そしてみんな40になった①:平成を超えた四十路達
こんにちは、noteデビューから3ヶ月が経ちます、大豆柴です。
つって前回のUpから3週間が経過しましたねぇ…
というのも、自分の中では一番気合を入れて書きたいと思ってたテーマを用意してたものでして、筆がダンベルみたいに重たくなっておったのです。
筋トレ?の成果を挙げてまいります。
💪
まえがき
デビュー◯周年!△枚目のアルバム!といった紹介文はよく見かけますが、制作者の年齢を軸にした音楽のレビューってあまり読んだことがなくないですか?
人間である以上、平等に存在する「どれだけの時間を生きてきたか」を観点に、ある時点で発表される作品を並べてみることで見えるものがあるのでは、と考えました。
個々人に対する尊敬の有無は別として、アーティストやクリエイターというのは、「代えが利かない」点で本当に特殊な生き方だなと、よく思います。
その一点だけで遠い存在のようにしばしば捉えてしまいます。
そんな彼らの年齢にフォーカスするなんて単純に失礼なのでは?という意見もあるでしょうし、野暮な分析だと一蹴することも簡単でしょう。
でも、発表されたその時のクリエイターの年齢を自身や周囲と比較することで、同じ人間同士という視点を手に入れて感じられるものも、きっとあると思い立ったのです。
で、筆者が30歳を迎えた際に既に一度、30歳の場合ならどうかと構想していたものの、発表の機会を得ないまま、ついに40歳を迎える年、noteと出会えたのはきっと何かの運命。
渾身の企画の全貌を、ここに連載開始します。
そしてみんな40になった
作成条件
曲の著作者(歌手、バンマス、作曲家)いずれかが40歳の誕生日を迎えた前後に発表した曲
作品の構想時期などは不問とし、あくまでリリース日を軸に、最長でも誕生日情報から前後1年以内で、最も誕生日に近い楽曲を選出
誕生日は、Webでヒットする情報を参照
1アーティスト1曲のみとすること
40名分までの選出とすること
曲順は若い方が先に
なお、このプレイリストは筆者の旧友2名が誕生日を迎えるタイミングに間に合わせたく、2025年3月末頃に完成とさせました。
そのときに各アーティストがSpotifyにリリースしていたかどうかが選曲にも影響しています。
連載の章立て
計40名のアーティストを紹介していくにあたり、普段の文章量ではファットな記事になりそうなので分割します。
ここは、プレイリスト作成中はあまり意識しなかった和暦を意識した章立てをしてみます。
①「平成を超えた人達」:〜1980年生まれ
②「平成を担った人達」:〜1970年生まれ
③「平成を作った人達」:〜1960年生まれ
④「伝説を作った人達」:1959年生まれ〜
プレイリストガイド「そしてみんな40になった」①
今回は、1980年代生まれの人々を「平成を超えた人達」として追ってみたいと思います。
のこ(神聖かまってちゃん):1985年6月16日生
↓2025年
ロックンロールは鳴り止まないっ - from THE FIRST TAKE
早速紹介したいのは、同学年のアーティストから。
1985年生まれで活躍中のミュージシャンですと他には、RADWIMPSの野田洋次郎、SEKAI NO OWARIのFukaseらが挙げられます。
「ロックンロールは鳴り止まないっ」自体は2010年のリリースなので、早速ちょっと例外になっちゃいますが…このTHE FIRST TAKE出演時の音源が2025年内に配信されたということで特別に配置。
