サカナクションの全歴史(後編)2013~2025

主観的な想いや推測・批判面なども
両方すべて込めて書いた結果
超絶エグ文字数になってしまいました…
むちゃくちゃ長いですが、
揺れたり震えたりしながら
丁寧丁寧丁寧に描いたので
是非最後までお読みいただけると
嬉しいです。
◉2013年~2014年 タイアップの連続と不調

章を分けたが、以下の話は2013年、6枚目のアルバム『sakanaction』が発売された直後の、まだサラウンドでのリリースツアーを回っている最中~紅白出場までの期間において既に同時並行で始まっていた話である。

各リリースタイミングごとのインタビューや
他の複数の雑誌やWeb記事なども参考にしつつ、
ファンとしての自分の記憶も頼りに
独自にまとめています。
(ちなみにこの号に掲載されている
メンバー4人へのインタビューは、
全魚民が読んでおくべき
重要なインタビューだと感じます。)
「Aoi」の2013年度NHKサッカーのタイアップに連続して、さらに新たなタイアップの案件が続々とサカナクションのもとに舞い込んでいた。その一つは、DocumentaLy期の3枚のシングルと同じ東進ハイスクールのCMソング。それに加えて、映画主題歌の案件も複数件、舞い込んでいた。
まずは、東進のCMソング。このタイアップに対して、当初は、それまでのシングルと同じようにフェスで盛り上がれるド真ん中の楽曲を作ろうと考えたのかもしれない。『sakanaction』のリリース直後で時間もない中、それまでのシングル曲を踏襲したような明るい曲調に乗せて「さよならはエモーション~♪」という歌詞が聴こえるサビのみがひとまず納品された。
6th album『sakanaction』後初の新曲解禁となり、大きな期待と注目が集まった。
しかし、これが長い苦難と悲劇の始まりとなってしまった。
他方、複数の映画主題歌案件のうちのひとつは、妻夫木聡主演の『ジャッジ!』という広告業界を舞台にした映画だった。こちらも当然、タイアップということでパンチのあるエネルギッシュな曲調を求められた。

『sakanaction』がヒット中で、紅白も決定している。一気に知名度を獲得したサカナクションに対し、ビクターの戦略としては、その勢いに乗って更なるヒットを狙うべく、この東進タイアップ曲と映画主題歌という2曲のパンチのある楽曲を「ダブルA面シングル」として一気にリリースさせる算段だったようだ。
しかし、制作はうまく進まなくなってしまっていた。山口一郎と、キーボードの岡崎英美の2人が、精神的なバランスを崩してしまっていたのだ。
ただでさえ、対外的なアッパー曲と内省的なマニアック曲とのバランスを、繊細にこだわり続けてきたバンドであるのに、バンド内の2人がこのような健康状態になってしまった中で、とてもパンチのあるタイアップ曲を2曲も制作できるような状況ではなくなってしまっていた。
だが、制作自体が進められない中でも、容赦なく締め切りは迫る。山口は「このバンドは誰かが脱退したらそこで解散になると思うから、バンドが止まるかもしれない」とまで相談していたそうだ。
外から見れば、国民的バンドのポジション獲得へ向けて一気に駆け上がる、順風満帆な状況に見えていた2013年のサカナクションの内実は、危機的状況に追い詰められていた。
山口一郎自身もこの頃からピリピリとした様子となり、精神的におかしくなっていった。どうしても「さよならエモーション(仮)」や映画タイアップ曲を作ることができない。作りたくない。身体中に蕁麻疹が現れ、心身ともに限界が訪れていた。
しかしそうは言っても仕事なので、やらねばならない。サビだけ納品されたCM曲「さよならエモーション(仮)」のAメロBメロ部分を作曲するために、スタジオに籠っている最中、ふと全く無関係のメロディーを弾き語った。その瞬間は「アルバム曲のうちの1曲くらいかな・・・?」という感じに思っていたそうだが、何故だかそのメロディーがずっと耳に残っていた。
自然と湧き出た、シンプルなメロディー。音楽を作り始めた頃の純粋な感覚を思い出し、辛い気持ちが救われるようだった。山口は、「グッドバイ」とタイトルを付けた。
このメロディーをたくさんの人に聴いてもらいたい。この言葉をたくさんの人に聴いてもらいたい。その気持ちが強くなり、一度「さよならエモーション(仮)」で東進に提出していたものを取り下げて、CMソングを「グッドバイ」に差し替えてもらえないかと打診することに。
だが東進サイドからは当然、「さよならエモーション(仮)」の方でCMが出来上がっているので、そのままで行かせて下さいという返答だった。そこで一度「グッドバイ」はお蔵入りになる。
しかし、苦しい気持ちは一向に解消できず、紅白前という状況にかかわらず山口は休養を考えるほど、音楽に対して向き合えなくなってしまった。
どうしてこうなってしまったのか、自分でもよくわかっていなかった山口は自己分析した結果、結局は「自分の音楽を作るというよりも、他人から求められる音楽ばかりを作らざるを得なくなってしまい、自分の作りたいと思った曲は作ってもすぐリリースできない」という状況それ自体が辛いということ ―― もちろん「自分は大人だからよくわかってるし大丈夫」と弁えてはいたが ―― それがどうしても苦しかったのだ、と。そう結論付けた。
自分が好きだと思ったメロディーが、シングルとしてリリースできないということが大きなストレスになっているのだ、と、ヒップランドの野村に「さよならエモーション(仮)」ではなく先にノンタイアップの「グッドバイ」をリリースさせて貰えるよう直訴した。
野村は「ミュージシャンがわがままでリリースする曲を変えたり、スタッフが組み立てたスケジュールを変えていくのはあまり良いことではないけど、一郎が今『グッドバイ』を出したいというのは理にかなっている」と理解を示した。「今、出さないとサカナクションがサカナクションではなくなってしまうのだろう」と、野村は、東進サイドに話をつけに行き、東進サイドもそれを承諾。「さよならエモーション(仮)」が保留のまま、ノンタイアップで「グッドバイ」がリリースされることとなった。
映画『ジャッジ!』のほうは、オープニング主題歌に既存曲の「アイデンティティ」が当てられ、エンディングとして新曲が書かれることで、納期の締め切りも少し伸び、落ち着いた曲調でも良いようにバランスが取られることとなった。作詞作業は大変な苦痛であったが、内省的ながらもダンスビートを持つ楽曲「ユリイカ」として何とか仕上げることができた。
こうして紅白出場直後の翌2014年1月15日に、両A面としては異例の、ノンタイアップを含む形で9thシングル『グッドバイ/ユリイカ』が発売された。内省的な2曲のリリースにより、ここでバンドの楽曲の方向性は、ビクターの戦略から大きく外れることとなってしまった。1つ前のシングル「ミュージック」からは約1年が経っており、ずっとバンドはもがき続けていたにもかかわらず、内情を知らない外側から見るとここからサカナクションの活動ペースが極度に落ちていったように見え、「注目度が高まっているせっかくのチャンスなのに何をしているのだろう」というような疑問が続く状態に陥っていく。
発売日直前の1月9日放送回の「サカナLOCKS!」ではグッドバイがラジオ初OAされたが、そこで山口は先に制作中の心情を語ったあと、涙をこぼした。
うまく話せなかったけど、何て言うのかな……。あの……辛かったんだよね。2013年のこのターム。本当に辛くてさ……。もう、どうやって乗り越えたら良いか分からなくなったし、親にも心配かけちゃったし、スタッフにも、本当に……マジで……。マネージャーとか、本当にきつかったと思う……。
……でも、乗り越えたんだよね。
……よし。それでは、聴いて下さい。サカナクションで、「グッドバイ」。

さらに、発売日直後、1月17日放送のミュージックステーションに出演し、
探してた答えは無い
此処には多分ないな
だけど僕は敢えて歌うんだ
わかるだろう?
という歌詞を歌うことで、それ自体を表現にしてみせた。
TVに出演しておいて「探してた答えは此処にはない」とは失礼な話ではあるが、それが紅白出演直後の山口一郎の意思表示だった。
これ以降も、相変わらず山口は「メディア出演が嫌だ」「テレビが嫌だ」と言い続ける。あるインタビューでは、次のようにまで言い切った。
「メディアに出ることが好きになっちゃったらもう、バンド解散だね(笑)。まあ絶対ないと思うけど。」
また、2014年1月~3月にZEPP規模のライブハウスとホールという、敢えて小規模の会場を回るツアーが行われた。ツアー名は「SAKANATRIBE」だったが、その由来は、山口一郎の口癖であった「同じ種族」という言葉だった。「同じ音楽が好きだったり、同じ感覚で会話できる人」のことを指しており、どちらかといえば世間一般の感覚を拒絶して、大衆に迎合できない者同士で感覚を共有して心を救うような、マイノリティー的な選民意識・尖った態度をこの時期の山口一郎はまだ色濃く示していたことが伺える。
また、このツアーの最中がキーボードの岡崎にとって最も辛い時期だった。メンバーは後のインタビューで「スランプ」などと軽い言葉で振り返っているが、岡崎は振り切れてしまって外に出歩けないほどになっていたという。診断を受けていたのかは公表されていないため推測でしかないが、インタビューで分かる状況から推察するに、岡崎はこのとき適応障害かうつ状態のような状態になってしまっていたのではないだろうかと考えられる。
ライブへ気持ちをどうにも持っていくことができず、心を分離して、ただ機械的に演奏していたという。どのようにして頑張れていたのか今でも分からないと本人が振り返るほどだが、バンドの活動スケジュール的には動きを止めることが出来ない状態だったし、岡崎自身も止めたくない気持ちや紅白出場後というこの状況を無駄にしたくないということを心のどこかで思っていたようだ。そんな事情など知らないファンも、この勢いに乗ってさらに飛躍していってほしいという純粋な期待をバンドに向け続けていた。
ビクターも、くだらないスランプなど早く乗り越えて、再び稼ぎ頭に戻ってくれることを想定していたのだろう。さらに容赦なくタイアップは続く。紅白出演や『グッドバイ/ユリイカ』の制作に並行して、既に他にも複数の案件を取り組まなければならない状況が続いていた。その一つに、少女マンガ原作の『近キョリ恋愛』という作品の実写化映画の主題歌という、当時も今でも誰が考えても何故サカナクションへのオファーなのか謎過ぎる主題歌案件があった。

この主題歌タイアップが次のシングルとしてリリースされることが既に決定しており、山口は、その先のアルバムのテーマも考え始めていた。
紅白直後にも関わらず大衆性から訣別して、パーソナルに作られた内省的な『グッドバイ/ユリイカ』を出発点とし、更にその次のシングルからアルバムへどう着地させるのか。そこで見出されたテーマが「東京」「望郷」だった。北海道から上京し、そこで闘っている自分のドキュメントを歌うこと。
しかし、その物語と「恋愛映画の主題歌」というチグハグなお題を合致させなければならず、またも制作は難航した。結果的には、歌詞が書けない苦しみそれ自体を歌い、「ユリイカ」と同じように、チルアウト的なダンスミュージックに仕上げることで主題歌としてもサカナクションの楽曲としても何とか成立させ、「蓮の花」が完成した。
また、保留となっていた「さよならエモーション(仮)」についても、あのまま無かったことにはできず、絶対に曲にしなければならなかった。しかし、あのサビの断片は山口が「正直億劫だった」「忘れたかった」と語るほどの厄介な存在となっていた。
しかし、それをダメもとで、全く違う方向性にアレンジできないだろうかと試行錯誤を重ねる。その結果、CMとはテンポもキーも雰囲気も異なる、非常にシリアスな楽曲に仕上げることに何とか成功したのだ。
今となってはこれでもむちゃくちゃ早いほうだと感じてしまうけれども、とはいえ当時はCM放映開始から既に1年以上経ってしまっており、本当に待ちに待った楽曲のフルバージョン解禁として、再びの両A面シングル「さよならはエモーション/蓮の花」をどうにか、2014年10月29日に発売することができたのだった。
作詞作曲を行う山口一郎の視点ではこのように課題を解決していったと説明することができるが、山口による弾き語りの原曲を、バンドの楽曲として成立させるアレンジ作業を実質的に担うのは残り4人のメンバーだ。そして、先ほど述べた通り、この年は岡崎の不調がピークとなっており、活動停止の可能性まであったほどで、4人はとにかく目の前のお題を一つ一つクリアしていくことだけに精一杯だった。このとき既に、上記のシングル制作だけでなく、更なる「お題」をバンドは抱えていたのだ。
2013年『sakanaction』直後から東進CM曲と同時に取り組んでいた映画案件の『ジャッジ!』や『近キョリ恋愛』と並行して、さらにバンドが抱えることになったもう一つのタイアップ。それが、漫画家をテーマにした漫画を原作とする実写化映画『バクマン。』の主題歌と、それに加えての劇伴(劇中音楽)の担当だった。

