【畏怖】第一部/終話:「穢れなき神。その名はアマテラス」
前回までのあらすじ(八話からの続き)
アヤカはアマテルに、失われた太陽神──アマテルの兄の魂が、崩壊の危機を迎えたとき、イザナギによって神オモダルの器に封印されたことを語る。
オモダルはそのまま意識を失い、アヤカは蔵を作り長い年月をかけて器を守り続けてきた。やがてアマテルがその器に触れると、眠っていた魂が目覚める。響いたのはオモダルの声。アヤカと長い時を超え再会の言葉を交わすが、その会話は「最後の別れ」だった。
そして、アマテルの兄の魂「太陽の子」は蘇り、アマテルと共に双神の太陽として神の力を取り戻す。新たな名「テル」を得て、二人は天界へと戻っていったのだった。
「穢れなき神。その名はアマテラス」
< いつもの天界の朝 >
──アマテル失踪劇から、ちょうど一週間後。
その朝は、いつも通りに始まった。
天空には雲がやわらかく広がり、高天原にいつもの朝が訪れる。静かな朝だった。余計な喧騒も、慌ただしい騒ぎもない。ただ、穏やかな空気が、「暁の神殿」にゆるやかに流れていた。
その最奥──主神専用の部屋。
金糸で刺繍された「太陽神専用」の掛け布団は、きちんと畳まれていた。もう誰も、そこに寝そべっていない。
デバイスのアラートが規則正しく鳴り始める。
画面には、天界の勤務管理アプリから通知が並んでいた。
《照射開始:5時30分・東の空》
《日照時間:8h・関東優先》
《演出モード:夕暮れナチュラル・SNS映えなし……設定中》
「さて、と……」
鏡台の前で、アマテルはゆっくりと髪を整えていた。装束はすでに着用済み。淡い光を反射する巫女装束の襟元を、軽く整える。
「……今日もよく寝れたわ」
深く刻まれた目の下のクマ──それは、もうない。肌も明るさを取り戻している。鏡に映るその姿は、洗練された天界の主神「太陽神」そのものだった。
「おはようございます、天照様」
神殿の前で、そば付きの神官たちが一斉に頭を下げる。
「おはよう。今日も良い朝ね」
アマテルは足を止め、わずかに微笑んだ。石段を下り、天候庁へ向け足を運ぶ。いつも通りの会話。いつも通りの空気。しかしその雰囲気は、確実に明るくなっていた。
──早朝5時頃/天候庁・出勤────
天界はいつも朝からフル稼働だ。
雷神が隊列を組み、風神の若手たちが端末片手にスケジュールを確認している。
失踪劇から始まった緊急の臨時体制は、すでに解除されていた。
「おはようございます、太陽神様!」
「あの……今日もお美しいです!」
アマテルの目の奥に、以前のような不安な揺らぎはなかった。
「えぇ、おはよう。でも、道で騒がないようにね」
その声は、凛として、それでいてどこか柔らかさを帯びていた。通路を通りかかると、若い風神たちの声が耳に届いた。
「今日も朝から、あたたかい……」
「俺、やっぱりファンクラブ入ろうかなー」
アマテルは小さく微笑んで通り過ぎた。装束の裾がふわりと風に舞い、優雅で癒される蓮の香りが周囲を包んでいた。
──5時30分/天候庁・雲海上空──
空の中心は、空気が冷たく肌に張りつくように澄んでいた。
スマホのスピーカーから、AIアナウンスが響く。
《曇り率:20パーセント。気温安定、照射準備完了》
アマテルは、静かに両手を広げ深呼吸をした後、照射ボタンをタップした。
東の空が、赤く染まっていく。
ゆっくりと、雲の隙間から光が差しはじめる。美しく、やわらかく、けれど確かな光。
「今日の朝焼けも、あたたかいわね」
アマテルは、小さくそう呟いた。
かつて、業務としてしか見えなかった空、そして同じ光。けれど──今はそこに、繋がれた「命の光」が重なって見えていた。
──11時30分/天候庁・ラウンジ──
「では天照様、午後のスケジュールは……」
現場の職員たちと会話を交わすアマテル。
「午後の演出はナシ、ね。朝の自然光で十分ってことかしら」
穏やかなやりとりの中、アマテルはテーブルに置かれた温かいペットボトルのお茶を口に運んだ。
「ありがとう。午後もよろしくね」
アマテルの声に、職員たちは小さく会釈した。
「……主神様……」
「柔らかく……気が……」
職員たちのヒソヒソ声が断片的に聞こえた。アマテルは聞こえぬふりで通り過ぎる。だが、歩きながらふと小さく呟いた。
──そんなに変わったかしら?
