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あえて健康を語る(健康編)

前編後編でお届けしているこの「健康を語る」

前回の『健康』を過信して予定を入れまくってからの体調不良→即入院→必死の退院までの流れはこちらからご覧ください。

退院後の気づきと苦労


送迎バスを降りて、いよいよ念願の行徳の街に到着。真っ先に向かったのは治療院です。
入院前にお世話になった先生に挨拶しに行き、たった2週間でも懐かしく感じた治療院特有のお灸の匂いに感激しながら、ふらふらの牛歩で帰宅。
念願の我が家にやっと帰ってこられた安心感で、まずはベッドにゴロン。


誰もいない部屋、天井に向かって

「ただいま…。あー疲れた」

退院許可が出たといえど、2週間ほとんど動かず食べずだったのでバス停から治療院に寄って、自宅に帰るだけで私の体力ゲージは0になっていました。

買い物に寄る元気はなく、未だ食欲も湧かないため病院で余った水とゼリーで過ごしその日は休みました。


入院前からの変化

まず見た目ですが、入院前と比べると筋力が落ち、体重が7キロ近く減っていました。脂肪はちゃんと残ってますし、少しだけ内臓脂肪も増えてました笑
動いていないし、食べてないのにちょっと悔しい気持ちです笑

入院前にがっつり運動をしていたので筋肉が落ちたのがよくわかり、モデルさんのような引き締まった細さではなく本当にガリガリひょろひょろになっていました。

体が細くなりすぎて持っていた服装が似合わなくなっており、体のラインの出る服装を避けるようにしていました。(服を選んでいる余裕もなかったのですが、それにしても可哀想な見た目でした)
6月中旬の蒸し暑くなった時期なのに長袖やズボンを履いたりしてそれはそれで辛かったです。

幼少期から運動大好きっ子でしたし、体を動かす習い事もしてきました。
特にその中でも水泳は長年していたので肩幅も大きく、背中や脚にもしっかりと筋肉がついていたのですが、それが全てごっそり無くなって30年以上培ってきたもの全てがリセットされた感覚になりました。

あと、不思議だったのは歩き方と姿勢の変化です。
まっすぐ背筋を正して歩きたいのですが、顔は俯き肩もすくませないと歩けませんでした。重力に負けているようなそんな感覚になり、人は体調が悪い時は姿勢も正せなくなるんだと身をもって知ることができました。

そして、見た目以外に実感したのは体力と首を振った後の視界の変化。
自宅から職場まで5分圏内で歩ける距離なのですが、たどり着けるのか心配でゆっくり歩いては休憩して一生懸命歩きました。

また車も通る道を歩く時に後ろをチラッと振り返りながら道を横断すると思うのですが、それが本当にしんどく視界がグラッと揺れて酔うような感覚になります。
これは髄膜炎の影響なのかもしれないけど、できることなら首を動かして左右をよく見たくなかった(そんな感覚に陥るほど首を動かすことが怖かったです)期間が5日ほど続きました。


「当たり前」のために目標を立てる

とにかく寝っ転がっているのが一番楽で、できれば動きたくなかったのですが状況は変わらず、一生こんな感じなのか?元の生活に戻れるのか?と不安が募っていきました。

1週間後には再検査のための入院も控えていたのでなんとか状況をよくしておきたい気持ちもあり、私は覚悟を決めて完全復活までの目標を定めます。

私の目標は退院から10日後、仕事に完全復活!
施術の1時間、しっかり立って施術ができるように体力と集中力を元に戻すため歩く距離を伸ばしたり、一人でできることを日に日に増やそうと努力しました。

当時の日記には
「今日はお風呂に入れた」
「スーパーまで行けた」
「今日は途中で歩けなくなってすぐに引き返した…」
「目標にしていた河原まで歩けた」
「今日は職場で雑務ができた」
「友人が会いにきてくれてご飯を共に過ごせた」
「元気でご飯が食べられたことに感激した」