紅白出演直後から、それぞれが満身創痍のなか、山口一郎は主題歌制作に、メンバー4人は映画BGMとしてのサウンドトラック作りに、必死に取り組んでいた。
劇伴の制作ということで、映画の画を見ながら4人でセッションしてアイデアを出していくという、バンドのそれまでの制作方法とは異なるやりかたに挑戦していたこともあり、サウンドトラックの制作作業に取り組んでいるうちに、岡崎は日によっては少しずつ最悪の時期から抜け出す糸口を掴んでいきつつもあったという。
山口は山口で、『さよならはエモーション/蓮の花』と並行する形で、この『バクマン。』主題歌制作にも取り掛かっていたが、それも難航していた。最初の締め切りは紅白出演直後の春、2014年の5月ごろだったというが、到底無理だということで、次の締め切りが2014年の11月末と定められた。12月に「ダビングステージ」という、映画の画と音を合わせる作業があるという話だったため、そのころまでに劇伴と主題歌が欲しいということだった。
劇伴のほうは、なんとかそれに間に合ったが、主題歌は歌詞が間に合わなかった。12月にはもう試写もあり、そこでは「ラララ」のままの音源が当てられたという。
映画のテイスト的にも、2014年の2つの両A面シングルの内向的な4曲とは異なる、外向きの楽曲を再び作らなければならないと山口は考えた。しかし、既発の4曲は極めてパーソナルな歌だった。そこから想定される次のアルバムのストーリー・ドキュメント性と、映画の内容とがどうしても結び付かなかったのだ。その着地点を見つけるのに、山口はここからさらに膨大な時間がかかってしまう。映画制作側と相談して更新された新たな締め切りをも、何度も何度もオーバーしてしまったということだ。
また、「新たな着地点」を探すこの意識が、徐々に山口の中で強迫観念のように膨らんでいった結果、山口と、それまでのファンやバンドメンバー4人との方向性のすれ違いが起こり始めたようにも思ってしまう。
対外的には、岡崎の不調やバンド継続の危機に関してリアルタイムでその都度詳細に語られていたわけではないし、映画に取り組んでいるという情報もまだ出せない。2枚の両A面シングルリリース時には、表に出せる範囲で作曲の経緯や山口の心情が本人の口から語られてはいたが、多くの人はそれを「大衆に迎合したくない、芸術肌の、単なる個人的なこだわりの強さとワガママのせいでリリースが遅れた」というふうに受け取ってしまった感も否めない。
もっと深刻な、バンド運営の危機やメンタルヘルスの問題、複雑な大人の事情があったということがリスナーに実情どおり伝わっていたとは到底いえず、『DocumentaLy』『sakanaction』期の頃に各所で声高に語られていた「挑戦の姿勢」のほうに共感していた多くのリスナーは、それまでの山口の言葉通りのことを期待し、「単にトガる姿勢も良いけど、内向きに籠るだけではなく、やっぱり再びメジャーに対してロックをぶつけるような斬新な試みでメジャーシーンを果敢に塗り替えていってほしい」という期待感も募っていた。そのこともあって、反動で山口一郎はだんだんと「口だけの人」「こだわりすぎて全然期待に応えてくれない気難しい人」「締め切りを守れないだらしない人」「難産」「大衆迎合を頑なに拒否する怖い人」という印象もこの時期以降に伝播してしまった感も否めない。
一方で、山口による「紅白が辛かった」「テレビが辛い」「タイアップが辛い」という、執拗な内向的発言の繰り返しと、内向的な2枚の両A面シングル4曲は、暗くて内向的な “同じ種族” のファンたちの共感を強め、「血を濃くする」効果が大いにあった。筆者を含めこの時期を共にしたコアファンは、一郎さんが葛藤しながら世間への迎合を拒んで深い自己表現を貫いていく姿を応援し、信頼の気持ちを強めていったのだ。
◉2015年~2019年
NF発足 ~ 山口一郎の“文化人”化、
繰り返される「アルバム出す出す」詐欺
2015年の元日、サカナクションから重大発表があった。
草刈愛美(Ba)が妊娠5ヶ月であることを発表したのだ。それに伴い、10月までライブ活動を休止することが明らかとなった。制作活動は無理のない範囲で続けるとの補足も添えられた。
2014年はバンドにずっと暗い雰囲気が漂い続けていたため、解散などではなく、めでたい発表だったことに、ファンは一先ず胸をなでおろした。山口としても、メンバーを東京に連れてきた責任感をこれまで強く感じていたため、一つ大きな区切りがついた気持ちになったようだ。
その後、2015年6月5日に草刈は無事出産。合わせて、2015年から2016年にかけてのツアー「SAKANAQUARIUM 2015-2016」の開催も発表され、当初の報告どおり、10月からライブ活動が再開されることとなった。
ただし、バンドには懸念点もある状態が続いていた。それは次のアルバムはどうなるのだろうかということである。
バンド開始以来ここまでずっと、1年~1年半ペースでアルバムが発表されてきた。さらに、『グッドバイ/ユリイカ』や『さよならはエモーション/蓮の花』の発売時の山口の発言でも、次のアルバムタイトルは『東京』だ、と宣言して、それを見据えた話が大仰に何度も語られていたため、「そのアルバムがそろそろ出るタイミングかな」と皆が待っていた。
特に、『DocumentaLy』と『sakanaction』に関しては、先行するシングルが3枚発表されたのちにアルバム発表、という流れで来ていたため、当然その次もそうなると誰もが思っていたし、実際のビクターとの契約内容もそういうことになっていたらしい。
また、ライブツアーを組むにあたっても、大規模な会場の予約というのは、一年以上前から押さえておかなければならないことが通常であり、他の多くのアーティストと同じく、またそれまでのサカナクションと同じく、アルバムが出ることを前提として早い地点でツアー予定が組まれていた。
チームとしてそういったスケジュール展望だったことを前提に、草刈も妊娠出産のタイミングを図っていたようにみられ、10月にライブ復帰となった際には、それは新アルバム発売ツアーになるだろう、と、多くの者が考えていた。
後に明かされた当時のバンドの状態ではまだとてもアルバムどころではなく、とにかく目の前の仕事をやりこなすことだけで精一杯だったわけだが。
内向的なシングルが続き、売上枚数も落ち、『sakanaction』~ 紅白出演の良い流れを断ってしまったという引け目もあってか、山口一郎は各所で「次のアルバムは暗いものになる」「売れないかもしれない」と漏らして予防線を張っていた。しかし、ファンにとっては山口がやりたいような濃い音楽を聴けることもむしろ嬉しいことだから、「それで良いから早く聴かせてくれ」という気持ちばかりだった。
草刈の産休期間にも、サカナクションは過去作のアナログ(レコード)化など細々とした発表をし続けてファンの期待度を煽っていったが、肝心の新アルバムや新シングルの発表はいつまで経ってもされなかった。新曲制作を後回ししたまま、それとは無関係な試みばかりが続いている(ように見えてしまっていた)現状に対し、期待度と同時に、その場しのぎなのではないか、という不信感も一部で芽生え始めていた。
もっとも、新曲に無関係に見えた数々の動きはすべて山口が悩みに悩んだ末に新曲を完成させるため行った、回りくどいが必然性のある動きだったのだが。
『バクマン。』主題歌の歌詞を完成させるにあたって、実は「サカナクションとして映画のサントラ盤を発売し、その中に主題歌も入れて1枚のアルバムとしてリリースする」という選択肢も浮上していた。そうすることで山口は、自分のストーリーなんか横に置いておいて、自分が完全に漫画家になりきって、映画のテーマについてのみ書けば良いだけとなる。その前提で歌詞を書き進めていた時期もあった。
だがそれだとやはりどうしても納得がいかなかった。そこで、特別なサントラ盤として消化するのではなく、結局この主題歌も普通にシングル盤として発売することにし、自分たちのストーリーにも組み込むように書くことに決めなおしたのだ。
しかし、やはり既発シングルの4曲は内省的で「東京」をテーマにしたアルバムに向けてのドキュメント性が高いものとなっていたから、新曲がどうしてもそれとかけ離れてしまう。どのように結び付ければよいのか、既に締め切りを何度もオーバーしている中で、さらに袋小路に入ってしまった。
書けない理由を1つ1つ検証してひたすら潰していった結果、最終的に見出したのは、「自分たちが外に向かって音楽を発信する “大義” “動機” 」を見失っていたからだ、と山口は結論付けた。
サカナクションの外向きへのアプローチは『sakanaction』で一度完成してしまった感があった。それ以上の規模のものをそのまま目指すとなると、やりたいことが出来なくなってしまう。したがって、再び外へ発信するためには別の理由が必要となのだ、と山口は自己分析した。
そこで、立ち上げられたのが、サカナクション主催の “アート × 音楽” の複合イベント「NIGHT FISHING」というオーガナイズパーティーだった。再び外向きの発信をするならば、それを撒き餌として、リリースによって得た新たなファンたちをより深くマニアックな世界へ連れて行く空間が必要だ、という発想だった。
そして、そこで伝えることは、音楽だけでなく、ファッションや映像、照明、音響など「音楽に関わる音楽以外の仕事も “音楽” だ」ということだ。このようなプロフェショナルの職業をリスナーにも知ってもらうことで、音楽の “楽しみ方の種類” “楽しむための視点” が増える。当時の音楽シーンの実情として根強かった、フェスで盛り上がるだけでそこからの文化的広がりが無い、というような一辺倒な音楽消費のされ方を変革し、音楽文化を振興・啓蒙したい、という理念を山口は掲げた。第一回「NIGHT FISHING」は、7月3日に恵比寿リキッドルームで初開催され、ある種の文化的サロンのような場が目指された。
ここまでして山口はようやく、『バクマン。』の内容と、自分たちの物語を高精度で一致させることに成功したのだ。
「このまま君を連れて行くよ」
「丁寧丁寧丁寧に描くよ」
「揺れたり震えたりした線で」
「描くよ君の歌を」
こうして、ようやく「新宝島」の歌詞が書き上げられた。
ただ、新宝島が発表される前、2015年8月5日にカップリング曲とリミックスを集めた『懐かしい月は新しい月 〜Coupling & Remix works〜』が先に発売されている。それまで山口は「ベスト盤は作らない」と宣言していたが、ビクターとのアルバム発売契約を清算するために、本来であれば7枚目のオリジナルアルバムが出るはずだったタイミングで、こちらの作品が発売されたのだ。
ただ、単に無意味に発売した形にはしたくなかったチームサカナクションは、表現としての意地をここで見せ、過去シングルのカップリング曲のうち3曲のミュージックビデオを新たに作って公開するという、異例の試みを行った。「ホーリーダンス」「years」「スローモーション」の3曲のMVが、楽曲が発表されてから4年以上経ってからのMV公開という形になった。
さて、それと前後して7月3日に第一回が開催された「NIGHT FISHING」は、9月には名称を「NF」と改めた。さらに、ビクター内に専用レーベル「NF Records」を発足することも発表。音楽・ファッション・アートといったカルチャー全般を融合した新しい音楽表現のあり方を追求する発信地を作りたいという理念が改めて示された。サカナクションのリリースも今後はここから発売されることとなり、その第一弾が、11thシングル「新宝島」となった。9月30日に発売され、約一年ぶりのシングルとなった。
さらに、10月からの全国ツアーの正式名称が『SAKANAQUARIUM 2015 - 2016 “NF Records launch tour” 』となることも発表され、全国各地のホールを中心に武道館やアリーナも含め、約半年をかけて回られた。
また、「新宝島」の完成が遅れたせいで映画の公開自体が当初の計画よりも半年以上遅延してしまったという映画『バクマン。』だが、無事公開され、メンバーが担当した劇伴は「第39回日本アカデミー賞」にて最優秀音楽賞を受賞した。
ただし「新宝島」は、リリース直後から現在想像されるような大ヒットが起こったわけでは無かった。内省的なリリースが続いていたことに加え、リリースタイミングが空いてしまったこと、しかも新アルバムが発表されたわけでもないということで、バンドへの注目は大きく落ちてしまっていたのだ。
ツアーに関しても明らかに動員数が落ちており、筆者も実際にこのときが一番チケットが取りやすかった記憶がある。会場に着いてもギュウギュウ詰めではなく、どこか空間に余裕があるように感じられた。このときのあからさまな動員の低下が、山口にとってある種のトラウマのようになっているのかもしれない、と今となっては考えられる。動きを止めてしまっていては忘れられてしまう、という恐怖が、現在に至るまでの山口を縛り付けており、そのせいで必要以上に突っ走ってしまう、という悪循環に繋がっている気がしてならない。
「新宝島」は瞬間的な売り上げとしての大ヒットではなかったにもかかわらず、このあと時間差で、MAD動画などを通じてじわじわと “ネタ曲” 化されていき、ロングヒットに繋がっていくこととなる。
ともかく、ひとまずこうして、本当に長い間バンドの重荷となってしまっていたタイアップ案件がようやく解消された形となったが、容赦のないことに、このとき既に次のタイアップ案件が決定していた。翌2016年の春から放送される予定の、資生堂「アネッサ」のTVCMソングだった。
既に草刈の産休中には、その制作にも並行して取り掛かられていたのだが、その制作過程でまず過去のデモを見直す作業が行われ、その中で「蓮の花」を作っていた最中のデモが発掘された。これを再利用する形で「新宝島」のカップリングにできるのではないか、ということで作られたのが「『聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに』」だ。リキッドルームとはNFの開催会場であり、「新宝島」で「連れていかれた」先のことが明確に歌われている。産休中の制作だったため、ベースは草刈ではなく、ギターの岩寺が演奏している。
こうした経緯とともに、『新宝島』リリース時のインタビューにおいても、「次のアルバム」の展望がまたもや語られていた。次のタイアップ曲の解禁が2016年3月なので、その手前でアルバムを出したいね、ということだ。
しかし、後に語られた別のインタビューでは、このときもまだバンドメンバー4人はそれぞれ目の前のことに精一杯で、アルバム曲制作へのアクセルを踏むことは到底出来ない状態だったという。
一方の山口は、発足した「NF」を軸に、カルチャー全般の融合を啓蒙する活動に傾倒していき、それまでの「ロックミュージシャン」像から離脱して、「文化人」のような活動が急速に目立つようになっていく。
そして、その過程で山口は、それまでの内向的で陰気で寡黙で気難しいキャラクターから、「明るく喋る」「ふざけて振る舞う」ということを習得していく。サカナLOCKS! でのトーク力も上がっていき、徐々に現在の山口の姿に近づいていった。
この時期、ある種、入れ知恵ではないが、山口の行動指針やNFの運営のアドバイスのようなことをしていたのではないかと推測されるのが、インテリアデザイナーの片山正通だ。武蔵野美術大学の教授もやっている人物だ。

Base Ball Bearや星野源といった、それまで仲の良かったミュージシャンとの表立った交流の記録がこの時期までに途絶えてしまった一方で、この人物との出会い以降、山口の交流する人脈はファッション業界・デザイン業界などの文化人の面々で固められていくが、そのほとんどが片山の繋がりだった。
山口にとっては、新レーベルや主催イベントをわざわざ立ち上げたのだから、苦悶の末に見つけ出した理念をここから先ずっと遂行していかねば!という使命感が肥大していたのかもしれない。
そのための仲間を増やしていく際に、山口にとって、この片山がキーマンとして頼るのに最適だったため、頼られていったのかもしれないが、片山の個人的な催しにバンドで演奏しに行ったり、普通のファンが撮影できないような演奏を平気で片山がSNSにアップするなど、突然現れた人物との越権的な交流が開始されたその様子に対して、一部のファンは大きな不信感を抱くようになる。
「単なる音楽好きの兄ちゃん姉ちゃんだから」と語られていたような、それまでの山口の等身大のイメージとは異なる方向性へのブランディングの変貌や、ファッション業界への進出、家具やアイテムなどのオシャレ志向・高級ブランド志向に偏っていく様子に、困惑した者は少なくなかっただろうと感じる。でも一郎さんのことを信頼し、ここからまた活発な動きが戻るならば、引き続き期待して付いていってみるか、と、ファンはひとまずこの不信感を飲み込んだが、結局のところここから先もリリーススピードは戻らないどころか、むしろどんどん遅くなっていき、アルバムが一向に出なかったことが、その不信感をさらに助長した。
リリースが無いまま、片山との出会いをきっかけに、NFを中心としたバンド外の文化啓蒙活動が活発化していくさまは、例え方が悪いが、一郎さんが突然変な宗教にハマってしまい、他のことをほったらかして熱心にその活動に心酔するようになったかのような動き方に見えてしまっても仕方がない側面があった。
「 “音楽にまつわる音楽以外の文化を伝えたい” という崇高な理念を掲げて文化人活動するのは結構だけど、肝心のバンドとしての制作は??毎回毎回、歌詞が出来なくて締め切りを過ぎた話が語られるほど難産なのに、そんなことばかりをしている余裕はあるのか?そんなことにうつつを抜かしている余裕があるならば、もっと頻繁に新曲は出せないのか?新アルバムはまだか?」と、それまでのファンの多くが当時、このような想いを山口に対して抱いてしまったと言ってもあながち間違いではないだろう。
ただ、今考えると、山口の中では、「高ペースで制作が出来る状況ではなくなってしまったからこそ、それ以外の側面の活動を活性化させることで、バンドのことが忘れられないようにしなければならない」という強迫意識があったのかもしれないな、と今更思う。うつ病後の現在の状況と非常によく似ている。そして、その考えはある意味正しく、実際に彼の動きによって新規ファンへのアプローチとしては効果が出ていることと、ただそれに躍起になりすぎて本末転倒になってしまっている側面も否めないというような点も、当時も今も変わらない。
こうした文化人交流の人脈の中に、田中祐介監督も組み込まれた。新宝島のMVの担当は田中祐介監督だったが、これ以降サカナクションといえば田中祐介監督、という結びつきが非常に強固となっていった。それに伴い、ここからサカナクションの演出戦略に「80年代パロディ」「昭和オマージュ」というようなモチーフの方向性が突然強調されるようになった。ジャケットデザインなどの雰囲気も、それまでからガラリと変わった。
チームサカナクションによる「昭和オマージュ」というある種の “照れ隠し” “ファッション” “文化的な言い訳” を獲得したことで、あれほど「テレビが嫌いだ」と言い続けてきた山口はここから、ある種の「タレント活動」にも積極的になっていく。
2015年末からは、スカパー!衛星放送の音楽専門チャンネル「スペースシャワーTV」において、「音楽と音楽にまつわる新しい世界へいざなう番組」をテーマにした「サカナクションのNFパンチ」が放送を開始。
ファンのファッションスナップを見てどのアーティストのファンかを予測する対決企画「NF将棋」や、山口一郎が変装し街頭やフェス会場に潜伏する「絶対バレない男」、オーディションにより選ばれた若者にクラブの作法を教えて誘う「初めてのクラブ」や、普段はあまり脚光を浴びない音楽業界の裏方に光を充てる「職業ノススメ」など、音楽にまつわる音楽以外の側面をコント仕立ての独自の切り口で紹介していき、好評を得た。

