【畏怖】第一部/六話:「畏怖の女神・アヤカシコネ復活」
前回までのあらすじ(五話からの続き)
早朝、地上・シェアハウス──アヤカは、外がまだ暗いことに焦りを感じる。太陽神アマテルの不在が人類に重大な影響を及ぼすことを恐れ、彼女に問い詰めるが、アマテルはのんきにお茶を飲みながら「転移してきた」と告げる。
アマテルは伝説の神器「天之瓊矛(あめのぬぼこ)」の装飾玉に残された力を利用して転移装置を独自に作り、神の力で空間転移を成し遂げたのだった。その背景には500年に及ぶ研究と、天才的な才能が隠されていた。
外の空は明るさを取り戻していたが、騒動はすでに天界へ波及。軽やかなアマテルとは対照的に、アヤカは天界政府へ連絡を取り、神々が集う緊迫した臨時閣議へと繋がる──。
「畏怖の女神・アヤカシコネ復活」
< 畏怖のアヤカシコネ >
──早朝6時30分すぎ/シェアハウスの居間──
アヤカは、天界で職務を果たしていた懐かしい記憶を思い出す。その記憶が、そっと背中を押してくれた気がした。
一呼吸を置いて言葉を発する。
「吾屋だ……皆、変わりはないようね」
画面の向こうからは、即座に一斉の挨拶。
「──吾屋さま!」
懐かしい顔ぶれ。
「会議中だったのかしら?」いや、懐かしがってる暇はない。
オモイカネの声。
「はい、会議中でワシが仕切っております」さすが天界政府の参謀的存在。信頼できる……はず。オモイカネの話では、緊急対応はひと段落して、あとは、アマテルの所在と今後の議論をしていたという。
「アラートでご存じかもしれませんが、アマテルが失踪しまして、その対策に追われておりました」
そう……とだけ返したアヤカ。
ここで変に情報を出すと面倒だ。画面には大臣たちの顔が並び、その後ろには若い職員たちがずらりと控えているのが見えた。
アヤカは少し声のトーンを変えた。
「若い子たちの人払いをお願い……大事な話だから」
オモイカネが頷き、手をひらりと動かすと、職員たちはスッと退出。無言の合図で動くあたり、教育の賜物だ。
「で、大事な話とは?」
限界だった。
さすがの重い空気に、アヤカは耐えきれなくなっていた。
そして、一気に叫んだ。
「って、ちょっと! あなたたち、この事知ってるの? なんでここにアマテルが来てるのぉ!」
「──はぁ?」
画面越しに大臣全員が、一斉に叫んだ。
「えええっ!? アマテルー!?」
「……本当にいるのか!?」
その瞬間、アマテルがふらりとアヤカの背後から顔を出し、画面に向かって手を振った。空気など微塵も読まないその様子に、アヤカは無言で額にしわを寄せ、これが現実なんだと改めて実感した。
* * *
アヤカは、早朝に起きたドタバタの全容を、天界の神々に説明した。
途中、何度もアマテルが茶々を入れてきたが、どうにか語り終える。
「……ということなのよ」
ため息混じりに締めくくると、画面の向こうでオモイカネが渋い顔をしていた。
「そうでしたか、とんだご迷惑を」
それでね……今の天界はどうなってるのよ?
「ツクヨミくん? スサノオ? どうなってるの?」と、アヤカは問うた。
オモイカネが申し訳なさそうに言う。
「スサノオは、ご存知のとおり、完全に暴走気味です」
──ツクヨミくんは?
「……就寝中です。起こすのは、得策ではないかと」
アヤカの額がピクッと引きつった。(寝てる!? このタイミングで?)