いやはや、感慨深い映像です。
トップコメントの「かまってちゃんを見るのに画質が高過ぎる」は秀逸な指摘ですね。
リリース当時のMVと見比べるとさらに胸熱です。
彼らのライブを筆者が観たのはフェスで一度だけです。
WORLD HAPPINESS 2011での熱演。
「俺はモーツァルトの生まれ変わりだぁぁ!!!!」などと叫びながら「ぺんてる」とか「あるてぃめっとレイザー!」などを掻き鳴らしていました。
音源だけだと聴きにくい(敢えてそうしてるんだと思います)けど生演奏はちゃんとバンドなんだなって思った記憶があるので、その後のキャリアでの多彩なアーティストとのコラボ、アニメ「進撃の巨人」での主題歌担当などを見るだけでも、その気になれば本流で音楽家的な仕事ももっとできるんだと思うんです。
でも最新アルバム「団地テーゼ」なんか聴いてみると、あの頃からまったくブレてない。
思春期を通り越してもはや幼少期の視点から社会を捉えているような、転びまくって擦り傷だらけで痛々しくて普段聴きなんかできない歌と音の世界。
当時なかったモチーフを敢えて探すなら「酒」が時々出てくるようになったぐらいじゃないですか。
まず単純にこんなキャラクターで生活を維持する気力や体力、自分だったら持てません。
自身のありったけを曝け出す、破天荒通り越して破滅的なパフォーマンスを行うことでインターネットの海へ漕ぎ出した氏が、40歳になってもスタンスを崩していないのを垣間見、感心を抱きました。

宇多田ヒカル:1983年1月19日生
↓2023年
Rule (君に夢中) -Live from Metropolis Studios-
1983年の同級生は…このnoteでめちゃめちゃお世話になっている笑、二宮和也などですね。
あとは某国の総書k(ry
40歳の誕生日当日に配信ライブが行われていました。
アーカイブも残っているうえに、ご丁寧にこの時の音源もリリースしてくれています。
四十路到達当日の過ごし方に迷っている人への良い教科書になるかもしれません笑
社会現象となった「Automatic」リリースが1998年。
平成中期を代表し、日本音楽史に於いても外せない存在である彼女こそ平成を「担った」に該当するミュージシャンだと思いますが、当プレイリストの年功序列だと2人目の若さになってしまいます。
なんたって98年当時まだ16歳だったんですから、世界線が違い過ぎますね…
それに宇多田さんて、過去のインタビューで語っていたことを後になって違う意見を持つようになったときに、割と隠さずそれを正直に語る人という印象なので、余計な考察をしないで上記の動画なり最新のインタビュー等を見た方が良いかもと思いました。
むしろその後の活躍に目が行きます。
「40代はいろいろ♫」とは誕生日ライブのタイトルでしたが、現在進行系で米津玄師とのコラボが大人気な一方で、歴史学者との対談、CERNへの訪問など、ちょっと他には掛からない声がかかってて独特な七面六臂ぶり。
ビヨンセ:1981年9月4日生
↓2021年
BREAK MY SOUL(「ルネッサンス三部作」第一部先行シングル、2022発表)
和暦を意識して章立てし、国内アーティストにさえ世界線が違うなどと慄いておきながら、海外アーティストについても取り上げますよ!無謀ですね!