このように、NF Recordsの発足にともなって、現在の「チームサカナクション」の布陣が特定の人物で固められるようになったのが、このタイミングだった。
実質的にここでサカナクションは5人のバンドではなくなり、「山口一郎とその周囲のクリエイター・文化人集団」となってNF中心の文化活動を活性化させていった一方で、その方針転換に戸惑いながら付いていくバンドメンバー4人と古参ファン、という構図も見え隠れするようになってしまった気がする。
回りくどく見えても山口一郎にとってはすべて「バンドのためにやっている」ことであるのはわかる。しかし、結果的に「バンド感」が無くなっていってしまったことも事実であり、4人は余計に、アルバム制作への気持ちの持っていきかたが行方不明になってしまっていたようだ。
つまりは、山口一郎は空回りしていた。どこかボタンの掛け違いも多くなり、バンドメンバーや従来のファンとの心の距離がここから開いていってしまったような印象が拭えないように感じるのは、気のせいだろうか。そしてそれが、うつ病発症へのカウントダウンの始まりだったようにも思えてしまうのだ。
また、NFパンチを放送したスペースシャワーTVも、どちらかといえばいわゆる「文化人」的な価値観に共鳴するというよりは、「ロック」「ロキノン」的な旧来のクラスメディアとしての立ち位置だったため、この時期の山口の理念を必ずしも理解していたようには思えず、「一郎さんが何かよくわからんけど頑張ってるから協力して放送してやろう」ぐらいの温度感だったように思える。
この時期以降、山口一郎の考えに共鳴して協力的な態度をとっていったのはファッションメディアやカルチャー感の強いメディアであり、それまでサカナクションを取り上げてきたいわゆる「ロキノン系」の音楽雑誌や音楽メディア、ロック批評はNFを中心とした山口の新たな試みをまるで相手にしようとしていなかった印象がある。ロック批評は音源リリースやライブを中心とした評論スタイルであるため、頻繁なリリースが無いままだと取り上げる道理が無かったのだろう。
そのようなこともあってか、山口自身も当時「昨今のロックメディアや音楽批評は、フェスによる商売ばかりをするのではなくて、もっとファッションやヘアメイクなどといった裏側の側面も取り上げるべきだろう」というようなNFの活動になぞらえた苦言を呈していたような記憶がある。そしてそこから、山口が「ロック畑」全体に対して失望して信用を急速に無くしてしまい、自らもロックバンドとしての自負をここで捨てて別の場所へ行こうとシフトしていってしまったようにも見受けられるのだ。
さて、2015年10月から2016年4月までかけて回られたツアーは無事終了し、3月からアネッサのCMも放映開始されたが、またもやサビだけが納品された状態で保留となってしまった。そして、「このタイミングまでに作りたい」と語られていたアルバムは、当然まだ出ない。
『グッドバイ/ユリイカ』『さよならはエモーション/蓮の花』期の停滞を抜けて、『新宝島』から華麗にバンド活動が再活性化していくことを期待していたリスナーは、それ以降再びリリースが途絶えてしまったことと、それを放置してのNFの活性化に、もどかしい思いを抱えた。
結局、内情としては、メンバー4人によるアレンジ・制作活動のスランプがまだうまく脱却できていないことと、山口による歌詞の辻褄合わせも上手くいかないこととが、悪循環を生んでいたようだ。(CMに合わせて「汗走らせた」と歌われていた歌詞は、最終的には季節感を変更し、「風走らせた」「畦走らせた」などと韻を踏む別の歌詞とすることで完成することとなる。)
3月のCM放映開始のあと、新シングルは8月10日に発売されることが一度発表されたが、発表当初はタイトル未定(仮タイトルは「渚のアップビート」だったらしい)であり、その後、発売延期が告知された。今まではいくら「難産」だとは言っても、発売延期など無かったことであり、さすがにサカナクションに何か異常事態が起こっている、バンドが良くない状態になっている、というふうに憶測が飛んでも致し方ない雰囲気が漂ってきた。
その後9月に、新しい発売日が10月19日であることが再発表され、またもや前作から1年ぶりのシングルとして、そしてCM放映開始から半年以上経ったタイミングで、12thシングル「多分、風。」がようやくリリースされたが、それでもまだアルバムは出なかった。「新宝島」に引き続き、音源・MVともに80年代オマージュの要素が散りばめられていた。
この時期、もう一つのタイアップとして、Googleの主催する初の民間チームによる月面探査レースの決勝に残った日本チーム “HAKUTO” を、auが応援するプロジェクト「au x HAKUTO MOON CHALLENGE」のキャンペーンソングにサカナクションが起用されており、「多分、風。」のカップリングとして「moon」が発表された。
しかしそのメロディーは、2014年のSAKANATRIBEツアーで披露されたAme (B) のリミックスに用いられたメロディーの流用であり、歌詞もなく「ラララ」でリリースされ、新曲としての印象は全く無いものだった。
当時のリスナーの気持ちとしては、過去の素材やタイアップの断片を聴いてから待たされてその後完成音源を聴くのではなく、『sakanaction』以前のように、または多くの他のバンドのアルバムリリースと同じように、再生する瞬間に初めて新曲を真っ新な状態で聴くという体験を求めていた。しかし、サカナクションにおいてその経験はこの後現在まで、実現されることは無い(つまり、すべての楽曲が、ライブでの未完成状態での披露が先だったり、断片が各所で公開されてからの音源化となっている)。
「moon」はその後、キャンペーンにおいて探査機の名前が公募され、それが「SORATO」に決定したことで、「それに伴って楽曲を進化させた」という形で歌詞も付けられ、楽曲名も「SORATO」となったが、月面探査レース自体が結果が出せないまま収束してしまったため、MVが公開されたものの正式リリースされずに楽曲も宙に浮いたまま現在に至る。
一方で山口は、「NF」をハブとして構築した各分野の文化人人脈とのコラボレーションの形をさらに模索し始める。バンドの物販とは別枠での高級志向のグッズの制作や、サカナクションとしてのタイアップ曲提供ではない、別の形での音楽協力を試行し始め、それをさらに円滑に実践できるようにするため、2016年11月16日に「株式会社NF」を設立した。代表取締役も山口が務める。山口一郎個人としての活動と、バンドとしての活動の分離が、いよいよあからさまに露呈し始めていた。
さて、シングル『多分、風。』発売と併せて、翌年から新たなライブツアー「SAKANAQUARIUM 2017」の開催も発表された。2017年の1月から3月にかけて、ZEPPなど各地のライブハウスが回られることとなった。
ただ、そのツアー名はギリギリまで公表されなかった。先ほども述べた通りライブツアーというものは、会場予約の関係もあって、実際の告知よりもかなり前の段階から計画されていることが通常である。レコード会社、事務所、イベンターなど、非常にたくさんの人員の勤務予定に関わることであるため、1つのバンドに対して、音源リリースのスケジュールとライブツアーのスケジュールは綿密に関係しあって遥か先までの計画が組まれるのだ。
つまり、このツアーも当初は、アルバムツアーとして計画されていたことが想像できる。しかしアルバムが完成する見込みが不明だったため、ギリギリまでそのツアータイトルを確定させることができなかったのだ。結局、ツアー開催を翌月に控えた2016年12月に、そのツアータイトルの正式名称が『SAKANAQUARIUM 2017 “多分、風。” 』であることが発表された。
ファンは、ライブが楽しみな一方で、「まだアルバムが完成しないのか」と落胆した。シングル曲を引っ提げて全国ツアーが行われることなど、他のアーティストでもごくごく稀なことだし、それまでのサカナクションにおいてももちろん無いことだったため、これはアルバムツアーの予定だったものが変更され、苦肉の策で最新シングル曲を目玉にしたツアーとしたことが明らかだった。
さらに、4月から7月まで全20公演のホールツアーが追加され、1月~3月の "多分、風。" ツアーに連なるが、ホールツアーは別の新たな内容のライブが展開されるということが発表された。山口の発言によって、この「新たな内容」がアルバムツアーだということが仄めかされていた。
2014年のツアー(SAKANATRIBE)においても、ライブハウスとホールはセットで回られていたため、2017年の今回もはじめから同じツアーとして組まれていたものと思われる。それを、前半のライブハウス公演をシングル曲ツアー、後半のホール公演をアルバムツアー、と振り分ける作戦が取られたのではないかと考えられる。ライブハウスツアー中も、山口はもうすぐアルバムが出ることを何度も何度も匂わせた。
しかし結局のところ、4月以降のホールツアーも、3月までのライブハウスツアーとほぼ同じ内容(数曲変更程度)のまま平然と続けられた。「新たな内容」とは一体何だったのか。「ツアー中にアルバムが出ます」という宣言はいつの間にか「今年、このツアーが終わったらアルバムが出ます」と、訂正謝罪も無いまましれっと言い換えられたが、それが「山口一郎は発言を守らない、根拠のない虚言癖を繰り返す」という印象を逆に強め、このあたりから「アルバム出します商法」「アルバム出す出す詐欺」と揶揄されるようになった。
一方で4月からは、NHK-FMで「Night Fishing Radio」というラジオ放送が開始。サカナLOCKS! 以外での新たなラジオレギュラー放送の開始となった。音楽の幅広い側面を伝えたいというNFの理念は、着実に実行されていた。
ツアー中の5月に、バンドはデビュー10周年を迎え、ツアーとは別に記念イベント「2007.05.09 - 2017.05.09」が開催された。SAKANAQUARIUM (A) 会員(※この時期もまだNFmemberではない)限定のライブであり、バンド初のファンクラブイベントといえる催しだった。通常の一瞬たりとも気の抜けない綿密な演出で構成されるライブとは異なり、非常にラフな雰囲気でトークも交えながらファンクラブ会員が選ぶ楽曲の人気投票を紹介する形式のイベントで、「スプーンと汗」「YES NO」「涙ディライト」など、普段全く演奏されないレア曲を多数聴くことのできた貴重なイベントとなった。
このタイミングで、ホールツアー後に新たに、東京2DAYSと大阪2DAYSのアリーナ公演「SAKANAQUARIUM 2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around」が開催されることが発表された。9月~10月に開催され、2013年sakanactionツアーぶりとなるDOLBYサラウンドシステムを用いたアリーナライブとなり、話題となった。ただ、10周年記念を冠した新たなライブ名が標榜されたものの、実質的に「多分、風。」ライブハウス公演からホール公演に連なる一連のツアーの単なる追加公演であり、内容も数曲の追加があったのみでほぼ同一だったため、音響面を大々的にセールスポイントにするしかなかったという事情もあったのかもしれない。
もっとも、その音響面のセールスポイントがバンドのブランディングに功を奏し、満足度の高いライブ内容も相まって、バンドの評判は再上昇していた。リリースが無いにもかかわらず、ライブのクオリティーによってこの時期のバンド人気は保たれていたといえよう。
そのMCでも、この期に及んで「ツアー後にアルバムが出ます」と確定事項の告知のように宣言されたが、その宣言はまたも反故となる。
この一連のツアーの裏で、メンバーは何をしていたのか。サカナクションに何が起きていたのか。後に明かされたインタビューによるとそれは、「富ヶ谷セッション」と呼ばれる試みからスタートする、模索期だった。
「多分、風。」がリリースされたあと、アルバムを作るため、サカナクションは渋谷区富ヶ谷に新たなプライベートスタジオを作っていた。真っ白な壁に包まれた、ミニマルな空間だった。“自分たちの真っ白なスタジオで作る” というコンセプトにしたアルバムにしよう、と目標が建てられた。
2010年代初頭から延々と続いていたタイアップ地獄がやっと落ち着き、ようやくアルバム制作に本腰を入れられるかと思われた。ただこの時期、山口一郎は、歌詞ができないという手前の段階で、まず曲ができない、スランプだということを自分で言っており、メンバーに作曲地点から手伝ってほしいということを伝えていたようだ。そこで、山口がメロディを乗せるための土台を先に4人で作ることになった。しかし、なかなかうまくいかなかった。
山口は同時に、「次はAORみたいなことをやりたい」というお題をメンバー4人に出していた。しかし、それまでメンバーはAORを実際に演奏したことはあまりなく、それぞれがAORをやるためのノウハウがなかったため、オケ作りと並行して、実際にAORの楽曲をコピーして感覚を掴むというようなことを行っていたそうだ。
AORを研究しながらセッションを重ね、様々な曲の断片を作って山口に送ったが、富ヶ谷で作られたものは結局全て却下となってしまった。
理由は、「これ、サカナクションじゃないね」ということだった。つまり、100%でAORをやったときに、完全にオヤジバンドみたいなところにしか着地しなかったというのだ。AORをやるにしても、何か異物を入れてバランスを崩さないと面白くない、ということや、一体AORのどの要素がサカナクションにとって必要な要素なのか?ということが、富ヶ谷でのセッションを重ねたことで判明し、結果的にはそこに気付けたという点で収穫はあったようだが、作ったものがすべてボツになったという点では、アルバム制作の進捗は振り出しに戻ってしまった形になった。
この時期のバンドの状態について、ドラムの江島は後のインタビューでこのように語っている。
それまでずっとタイアップに追われてたじゃないですか。その時は目の前のことをこなすのに精一杯だから気になってなかったことが、逆に顕在化したんですよ。それっていうのは、音楽を生み出すことに対する積極性というか、自分の中から出てくる自分のやりたいものというか……要はタイアップって人から求められて作るものだけど、そうじゃない、誰も「作って」って言ってないのに作りたいと思うモチベーションが、その熱量が、バンド内でバラッバラになってるんじゃないかな?って疑ってた。ひとしきりタイアップが終わって「もう自分達の好きなことができるよ」っていう状況にもかかわらず曲ができないっていうことは、そういう差が生まれてたんじゃないかって不安だった、最初は。だから正直、アルバムはできないんじゃないかって俺は思ってた。
もちろん個々に波があるから合わない時期だってあって当然だと思うんですけど……けど個人的には、タイアップだけじゃなく、それこそNFを始めたりとかずーっといろいろなことをやってきた中で、ようやく次のモードにチェンジするタイミングに来たなって思った時に、なかなかバンドとしてアクセルが踏めなかった ―― それこそ一郎がスランプだってなったり、なかなか調子が戻ってこなかったりで、アクセルを踏めないもどかしさと不安が凄く大きかった。
つまり、そもそもバンド感が薄れてた状態で富ヶ谷に入ったんですよね。その直前の「多分、風。」は俺とモッチが中心に作ってるし、ザッキーはまだ本調子じゃなくてなかなかシンセも弾けないし、愛美ちゃんとは毎日接してるけど、でもどうしてもその時間は出産前と比べたら短くなってるし、一郎はスタジオに来ないしっていう……だから単純に、一緒に過ごす時間が少なかったというのも大きく関係してたと思うんですけど。
また、山口の文化人的活動に対しては、こう答えている。
俺はミュージシャンがそういう活動をすることに対してはまったく否定的ではないし、もちろん一郎は一郎で凄く頑張ってるなと思ってるし、なんとかしてロックバンドというもののフォーマットを壊そうとして試行錯誤してるのもわかってるから、なんだよあいつ、みたいなことはまっっったく思ってないんだけど、ただ、全然正解を見つけられてないなとは思っていて。で、その正解を見つけられていないが故の試行錯誤がバンドに影響してきてしまうのが、凄くもったいないなと思ってた。音楽のために活動してるのに……その音楽をやる一番の場所であるはずのサカナクションに対して100を注げない状態になってしまっているのがもったいないなって。
俺は人間って100の力があったとしたら、こっちも100、あっちも100っていうふうにはできないものだと思ってて。そこはどうしたって力を振り分けないと成立しないと思うんですよ。そういう意味で、向こう側の活動が50を越え始めると、それはちょっと違うんじゃないかなという気持ちは正直ありましたね。
富ヶ谷セッションが白紙に戻ったあと、バンドに再びタイアップの案件が舞い込んだ。またまた、漫画原作の実写化映画『曇天に笑う』の主題歌だ。
場所は、以前から使用している青葉台スタジオに戻って作業が開始された。
新曲「陽炎」が作られ、アレンジも歌詞も仮の状態のまま、2017年3月から上述のツアーで先に披露された。ツアーを回りながら、以前と同じように、4人によるアレンジ作業と一郎の作詞作業が延々と続けられていた。『バクマン。』の頃の、目の前のことで精一杯な状態に後戻りしてしまい、岡崎の調子も再び悪化。富ヶ谷で思い出しつつあった「バンド感」が、再び失われた状態になってしまったという。
もはや通常運転というべきか、いつものごとく映画への納品は遅れ、映画の制作情報が公開されてからかなりの時間が経った2017年11月に、映画サイドもしびれをきらしたのか、とうとう楽曲が未完のまま「主題歌の担当はサカナクション!渾身の未完曲」としてタイアップ情報が公開された。映画公開日も翌2018年3月21日だと確定事項として告知されてしまい、監督や主演俳優(福士蒼汰)から「試行錯誤して作られているサカナクションさんの楽曲が楽しみで仕方がありません」と 煽r 完成を心待ちにしているコメントが寄せられた。とうとう後に引けぬ状況に追い詰められた。