当時の日記抜粋

拙い日記ですが、1年経って読み返しても壮絶と思いますし、当時サポートしてくれていた友人や連絡くれた友人には本当に感謝しきれません。

この期間で体力をつけるためにバドミントンにも復活してみました(無茶してるって今なら思います笑)
もう生まれたての子鹿状態で、ちょっと動いてもヒーヒーで空振り連発
100gにも満たないラケットがダンベルのように重く感じました笑
いつも本気でバドミントンしているメンバーですが、めちゃくちゃ手を抜いて私のリハビリに付き合ってくれました。

そんな日を重ねてついに退院1週間後の再検査入院を迎えます。
少し筋肉も取り戻して病院へ、人並みに歩けるようになった姿を担当してくれた看護師さんにも見せることができとても喜んでいただき、私も嬉しかったです。
肝心の検査結果は、まだ多少の炎症は残っていましたがこのまま生活していいそうで1泊して帰ることができました。
お世話になった担当医師、看護師さんにしっかり挨拶して無事に退院することができました。

目標としていた10日後よりも1日早い9日後に、やっと仕事に立つことができました。

患者さんと約1ヶ月ぶりに会って、話して、施術して。
「浮気しなかったよ〜😏」と冗談まじりに待っていてくれて。
帰ってくる場所と待っていてくれる人がいて泣きそうになりました。


「できたことができなくなること」

ここからはこれまで読んでいただいた経験を通じて私が気づいた健康への定義です。
『健康』を語るのに必要な定義は【健康な時にできていたこと】だと私は思います。

当たり前にできていたこと」ができなくなると、ようやく人は『健康』に対して尊さや感謝をするようになります。前述のように私もそうでした。

バドミントンをしていた自分。夜中まで起きていても翌朝頑張れる自分。仕事を朝から晩まで行える自分。お酒や刺激のある食べ物を楽しめる自分。

もっと言えば、立ち上がって背筋を伸ばして歩いている自分。なんの苦痛もなく呼吸をしている自分。好きなこと、という欲がある自分。
人と話して笑って、当たり前と思っている生活をしている自分。

これらはとても尊いことでした。
私のようにできなくなるのは本当に前触れもなく、突然のことです。


私が考える『健康』

『健康』とは、当たり前に自分らしく楽しく生活できること
さらに『健康』であることを目指すなら、その当たり前の環境に感謝できるような余裕のある状態にすることだと思っています。

私は入院する前、見た目は健康でした。
しかし、自分のキャパを考えずエゴで動いたり、他人が嫌な気持ちにならないように人と関わってきました。


心の健康は見落としがち

当時の私はスケジュールをこなしどんなシーンも元気に振る舞い、帰宅する頃には(楽しかったけど、疲れたー)と疲労を感じていました。
明日のスケジュールのために早く寝なきゃと緊張しながら寝て、また明日を迎えテンションで人に触れ合って気を遣って…帰宅して(楽しかったけど、疲れたー)の無限ループ。

忙しい自分を楽しんではいたけど、その忙しさにかまけて凡ミスや人への無礼もあったかもしれません。そして頑張っている自分を労わる心の余裕もありませんでした。

そしていざ病気や悩みを抱えた時は、辛い症状もそうですが(このまま治らないんじゃないか)という不安感に苛まれ気持ちも沈んでいきました。

髄膜炎になる前からなった後まで、心が穏やかになったり、体をしっかり休めようって思う余裕がなかったんですよね。今思えば。


健康のために『しない』こと

【病は気から】とは本当によく言ったものです。

気持ちが病み、悲しみに浸るとその悩みや辛さに対して、自分を放棄し始めます(私の経験です)

何かに縋りたい、治してもらいたい、元の生活に戻してもらいたい
他人がどうにかしてくれるであろう考えが常に頭にありました。

担当医に相談しましたが、対症療法で症状がおさまるまでどうにもならないと伝えられ絶望に浸り、何故こうなったのかを環境のせいにしました。
辛く悲しみでいっぱいになりました。

そこから動けなくなり、より食べられなくなり、回復を感じられなくなったのです。(もちろん、その気持ちが全てではないことは体験した私がよく知っています。)
気持ちも含めて、本当に動けなくなりどうすることもできませんでした。

頼っても泣いて縋っても、周りの人の力では回復にも限界があります。


自分から栄養ドリンク(前編をご覧ください)を必死に飲もうとしたり、退院して2週間後の完全復活に向けて自分に程よく刺激と休息を入れました。
自分の体の声に耳を傾け、心に余裕を持とうとしました。