口元には、知らず笑みが浮かんでいた。
──17時30分/業務終了──
夕暮れが訪れる。静かに広がる茜色の空。
「じゃあ、これでラストね……」
それは、光そのものが祝福のように世界を包んでいた。
「みんな、今日もお疲れさま」
そう言って、アマテルはデバイスをしまい、そっとため息をついた。嫌な疲労ではなかった。心地よい疲れ。胸の奥に、わずかにあたたかさが残る一日だった。
そして──
アマテルは夕暮れの風を受けながら、夜の会議へと向かう。
< 天界レボリューション!?>
──夜20時頃/神政庁・会議室──
「……では、本日の議題は以上です」
ありがとう──アマテルはオモイカネに礼を述べた。二人のやり取りで、会議室の空気がふっと緩む。その瞬間、「はいっ!」とアマテルが席を立ち、ピシッと手を上げて高らかに声を響かせた。
「でね、わたしからー、重大なお知らせがありますっ♪」
なに……また何か起こるのか?
大臣たちの間に、ざわつきが一気に広がる。
「ちょっと大事な話なんだから〜、最後までちゃんと聞いて!」
アマテルは満面の笑みで、大型モニターにスライドを映し出した。
「それでは発表しま〜す!」
「 天界の未来を変える、超・画期的な三つの革命!」
一拍置いて、ばばーんと手を広げる。
「一つ!……天界に労働組合、ユニオン設立させます!」
「二つ!……スーパーフレックスタイム、導入します!」
まさかここで?
……おかめちゃんがもうすでに爆笑していた。男神たちは、ぽかんと口を開けている。アマテルは、そんな空気を完全に無視して、にっこり。
「そして〜、最後の三つ目……有給休暇、導入しま〜すっ☆」
アマテルは、片手を高々とあげて人差し指で天を指した。
──えぇぇ!?
爆発するように室内が騒然とする。
「ほんとに!?」
「共有されてないぞ」
「ま、また急に……」
アマテルはさらに話を続ける。
「でね、ちょうど良いタイミングなので──わたし、今から一週間有休使います!」大臣たちはあっけに取られた。
おかめちゃんは腹を抱えて笑っていた。
トヨ殿が涼しげに扇子で口元を隠しながら「ま、アマテルらしいのぅ」と一言。
「え、えーと……新制度って、管轄の省庁はどこ?」
アマノイワーは手元のタブレットを慌てて操作していた。
「ツクヨミ! 大変だぞ、起きろー!」
ハチマンがリモートのツクヨミに叫ぶ。
「まてまて! お前が抜けたら、また混乱するだろうが!」とオモイカネが立ち上がる。
「大丈夫だよ〜、いるからっ♪」
アマテルはそう言うと、心の中で「お兄ちゃん!」と呟いた。
次の瞬間──
会議室が光に包まれ「ポンッ」と間の抜けた音が響いた。現れた男は、アマテルよりやや年上の見た目。眉目秀麗で穏やかな眼差しに、無駄のない立ち姿。
「こんばんは、みなさん」
大臣たちが総ツッコミだった──「お前かー!?」
アマテルが笑顔で紹介する。
「そう! わたしのお兄ちゃん! お兄ちゃんが、いるからっ♪」
アマテルの兄、テル♂(=太陽神・アマテラス男神)が挨拶をする。
「妹の代わりに参りました『テル♂』です。以後よしなに」
テル♂は、復活して初めて天界入りをしていた。
しかも、ここ数日で、アマテルと語りあかし、太陽の「役割」を共に担うこと、「次世代」の主神として共に歩む"政界入り"を決意していたのだった。(実は、ただのシスコン……)
「じゃぁ、交代! あとはお願いね、お兄ちゃん!」
アマテルはそう言うと、転移の準備に入った。室内に転移の光が走る中、ヒラヒラと手を振る。
アマテルの視界から会議室の景色が徐々に消えていく。その光景は、以前の転移の時とは違い、微笑ましく見えていた。
呆れながら兄と話をしているオモイカネ。
頭を抱えているハチマン。
反応が無く、寝ているツクヨミ。
扇子をパタパタしながら涼しげなトヨ殿。
慌てて、どこかに電話をしているアマノイワー。
笑泣きしながら手を振るおかめちゃん。
行ってくるね……そしてまた、アマテルは天界から姿を消したのだ。
* * *
──そして地上、天神シェアハウス。
「また来ちゃったぁ〜!」
艶やかな巫女装束に身を包んだ"太陽神"が地上シェアハウスの玄関前にいた。
「はぁ? アマテル!?」
アヤカが驚きの声を上げる。
「有休休暇ってことで〜、また一週間ヨロシクね。アヤカおば……」
「いや、アヤカお姉ちゃん♡」
アヤカは声を裏返しながら絶叫した。
「や、やめてぇぇ〜!?」
これが、太陽神による"新しい日常"の始まりだった──
── 第一部・完 ──