結果的に、2017年はデビュー10周年という記念すべき年であったにもかかわらず、YouTubeでの「SORATO」の公開と、「陽炎」のプロトタイプがライブで披露されただけで、製品としてはアルバムどころか1曲のシングルリリースも映像作品の発売もゼロという年になってしまった。
2018年に入り、映画公開を控えた3月、サカナクションからついに発表があった。3作品連続リリースが決定したとのことだ。ついにアルバムが完成したのか?と思われたが、その発表内容は、またもや不安の残る形だった。
まず、3月28日にベスト盤『魚図鑑』がリリース。
昨年行われたサラウンドライブ「SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around」のBlu-ray&DVDの発売。
待望のオリジナルアルバム(発売日未定)
つまり、ベストアルバムを挟むことで、またもや時間稼ぎしている、ということが明らかにわかる発表だったのだ。先ほども書いたが、以前は山口は「ベスト盤は出さない」と公言していた。そして、「ベスト盤を出すときはバンドが本当にヤバいときだ」というようなことも言っていた。つまり、その発言を覚えている者にとっては「いよいよ本当にヤバいんだな」とわかる発表内容ですらあった。
肝心のオリジナルアルバムの発売日は未定とのことで、その日にちが確定するまでは安心できない。この発表に添えて、山口は「現在制作中で春頃に発売される予定のアルバムをご期待ください」というようにコメントした。ここまでくると前科があるので、本当に春頃に出るのか疑うファンも多くいたが、案の定その不安は的中するどころか、「三作品連続」とは一体何だったのか?と思うほどの長い時間がここから更にかかってしまう。
ちなみに、『魚図鑑』の発売直前にはリリース記念トークライブが行われ、その様子はLINE LIVEにて生中継された。これまでバンドでは不定期で何度もUstreamを用いた生配信を突発的に行っていたが、2016年に米運営会社が買収されたことによりサービス形態が大幅に変化してしまったため、バンドの生配信プラットフォームとして使用できなくなり、この時期のサカナクション運営は新たな配信サービスの場所を探っていたように思われる。
そうした中、2016年からInstagramにもライブ配信機能が追加されたこともあり、一郎さんはいつしか、自身のアカウントでもインスタライブを行い始める。なお、現在のYouTube配信のような、定期的かつ頻繁な配信ではなく、この段階ではあくまでも山口の気まぐれによる突発的な配信だった。
ただ、この時期にもなると山口は、新宝島以前の暗く尖った内向的な雰囲気と比べると対外的に明るくコミュニケーションを取れるようになってきていた。とはいえ、この頃でもまだ、2025年現在のような執拗にテンションをブチ上げてあからさまに道化を演じ、サービス精神を前面に押し出して狂ったように過剰にはしゃぎ散らかすような振る舞いはしていない。言ってみればこの時期の山口一郎の人間的振る舞いとしては、一般社会的な基準としても明るさとマトモさを一番バランスよく兼ね備えた「真っ当」に面白い人間としてのキャラクターだった時期と言えるかもしれない。
さて、ベスト盤『魚図鑑』だが、こちらに最新タイアップの「陽炎」が「movie version」として収録されることになった(映画には無事納品されたようだ)。つまり、実質的にはこのベスト盤リリースは、「多分、風。」の次のシングル扱いとして解釈しても良いものだと言えるかもしれない。しかし、何故シングルではなくベスト盤になったかというと、そこにはビクターとの契約が関係していたと考えられる。前回のカップリング&リミックス集が2015年であり、そこからさらに3年が経っていた。オリジナルアルバムの発売を本来想定してビクターと契約していたリリース期限の周期がまたやってきてしまったために、今度は苦肉の策としてベスト盤が発売されることになったのだ。
しかし、やはりそこはサカナクションだ。単なるヒットシングルの寄せ集めには絶対するはずがなく、サカナクションのこれまでの楽曲を「浅瀬/中層/深海」の三階層に分類して、ディープなものまでかなりの数の楽曲が収録された。ここまでのアルバムで大切にしていた「混ざらないものが混ざったときの良い違和感(汽空域)」「表と裏」といった姿勢がベスト盤という形で継承・整理されたことで、コアファン/ライト層限らず多くのリスナーが、シングル一辺倒にならずに過去作に対して深く遡りやすくなった。
ただやはり、メンバー4人としては、本当はここで(ベスト盤ではなく)アルバムを出したかったのに、というネガティブな気持ちはあったという。
ちなみにこの頃の山口一郎の文化・タレント活動としては、7月から藤原ヒロシと山口一郎のトーク番組「FUJI-YAMA」がBSフジで放送開始している。一連の文化人交流の中で、かつてサブカルチャー界でカリスマ的存在となったレジェンドの藤原ヒロシとの交流も深められており、二人で番組を行うほどになっていたのだ。
さて、「3作品連続リリース」という触れ込み、そして「春ごろに出る」という山口の発言を信じて、新アルバム発表の告知が心待ちにされている中、次に発表されたのはアルバム発売日ではなく、『魚図鑑』の発売を記念した新たなライブツアー『SAKANAQUARIUM 2018 - 2019 魚図鑑ゼミナール』の発表だった。
6月から各地のライブハウスが回られ、その先にはホールツアーも予定しているという。ホールツアーは、10月から年明けの2月まで予定されており、アルバムが完成し次第、アルバムツアーになるということだった。後に、その先のアリーナ公演も追加された。
これは、前回の「SAKANAQUARIUM 2017 “多分、風。”」ツアーと全く同じパターンだった。
前回のツアーでも、当初から本当はアルバムツアーとして組まれたであろうものが、別の名目となってライブハウスツアーから始まり、途中のホール公演からアルバムツアーになってアリーナ公演へ至るということが宣伝されていたが、結局最後まで実現しなかった。そのため今回もどうせそうだろう、と、コアファンの間では諦めムードも漂っていた。長く追っているファンほど、繰り返される虚言に呆れ果て、山口への信用は失墜してしまっていた。さながらオオカミ少年の寓話のようだ。
一郎さんは次のようなツイートもしていた。
「早くアルバムを完成させて、その次のアルバムを作りたい。」
この言葉は、のちに明かされたアルバム制作の詳細な経緯や裏側の流れを踏まえればこそ、極めて切実な、そのままの言葉だと分かるのだが、リスナー側からしてみれば、「じゃあ早よ作れよ(笑)」「この期に及んで、何を笑えないギャグを言っているんだ」と受け取られても仕方の無いものだった。
魚図鑑ゼミナールのライブハウスツアーが回られ、ホールツアー編へ突入する目前の10月頭、オフィシャルサイト「SAKANAQUARIUM (A) 」がリニューアルされ、「NFmember」に変更となった。新宝島以降の文化発信であるNFを軸にサカナクションのビジネスモデルが再構築されつつあった。NFmemberではのちにポイント制度も開始し、ベスト盤になぞらえて「浅瀬/中層/深海」などとファンをランク付けするようなシステムが導入され、大きな賛否両論となった。
この前後に山口はポロっと「これからはファンクラブビジネス(の時代)になると思う」というような発言もしており、この頃にはもうすっかり、ロックの立場から芸能的なエンタメ界へカウンターを投げかける、というようなかつての理念を遂行する余裕は無くなり、山口一郎の脳内ではもう完全に、サカナクションとNFを、現在の “推し活ビジネス” のような人気商売の方向性へシフトせざるを得ないというふうに考えていたのかもしれない。
さて、「アルバムが完成し次第、アルバムツアーになる」と予告されていた「魚図鑑ゼミナール」のホールツアー編だが、結局今回も最後まで「魚図鑑ゼミナール」のまま終えられてしまう。ただ、この「魚図鑑ゼミナール」では、ライブ構成自体もベスト盤と同じく三部に分けられ、「深海」「中層」「浅瀬」という3ブロックで演出されたのだが、そのそれぞれのパートにおいて、新曲が1曲ずつ披露された。どの曲も歌詞が仮だったりラララで歌われたり、と未完成のままでの披露であったが、3曲の新曲の存在が発覚したことで、ようやくアルバム制作が少しずつでも進んでいることが分かってきた(その楽曲はその後「ナイロンの糸」「忘れられないの」「モス」として完成する)。
2018年の夏フェスシーズンを終えて、メンバー4人も「もう本当にいよいよ作らないとマズい」という雰囲気になり、上記3曲のオケが出来上がっていった。このあたりからようやく、制作へのスイッチがブーストしていったようだ。「とにかくあと何曲作ったらアルバムが出せるかなというところで必死だった」といい、山口もスタジオに来ないまま、4人で作り上げながら山口に投げてはフィードバックして少し直したり、という作業が延々と繰り返されていた。
アルバム完成はまだ見えない。ただ、ベスト盤『魚図鑑』の発売によって「浅瀬/中層/深海」という考え方が生まれたことによって、結果的に山口にとっては新アルバム完成への大きなヒントには繋がった。
地獄のタイアップ期の内向的な時期を経て、山口は「昭和オマージュ」によってNFなどの対外的活動が活発化して精神的には前向きになってきていたにも関わらず、「新宝島」「多分、風。」を経てもまだアルバムの目途が立っていなかった理由。それは、「グッドバイ/ユリイカ」「さよならはエモーション/蓮の花」までの方向性と、「新宝島」以降の方向性が乖離しすぎてしまっていたからであった。
「新宝島」の手前の地点(「懐かしい月は新しい月」のタイミング)で、本来はアルバムをリリースしておくべきだったのだ。そうすることで、新たなタームとして新宝島以降のサカナクションおよび山口一郎の方針転換も非常に分かりやすくなったはずだ。だが、この記事で書いてきた通り、当時のメンバーの体調や山口の作詞にかかる時間のどちらの面で考えても、スケジュール的にはそれは到底無理なことだった。
結果的に溜まってしまった既発シングル(グッドバイ、ユリイカ、さよならはエモーション、蓮の花、新宝島、「多分、風。」)と新タイアップ曲(陽炎)の7曲の存在がアルバム制作の邪魔になっていた。そこで当初、それらを全てベスト盤にブッ込んで一度清算して、全くのゼロから新しいアルバムを作ろう、という話になっていたという。それがベスト盤発売の当初のもう一つの大きな理由だった。
しかし、ベスト盤の選曲をしていく段階で、「そのようなことをしてしまうと、“グッドバイ” 以降の物語が全部無くなってしまうじゃないか。この物語をきちんとアルバムにしなければ自分達的にもリスナー的にも帰着しない。その先が無くなってしまう」と思い直し、ベスト盤には「新宝島」と「陽炎(movie version)」のみが収録されることとなったのだ。
しかし、2014年までの「東京・郷愁」というコンセプトと、2015年以降の「昭和オマージュ・文化活動」のようなコンセプトが、一つにまとまるわけがなく、山口は行き詰っていた。だが、ベスト盤で昔の曲から今の曲までが「浅瀬/中層/深海」として分類されたことによって、自分達にとっても、バンドに潜在していた多面性というものが整理されてわかりやすくなった。
さらに、その『魚図鑑』は、これだけアルバムリリースが滞っていた中でもオリコンチャートで1位を取ることができ、沢山の人が待ち続けてくれているという事実や、広いバリエーションの中に変わらない「サカナクションらしさ」もあるということと、それをリスナーがきちんと理解してもらえる、ということにも気が付くことができた。
次のアルバムにおいては、既発シングル曲が多いため、アルバムの収録曲数も当然多くなり、必然的に2枚組になるだろうという発想は山口にはあった。そこに既発曲たちをどう振り分ければ良いのか、と考えたときに、ふと、ダッチマン時代のとある楽曲が思い出された。「セプテンバー」だ。
札幌時代に無作為に音楽をやっていたころの懐かしい気持ち。そして、現在東京で曲ごとに戦略を組んで作為性を込めて表現している自分との距離。
この「作為性/無作為性」という距離を、2枚に分けて「東京と札幌の距離」として表現すればよいのではないか。
こうしてようやく、新アルバムのコンセプトが定まった。このとき既に、年をまたぎ、2019年に入っていた。2018年の「三作品連続リリース」という文言はもう完全に無かったことにされていた。昨年の初頭に予告された「春に発売予定」というのは「その年の春」のことではなく「いつの春」のことだったのか?年が変わり、ホールツアーが2月に終えられ、4月からアリーナツアーへ突入する。
そうした中で3月に、ようやく、本当にようやく、新アルバムのリリースが発表された。
アルバムタイトルは『834.194』。かつて札幌で使っていたスタジオと、現在東京で使っている青葉台スタジオとの距離だ。2枚組で、1枚目が作為性を前面に出した「東京盤」、2枚目が昔の無作為性を作為的に表現したという「札幌盤」と称された。
発売予定日は4月24日。実に6年ぶりのアルバムとなる。魚図鑑ゼミナールは終了となり、アルバムを踏まえた新しい内容のアリーナツアーが始まることが決まった。ただ、アリーナツアー10公演のうち前半5公演はリリース前のライブとなってしまうとのことだった。少々締まりは悪いが、ひとまずようやく発売日付きでアナウンスされたことは、待ち侘びた大きな進展だ。
とはいえ、「多分、風。」の際の延期の前例もあるため、実際に手元にアルバムが届くまではまだ安心はできない、と、そんなこともファンの間では冗談半分、不安半分で語られていたら、まさかのそれが的中してしまう。
歌詞が間に合わなかったため、アルバムの発売が本当に延期となったのだ。
これには流石に誰もが呆れ果てただろう。
結局、魚図鑑ゼミナールの追加公演的ポジションでありながらも、きちんと「アルバムリリース公演」となるはずだったアリーナツアーは、ライブ内容的にはアルバムを踏まえたものにはなったもののツアー中に肝心のアルバムが発売されることは無く、全ての公演を回られた後の6月19日にリリースされる形となった。
ちなみに、このアリーナツアーから、本来は映像監督である田中祐介監督がライブの総合演出も務めるようになる。元からサカナクションのライブ演出は非常に凝られたものであったが、田中祐介監督の介入によって、ここからライブ演出の趣きが少し変わっていってしまったことも確かだ。
こうしてアリーナツアーが終わったあと、前作『sakanaction』より実に6年3か月ぶりにアルバム発売が実現し、心から待ちわびたファン達の手元に、ようやく新アルバムが間違いなく届けられた。
2枚組18曲入りで、作為的な「東京盤」と、内省・郷愁的な「札幌盤」に分けられ、各盤の末尾には、ダッチマン時代の楽曲「セプテンバー」がそれぞれ「東京ver.」と「札幌ver.」としてアレンジ違いで収録された。
「陽炎」「多分、風。」「新宝島」といった、リリースから時間が経っていた強烈な楽曲たちも、「80年代オマージュ」という包括的なコンセプトのもとで多種多様なアプローチがされた新曲(「忘れられないの」「マッチとピーナッツ」「モス」)によってサンドイッチされたことで、既発曲だらけのアルバムにもかかわらず新鮮に聴くことが可能な仕上がりとなっているのが非常に秀逸で、6年待たされ続けた甲斐があった、と多くのリスナーも感じただろう。「忘れられないの」は、ソフトバンクのテレビCM「速度制限マン」として、「モス」は、7月期のフジテレビ系ドラマ『ルパンの娘』の主題歌として、それぞれタイアップだった。
ここで、作為的な1枚目(東京盤)と、内省的な2枚目(札幌盤)のうち、山口自身は2枚目のほうが好きだということを当時公言していたし、1枚目のほうに引っかかる人はどちらかといえばミーハー寄りで、2枚目のほうが好きな人に “同じ種族” として共感し仲間意識を覚える、というようなニュアンスのこともたびたび口にしていた。旧来のロック畑から逸脱して文化人活動にどんなに傾倒しようとも、この時期の山口はまだ、音楽嗜好としては多数への迎合を拒むような、かつての内省的・選民的な姿勢を表明していく意思が、体裁としては維持されていたといえるだろう。
かねてから長年言い続けられてきた「マジョリティーのなかのマイノリティを目指す」というキーワードも、引き続き口を酸っぱくして繰り返し言い続けられ、その説明として「万人が好むものではなく、クラスの中の1人か2人に深く刺さればいい。その少数が集まれば多数になる」、という例示によってその理念が補強された。
これは本当に古くから山口一郎・サカナクションが貫いてきた重要なコンセプトであり、2010年ごろから2025年の「怪獣」のヒットに至るまで、本当に耳にタコができるほど、山口一郎がリスナーに対して繰り返し繰り返し飽きるほど説明され続けてきた姿勢なのである。
また山口は、音楽をやる上で、マスにアプローチすることでお金を稼いでご飯を食べていくための「ライスワーク」と、そうではなく自分の大義のために行う「ライフワーク」という2つの姿勢があった場合、「ライスワーク」ばかりになってしまうことを拒み、必ず「ライフワーク」として取り組んだ音楽をリスナーに届けることで、「多数に広く響く」のではなく、「少数に深く刺さる」ものを届けたいという意思を、この6年間のタームの中で繰り返し繰り返し語ってきた。
こうした姿勢に共感した者が、バンド黎明期からこの先「怪獣」までの長い間、サカナクションのコアファンを形作ってきたのであり、これは勝手に山口一郎やサカナクションに対して理想を押し付けたり、ありもしない崇高なイメージを押し付けているわけでは決してないのだということを、現在懐古的な古参に対して攻撃的な怪獣以降の新規リスナーにはくれぐれも強調しておきたい。
ともかく、『kikUUiki』『DocumentaLy』『sakanaction』や『魚図鑑』で掲げられた「混ざり合わないものが混ざったときの良い違和感」「表と裏」「浅瀬/中層/深海」というようなコンセプトが、『834.194』にも間違いなく継承されていたのだということだ。
さて、この年の8月には、愛知県で3年ごとに開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」において、サカナクションが『暗闇 - KURAYAMI -』と題した特殊なライブパフォーマンスも行った。8月7日~11日の4日間にわたって、愛知県芸術劇場大ホールで行われ、通常のバンド形態での既存曲の演奏は行わない、アートプログラムとしての公演となった。
視覚が閉ざされたとき、音楽体験はどう変わるのか。という問題提起のもと、公演中は舞台および客席全体を完全暗転し、「暗闇」状態でパフォーマンスするという、異例の "空間インスタレーション"とも呼べる独自のライブパフォーマンスを展開。サカナクションの通常公演とは趣向の異なる、意欲的かつ実験的な公演となった。
ちなみにこの年の「あいちトリエンナーレ」内では、企画展「表現の不自由展」を中心に反日的・左翼的な思想の色濃い内容の展示が物議を醸して大きく炎上していたが、あくまで「あいちトリエンナーレ」全体ではなく数多くある企画のうちの1つが問題となったものであり、サカナクションの公演と政治的炎上とは無関係である。
一方、先ほども述べた通り、『834.194』のアルバムツアーのはずだったアリーナ公演は結局全てアルバム発売前の公演となってしまった。そのため、リスナーのもとにアルバムが無事届けられた状態で、アルバムを引っ提げた「リリースツアー」としてもう一度ちゃんとした形でツアーをやり直さなければ、6年間のケジメとしても、締まりが悪い。
そこで、ある種の「リベンジ」として、新たにホールツアーが計画された。それが、「SAKANAQUARIUM 2020 “834.194 光” 」ツアーだ。2019年8月24日に開催が発表され、翌2020年の1月18日から4月12日までの全12会場23公演で回られる予定だった。さらに、開催を控えた2019年末には、2020年5月に東京(ぴあアリーナ)と大阪(大阪城ホール)にて、アリーナ追加公演「SPEAKER +」が開催されることも発表された。それまでのサカナクションのアリーナ公演で導入されていたDOLBYサラウンドとは違う形で、スピーカーの数を増やした独自のサウンドシステムで死角の無い音響を目指すチャレンジということだった。
『834.194』の真のリリースツアーとして、これを回ることで、ようやく2013年から連なる紆余曲折の物語にケジメがつくかと思われた。
しかし、このツアーは途中で中止され、完走できずに終わってしまう。
その理由は、新型コロナウイルスの感染拡大だった。
◉2020年~2022年 締まらないままコロナ禍へ
2019年末に中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の集団感染の波は瞬く間に世界各地へと拡大し、2020年に入ると世界中でパンデミックの発生となった。
日本でも1月に初感染が確認されて以降、感染は急速に広がり、社会全体に深刻な影響を及ぼしていった。特に音楽業界はいわゆる「3密」を避けられない業種として強く警戒され、世間からの風当たりが非常に厳しい状況となってしまった。さらに、政府からは早い段階でイベント開催の自粛要請の圧力がかけられ、音楽業界全体が活動を制限される状況に追い込まれた。
当然、サカナクションのライブツアーにもすぐさま影響が出ていた。まず、中国での生産ラインおよび物流停止の影響を受け、2月18日~19日の愛知公演では物販用のツアーグッズが会場に間に合わないという事態が発生した。当初は十分な感染対策を行った上で、継続して予定通り開催する方針だったが、2月26日に政府から音楽業界全体に対してイベント自粛が要請されたことを受け、まず「一部公演の延期」が発表された。
ツアーの休止が決定して以降、すぐさま振替日程の発表やチケットの再販売を行い、着々とツアーの再開へ向けた準備・対応を進めていったほか、サカナクションの公式YouTubeにおいてはバンドがこれまでにリリースしたライブ映像作品を一夜限り・アーカイブ無しで生配信するという試みも実施された。過去に販売した映像作品をYouTube上で公開することは当時、公式チャンネルからであっても本来は権利的に難しいことであったらしいが、状況を鑑みて、バンドとして音楽で貢献したいという意向が汲まれ、ビクターと調整が行われ、配信が実現した。
ツアーの延期公演は7月から10月にかけて再開できるよう調整していたものの、一向に感染症の影響がおさまる様子はなく、最終的にはアリーナ公演も含めた全公演が中止となってしまった。ぐずぐずと続いてきた『834.194』の物語は、結局何とも締まりの悪い結末となってしまった。
緊急事態宣言発令に伴う「STAY HOME」の風潮を受け、サカナクションは毎週のように過去のライブ映像作品を再び公開していった。この試みが、コロナ禍の自粛で悶々としていた多くの人々の心の拠り所・救いとなり、それまで興味の無かった新しいファンの獲得に大きく貢献した形となった。
併せて、山口一郎は頻繁にInstagramでのインスタライブを行うようになった。新しく追加されたコラボ配信機能も活用し、一般の視聴者から各種業界人まで幅広い相手と対談を重ねていき、コミュニケーションを深めた。
この時期の多くのミュージシャンがコロナ禍によって大打撃を受け、まともな活動ができずに手をこまねいていた中で、山口は逆にこの状況を新たな可能性の場として捉え、ピンチを大きなビジネスチャンスに変えることに成功し、この時期にバンドは一気に新たな支持を拡大したといえるだろう。
ここでファン層について振り返ってみると、コロナ禍以前から、山口一郎のことをアイドル視するような層は既に増え始めていた。「推し活」という言葉こそまだ広まっていないが、ファンアートやファングッズを作ったり、Twitterで一郎さんから反応を貰えて喜び、それを目的にSNSをしたりといった「推し活的」なファン層が登場しており、それによってバンドとしてのサカナクション自体を応援する古参との空気感の違いが問題視されてSNS上で荒れるということも既に定期的に何度も何度も議論が起こるようになっていた。ただ、重々強調するが、それはあくまでも「応援の仕方の変化」「ファンの空気感の違い」に起因する違和感が原因であり、古参はサカナクションや山口一郎のことを独占して有名になってほしくないみたいなことでは決してなかった。新たに知った多くの人々が、サカナクションの過去作品やライブの世界観に感動してハマっていくことは従来ファンも大いに歓迎し、むしろ率先して布教した。極端な推し活的消費のされかたではない限り、特にコロナ禍の下で皆同じ空気感を共有していたといえる。
さて、チームサカナクションを構成する多くの人員が、コロナ禍によって生活の危機に瀕していた。各業界のプロフェッショナルが集まる精鋭チームであったにもかかわらず、無関係のアルバイトを始めざるを得ない人や、本職の継続を断念しなければならない人まで出てきてしまった。このままだと、コロナ禍が収まって再びライブができるようになったときに、元の規模・元のチーム・元のクオリティーでのライブができなくなってしまう。そう危惧した山口は、率先してスタッフに対する支援のための行動を起こした。
中止となったアリーナ公演で販売予定だったライブグッズや、新たに取りまとめた過去映像作品全集などが、その売上をチームサカナクションのスタッフ支援金として充当することを前提に販売されたほか、各所に働きかけ、チームサカナクションに限らず広く音楽業界で働くスタッフ全体を支援するための基金の創設を主導した。
さらに、有観客でのツアーの全公演が中止となってしまった中で、このままいつまでも手をこまねいているだけでは駄目だ、と、ツアーの代替企画として、バンド初となる無観客ライブストリーミング公演を計画する。
当時、有名無名問わず多くのミュージシャンが行っていたオンラインライブのほとんどが、コロナ禍を凌ぐための一時的な「妥協案」として行われていたものだった。ライブハウスにカメラを設置し、通常のライブと同じように演奏してそれを中継するだけというこの方法は、当然ながら「リアルライブの下位互換」と化してしまい、熱気の薄れた魅力のないものになってしまっていた。コロナ禍以前には現場での熱量に魅力を感じて足を運んでいた客も「配信なら別に見なくていいや」という感覚の者も少なくなかったように思う。そのため、配信という “不完全燃焼な形態” に不満を抱き、はやくコロナ禍が明けて元のリアルライブに「戻したい」という声が多く聞かれた。しかし、山口及びチームサカナクションは、そのような発想のままでオンラインライブを行いたくはなかった。
オンラインライブであれば、動員数の上限もなく、チケットの当落選を気にすることもない。席によって音響やステージの見えやすさが左右されることもない。さらに、観客が居ないことで、あらゆる位置にカメラや照明を設置することができたり、ライブハウスではない様々な場所から演奏することができるなど、オンラインでなければ実現できない表現、オンラインならではの演出の可能性を広げることができる。「映画」と「舞台」がそれぞれ全く別モノの価値があるように、「リアルライブ」とは全く別モノの新しい表現形態として「オンラインライブ」を位置づけたい。「別の種類の感動」を提案したい。チームサカナクションはそのように考えたのだ。
さらに、コロナ禍になる以前から、病気や結婚・出産、子育て、仕事の事情など、様々な原因でライブ会場へ足を運べないひと、リアルライブを楽しめなかったひとが居たはずで、オンラインライブはそのような人々にまで音楽を届けることのできるチャンスである、というふうにも捉えられた。
2019年のアリーナ公演から、映像監督の田中祐介監督がライブの総合演出も手掛けるようになっていたことも、功を奏した。中止となった “834.194 光” ツアーのセットリストを基調として、オンラインライブの構想が形作られていき、2020年8月15日と16日に、『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』が配信された。
「ライブミュージックビデオ」とも称されたその配信は、あらかじめ収録した映像の配信ではなく、2日とも演奏や演出含め、すべて生で行われたが、ライブハウスからの配信ではなく、倉庫を利用したスタジオにセットを組み、映像が本業の田中祐介監督のもと、通常ライブ時のスタッフに加えてミュージックビデオのチームとも一緒になって演出が行われ、「二時間の生演奏のミュージックビデオを作る」というようなアプローチによって、オンラインならではのノウハウをふんだんに取り入れた配信ライブの新しい形を提示することに成功した。
筆者個人的にも、この「光 ONLINE」は配信ライブの最高峰であると同時に、何ならリアルライブよりも満足感の高いものに仕上がったのではないかと思うほどの圧巻の完成度を誇っていると感じる。
また、これによって、ようやく2013年以降の物語である『834.194』のタームが一応の一区切りとなったということができるだろう。しかし、既に「オンラインライブを軸に、コロナ禍に "適応" する」という次の物語がオーバーラップする形で始まってしまったわけでもあり、また、リアルライブとしての『834.194』リリースツアーは不完全なまま終わってしまったこともあり、コロナ前のケジメが付ききらないまま次の波に飲まれてしまった、ともいうことができるかもしれない。良くも悪くもこのシームレスさが現在まで尾を引いてしまっていると感じる。
さて、9月に入ると、いくつかの新たな動きが見られた。
1つは、9月19日から放映開始のトヨタの自動車ヤリスクロスのCMにサカナクションの新曲が起用されたということだ。前年6月リリースの『834.194』から既に1年以上ぶりの新曲となった。そして、案の定、サビだけの納品となり、フルの楽曲完成はここからまた時間がかかることとなる。タイトルは公表されておらず、CMで聴きとれる歌詞から俗に「気になりダンス(仮)」と呼ばれた。
ただ、6年以上待たされたアルバムがようやく出た後だったということと、『光ONLINE』が行われた直後だったということで、実感としてはそこまで待たされた感は無かった(もちろん、長く追っている者ほど、ここから完成まではどうせまた6年ほどかかるのでは?という猜疑心も無かったとは言えないが)。コロナ禍以降の山口の動きは、単なる回りくどいNFの文化啓蒙活動ではなく、世間一般の生活に直接寄り添うような形でチームサカナクションと山口の動きがわかりやすくリスナーに届いていたことも大きいだろう。
もう1つの新しい動きは、NHK(Eテレ)での音楽実験番組『シュガー&シュガー』の放送開始だった。これは実質的に、かつてスペースシャワーTVで放送されていた『NFパンチ』の後継番組だった。
スペースシャワーTVで放送されていた「NFパンチ」だが、必ずしも山口の思ったような成果が出せないまま、スペースシャワーサイドのスタッフとの温度感の差も露わになり、2019年3月に最終回を迎えていた。
その後、2019年9月にNHK(Eテレ)において、特番(パイロット版)としてこの『シュガー&シュガー』が放送され、その内容の類似性から、実質的に『NFパンチ』の後継番組として注目されていた。このパイロット版が好評となり、翌2020年9月29日から12月15日まで1クールのレギュラー放送が実現したのだ。