大袈裟ですが、できなかったことができるようになった喜びを感じるたびに『生きている』と思いました。

ここまで回復できたのは間違いなくサポートしてくれた周りのおかげです。
しかし、周りのサポートとは「回復するための環境を整えてくれた」こと。

回復するのは自分自身です。

ここで自分を放棄して、他人に辛さや悲しみを伝えるだけだったら。
他人にあたって悲しんで、自分では何もしていなかったら。

周りがいくら助けてくれようとしてもここまで回復していなかったと思います。
体調が悪くなることも、気持ちが下がることも自分を大切に、責任を持って、正直に生きるための気づきとして必要な出来事だったと思っています。

健康のため『自分を放棄』しない。私の健康に対する考えの軸になった気がしています。


この経験を経て私が提供する『健康』

私が『患者』の立場になり、健康の尊さを実感したからこそ同じように自分を後回しにしている人に対して何ができるかを考えました。

どんなに語ろうと私が提供できるのは鍼灸なので、基本的には鍼やお灸を使ったケアをします。例えば、東洋医学をベースに人の体質を診たり、凝り固まった筋肉に刺激を入れたり…場合によっては漢方やビタミン、生活習慣についてアドバイスをします。

鍼を受けようと思う方は『鍼灸は即効性があるので、整骨院やマッサージでも良くならなかった時に行くところ』という認識や、最近では『美容整形は怖いから、手軽にできる美容鍼で通って、たまにケアで腸活もしてもらうところ』など。
また、『痛そう、熱そう』と何しに行くんだろうと思っている人も少なくありません。
世の中が考える鍼灸院に対するイメージの払拭もできません。

わたしの理想の鍼灸師・鍼灸院としては、寂しさや弱音を吐き出したい時に来て、話をしながら自分を取り戻すための場所であったり、わたしのように健康を過信し心の疲労が溜まりすぎて病気になる一歩手前のとき、「ちょっと頑張りすぎてるよ」ってブレーキをかけたり、これまでを振り返って素直に休もうって思える…そんな人、場所でありたいと思っています。

今わたしが担当している患者さんたちは不思議と心優しく人のために動く人ばかりが集まってくれています。
自分を二の次にして、会社のため、家族のために頑張れる方だからこそ自分に意識が向かず、自分を自由にしたりのんびり休ませる方法がわからなくなるみたいです。
大病した時のわたしもそうでしたね…。

過去のわたしのような、そんな人たちをこの場では癒して差し上げられてるのかもしれないけど、彼らの生活の中にある自分を縛ってしまう不自由な習慣自分を放棄してしまうほどの忙しさには関われないことがもどかしく思っています。

もし今後、もっと欲張っていいのならその不自由な習慣をいっときでも忘れられるようなイベントをしていきたいです。
例えば、月に1回でもスポーツの会を開催し、普段運動しない人も体を動かしたい人もみんなで汗を流したり、自分を大切にできるような体や内臓のメンテナンスの為にできる簡単なお灸講座を開いて生活の中でお灸の習慣を作ってもらえるなら、自分を大切にしたり機嫌を取り直して冷静になれる時間が増えるのではないかと思うのです。

「自分のために」自分を知ってもらう、知識を得てもらえるきっかけを作ることが鍼灸の仕事をしているわたしができることなのかなと思っています。


最後になります

超大作ならぬ「長大作」になりましたね。最後までお読みいただきありがとうございました。
『健康』を語る、という壮大なテーマでしたが、いかがでしたでしょうか。

私たちは日々、さまざまな「立場」を生きています。
社長、社員、親、子、誰かのサポート役。
けれど、その役割を脱ぎ捨てれば誰もが一人の「自分」に戻ります。

役割に囚われ、自分を後回しにすることが当たり前になっていませんか?
私にとって健康とは「自分を忘れていないか」を教えてくれるバロメーターのようなものです。

もし今、体が悲鳴をあげているのなら、それは人生を見直すための大切なきっかけかもしれません。
あなたがあなた自身を放棄せず、自分らしく笑える毎日を過ごせるように。
そのお手伝いができる場所として、今日も治療院で待っています。

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