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【畏怖】第二部/二話:「月隠りのツクヨミ」

※6月にTalesで公開して削除されていた「畏怖」の移植版(第二部)です。


前回のあらすじ(一話)

アマテルの失踪騒動から平穏を取り戻した高天原。アヤカは久方ぶりに天界へ昇り、療養中のイザナギを訪ねる。
イザナギは、"禊の儀"と"封印"で力を使い果たし衰弱していた。古い記憶を辿りながら、自身が神である前に父であろうとした選択を振り返り、失われた神々の記憶や"親"としての想いを巡らせる。
その最中、アヤカは「神話の真実」をアマテルへ語ったこと……そして、封印されたもう一人の太陽神"アマテルの兄"が復活したことを彼に伝えた。
イザナギは、すべての役割を果たしたことを悟り、最期に天界の行く末を"アヤカ"に託して、愛する妻のもと──黄泉へと旅立った。


「月隠りのツクヨミ」


<月明かりの部屋にて>

 深夜2時、丑三つ時。

 暁の神殿。外苑近くの離れにある別荘。
 月明かりがカーテンの隙間からほんのりと差し込み、布団の山を淡く照らしていた。

 その布団に沈むように、神がひっそりとその身を縮めていた。夜の神・ツクヨミ(=月読・通称:ツッキー)である。

「はぁ……」

 ため息は深く、どこか諦めにも似ていた。まるで月の下、風を避ける野良猫のように、彼は身を丸めていた。

 この部屋は、朝も昼も"薄暗い夜のまま"に保たれている。一年を通じて間接照明のみで調整され、まさに「夜型仕様」の徹底された空間だった。

 そんな彼の暮らしを支えているのが、天界の配達インフラだ。必要なものは、部屋にいながら全て手に入る。さらにウカノミが、定期的に手作りの弁当を届けてくれるという、至れり尽くせりの生活。

 それでも彼の表情は、どこか冴えなかった。

「父上も亡くなって、僕はどうしたら……」
 ぶつぶつと文句を漏らしながらも、彼は沈黙の中で、静かに訪れを待っていた。

 ──コンコン。

 控えめなノック音。
 そして、ガチャ、と冷ややかな音を立ててドアが開く。

 現れたのは、冷蔵庫のようなフォルムのAmenoアメノ(=天鳥船)。クール便仕様のドローンである。
「ツクヨミ様、配達。生チョコケーキ、夜空ミルクティー。あと、月見バーガー(ロボット語)」

「ありがとう、Ameno……僕の味方は、お前とウカノミだけだよ」
 彼はそっとケーキの箱を抱き、膝の上に置いた。ドローンは小さくモーター音を鳴らしながら、静かに退出する。

 彼の目はその小さな包みの上にとどまっていた。

「姉さんも、スサノオも、あんなに、身勝手なのに……」
 アマテルとスサノオの姿が、まぶたの裏に浮かぶ。自信に満ちたその笑顔。光のように眩しい存在。

「二人は、僕にとって、眩しすぎるんだよ……」
 ──どうして、あんなに自信を持てるんだろうか。自分と何が違うんだろうか。問いだけが静かにくすぶり続けていた。


   * * *


──15時/天界・高天原界隈──

 その日の午後。
 アヤカは天界にいた。

「雲隠のいおり」──ここは高天原たかまがはらの一隅にひっそりとたたずむ宿。

 神々でさえ声をひそめるこの庵は、華美かびではないけれど揺るぎない美の気配が満ちている。アヤカがいつも利用するお気に入りの隠れ宿だ。

 庵の一室でくつろぐのは、アヤカ、ウカノミ、そして二人を出迎えにきたアマテルの女神たち。

 アヤカがクッションに腰掛けながら二人に話かける。
「ツクヨミくん、まだ部屋から出てこないんだって?」

 ウカノミは、おっとりした口調でストローをぷすっと紅茶に刺した。
「はい〜。Amenoさん情報でも、相変わらずの引きこもりで、しかも、夜はチョコケーキやハンバーガーだけのようでぇ〜」