さらに、10月からは、北海道のラジオ局STVラジオにおいて、お笑いタレントの加藤浩次とのラジオ番組『加藤さんと山口くん』がスタート。加藤浩次とは、オンラインライブ『光 ONLINE』のプロモーションの過程で、日本テレビ系の朝の情報番組『スッキリ!』に出演したことをきっかけとして、同じ北海道出身だったこともあり急速に親睦を深めていた。
こうしたメディア展開と並行して、引き続きInstagramではインスタライブが頻繁に行われ、多くのリスナーと綿密なコミュニケーションを取るようになっていた。こうした中で、始めは突発的に行われていたものが徐々に定期企画化したのが、現在のYouTube配信にも引き継がれている「深夜対談」だ。
主観的な評価になるが、個人的には、この時期の山口一郎の動きはそれ以前やそれ以後と比べても、音楽とそれ以外の活動との歯車がうまく噛み合っていて、比較的好循環に持っていけていた時期なのではないかと感じている。それまでは、文化的活動がむしろ音楽活動の邪魔になっているような本末転倒感が長年漂っていたものが、ようやく、他業種のクリエイティブとサカナクションの表現活動とが相互的にうまく還元されるような循環に持っていけていた感があったのだ。
もちろん音楽業界自体がコロナ禍という未曾有の危機的状況にあったのだが、周囲のスタッフが「逆境になればなるほど燃えるタイプ」と評するほどに熱心に音楽文化の死守に動いていた山口の姿を、多くのリスナーが応援した。
とはいえ、現在のYouTube配信と同じく、当時Instagram Liveを通じて自身の動きの裏側までもあけっぴろげに開示する過程で、物議を醸すことも多々あった。山口一郎という人間は、その発言がコロコロ変わって信用できない部分がある。もっともらしく説得力を以て大仰かつ繊細に説明し、同意と理解を求めた内容を、後で説明なく簡単に覆す傾向があるのだ。確定していないことを確定事項のように語り、それが実現できなかったり変更となった際に説明もなく平然と新しい告知がなされるため、そうした要因によってファンは混乱し、コメント欄が定期的に荒れることがあった。その度に山口は時に視聴者と喧嘩しながらも最終的には大人の対応でうまく場を収めてきたのだが、そうした中で山口への信用を無くしてサカナクションへの気持ちが冷めていった者も実は少なからずいたのではないか、という部分は、実感としてある。
たとえば、リアレンジアルバムをめぐる話題だ。光ONLINEの前の時期になるが、春の緊急事態宣言発令を受けてコロナ禍でスタジオに集まれなくなったバンドメンバー4人にも活動の機会を与えるため、リアレンジアルバムを作るということを山口は発案した。製品として発売することを前提として、大々的な触れ込みでファンクラブ内でその曲目が募集されたのだ。にもかかわらず、そのリアレンジアルバムは一つの製品として発売されることはなく、先述のチームサカナクションスタッフ支援のための映像作品集の購入特典として封入されることになった。これにはコメント欄で多くの批判が集まったが、山口は何を責められているのか理解していない様子で、論点の定まらない議論をひとしきり行い、場を収めた。「もともと製品として発売するという話だったんじゃないのか」というコメントには、「そうだったっけ?発売するかもみたいなことじゃなかった?」というような誤魔化しかたをした。後に結局、「多くの要望が集まったため」としてファンクラブ限定でリアレンジアルバム単体でもリリースされることが決まったのだった。
ちなみに、大きく時期を遡るが、2010年にNHKの番組に出演した際の一問一答形式の質疑コーナーの中で、山口一郎はこのようなことを答えている。
Q:うんざりすることは?
A:言った言わないの争い
山口の発言の不確実性に起因する様々なすれ違いが、対視聴者だけでなく対スタッフや対メンバーの会議の中でも頻繁に起きていたということは容易に想像がつく。コロナ禍以降はメンバー4人はそれぞれの自宅で待機することも増え、それらも重なって、山口一郎とメンバー4人との認識や熱量の差が、どこか開いていく一方だったのではないだろうか。
こういった空回りに加えて、山口はここで、持病として長年「群発頭痛」に悩まされていることを公表した。「群発頭痛」とは、心筋梗塞、尿路結石と並んで「世界3大激痛」の1つに数えられることもあるというほどの激痛を伴う病気で、あまりの痛みから「自殺頭痛」と呼ばれることもある。発作が起こると、目の奥をナイフで突き刺されているような痛みが数時間ほど続き、この発作が数週間から数ヶ月という一定の期間に集中して起こるのが特徴。これを「群発期」といい、群発期が終わると、次の群発期まで数ヶ月~数年程度の頭痛が起こらない「寛解期」が訪れる。
この年、山口は群発期と重なってしまい、激しい痛みに耐えながら、「シュガー&シュガー」の収録に臨んでいたのだ。
そのようにしているうち、コロナ禍という逆境に燃えて活動を活性化させる山口の身体と精神面の双方に、本人も気が付かないまま確実に取り返しのつかない疲労と負担が積みあがっていた。
11月にも、また新たな告知があった。前年2019年にあいちトリエンナーレで披露された「暗闇」の演目を、再びワンマンライブとして開催することを発表したのだ。翌2021年1月8日〜11日、幕張メッセにて『SAKANAQUARIUM 暗闇』4日間7公演で開催することがアナウンスされた。オンラインライブ『光 ONLINE』の次のアクションだと位置付けられ、前回のツアーが中止になって以降初となる有観客ライブになる予定だった。
しかし、新型コロナウイルス感染拡大の第3波の影響を受け、12月18日に残念ながら全公演の中止が決定された。翌1月には、首都圏において再びの緊急事態宣言の発出となった。
年が明け、2021年元日に放送されたサカナLOCKS! では、「コロナがいつ収束するのか、いつ収束するのか、というふうにコロナがなくなるのを待つのではなく、この新しいコロナがある世界でどう生きていくのか、を “発明” しなければならない」というふうに語られた。このキャッチフレーズは、この年の山口があらゆる場所で語る新たなキーワードとなった。
同時に、目標として「年内にニューアルバムを出す」ことが語られた。そうであればファンとしてはむちゃくちゃ嬉しいことであるが、何せ前科が前科だ。そう簡単に鵜呑みにはできない。本人の口からも、「前回アルバムを6年かけて作りましたから、ペースを上げていかないことには契約解除の可能性が出てくる(笑)。ビクターも結構キリキリ言ってきておりますんでね。」「アルバム出す出す詐欺が得意な私でございますが、年内にニューアルバムを出します。公約します!」と自虐を交えながらも、確かに高らかに宣言した。
2021年の山口は、前年から引き続き、精力的にInstagramライブでの配信活動を行っていった。また、自粛の風潮が強まるたびに、「夜を乗りこなす」のキーワードのもとで、バンド公式のYouTubeでの過去ライブ映像配信も繰り返し行われ、リスナー層の維持・拡大に大きく貢献した。視聴者との対談を重ねると同時に、山口は「これを必ず音楽にする」ということを約束し続けた。
ところで、これまで山口はもともと、YouTuberやニコニコ動画といったネット文化の界隈事情には実はそこまで詳しくなかったものだと思われる。しかし、バンド初期の極めて早い地点からMVにおける革新性を用いた拡散戦略や、Ustreamでの生配信、サカナLOCKS! でのトークや NFパンチなどでの企画を通じて、図らずもそれに近しいスタイルとスキルを身に付けていた。そしてコロナ禍をきっかけに、その蓄積を活かしてInstagramライブでのリスナーとの交流に積極的に取り組んだおかげで、当時の時流として台頭しつつあったツイキャス、Showroom、17Live、Pocochaなどの配信サービス文化や、あるいはニコ生から移行しつつあったYouTube上での生配信文化のスタイルと、偶然にも一致するような活動スタイルを行っていた形となったのだ。このことは、現在のYouTube配信に繋がる素地として重要な水脈となったといえるだろう。
ただ、この地点までの山口一郎は、まだ「そっち側」ではなかった。あくまでもYouTuberや配信者といった界隈とは異なる「ロックミュージシャン」としてInstagramを用いてバンドのファンとの交流を行っていたわけで、そっちの界隈のルールや文化を学んで合わせるということはしていなかった。この “差” は、当時と現在の違いを考える上で非常に大きい。
けれども山口は、この時期に視聴者側として「そっち側」に関心を持ち始めるようになる。明確なきっかけは、旭川女子中学生いじめ凍死事件だ。2021年2月、北海道旭川市の旭川市立北星中学校の女子生徒に対していじめと集団性的暴行があり、川に飛び込み自殺未遂などをしたがいじめはおさまらず、雪の積もった公園で凍死したとされる事件である。この被害生徒が、YouTube配信者のコレコレの生配信に心を救われていたといい、亡くなる前には悩みをコレコレチャンネルに相談していた、という事実を知り、「以前なら若者の心を救済する役割は音楽のはずだったのに、その役割が音楽ではなくYouTube配信者が担っている」と衝撃を受けたそうだ。「代わりに、今の音楽は数秒の縦型動画で踊るためなど極めて機能的な音楽で溢れてしまっている。音楽がビジネスになり過ぎて、当該被害生徒のような子のところまで届かなくなり、音楽がそういう子の居場所を作れなくなってしまったのだ」というふうに山口は認識した。
山口は実際にコレコレチャンネルを見て、カルチャーショックを受けたようで、そのことを各所で口にした。一部のファンはそれを聞いて危惧した。コレコレチャンネルというチャンネルには賛否両論のイメージがあり、当時のサカナクションの治安とは相容れない印象が持たれていたからだ。山口がコレコレに変な影響を受けてしまったらどうしよう。そのように不安を抱いた一部の杞憂民は、遂にはコレコレの生放送に行って「一郎さんに関わるな」「次の曲に影響出る」というふうな厄介コメントを飛ばしたそうだ。これに対して、コレコレは「一流の感性疑うなよ、俺の動画見てブレる訳ないだろ」と場を収めた。
しかしながら、山口は結局コレコレに大きな影響を受けて2025年現在のYouTuber化した現状へ繋がったことを考えれば、当時の杞憂民の心配はまさに適中していたことになるのだが。
とにかく、「そっち側」の文化に接近していくきっかけとして、まずここから、ゲーム実況者の兄者弟者や、人気YouTuberの水溜りボンドといった面々との交流がこの時期から発生していった。さらに、さかなクンのYouTubeチャンネルに山口が “ギョラボ” 出演するということもこの時期に行われた。
さて、続くサカナクションの次の動きとしては、当初4月からZeppツアーを行う予定だったという。しかし、同2021年初頭にベースの草刈が体調を崩したため、リハーサルを十分に行うことが難しくなってしまった。そこで、大事をとってツアーをキャンセルしようという話になったが、せっかく予定していたZeppをただキャンセルするのも勿体ない、と山口が発起し、ファンクラブ限定ライブとして山口が1人でツアーを回ることになった。メンバー4人による過去曲のリアレンジを背負って山口が歌唱するという内容が構想された。
ツアー名は、インスタライブ配信上で視聴者とコミュニケーションを取る中で意見が募られ、その結果、オフ会のようなニュアンスを込めて『NF OFFLINE』と名付けられた。5月から7月にかけて開催予定だったが、またもや新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の発出が決定したために、5月分の公演が延期となってしまう。
これを受け、ただ延期にするのは嫌だ、ということになった。緊急事態宣言中に家に閉じこもっているリスナーにライブを届けたい、という山口の強い希望があり、急遽、山口の自宅からのオンラインライブの開催が決まる。それが、5月22日と23日に配信された『NF OFFLINE FROM LIVINGROOM』だった。
『光 ONLINE』に引き続き、田中祐介監督が総合演出として起用され、開催決定からわずか2週間足らずの準備期間だったにも関わらず、山口の自宅からの配信とは思えない驚愕の演出の数々によって、『光 ONLINE』に引けを取らないほどの圧巻のオンラインライブに仕上がった。
クレーンカメラや水を使った演出、ライゾマティクスによる映像エフェクトなど、ただの垂れ流しのライブ配信ではない、リアルライブ以上の満足感を喚起する工夫がなされた。(大量に持ち込まれた機材によって自宅が埋まってしまった山口は、この期間中、ホテル住まいとなってしまったという)。チームサカナクションの技術力と意地が存分に発揮されていた。

