【畏怖】第一部/八話:「追憶の吾屋〜最後の別れ、復活の奇跡」
前回までのあらすじ(七話からの続き)
アヤカが語る神々の秘められた系譜と、封印された真実が明かされる。物語は、形を持たぬ古代の神々「別天津神」から「神世七代」へと続く。
アヤカたちは、初めて人の形として作られた神だった。美しくデザインされたが、内なる神の力を持たぬ「器」にすぎなかった。その反省からイザナギとイザナミには創造の力が与えられる。そして地上と神を次々に産み出すも、黄泉の悲劇を経て、イザナギが禊を行うことになる。
その中でアマテルは三貴子として知られてきたが、実は兄と共に「第八の世代」として双子の太陽神として誕生していた。だが兄はイザナギの穢れを全て受け、崩壊寸前で封印され、歴史から消された存在だった。
アマテルが無事生まれたのは、兄の犠牲があったからだと知らされ、初めて他者のために涙を流す。神話の裏に隠された物語が静かに幕を閉じる。
「追憶の吾屋〜最後の別れ、復活の奇跡」
< 最後の別れ、復活の奇跡 >
「……封印したのよ」
アヤカが静かに語った、真実。
崩れゆく小さな太陽神の魂が黄泉へ堕ちぬよう、イザナギの手によって封じられた。名も姿も知られぬ、失われた太陽神──すべてを引き受けた「アマテルの兄」の存在。
アマテルの頬を伝った"涙"が、アヤカの「何か」を揺り動かす。
「じゃあ、もう……お兄ちゃんには会えないのね」
アマテルの寂しげな声。
その震えの奥に、受け入れる覚悟を感じ取ったような気がした。アヤカは表情を崩さぬまま、立ち上がると静かに言った。
「……あなたの兄、小さな太陽神は、今もこの世界にいるわ」
アマテルはその言葉をどう受け止めればいいのか分からず、眉をひそめたまま俯いた。
「ついてきて。あなたに見せたいものがあるの」
アヤカはゆっくりと廊下の奥へと歩き出した。アマテルがすぐ後ろに続く。
──シェアハウスの裏庭。
そこに趣がある蔵がある。
アヤカは鉄扉の何重もの鍵を静かに外す。扉の向こうは、時さえ凍りついたような静寂。蔵は祈りのように厳かで、何かを守り続けている。
最奥には、蓮の装飾があしらわれた寝台。
そして、その上に静かに横たわる"人の形"──静かに目を閉じ、時が止まったかのような静謐な姿だった。
アヤカとアマテルはその前で立ち止まった。
白い肌。整った顔立ち。精緻な神像のように美しいが、どこか人間味もあるその姿は、ただ黙してそこにあった。
「オモダル……」
アヤカがぽつりと呟いた。初めて聞く名に、アマテルは目を上げた。
「そう、あなたとは面識がなかったわね。神世七代の"六代目の男神"……私の兄、オモダルよ」──美しい人の形を持つ最初の神であり、アヤカのパートナーでもある。
アヤカは優しく、オモダルの頬に手を当てた。
「オモダルが、イザナギに言ったのよ……『太陽神の魂は、私の器が引き受ける』とね──」
アヤカはオモダルとの最後を懐かしく思い出しながら、顔を上げた。
魂を封印したあと、オモダルの意識はなかった。
この蔵は、アヤカのわがままで造らせたものだった。
「深い眠りについたのね。でも、私はオモダルと離れたくなかったの。どうしても……」
アマテルはゆっくりと瞬きをした。
「この中に眠ってるの?」
アマテルの右手が器の胸元へ伸びていた。
ただ、その存在に近づいた。
ただ、それだけだった。
胸元に手を添えた次の瞬間、器が淡く光を放った。
ふわりと咲くような光。かつて見た、あの蓮の光と同じ──いや、それ以上に温かく、深い光に周囲が包まれた。
そして──光の中心から、声がする。
「……吾屋?」
アヤカが目を見開いた。
懐かしさと優しさと、幾千年の孤独を超えた呼びかけが、静かに響いた。その声を聞いた瞬間、アヤカは息を飲んだ。