 アヤカは小さく息を吐き、頭を抱える。
「夜中に高カロリーばかり。ジャンクフードで動いてるって……神の風上にも置けないわね」

 アマテルが珍しく、かばうような口ぶりになる。
「でも、ゴミはちゃんと部屋の前に出してるのよね〜。だから、部屋から出ようと思えば出れるのよ!」

 今では"子供部屋おじさん"状態のツクヨミ──夜型の生活、光が苦手、人付き合い苦手、おまけに陰キャで引きこもり体質……

「もはや、お手本のようなテンプレよね」
 アヤカの冷静な指摘に、アマテルとウカノミが小さくうなずく。

「でもさぁ、テンプレってことは、逆手に取れるんじゃない?」
 逆手?──アマテルの言葉にウカノミが、ぽかんと小首をかしげる。

「こういう陰キャって、"チー牛"がテンプレでしょ?」
 アマテルの典型的な偏見に、アヤカは妙に納得した。
「なるほど。夜食に牛丼とくれば……」

「ラーメン!」
 ──三人の息がピッタリとあった。

 アマテルが寝転びながら足をバタバタしている。
「あぁ、もうこっちがお腹空いてきた〜☆」

 ウカノミが笑顔でカバンをごそごそと探り、何かの冊子を取り出した。
 表紙には"最新ラーメン食べ歩きマップ"と書かれているのが見えた。
「それならオススメは〜、鶏白湯スープの家系濃厚ラーメンですぅ〜」

 さすが、グルメで料理人。やることが徹底してるわ……二人が盛り上がる中、アヤカは手元のペンをくるくると回しながら思案を巡らせた。
「これは、まさしく『夜系よるけいラーメン大作戦』よね!」

 アマテルが勢いよく立ち上がった。
「出た〜、ミッションっぽい〜! それで、いつ決行するの〜?」

 ウカノミがデバイスを取り出し、画面を数回タップした。
「あした、定期弁当を配達する予定がありますぅ〜」

「じゃぁ、それで決定〜!」
 アマテルが手を挙げながら応えた。

「はぁ〜い。じゃあメニュー練るのでぇ〜、買い物に行ってきま〜すぅ!」
 ウカノミはぴょこんと立ち上がると、軽やかに外へと消えていった。


   * * *


 ──賑やかな会話から一転

 余韻が消えたその部屋に、沈黙が静かに満ちていく。

 アヤカは、ぽつりと呟いた。
「あの子、本当に不思議な子だわ……いつも明るく笑ってるけど、いろいろと背負ってるのに」

 アマテルも、ふと真顔になる。
「うん。ウカノミはねえ〜、夜の顔もあるから……ツッキーのことも放っておけないんだろうな〜」

「それで、ウカノミとツクヨミは仲がいいのね」
 アヤカはしみじみと思う──初めて同居をした日、朝と夜のウカノミがまるで別人だったことに、アヤカは本気で驚いた。

 だからアヤカは、同居後にウカノミについて調べていた。

 食の神、農耕の神、商売の神、そして稲荷の神──果ては夜の狐まで。気づけば、時代の都合でいくつもの名と"役割"を背負わされてきた神。それはもはや、ひとりの神に収まりきるものではない。

 若いのに、背負いすぎよ。よくあんなに穏やかでいられるものだ、とアヤカは思った。

 アマテルが、主神らしく真面目に答える。
「トヨ殿をヘッドハンティングに成功したから、ウカノミも自由になれたからね〜」

 ──ツクヨミが少しでも変わってくれれば……
「ウカノミも頑張ってるから」と、アマテルは苦笑いを浮かべた。

「そうね。一杯のラーメンで、閉ざされた夜がほどけるかしらね」 
 アヤカはゆるやかに笑った。

 庵の外では夜の帳が下り、今日もまた、月隠りの夜が訪れようとしていた。


── つづく ──



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