オンラインライブの後、緊急事態宣言の収束を受けて無事『NF OFFLINE』として各地のZEPPが回られたが、当初の計画にはなかった「オンラインライブを開催してから有観客ライブに移行する」という流れでツアーを実施してみたことで、チケット数の上限の無いオンラインライブの収益によって有観客ライブの赤字補填にできるという点で、山口は新たなスキームへの手応えを掴んだようだ。
この時期の音楽興行は、業界全体として、有観客が少しずつ復帰して来たといえども、観客数を減らしての実施であったり、常にキャンセルの可能性を前提とした実施を強いられたり、と、経営的に非常に不安定で、大赤字前提でしかライブを行えなかった。この記事でも何度も指摘した通り、ライブの計画というのは実施日程の遥か前の段階から綿密な計画が行われ、極めて多数の会社や人員が関わって1つのライブが構築される。にもかかわらず、そのような不安定な実施状況が続くことで、業界全体が相当な苦境に追い込まれていた。
しかも、音楽業界だけでなく、当然お客さんも生活が苦しいなかで、採算を取るためにライブのクオリティを下げなければならないにも関わらず、チケットの値段は上げなければならない、というような葛藤も起こっていることを、この時期の山口は繰り返し各所で指摘していた。
こうした負の連鎖を一度断ち切り、音楽業界を良い流れへ復興する、新たな「発明」をしなければならない、という使命感がこの時期の山口に溢れていた。その中で、オンラインライブとリアルライブの関係性の再考というのが山口にとって大きなヒントとなったようだ。
そんな中、新たなタイアップに伴って新曲の断片が公開となった。6月には参天製薬の目薬ブランド「サンテFX」シリーズの新CMに「プラトー」が起用され、CMの制作発表会にて仮アレンジ状態でワンコーラスのみが披露された。さらに8月には、以前「モス」が起用されていたフジテレビドラマの映画化となる『劇場版 ルパンの娘』主題歌へ引き続きの起用が発表され、9月27日から予告映像で新曲「ショック!」の一部を聴くことが出来るようになった。
どちらもフル尺の発表とはならなかったし、約1年前のトヨタのCM曲「気になりダンス(仮)」のほうはその後一体どうなったのか?という疑問もあったが、曲の完成が遅いのはいつものことであり、リスナーはもう待たされ慣れていたため、少しずつであっても新たな断片は垣間見える動きとなってきたのは大きな進展のようにも思えた。
さらに、7月には、新たなアリーナツアーの開催が発表された。2021年12月11日の愛知公演からスタートし、2022年1月26日の日本武道館でファイナルを迎える、6会場12公演のツアーとのことだった。コロナの第〇波、という波が繰り返し訪れ、規制の強化と緩和が繰り返される中で、年末どうなるか先行きが見えない中、NF OFFLINEの流れをヒントにして、「オンラインライブを先に行った上でその後にアリーナツアーを回る」という構想がこの地点で語られていた。
ただし、この地点では「11月にアルバムをリリースし、オンラインライブを行い、その後アリーナツアーを回る」という構想だった。本気で、年内にアルバムを完成させるつもりだったらしい。しかし案の定、それは間に合わなかった。そこで結果的にアルバムが後回しとなったものを正当化してむしろ「戦略です」という顔をしてブランディングした、といえば恰好が付くが、要は「上手な言い訳」として、「オンラインライブ→リアルライブ→アルバム」という「逆転の流れ」でプランが組まれることとなったようだ。
10月22日、大きな発表があった。2021年~2022年にかけて、アルバム二作で進められる大型プロジェクト「アダプト/アプライ」の始動が発表されたのだ。
第1章【アダプト】“適応” と、 第2章【アプライ】“応用” 。
第1章【アダプト】は、2021年11月のオンラインライブから始まり、12月~2022年1月のリアルライブを経て、来春のアルバムリリースで締めくくられる、ということだった。その後、第2章【アプライ】へと進む予定だった。
結局、年内にはアルバムは出ず、魚図鑑の「三作品連続リリース」のような時間稼ぎ感がしなかったでもないが、ようやく「次のサカナクション」が始動するという期待感は最高潮に高まった。オンラインライブではアルバムに収録される楽曲が初披露されるということで、実質的に新アルバム発売時と同等のワクワクをオンラインライブで体験できるということでもあった。
その後、オンライン配信のために、専用スタジオに4階建てビル相当の巨大セット(アダプトタワー)を建設した様子や、そのために億単位の予算が費やされたこともアナウンスされた。さらに、役者を迎え、演出に舞台の要素が加えられることも判明。『光 ONLINE』で成し遂げられたミュージックビデオ的な要素も踏襲され、【演劇 × MV × ライブ】というコンセプトが示されたのだ。総合演出はもちろん田中祐介監督だった。


そして遂に、2021年11月20日と21日に『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』が生中継で配信され、リアルタイムらしからぬ壮大な映像表現で視聴者を圧倒した。
さらに、圧巻の演出もさることながら、秀逸だったのはそのセットリストで、「初披露の新曲が複数曲ある」という告知がなされていたことから、演奏曲の中に有名曲ではない過去曲が多数含まれていたとしても、ライトファンは新曲と同じように聴くことができ、バンドに詳しい人も詳しくない人も同じように楽しめるという効果があったのだ。そのため、曲の知名度に囚われないコンセプチュアルな曲順で演奏され、コアファンはマニアック曲の続出に歓喜し、ライトファンも過去楽曲の幅広さ・新たな良さを発見することが出来た。
オンラインライブの終了後、アルバムの発売日が2022年3月30日であることが発表された。2019年『834.194』から数えれば早くもまた約3年ぶりにはなるが、前作の6年に比べると短期間ではあるし、オンラインライブでの披露を挟んだおかげで待たされた感は軽減されていた。
その後回られた「SAKANAQUARIUM アダプト TOUR」においては、オンライン特化と思われた同じ演出内容でリアルライブが実施されたことも新鮮な体験となった。この地点ではお客さんはまだ「声出しNG」であったが、それでもコロナ禍以降初となるバンドでの有観客ライブがようやく叶い、感動的な空間となった。声が出せないぶんお客さんは皆、全身で踊って楽しみ、静かな熱気で溢れた。1月29日・30日に日本武道館での追加公演も行われ、当初の千秋楽だった1月25日・26日の公演と合わせて、武道館公演は実質4DAYSとなった。
この追加公演2日間のようすは、『SAKANAQUARIUM アダプト TOUR STREAMING LIVE at NIPPON BUDOKAN』という生配信ライブとしても中継され、オンラインライブで行われた映像演出と有観客配信の融合という、さらに新たな試みの成功となった。
この「 “オンラインライブ特有の演出” と “有観客ライブの生配信” との融合」という試みは、当初は第二章「アプライ」でやろうとしていたことなのではないか?と推測する。「アダプト」での試みをどう「応用」していくのか?というコンセプトとして最も相応しいものに位置付くだろう。そのため、これを第一章「アダプト」内でやってしまっては、「アプライ」でさらにどのように展開していくつもりだったのかは興味のあるところだった。しかし、それは実現しないまま、「アプライ」の意味合いが大きく変わってしまうこととなったのだが。
ひとまず、無事アリーナツアーも終わり、2022年3月30日にアルバム『アダプト』が発売された。前後して、「月の椀」「プラトー」「ショック!」の3曲のミュージックビデオが順次公開されたが、その映像はみな、11月のオンラインライブ「アダプトONLINE」からの切り抜きが用いられた。しかしそのことを感じさせない、単体のミュージックビデオとしても十分成立している映像を、生配信オンラインライブ上で既にやってのけていた。つまり、「アダプトONLINE」は、オンラインライブと同時にミュージックビデオの撮影を兼ねるという意味合いもあったのだ。
当初の告知では、このアルバムの発売を以て第一章【アダプト】のプロジェクト全体が終了し、第二章【アプライ】に移行するというはずだった。当初の予定通り、ここで終わっておけば綺麗だったと本当に思う。本当に。ここでアダプトを終わっておけば良かったのに。
「アダプト/アプライ」プロジェクトの告知よりも前の地点でもともと構想されていた、「アルバムをリリースしてからライブを回る」という、コロナ前からのごく普通の流れを、ここで諦めきれなかったのだろうか。
『834.194』で「アルバムリリース後のツアー」というものが完走できなかったことへのリベンジへの欲が出てしまったのだろうか。
アルバム『アダプト』のリリース後に、新たなツアー「SAKANAQUARIUM アダプト NAKED」が開催されることが発表となったのだ。今度はホールツアーであり、開催地に「SAKANAQUARIUM 2020 "834.194 光"」にて公演が中止となった会場が多く選ばれていた。
この開催発表は、本当に余分だったと思う。「アプライ」を期待していた人からすると、またも山口一郎の「最初と言ってることが違うじゃないか」という悪癖の印象を強めてしまったように感じる。アルバム『アダプト』の発売時には、山口一郎は各種のメディア出演において「このアルバムはあくまで “ハーフアルバム” であり、『アプライ』とセットになって初めて1つの作品として完成するのだ」ということを熱弁をふるって口うるさく説明していた。そこまで言うのなら、早く「アプライ」のほうを体験したい。そういう期待感が大いに高まっていた。
内情としては、バンドの制作ペースとしても、「アダプト」を作り終わったばかりで、「アプライ」にそんなに早く取り掛かることができない、という自覚があり、時間稼ぎとしてホールツアーを差し込んだという側面もあったのかもしれない。
しかし、この「SAKANAQUARIUM アダプト NAKED」ホールツアーも、またも中止となり、回ることはできなかった。
理由は、山口一郎のうつ病の発症だった。
◉2022年~2025年 鬱病との闘いと怪獣の功罪
「SAKANAQUARIUM アダプト NAKED」は当初6月からのスタートを予定していたが、その直前の5月にバンドはデビュー15周年を迎えた。それを記念して、活動拠点である青葉台スタジオから3日間連続で有料生配信が行われることとなった。「デビュー15周年記念 スタジオセッション『15.0』」だ。

2022年5月7日・8日・9日の3日間連続で配信され、
1日目:1stアルバム『GO TO THE FUTURE』から3rdアルバム『シンシロ』まで
2日目:4thアルバム『kikUUiki』と5thアルバム『DocumentaLy』
3日目:6thアルバム『sakanaction』から最新作『アダプト』まで
の曲目を取り上げる形で、トークを交えながらセッションが行われた。
この配信が、15周年というメモリアルな配信であるにもかかわらず、正直、ただならぬ空気が漂っていた。端的に言って、お通夜だった。
いや、サカナクションはメンバー5人共がもともと暗い人間の集まりだし、トークは昔から全くの下手くそである。加えて、ライブ会場ではなく、いつもレコーディングを行っているスタジオからだということもあって、自然とピリッとしたモードになっていたのかもしれない。しかし、それを差し引いたとしても、明らかにギスギスした空気が流れていた。
普段のライブでは全く聴くことのできない、レア中のレア曲が多数演奏されたにも関わらず、これほど見返したく無いオンラインライブも初めてだ。
その3日目のトーク内のことだった。ハッキリと、山口の心が折れた瞬間がわかる場面があった。
山口は、紅白出演時のころを振り返って「本当に辛かったよね」とメンバーに問いかけた。しかし、4人の返答は「そんなことも無いけどね・・・?」「楽しかったよ」というものだった。4人は(特に一番常識的な感覚を持っている草刈にとっては)、大人として、現在もNHKにお世話になっている身で、あまりにも山口が「紅白が嫌だった」「紅白が辛かった」と言うものだから、「失礼にあたるのではないか」という意識もあったのではないかと感じる。ニュアンス的にも、各所へのフォローの意味合いもあったのかもしれない。
しかしこの瞬間、山口は愕然とした。見るからに顔色が変貌した。「あんなに辛い気持ちを抱いていたのは、自分だけだったのか?当時、メンバーみんなが調子を崩してしまい、バンド存続の危機にまで追い込まれたんじゃなかったのか?そのせいもあって、暗い自分を奮い立たせて、NFまで立ち上げて、自分が矢面に立って外向きの発信をここまでずっと頑張ってきたのではないのか?この10年、自分のしてきたことは4人と全く共有できていなかったのだろうか?」・・・心の声は推測でしかないが、おおかた合っているだろう。
実際に山口一郎と他4人の見えていたもの・向いている方向は、このとき既に相当な距離が離れてしまっていたように見受けられる。NF立ち上げ以降、サカナクションはその表現において実質的に4人以外のプロフェッショナルの占める比重が格段に増え、山口はメンバー4人よりもチームサカナクションの面々とのほうが遥かに密なコミュニケーションをとっていた。コロナ禍以降、それまでの文化的活動からはまた方向性が変わって音楽業界全体とリスナーたちのために奔走していた際も、数々のオンラインライブで素晴らしい表現を成し遂げた際も、常にそれは「チームサカナクション」としての動きであって、メンバー4人はその巨大チームの中で編曲・楽器演奏部門を担う単なる一部署でしかないような位置づけとなっていた。もちろん、部署としてのその役割は重要な部分ではある。しかし、「あくまでも5人のバンドである」という「バンド感」の点では、2015年以降ずっとそれが失われ続けたままだったのではないか。
後のインタビューの中でも、「メンバー4人が聞かされていない話が知らぬ間にどんどん進んでおり、間接的に後から知るということが増えていた」という話が出ている。一方の山口は頻繁にInstagramライブで視聴者に対して状況報告を行っており、メンバー4人よりも視聴者のほうがよっぽど、その時々の山口の考えやチームサカナクションの取り組みの進捗について詳しい、という本末転倒な状態になっていたと言っても過言ではないレベルにまで達していたのだ。この『15.0』の数日前には、プロモーションのためか珍しくメンバーも登場するInstagramライブが行われていた記憶があるが、4人は山口のメディア発信を追っていれば当然知っているであろう情報をあまり知っておらず、視聴者のほうが山口の考えや意図について詳しいような状況が起こっていて、4人と山口との間には相当な距離があるような雰囲気が滲み出ていた。
アクセル全開で山口がチームサカナクションと共に突っ走ってきた中での、4人との軋轢。その蓄積されたものが、『15.0』のMCトークという、「5人の対話」感が色濃い空間によって、とうとう顕在化してしまった格好となった。
そんな音など配信には乗っていないはずなのに、山口の中で長年張りつめていた糸が、“プツン” と切れる音が聞こえた。ちぐはぐな会話が続きつつ、数曲の演奏が進んだのち、最後のMCで、山口は突如、想いを語り出した。
「…こういう場でしか言えないから、今日思い切って話すけど…」
「俺が結構表立って色んな所で話をしてるじゃん」
「だから、サカナクション=俺だ、っていうふうになってることにもさ……俺はすごい……けっこう辛い。」
「……やっぱり(バンドに)いろんな問題もあるじゃん、正直。」
「…それぞれ感じてることもあるじゃん」
「それぞれのやっぱり環境も違うし、モチベーションや考え方もたぶん……その時々によって変わるじゃん……」
もともと生真面目な性格だった山口が、長年、対外的に発信活動を行って、「バンドの顔」を担うことを一手に引き受け、明るく振る舞ってきたことは、やはり無意識下では相当な無理をしていたし、その限界が来ていたのだ。
そのことに関して、後のNHKのドキュメンタリー番組内のインタビューでは、ギターの岩寺は次のように答えている。
「一郎が対外的に向けてバンドの顔を作ってくれているっていうことが、そこまで無理しているとはこっちは認識していなかったんですよ。
好きでやっているのかと思っていたし…
『一郎が頑張っているのが当然だ』、みたいな。」
この他人事感には正直幻滅した。山口の数々の行動の原動力となっていた様々な問題意識が、バンドメンバーとは分かり合えていなかったという事実を裏付けるし、山口の動きを追っていた者ほど苛立ちを覚える証言だ。
同番組内で、一方の山口はこう語っている。
「『いや、俺だってやりたくねーよ。』みたいな。
『やりたくないけどやってんじゃん。』みたいな。
何か、自分を洗脳して…やってたんだなって…
でもその結果、サカナクションが今続けられてるんじゃないかなと思うし…
その結果、病気になった原因かもしれないし…」
結局、15周年記念配信『15.0』は、山口の口から語られたような問題を抱えつつも、また次のタームへと進んでいこう、という雰囲気で無理やり締めくくられたが、見てる側としても、何とも言えないモヤモヤが残る配信となってしまった。
流石に山口もそれを察したのだろうか。終了直後に、アフタートーク的にInstagramライブが配信開始されたのだが、そこでは、山口の緊張の糸が切れ、それまで溜まっていたものが一気に決壊したかのように、辛かった気持ちを浦本さんやドラムの江島に延々とぶちまけるようすが映し出され、視聴者も騒然とした。山口はこれを配信している理由を「これもドキュメンタリーだから!バンドってこういうもんだというリアルを見せていかないといけないから!」などとこの期に及んで大義を語っていたが、ハッキリ言ってファンを心配させただけだったと思う。サカナクションはもう解散するのではないか、とすら思った視聴者もたくさん居たはずだ。そのようなレベルだった。しかし、こうやって筆者がそれを見た記憶を文字の記録にしてnoteに書き残せているという意味では、「リアルなドキュメンタリーを見せる」という意図は見事に成功しているともいえるのか。心が崩壊しかけてなお、土壇場でそれすらも表現の一部にしてみせる山口一郎の凄さ…末恐ろしさすら感じる。
この日を境に、山口一郎の身体に様々な体調不良が噴出するようになった。
Instagramライブやラジオでも、その様子が語られた。まず、四十肩とギックリ背中になったという。さらに首~背中の痛みの原因は実は頸椎ヘルニアだったと発覚した。それから痔にもなった。口内炎もできた。帯状疱疹にもなり、帯状疱疹後神経痛も現れた。内科、整形外科、肛門科、ペインクリニック・・・山口は病院をハシゴしていた。
サカナクションはこの直後、東京と大阪で一週間差で行われたメトロックというフェスに両日出演したのだが、5月15日の大阪出演のあと、5月22日の東京出演までの間に発熱もしていて出演が危ぶまれているというような話も、Instagramライブで話されていた。身体が痛くて動けず、筋肉注射を打って何とか東京の出演を終えたという感じだったと思う。(このあたりは曖昧な記憶なので違っていたらすみません。注射を打って出演したのは大阪のほうだったような気もする。)メトロック2022の東京でのMCでは「帯状疱疹が治った山口一郎です~!」と明るく叫ばれていた。だが、後のサカナLOCKS! では、そのとき帯状疱疹は全く治っていなかった、と話された。
とにかく、身体がボロボロの状態になっていた。
そうした満身創痍の中で、さらに山口一郎に追い打ちをかけるような事件が襲い掛かる。
2022年6月1日、週刊文春がギター岩寺の不倫を報じたのだ。報道によると、高校時代に出会った女性と約10年にわたりダブル不倫関係にあったが、昨年12月のライブ後に会って以降、女性は岩寺と連絡がつかなくなり、女性は睡眠薬を大量に摂取するなど、精神的に不安定な状態になり、文春にタレコミをリークしたということだ。岩寺は同誌の直撃取材に応じており、男女の関係があったことを認めた。



