、
私は大きな衝撃を受け、深く反省しました。
このシリーズでは、
その時初めて見えてきた「部屋の中の象」を、
息子の言葉と、私自身の体験を通して記録しています。
何が正しかったのか。
家族にとって、本当に大切なものは何だったのか。
そんなことを考えるきっかけになれば幸いです。
もし、離婚しないでこのまま生活を続けたら——
息子が味わったような辛さを、あなたのお子さんにも背負わせることになるかもしれません。
「まさか」と思う方にこそ、読んでほしい話です。
この先は、息子本人に関わる個人的な出来事を記しています。
プライバシーへの配慮から、有料部分とさせていただきます。
親子で食事をすることのなくなったリビング
我が家では、ずいぶん前から親子で一緒に食事をすることがなくなっていた。
夫婦喧嘩が絶えない環境。
息子が中学生のころ、
夫は、息子の親友を家に入れるなと言い、その子と縁を切るように言ってきた。
あの頃から、親子関係は崩れていった。
親友は、中卒の両親に育てられ、本人は発達障害で勉強は苦手。
高校は全日制は不合格。私立は受けない方針。定時制に入学するも、高校中退。現在は正社員で働いている。
見た感じは、親が止めたくなる環境の子どもだ。
しかし、親がジャッジしてはいけない。
私なら友達にはならないかもしれない。
そう思っても、それは息子自身の人間関係だ。
敢えて私は何も言わなかった。
父親が口を出したことで、親子関係はさらにこじれてしまった。
「家にあの子は入れるな。」と。
私は、驚いた。
すぐに、夫に説教したが、遅かった。
それから、息子は父親を憎むようになった。
そして、ほかの友達が我が家に出入りするのも気に食わない。
周りはみなマンションなので、大勢で騒ぐ部屋が無い。
田舎の一軒家の我が家なら、苦情は来ない。
私は喜んでリビングを使わせた。
中学生のころから、我が家のリビングは息子の友達が集まる場所になった。
私の実家に避難する前の高校2年生まであった。
大学進学してコロナ感染予防の国の対応が決まって帰省できるようになってからもリビング開放を再開したが、そのことで夫と口論になった。
年末年始も、夫が寝る時間を聞き取り、その時間以降は使っていいよ。と言って貸し出していた。
金曜日や土曜日も集まる事があった。
私が許可したのだが、夫にお伺いしないものだから、大喧嘩に発展した。
夫は就寝時間が早いので、リビングに私しかいないから私が許可したのだが、気に食わない。
夫は「家に他人が居ると気が休まらない。」と言う。
「普通は親の勤務形態を確認するものだ」と。
私は自分のことは棚に上げる理不尽な夫にこう言った。
「じゃあ、あなたは高校生のころ、〇〇君の家でよく集まっていたけど、確認していたの?」
「お父さんタクシーの運転手なら、いつ休みか分からないでしょ?」
「自分たちが学校休みだからって、お父さんが休みだと何故分かるの?」
「自分だって、若い時は気付かないで出入りしていたんだから、若い者の気が効かないことに腹を立てるものじゃない。」
「別に部屋に入る用事はないんでしょ?」
「リビングから一番遠い部屋なんだから、声なんて聞こえないでしょ?気持ちの問題でしょ?情けない。〇〇君のお父さんは翌日仕事でも怒らなかったんじゃないの?」
「私は真上の部屋だから時折聞こえるけども、寝れないほどじゃないよ。」
父親の機嫌で変わる家庭の空気
喧嘩は、小さなことにも目をつけられた。
朝は夫は食事をしないので、リビングを通らないでいつの間にかいなくなっている。
息子は受験勉強のため、夜が遅かった。
中学3年生のときは、塾に私が作った弁当を持ち込んでいた。
高校になっても夜が遅く、一緒に食事をとることはなくなった。
そんな我が家のリビングなのだ。
家族で進路について話し合う
何年も前から来なくなったリビングに、
息子の進路についての考えを聞くために呼び寄せた。
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