1981年の同級生ミュージシャンというと、星野源ですね。
Eテレ「おんがくこうろん」シーズン2の第4回でもビヨンセを取り上げてましたね。
特に同い年だという事実には触れられてませんでしたし、敢えて触れる必要も無かったと思いますが、きっと意識はしてるものと想像します。
さて、この曲がリリースされたのは誕生日の翌年8月らしいのでギリギリセーフとさせてください汗
コロナ禍で世界中のアーティストが活動自粛を余儀なくされ、とりわけビヨンセ程の世界規模の人気・実力・影響力を持つビッグアーティストは大きな活動方針の転換を求められたものと思います。
その最中に40歳を迎えた世界の歌姫が取り掛かっていたのは、アルバム3枚を股に掛けて自身のルーツを解き明かさんとする長期巨大プロジェクト「ルネッサンス」でした。
10代の頃から既に父親からの猛烈なバックアップ(あるいはプレッシャー?)を受けて業界に飛び込み、デスチャでの成功、ソロでの成功、グラミー連覇、結婚に出産まで、輝かしい人生を歩んできたように見えるなかでも自身の主義主張や、その時々に置かれた状況への意見(彼ピッピ大好き〜的な惚気から、旦那まじクソ!的な超内々の愚痴まで含めて)も包み隠さず作品に形として残してきたディーバは、40歳に一念発起し、その視点を世界規模・歴史規模にまで拡大して音楽にする試みに取り掛かり始めたのです。
と、ここまで頑張って書いてみたものの、筆者はそんなにビヨンセを聴き込んできた人間でなくて。
どうしても引き合いに出したくなってしまう存在として安室奈美恵が存在します。
奇しくも彼女の40歳は「引退」を決める歳だったのでした。
そこに優劣は無いと思っていますが、「40歳」という節目が女性アーティストにとって岐路のひとつとして存在するのではと思索してしまいます。
山口一郎(サカナクション):1980年9月8日生
↓2020年
忘れられないの(2019年8月にシングルカット)
あーーこれは調べたら条件範囲(誕生日から1年以内)からリリース日が外れてました。
当時の彼の状況を分析しますので許してください。。。
1980年の同級生は、音楽家なら中田ヤスタカ、バンドマンなら藤巻亮太、ほかには彼と親交もある又吉直樹、妻夫木聡などが挙げられます。
2020年といえばコロナ禍の始まり。
この時期、最も頭痛を抱えながら戦っていたミュージシャンと称して差し支えない人だと思います。
メジャーデビュー後、30歳にして覚悟の上京、フェスに耐え得る楽曲、目に留まるMV、全方位へ存在感を放つことで多くのファンを獲得し、ついには紅白へ出場。
しかしその後は、ライブの場でこそツアーの度に表現をアップデートさせていきつつも、同時に舞い込んできたタイアップの仕事に混乱し、作品のリリース頻度に於いては暗黒時代へ突入したサカナクション。
「グッドバイ」「ユリイカ」「さよならはエモーション」「蓮の花」、そこからさらに膨大な時間を掛けて制作した、今でこその代表曲「新宝島」など、アルバムとしてパッケージするにはあまりに大きすぎる容量、散逸すぎる配色を持った楽曲が蓄積されていきました。
決して遊んでいたということはなく、レーベル・ブランド・会社の立ち上げや、ファッション界・文化人へのアプローチ、一方では冠番組を持つなどして、兼ねてからロックバンドの輝き方の固定化に疑念を呈していた一郎さんが、ミュージシャンそのものの在り方を模索していた時期だったと捉えます。
2019年、サカナクションはようやっと新作「834.194」で、大量の既発曲を自身達の歴史としてなぞるべく2枚組のアルバムという巨大な形で纏めました。
それらをようやく「リリース後」の完成形としてツアーで提示しようとしていたところに衝突してきたのがコロナ禍だったのでした。
"不要不急"の矢面に立たされたエンタメ業界には、サカナクションのお家芸であった高品質高感動度のライブや映像作品を形作る数多の裏方プロフェッショナルが生計を立てていたため、このままでは仮に未曾有のパンデミックが終結したとして、元のクオリティでの表現活動に戻れないことに強く危機感を持った彼は、いちアーティストという立ち位置を超えて業界的な仕組みの改革に動き出すが………
彼が40歳に到達する時点にいた人生を傾斜に例えるなら、およそ同年代が乗り越えるべきそれよりもかなり急勾配だったのではないかと、自分の歳が近づいてくる度に思いました。
唐突ですが、あるnoterさんによる最上級の熱意によって綴られたサカナ全史があります。
勝手に紹介していますが、この頃とその後の一郎さんの全貌が捉えられていると思いました。
ぜひ読んでいただきたいです。
いかがでしょうか。
まだ4名分ですが、何か傾向を掴めそうな気がします。
あと36人、いつまでに書き終えられるか…
第二章へ続く!
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まさかとは思いますが、もし戴けたのであれば、謹んで愛犬のおやつ代とします。笑