同日、公式サイトで「ご報告」と題した謝罪が掲載され、事実を認めた。さらに、岩寺には妻と子供がいたことも公表されたのだった。
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
弊社所属アーティスト サカナクション ギタリスト岩寺基晴の「週刊文春」(6月9日号)の記事につきまして、記事に掲載されている相手の女性の方に大変ご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。
記事内容の事実関係に関しては記事の通りのことと確認しております。
このようなことに至ったことは、岩寺の不徳のいたすところであり、本人も責任の重さを痛感し、猛省しております。
サカナクションを応援していただいているファンの皆様、大変お世話になっている関係者の皆様に対して、ご心配、ご迷惑をおかけしたことを大変重く受け止めております。
バンドメンバー及びスタッフ一同、皆様の信頼回復に誠意を持って努めてまいりますと共に、今後このような事が二度と無いように尽力してまいります。
この度は、誠に申し訳ございませんでした。
株式会社 ヒップランドミュージックコーポレーション
この度は私の倫理観を欠く行動により、記事を目にされた皆様に不快な感情を与えてしまったこと、そして世間をお騒がせしてしまったことを心よりお詫び申し上げます。
私の無責任かつ不誠実な行動により、相手の女性の方の心を大きく傷つけてしまった事を深く反省するとともにお詫び申し上げます。
また、サカナクションを応援してくださっている皆様を失望させてしまったことを心よりお詫び申し上げます。
並びに、お世話になっている関係者各位の皆様へも多大なご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。
記事にありました通り、表立ってはお伝えしておりませんでしたが、私には妻と子供がいます。家族に対する裏切りは到底許されるものではございません。
今後はこの一連のことを猛省し、これまで以上に真摯に音楽と向き合い、失ってしまった信用を一日も早く回復できるよう誠心誠意尽力していく所存でございます。
この度は誠に申し訳ございませんでした。
岩寺基晴
この度、岩寺基晴の倫理観の欠如した行動により、ご迷惑をおかけしたお相手の方にまずは深くお詫び申し上げます。
そして私たちの音楽を愛してくださっているファンの皆様、音楽活動を支えて頂いている関係者の皆様に多大なるご心配をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
岩寺には強く反省を促し、また私たちメンバーもこのような事態を未然に防げなかったことを深く反省しております。
今後は信頼回復に向けて姿勢を正し、音楽活動に邁進してまいります。
サカナクションメンバー一同
当時の個人的な感想を書く。前述のとおり、山口一郎の体調不良のようすやサカナクションの不穏な雰囲気を見ていたため、「ご報告」の文字を見たときには、「山口一郎の重病発覚による活動休止か!?」「 “方向性の違い” によるバンド解散か!?」などの最悪の考えが頭によぎった。そのため、不倫報道などという、思ってもみない斜め上からの衝撃のニュースにはよくわからない混乱した感情になった記憶がある。
個人的には、芸能人やミュージシャンの不倫なんぞ、どうでもいい。山口一郎も、以前、NFパンチ内などで、川谷絵音(ゲスの極み乙女。)の不倫報道について、「そもそも音楽やるやつなんて、みんなロクでもないんだから」などと、擁護寄り(?)の発言をしていた。そのため、岩寺に妻子がいたことや不貞行為自体によってサカナクションを嫌いになるなどということは無いし、山口一郎自身の事件の受け止めかたやバンドへの影響としても、その点では心配ないだろう、と考えた。
しかし、一方で、サカナクションは他のどんなミュージシャンよりも「音楽以外の部分も含めて音楽だ」「ドキュメント・リアルを音楽にする」という発信を意識的にし続けてきたバンドでもある。それを考慮すると、不倫の要素がそこに入ってきてしまうというのは、大きくミソが付いてしまう事件になってしまったな、と感じた。こういうときだけ「音楽には罪が無い」「音楽そのものは関係無い」で済ませたら、矛盾になってしまう。
世間体的には、外野は不倫行為そのものに対して叩くだけ叩いても、すぐ忘れるし、サカナクションのギタリストなんぞ全く知られていないから、最悪どうでもよくて、要らぬ情報がリスナーにだけずっと残る話だ、と思った。そういう意味で、他人様のプライベートを売って金にする週刊誌とは本当に余計なことをする邪悪な企業であり、腹立たしい限りである。
とにかく、そもそも不穏だったバンドの状態も立て直し、この不倫事件もキチンと清算して、立ち上がっていくさまをうまくドキュメンタリーとして音楽にしていくのだろうか。何にせよ、もはやここまで堕ちてしまったからには、とにかく早く「アプライ」を進めるなど、頻繁な音源リリースに尽力して、音楽ですべてを巻き返していってもらうしかない、と強く願った。
ひとまず、一郎さんの重病や活動休止報告ではなくて、良かった・・・と、そのときは胸をなでおろした。
しかし、結果的に、この不倫報道が最後の決定打となって、結局「山口一郎の体調不良」と「活動休止」という事態が招かれることになってしまったのだ。
山口一郎が紅白出場後のこの10年間、空回りしたり暴走したりしながらも、苦しみながら必死に走り続けているのを横目に、バンドメンバーはバンド活動への意識がどんどんバラバラになってしまっていた。その最たる表出が、この岩寺の不倫だったといえる。
翌日6月2日には、同月14日からスタートする予定だったホールツアー「SAKANAQUARIUM アダプト NAKED」について、「岩寺の件を含めて諸般の事情でツアーのスタートを迎えるにあたっての十分なリハーサル、及び、準備が行き届かなかった」として、同月分の公演が延期されることが発表された。
15周年配信の流れをよく知っていて、かつ、よっぽどの好意的なコアファンであれば、「諸般の事情」と言うのは岩寺の件だけではなく山口の体調不良も含まれていることは理解できただろうが、それを知らない人ほど、単に「ギタリストの不倫のせいでライブ延期」という認識となってもやむを得なかった。サカナクションのライブには大いに興味があるが、バンドの周年やその時々の人間関係的事情など周知していないという音楽リスナーも当然多く居る。そのため、ライブの延期をただただ残念に思い、そこでむしろ「諸般の事情による準備不足」などというまどろっこしい言い回しに違和感を持ち、「ハッキリと “不倫のせいでライブ延期だ” って言い切れよ」という批判的な感想を持っていた者も多かっただろう。
つづいて、7月には、山口一郎が体調不良のため一定期間の休養に入るということが発表された。そして7月分の公演も延期となることも発表された。
5月より極度の倦怠感、疲労状態などの不調が続いておりましたが、ミュージシャンとしての活動を継続したいという本人の意思を尊重し、バンドメンバー、スタッフ、所属事務所契約のカウンセラーと相談を重ね、方策を講じて参りました。ですが6月下旬、医師から休養が必要との診断を受け、この先も健やかに表現活動を続けていくために、このタイミングでの休養が最優先と判断し、このような結論に至りました。
のちのドキュメンタリーで明かされた情報から推測すると、この地点で山口一郎に「うつ病」の診断が下りたのだと思われる。
ただ、このときは「うつ病」ということは公表しておらず、山口本人はリモート収録されたサカナLOCKS!やInstagramライブなどで「燃え尽き症候群」という言い方をしていた。山口は当初は、汗をかいたり動悸がしたり、朝全く動けないという症状から「更年期障害かな?」と思い、様々な病院を回ったが、最終的には「燃え尽き症候群」だったとして、病院の先生から休養が必要だという判断を受けたため、少しだけ休みます、というふうに語っていた。
多くの者は「燃え尽き症候群」という語をよくあるそのままの意味だと捉え、「少し疲れが出たのかな」程度に解釈していただろう。しかし中には、「燃え尽き症候群」という語が、れっきとした病名として存在していることを知っており、うつ病に類する状態ではないかと推測した者もいた。逆に、「それは単なるタテマエで、岩寺の不倫の責任を取った自粛なのではないか」という穿った見方もあった。
実はこの時期、筆者はとあるお仕事でヒップランドの系列会社関係にあるイベンターの方々と偶然にもご一緒する機会があった。当然、サカナクションの公演開催・運営にもそのイベンターが関わっており、ツアー延期に伴う損害を受けていた。スタッフの方と雑談をする中でその話題にもなり、僕が「一郎さんの体調不良もあるようだけど・・・」というようなことを言うと、その社員はそれを訂正するように「いや、不倫のせいですよ。」と言い切っていた。つまり、広義で「チームサカナクション」の範疇に含まれる関連企業の社員の認識としても、山口の体調不良は表向きの名目であり、実質的な延期理由は岩寺の不倫であるという認識が広まっていたという事実があった。常識的に考えて、体調不良という公式発表を額面通り信じているほうがピュアで盲目的であり、普通は不祥事による自粛なのだと解釈するほうが当然の状況だった。
後のドキュメンタリーでハッキリと「うつ病」と書かれた診断書も映し出されているように、「体調不良」のほうが正しい事実だったわけだが。