「……オモダル?」
光の中、確かにその声は、オモダルのものだった。それは現実か幻か、判断もつかないほど静かで、穏やかだった。アヤカは、思わず一歩踏み出しかけて──立ち尽くした。胸の奥から、張り詰めていた何かが崩れかけるのを、必死で抑える。
光の中で、声が続いた。
「長い間、この器の中で、ずっと"太陽の子"を守っていた。崩れないように、消えないように──そして、語り続けていた。神の系譜を……」
そうなの……
アヤカは感情を抑えながら、アマテルの肩に手を置いた。
「ねぇ、ここに、もう一人の太陽の娘"天照"がいるのよ」
光の中から、オモダルが穏やかに応えた。
「そうか──彼が目覚めるようだ。太陽の双神が繋がるのだな」
アヤカは"何か"を察した。
感情が抑えられなくなり、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「泣くな、吾屋。私は"器の役目"を果たしたようだ……」
そして、オモダルが最後に言った。
「吾屋よ……泣くお前も美しい。お前はこれからも"美しく"生きよ」
アヤカは唇を強く噛んだ。
「ありがとう……私にはもったいない言葉よ」堪えきれず、膝をついた。もう、言葉にならなかった。
光が、すっと収束していく。
静かに、音もなく──消えた。
そして、残された"人の形"が、ゆっくりと動いた。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと開かれる。
その中に宿っていたのは、もう"オモダル"ではなかった。
「ここは……」
低く落ち着いた声。少し驚いたようにあたりを見渡す──彼。
アマテルが駆け寄っていく。
「……お兄ちゃん?」
彼はゆっくりとアマテルに視線を向けた。
アヤカは、そのやりとりを見つめながら目を伏せた。(オモダルの姿……でも、中にいるのは"太陽の子"なのね)
アマテルが優しく言葉をかけた。
「ありがとう、わたしを守ってくれて……」
アヤカは、その言葉に彼のまなざしが少しだけやわらいだのを見た。何かが届いたのかもしれないと感じた。
* * *
それから、数時間後──
アヤカとアマテルは天界の大臣たちに事の顛末を報告した。
太陽神は、双神でひとつ──いま、ふたたびこの世に現れたのだと。そして、アマテルとその兄は、主神が持つ本来の「神の力」を取り戻していた。
結果──彼らは、完全な「転移能力」を得たらしい。
そんな会話をしながら、ウカノミ特性の手料理を囲みながら時間を過ごした。「皆で、ご飯を食べる日が来るなんて……」そう呟いたアヤカの声には、胸の奥からこみ上げる安堵がにじんでいた。なぜなら、オモダルの姿にアマテルの兄が宿っているからだ。
アマテルが、彼とアヤカの顔を交互に見ながら、無邪気に問いかけてきた。「ねぇ、お兄ちゃんの名前、どうしよう?」彼は、目線をさげ悩んでいる様子を見せた。
アマテルが勢いよくいった。
「私と同じ文字……『テル』ってどう? アマテルのテル!」
アヤカはそっと微笑んだ。
「テル……いい名前ね。これからの未来を照らしてくれる」
彼が、少しだけ間を置いてから、静かにうなずいた。
アマテルの笑顔が、これまでで一番明るく見えた。
「お兄ちゃんもできたし……できれば、お姉ちゃんも欲しいな♡」
「よしなさいよ……そんな冗談は」
アヤカは苦笑しながら言ったが、その声はどこか嬉しそうだった。笑い声が、シェアハウス全体を優しく包み込んだ。
その夜、アマテルとテルは、揃って天界へ帰っていった。
二人を見届けながら、アヤカはそっと目を閉じた。
「ありがとう……」
それは、兄──オモダルへ。
そして、双神の太陽へ贈られた、最後の祈りだった。
── つづく ──