アマテルが、ここぞとばかりに入ってきた。
「ほら、あの子マイペースなのよ、私に興味もないし」
「引きこもってるだけで時間はあるでしょ?」
「もう交代制にしてツッキーに働いてもらえばいいじゃない」
愚痴が止まらない。
アヤカは無言で額を押さえた。これ、全部会議に流れてるからね。思考も秩序も、どこかへ吹き飛びそうだった。
「──いい加減、戻ってこい!」
画面の向こうでは、大臣たちが騒いでいた。
「無理よ、休むって決めたんだから〜」と、アマテルはどこまでもマイペースだった。
そこへ、アマノイワーが冷静な声でアマテルに聞いた。
「アマテル、あなた……転移装置を作ったのよね?」
「さすがイワちゃん〜!」
アマノイワーが画面の中で、頭を抱えている。
「どうやった? あの時、無理だと判断したはずだが?」オモイカネも食い気味に聞いてきた。
そして始まるアマテルの開発・自慢話。
それを聞きながら、アヤカは静かに思った。──この子って、本当に自由すぎる。でも、許してしまう。そういう可愛い子なのよね。
画面の向こうで、おかめちゃんが爆笑している。
「で、アマテルちゃん、帰ってこれるの〜?」
「無理よ〜。地上に落ちた時ちょっと壊れたっぽい☆」
おかめちゃんの声に、アマテルは無邪気に返す。画面の男神たちの顔が、一斉に曇った。机を叩く音が聞こえてきそうだった。
「ならあなた、空飛んで帰れば?」
アヤカがちょっと意地悪く言うと、アマテルは口を尖らせた。
「えぇ〜、今日から泊まるって言ったでしょ? アヤカおばさ〜ん♡」出た、この態度。小悪魔め。
「で、どのくらいで直るのじゃ」
オモイカネの問いに、「数ヶ月かかるかも〜」と、アマテルは軽く指を折りながら答える。
オモイカネの頭痛が画面からにじみ出る。
「緊急対策は、一週間しか持たんぞ……」
アヤカは心の中で"御愁傷様"とつぶやいた。
男神たちがタジタジな空気が続く。もはや女子会トークとなっていた最中、ここまで一言も発しなかったフトダマが、改まってアヤカに質問をした。
「吾屋さま。……実は、この場でお伺いしたいことがあります」
会議室に、静けさが落ちた。
「なに、フト?」軽く返事をしたアヤカ。
「天照様は──
神世の世代ですか?」
「!?」
フトダマの発言に一瞬、時が止まった。
(え?)
画面の大臣たちがざわついた。
「フトダマ?」「パパッ〜!」「まだ、その話は後じゃと言ったろう!」
アヤカの声が、少し冷たくなった。
「フトよ……それはどういう意味か?」(背筋が寒くる)
フトダマが大臣たちの静止を振り切って話を続けた。
今回の事態で、古の資料を再調査していた。……太陽神について、何か秘密があるのではないかと考えた。今回の転移の件から察するに、先代たちと同じ"神の力"があるのではないか。そして、イザナギたちの次──「神世八代」なのではないかと。
フトダマの核心をつく質問で場の空気が変わった。
アマテルも、虚をつかれた顔をしている……
アヤカは何とか冷静を装う。
「なぜ、そう思ったの、フト?」(鼓動が聞こえる)
「転移を使ったのであろうことは、我々も気づいておりました──それで、先ほどの天照様の自慢話。それで一つの合点がつきました」
アヤカは少し安堵した。
それは、私も今朝知ったこと。まだ「あの事」は知られていないはず。
「フトよ。なら、ツクヨミもスサノオもってことかしら?」
微笑したアヤカはフトダマに切り返した。ポーカーフェイスに隠された感情に強気と弱気が混在していた。何だかとても心の中が気持ち悪い。
アヤカに気おされるフトダマは曖昧な返答をした。
「そうは、思っておりません。ただ……所々、古い資料が抜け落ちているようでして」
そうなのね……
アヤカはわざと言葉少な目に返した。心の奥底を覗かれたような気がした。新世代の神々は、確実に「あの事」へと手を伸ばしつつある。(……もう、そこまで知られているのね)
アヤカは、静かに心の奥でつぶやいた。(ついに、語る時が来たのか)
これが、私に課せられた定めなのね。
あれほど「役割」のない存在だと思っていた私に、こんな"大役"が残っていたなんて……もう、逃げられない。これは、役目を果たす神の物語。
「……アマテル」
アヤカは、そっとアマテルを見つめた。
「こっちへいらっしゃい。……話すわ、あなたに真実を──」
ひとつ深く息を吐いた。
そして、静かに語りかける。
その声音には凜とした芯が宿りながらも、どこか包み込むような優しさを帯びていた。その姿は──古の時代、神々が畏れと敬いの念を込めて崇拝した"畏怖の女神"そのものの美しさを湛えていた。
── つづく ──