続いて、7月末には、8月~9月に出演予定だった夏フェスの出演キャンセルと、9月~10月分のホールツアー日程の「延期」が発表された。回復に向かっているものの、身体的な負担の強いライブパフォーマンスを行うにはもう少し時間がかかる見込み、という言い方がなされた。
このように「延期」の告知が繰り返されたが、最終的には、9月20日に、「アダプトNAKED」全公演の中止が発表された。「十分なライブパフォーマンスをお見せできる状態までの回復には至らなかったため」ということだった。この時期にバンドとしての出演が予定されていた幾つかのイベントでは、代替として山口以外のメンバーによるDJパフォーマンスなどが行われた。
山口は、少し休めばできる、と言い張ったが、バンドのプロデューサーで所属事務所ヒップランドの社長になっていた野村が、中止を判断したという。損害としては数億単位だった。しかし、それを決断できるのは野村しかいないというところでの社長判断だった。
しかし、そもそも山口が患った病気が「うつ病」だということや、当初は山口自身はツアーを中止にしたくないという気持ちが強かったものの体調面がみるみる悪化してツアーを回れる状態ではなかったこと、さらにスタッフとの再三の協議の結果社長から山口が半ば強制的に説得される形で中止の判断が下った、という裏側の流れは、全て後から明かされたものだ。
当時はただただ、告知の情報と、その文字通りの延期・中止という事実のみがそこにあっただけだ。
バンドのタレント面にそこまで興味のない、音楽のみのファンからすると、メンバーの不倫問題が原因でダラダラと往生際の悪い小出しの延期発表が続いた挙句、結局中止かよ、と受け取られても仕方のない流れとなってしまっていた。
逆にバンドそのものを深く追っかけているファンからしても、山口の体調の心配はもちろんあったが、タレントとしての山口一郎のファンではなく、サカナクションというバンドのファンとして客観的に見た場合、その手前のバンド崩壊直前のようなギスギスとした危うい状態を見てしまっているので、不倫報道も相まって、もうバンドとして終わりだという印象が拭えなかった。サカナの旬は過ぎてしまった。
コロナ禍のコミュニケーションの主軸となっていたInstagramライブの頻度もここから極端に減少していき、フェードアウトしていった。
あれだけ「二章編成だ」「ハーフアルバムだ」と豪語していた【アプライ】プロジェクトも宙に浮いたまま、無かったことになってしまった。
一郎さんが苦しんでいるのに、結果だけで失望したり見放すようなことは、現在の視点からすると「なんと残酷な」「ファンとして冷たすぎる」と思われるかもしれないが、下に記すうつ病のリアルな実態が初めから赤裸々にされていたわけでもなく、また、リリースペースも極端に遅く、バンド仲も危機にあり、輪をかけて不倫報道まで起きてライブまでも無くなってしまった、というような、気持ちが離れても仕方がないようなキッカケがそこまでに多々蓄積されてしまっていたため、一定数の「バンドのファン」「音楽ファン」は、サカナクションに対してそれ以前のような興味が持てなくなってしまってもやむを得ないという点は、事実として確かにあったと思う。
こうして、ここから休養期間に突入する。
うつ病とは、脳の病気である。脳の物質バランスが崩れてエネルギーが低下した状態を「うつ状態」といい、「うつ状態」が何ヶ月も持続して日常生活を送ることが困難な状態が「うつ病」だとされる。
山口は、重度のうつ病となっていた。異常な倦怠感に襲われ、気力が全く沸かなくなり、ベッドから身体を奮い起こせなくなってしまい、無理やり起こしても、その場でへたり込んで全く動けなくなってしまうような状態になっていた。
当初、うつ病だということを山口は信じておらず、薬を飲まなかったという。「薬の働きのせいで無自覚なまま変なものを作ってしまうのではないか」「何も作れなくなったらどうしよう」というふうに、音楽を作る仕事をしている以上、心に何か作用する薬が自分に入ってくることに大きな抵抗があった。しかし、みるみる体調が悪くなっていき、キッチンに水も取りにも行けなくなり、食欲も全く消え去り、食事のために起き上がることもできなくなった。それでも何か食べないと死んでしまうので、必死にスマホを持ってUberEATSを頼み、玄関に置いておいてもらうが、それを寝室から玄関まで取りに降りていけず、玄関先にみるみる宅配の食事が溜まっていった。いよいよ「これは本当にマズい」と危険を感じ、山口は薬を飲み始めた。
薬を飲み始めてからは、だんだんと立ち上がれるようにはなり、ベランダのテラスに行ってソファベッドに横たわり、ぼーっと日光浴をして一日過ごしたりするようになった。会話は全くなく、食欲も皆無のままで、そのあまりの生命力の無さにマネージャーも動揺したようだ。
この前後、元バンドメンバー(ダッチマン)の原康之(ヤス)がNFのスタッフに入社していた。山口にとって、原の存在がこの期間の大きな支えとなった。原は寝たきりの山口に何とか食べられそうなものを用意し、スイカと枝豆だけでかろうじて命を繋いでいる、というような状態となった。
そこから、原は山口の生命を何とか繋ぎとめる手がかりを探り続け、一緒にサウナに入ったり、日光浴に付き添ったり、より美味しいスイカや枝豆を取り寄せてみたり、というようなことを試していった。
山口は「音楽をしなければならない」「SNSを更新しなければいけない」というような、今までの当たり前のことが全く考えられなくなり、「ただただ怠い」ということだけしかない状態になっていた。「うつ病は好きなことから出来なくなる」という言葉通り、音楽が真っ先に山口から消えてしまい、「ギターが置いてあるのを見るのも嫌になった」ほどだった。本も読めなくなり、釣りにもファッションにも興味がわかなくなって、買い物もしなくなった。人ともほとんど連絡を取らなくなった。そこから少しずつ体調が回復してきても、音楽の話はとても出来ず、「どうして俺だけが頑張らなきゃならなかったんだ」「どうしてこんなことになってしまったんだ」という嘆きしか出てこなかったという。
そのような状態であるため、当然山口は、この病気が発症する直接の引き金となった存在ともいえるバンドメンバーへの連絡など、一切することが出来なかった。医師からバンドメンバー4人にも、「(山口へ)一切連絡してくれるな」という通達が出され、メンバー4人は一郎と完全に隔離されて何もできないもどかしい日々を過ごすこととなってしまった。
少しだけ体調が回復してきたころ、山口一郎は個人YouTubeチャンネルをこっそりと開始して生配信を始めた。大々的な告知はどこにもしなかった。その情報は、真夜中に突発的に配信されて僅かな人数しか見ていないInstagramライブだか通知なしのFanstream(ファンクラブ内配信)だかでポロっと報告されたものが、真偽不明の噂のように一部の人に回っていったような記憶がある(このあたりも曖昧です)。その情報を信じてチャンネルを探し当てた少数人数のファンが、初期のチャンネル登録者・視聴者となって、じわじわと情報が広がっていった、という流れだった気がする。
YouTubeを始めた理由は現在でも何度も語られているので知っている人も多いかもしれないが、「リハビリのため」だとされていた。うつ病の治療には小さな成功体験の積み重ねが良い、ということを知った山口が、全て自力でやってみたい、と、事務所にも内緒で一人で機材を用意してゲーム配信などにチャレンジしてみることにしたのだ。寝たきり、籠りっきりになってしまった自分が、人として再起していくための、他人とのコミュニケーションに慣れていくためだった。ただ、様々なインタビューやドキュメンタリーで語られていることを加味すると、「このままだと自分が忘れられてしまうかもしれない」「 “山口一郎はもう駄目だ” “商品価値が無くなった” と思われたくない」、という恐怖心による行動だったという側面も大いにある。
また、こちらも現在よく本人の口から語られることだが、「YouTubeを始めることに批判が結構あった」という点について。このことが話されるたび、現在のYouTube視聴者は「何で!?」「酷い」「何にでも文句を言う奴がいるのだな」「リハビリ的な挑戦にケチをつけるなんて信じられない」という反応で占められるのだが、当時地点でのファン目線としては、山口一郎がこのタイミングで個人YouTubeを始めるということは、懐疑的な気持ちになっても致し方ない側面があったということを、きちんと書いておきたい。
まずこの時点で、山口がハッキリと「うつ病」だという事実やうつ病のリアルな病状・実態については、未だ表に出されていない状況だった、という大前提がある。
そして、この地点で、サカナクション及び山口一郎の情報発信媒体は、既に多岐にわたっていた。Instagramライブはここ数年の主力な活動の場となっていたが、NFmemberにFanstreamというファンクラブ向けの配信サービスも始まっており、そこでも山口の部屋からInstagramライブと何ら違いの無い内容の告知や雑談が突発的に配信されることがあった。他にも、バンドとしての記念生放送がLINE LIVEから配信されることもあれば、一時期はDJ配信を行うために権利的な問題でこれからはTwitchから配信を行うことが告知されたこともあった。しかしそれらはいずれも継続しておらず、ファンとしては無駄に様々なサービスに登録させられ、プラットフォームが分散しているのにグダグダでその使い分けが結局よく分からないという状況が長く続いていた。
しかも、一体いつから決まっていた話なのか分からないが、あろうことか、この9月から山口一郎はTikTokのアンバサダーに就任しているのだ。このことは今でも全くもって意味不明な事実である。就任に際して山口は、TikTokライブに可能性を感じたと発言している。 Instagramライブでは、モノラル(左右が同じ音声)でしか配信できない。TikTokライブだと、ステレオ(右と左の2chによる通常音声)で配信できるから音楽解説などもやりやすい。そのため、これからはTikTokで配信していく、というようなことも語られていた。しかし、当時の健康状態から考えれば当然のことではあるが、すぐにTikTokでの生配信は行われなくなった。アンバサダーとはいったい何だったのか。
Instagramライブ、Twitch、TikTokライブ、と、手を出しては放置される配信媒体がどんどん増えていき、結局どれもグダグダで、しかもファンクラブ内配信(Fanstream)に関しても、山口一郎からの配信は滞っている。ここでさらにまた別の発信媒体を増やすのか?という疑問は沸いてきて当然だったと言いたい。
それに加えて、「アプライ」も完結できていない中で、(不倫事件のカモフラージュかもしれないとはいえ)活動休止するほどにまで「体調が悪い」と言っているのに、また他の余計なことにうつつを抜かすのか?そんなことに手を出している余裕はあるのか?もうサカナクションとしての音楽活動を動かす気が無いのか?という疑念も、外側から見ていると大いにあった。音楽ファンは、山口一郎のタレント活動ではなく、サカナクションの音楽活動の再開を待ち望んでいた。
先述のとおり、山口はコレコレに影響を受けてYouTuberに関心を持っていたという布石もある。この流れは、2015年に片山正通の影響下でNFを立ち上げた結果「バンド感」が無くなってしまい、文化活動に傾倒して肝心のリリースが滞っていってしまった一連の流れとの強烈なデジャヴを感じ、その二の舞になるのではという危惧が大きかったのである。
『DocumentaLy』~『sakanaction』期の上昇期を体験している音楽ファンほど、2014年の停滞期を経て、2015年の新宝島以降、制作活動が再び活性化することをずっと期待し続けてきた。しかし結局のところ、その停滞は『834.194』まで続き、さらにそのままコロナ禍へ入ってしまった。10年近く続いていた停滞期を耐え続けて、それが「アダプト」「アプライ」によってようやく「次のサカナクション」として待ちに待った再活性化が体験できると思っていたのに、またもそれが途中で阻まれてしまった。ここからまたしても「山口一郎単独によるバンド外の活動」によってバンドでの制作が滞ってしまう、というふうな事態になるのは、もう良い加減うんざりしていた、という点が、非常に大きい。
そのため、ここまで何度も待たされ、焦らされ、期待し続けてきたリスナーほど、いい加減しびれを切らし、ここで見切りをつけた者が少なくないと思われる。山口にとっては「忘れられたくない」という気持ちで始めた行動が、むしろ従来ファンほど心が離れるきっかけとなってしまった。一方で、ファン歴が浅く、かつ、山口一郎をアイドル視する傾向のあった層ほど、辛い状況にある山口に同情し、応援していったということができる。
これが、ファン層が大幅に入れ替わってしまった最も直接的な理由だったといえるのではないだろうか。そして、山口にとっては、最も辛いこの時期に裏切らずに支えてくれたのは旧来の音楽ファンではなく新しめの個人ファンのほうだった、という点で、発信相手の認識・仲間意識が、ここから現在にかけてそっちの層へと傾いていってしまったということが指摘できるのではないかと思われる。
このあたりで、山口一郎は生まれ変わった。それは「腹をくくった」「現実を受け入れた」「4人への(音楽面以外での)期待を諦め、割り切った」「過去の自分と訣別した」「覚悟を決めた」「考え方を変えた」など、様々な言い方ができると思うが、どれも微妙にニュアンスが異なるかもしれない。とにかく、病気をきっかけとして、山口一郎という人間が、良くも悪くも180度変わっていく明らかな転換点となったのがこの地点だったと考えられる。
しかしそんなことなど露知らずにいる音楽ファンは、山口一郎のタレント活動よりもサカナクションというバンド活動を早く見たかった。不倫問題を機に、サカナクションというバンドが停止されたまま、単なる山口一郎という個人活動者に鞍替えしてしまうのか?という懸念とそのことへの拒否感が、音楽ファンとしてシンプルに真っ当な感情としてあったのだ。
そしてその危惧は実際に当たっており、サカナクションというバンドの存続の危機は、バンドメンバー自身も感じ取っていた。この期間、特に江島が中心となって、ファンクラブコンテンツの更新など、バンドとしての動きを止めない努力はなされていたが、そもそもバンド自体が存続の危機に瀕しているということで、バンド自体の立て直しから考えなければならなかった。
江島はドキュメンタリー映像でこう語っている。
「サカナクションが復活できるのっていつだろう?」って考える前に、そもそも「存続できないのではないか?」「復活すらできないのではないか?」「このままフェードアウトしていってしまうのではないか?」という…
…それはいろいろあってバンドメンバー間が「一つになってない感」もあったし、ツアーを全部飛ばしてしまったということで、金銭的に大きな損害も出ているし、お客さんを裏切ってしまったという面もあるだろうし、マイナスな要素がいっぱいありすぎて、そもそもバンドを存続するのが難しいのではないか?という方向の心配のほうが強かったですね…
でも、15年やってきた「情」とかを一切置いておいても、「まだこのバンドに魅力はあるな」と思ったんです。だからまずは、自分が出来る限り「サカナクションが存続する」という方向…「復活する」というよりかは、まず「無くさないために何ができるか?」みたいなことを頑張ろうかな、という期間が、2022年の、ライブの全公演中止を決めてからの約半年間の期間。そっちのほうに(意識が)向いてました。
草刈もこう語る。
4人がバラバラになったらもう、戻ってくるところが無いじゃないですか。
そうならないようにどうしたら良いだろう?って考える期間がありましたね
2023年に入り、数ヶ月のあいだ、山口はひっそりとYouTubeでの配信を続ける日々を送っていた。体調はまだ優れない日が多い。
そうした中、ビクターの担当である山上聡と、ヒップランドの野村社長が、山口の家にやってきた。新たなタイアップの話があるけど、どうする?という相談だった。NHKで放送開始予定のアニメ『チ。ー地球の運動についてー』の主題歌タイアップだということだ。原作漫画の作者・魚豊からのご指名でのオファーだという。
今まで漫画原作の実写化映画の主題歌は何度も取り組んできたが、今回は、引き受ければバンド史上初の「アニソン」となる。
山口は、即答で「やる」と答えた。
が、当然心の中では「ヤバい」と思っていた。
その当時、山口の詳細な健康状態など知っていないメンバー4人も、「間に合うのか?できるのか?」というところで、かなり反対していたらしい。
山口は後にこう語る。
俺だけだったのよ、即答でやるって言ったのは。
俺がこんな状態で、ビクターの山上さんと(ヒップランド野村)社長が家に来て、「これはやったほうがいい」って言ったってことは、自分のバンド人生の中で最後のチャンスだな、というか。
ここで「やる」って言わないと、多分もう何もなくなるな、っていう怖さと、何も話を持ってきてくれなくなる、という怖さと。
あと、ここで無理かもしれないって自分が思っているようでは、自分の音楽人生も終わりだな、っていう。
あと、こんな状態なのにオファーしてくれたんだ、っていう感謝もあったしね……
これはもう、やらなきゃダメだろう、って思ったけど、
心の中では、「本当にできるかな?」っていう……
「あの歌詞の作業をこの状態で立ち向かえるのかな?」みたいな……
正直、誰にも言えなかったけど。
山口はうつ病になり、本も読めない、文字が読めないという症状にも悩まされていた。文字を見ても内容が一切頭に入ってこないのだ。当然、漫画も読めない状態だった。山口は原作も知らなかった。
原作の内容みたいなものを、その時にチラッと聞いたのよ、地動説と天動説の話だって。
滅茶苦茶ヘビーだな、って思ったよね。
読まなきゃいけない資料もむちゃくちゃあるな、と思ったし。
当時、本も読めなかったから、それがまずできるのか。
…めちゃくちゃ不安だった。
ただ、ツアーが中止になって以降、何の予定も無くなってしまい、「締め切りがあるもの」が無かった中で、いきなり「締め切り」のあるものが来た、ということで、サカナクションが活動休止する前の、元の精神状態に戻される感覚があったという。
ここから、山口一郎の闘いが再び始まっていった。
山口はここから、どのようにして復帰していくかを考えていく。
そもそも山口はこの地点で「制作ができるかどうか」や「ライブができるかどうか」という以前に、「サカナクションとしての音楽活動に戻れるかどうか」 ――― もっと言えば、「バンドメンバー4人と一緒にスタジオに入れるかどうか」という恐怖心があった。いきなり4人とバチっとスタジオに入って、制作をしたりリハーサルをしたりするのは無理だ、段階を踏まないと無理だという気持ちがあったのだ。
徐々に回復してきていたとはいえ、体調がまだ万全ではない中で、いきなり今まで通りサカナクションの先頭となってリハーサルを仕切ったり、チームサカナクションの全員を率いて準備を進めていくことは、体力的にも精神的にも厳しい。
そのうえ、病気になってしまった原因を振り返ってみても、山口がバンドを引っ張っていった中で山口一人が全てを抱え込み、メンバーに対して「もっと協力してほしかったのに」というような不満が募っていた点が大きかったため、そういう気持ちのままメンバーとリスタートするのはしんどい、とも感じていた。
ボーカリストとしての技術的・体力的なリハビリとしても、メンバーとの関係性を取り戻すためにも、段階を踏んでいきたい。そこで思い出されたのが、2021年のソロツアー『NF OFFLINE』の経験だった。
メンバー4人がリミックス・リアレンジしたものを背負って、山口が一人で全国各地を歌って回るという、あの感覚。それが、山口の中でどこか成功体験として頭の片隅にあった。
そこで、サカナクション本格始動の前に、「リハビリ」的に、NF OFFLINEのようなソロツアーを回りたい、という話が山口から浮上した。そうすることで、自分がサカナクションとして復帰するための準備・訓練ができると考えたのだ。3月頃、山口の個人YouTubeでも視聴者にそのことが相談され、山口は開催を決意した。
こうして、サカナクションとしてのバンド活動再開の前に、山口単独によるソロツアーが組まれることとなった。バンドメンバー4人へも、過去楽曲のリアレンジのオファーが伝えられた。ただ、ライブを前提としたアレンジと言うよりも、そういうことは全く気にしないで、自分たちのやりたいようにやってくれ、という話だったという。
草刈は既に、この空白期間を利用して過去楽曲をアレンジしてみる、という試みを自発的に行っていたため、それらのデータも利用して取り組むことができたようだ。一方、江島の胸中は複雑なようだった。
「サカナクション」としてのツアーを丸々一本飛ばしてるわけじゃないですか。2022年に。
なので、ライブを再稼働させる、ってなった時は、やっぱり5人で出た方が良いんじゃないか、っていうのはずっと思ってたんですよね、自分的に。
なんか……ヌルっとスタートしたくないな、みたいな。
だから、一郎が一人でツアーを回るっていうことに関しては、「まあ、やりたいんだったらやればいいじゃん」っていう気持ちと、「いや、復活するんだったら5人で復活しようぜ?」っていう気持ちが半々くらい(あった)。
結果的には、リアレンジというお題が共有されたことで、山口の目論見通りというべきか、作業を通じて4人もバンド活動への足並みを再び揃えていくためのステップにはなったようだが。
他方、『チ。ー地球の運動についてー』の主題歌タイアップの制作はというと、山口が鬱になる以前からストックとして持っていたメロディーのメモがあり、それを聴いていくところから作業が開始された。漫画自体も読んだが、まだ頭にあまり入ってこない。漫画をどうにか理解していくという作業と、自分のメロディーのストックを確認していくという作業。そこで共通要素としてどうにかハマりそうなものがないか、ゆっくりとゆっくりと探していったときに、1つのメロディーが見出された。
そのメロディーは、2020年7月の突発的なInstagramライブ内でも「プラトー」の原案メロディーのようなものとともに歌われていたもので、さらに2021年10月6日公開のJINS MEMEというメガネ型デバイスのWEB CMのコンセプトムービー冒頭において即興的に歌われていたメロディーでもあった。
2020年7月 山口一郎のInstagramライブにて
2021年10月6日公開
JINS MEME コンセプトムービー(CM)
あ、このメロディー、なんとかなるかもな、っていう…
それが、なんか、希望?
すんごい遠くで何かぼんやり光ってる、
「これがあるから大丈夫」っていう希望になってたよね…
自分の貯金…資本金だよね、ある種なんか(笑)
曲を作っていくための、種。
まだ芽も出ていない、
芽が出るかどうかもわかんない種を
埋めるところから始まったね。
アレンジも世界観もテンポもまだ何も決まっていない状態。
そのメロディーのコード起こしをするために、久々にギターを握った山口は、弦を押さえる指が痛く感じたことに自分で驚愕した。長年音楽をやってきて、今までそんな風に感じたことは無かった。それほどまでにブランクが空いてしまっていたのだ。
このブランクを埋めながら、曲を作ることと、ライブのステージに再び立てるかどうか、ということを、同時進行でチャレンジしていくこととなったのだった。
独身の山口にとってそれは極めて孤独な闘いだったが、そうした中で、心の支えとなったのが、YouTube配信だった。
家で一人で目の前のことに挑まなければならないという状況で、マネージャーやスタッフ相手の業務的な報告ではない、「戦っている姿を見てもらえている」「心からしんどいと言うことができる相手がいる」ということが、支えになっていたのだ。
視聴者たちも、そんな山口一郎の姿を深く応援し、家族以上のような強固な仲間意識を抱くようになった。
ファン層の問題としては、この時期をリアルタイムで追えていたかどうかの「差」は、無茶苦茶大きいと感じる。
そもそも長年停滞しがちだったバンド活動が不倫問題で決定的に中断し、この時期にサカナクションから一時的に離れていたかつてのリスナーほど、復活後にふと興味を戻してみたら、知らぬ間に形成されていた、以前の空気感と違いすぎる「新たな絆」「新たな内輪ノリ」が山口一郎を取り囲んでいて、余計に違和感を増幅させてしまった、という現象が指摘できるだろう。
山口やNF運営にとって、ライブの中止による損害やそもそもの活動休止によって経済的な危機も訪れていたのだろうか、この年から山口一郎個人のアクリルスタンドやアイドル的な個人グッズを販売するなど、それまででは考えられない「らしくない」商売も開始されている。サカナクション外のグッズは、これまで「NF」でのグッズとして様々販売されてきたが、そうしたオシャレ志向・高級ブランドコラボのような文化人路線でもなく、ただただ節操も無いようなグッズ展開へ拡張されていったことで、山口の意識は、ロックとは相容れない、特定の “推し活層 ” 相手のダサいビジネスに傾倒しつつあるようにも見えてしまった。「あの頃」のサカナクションはもう、一生戻ってこない。休養を経て、山口一郎は完全にアイドル商売に走ってしまった。そういう印象となってしまってもやむを得ない、悲しい側面もあった。
さておき、制作と並行しながら、ひとまずの目標として、ソロツアーで再びステージに立つことができるかどうか、というチャレンジが始まっていた。まずとにかく、歌えるようにならなければいけない。家でサカナクションを歌うというのは当然、ギターで一人で弾き語りをするか、カラオケ音源で歌うしかなかった。しかしそれだと緊張感も無く、惰性で声を出しているだけのような状態になってしまう。そこで、YouTube配信内でリハビリとして歌っていくことはできないか、と考え、エンジニアの浦本さんに相談し、サカナクションの過去のアルバムを一枚ずつ古い順に歌っていく、ということを始めた。

1st アルバムの曲を初めて歌ったときは、浦本さんも驚くほど、やはり喉が鈍ってしまっていた。そこから徐々に徐々に勘を取り戻そうとしていった。
2nd、3rd、4th、5th・・・とリハビリ歌唱配信が重ねられていったが、順風満帆に行くはずもなく、体調は再び悪化し、期間が空いてしまう、ということもあった。うつ病には「揺り戻し」というものがあり、山口はどのくらい頑張ったらどのくらいダウンしてしまうのか?という部分も含めてペースを探っていかなければならなかった。
そのような調子であるから、ソロツアー敢行に関しても、マネージャーやスタッフも皆、「急ぎ過ぎでは?」「そんなに動いて大丈夫かな?」「本当に出来るのか?」という懸念があった。
山口自身も「これはもう無理かも」と思っていたときがあった。リハビリ配信で過去の音源に合わせて歌ううちに、「あの時の感じに戻れるのかな?」「この先、バンドで5人でライブして、気持ちよく歌えるのかな?」「…それはちょっと無理じゃないか?」と、自信も無くしてしまいそうになっていた。それに体調の波もある。一度体調がガクンと落ち、「辞めようかな」「ソロツアー中止にしようかな」と考えたこともあった。
しかし、そのようなことは決して口に出せなかった。
だってさ、俺がたとえば「いやあ、ちょっと独りツアー無理かも」ってポロっと言ったとしたら大ごとになるじゃん、もう。
「一郎さんが “無理” って言ってます」「じゃあ無理させないでおこう」とかって…
野村社長とかもさ、「アダプトNAKEDツアー」を中止にするときも、野村さんから「やめよう」って言ってくれたんだよね、俺は迷ってたんだけど。
優しいからさ…何かちょっと弱音吐いたら、結局、そういう方向に流れていっちゃうじゃん。
だから弱音吐かないように、自分を取り戻すのにどうしたらいいのかな、っていうのが凄く苦しかった時が、リハビリ配信のときにあったね…
それを打ち消すように歌ってた感じもあった。
通称「サバちゃん」として知られるマネージャー・関口香菜は、NHKの番組内で次のように推測している。
(ツアーを)2回目飛ばす(中止する)となると、「もう次はできないよね」っていうのは、たぶん本人も体感としてあったんじゃないかな、とは思いますね。
2023年7月3日、ついに正式な告知として、リアレンジ・リミックス集『懐かしい月は新しい月 Vol. 2 〜Rearrange & Remix works〜』が9月6日に発売されることと、10月から翌2024年1月にかけて山口が一人で全国を回る単独ツアー「懐かしい月は新しい月 "蜃気楼" 」が開催されることが発表された。病気の症状が何度もぶり返し、リハーサルも満足にこなせていなかったが、開催に踏み切った。
9月1日には、リモート収録やメンバーによる代打によって放送が続けられていた『サカナLOCKS!』が、とうとう終了になることが発表された。山口から、卒業を申し出たということだ。初期こそ音楽の裏側を事細かに真面目に伝える授業らしい授業を行っていた同番組だが、徐々に明るいキャラクターを習得してからは、音楽にまつわる題材を取り上げてはいたものの、初期の異質な「授業感」は消え去り、単なる楽しいレギュラーラジオ番組という感じで、悪く言えば惰性で続いていた感があった。しかし、何度もコーナー降板の危機に晒されながらも、根強い支持を伸ばし、結果的には、2012年から数えて11年半続き、SCHOOL OF LOCK! の ARTIST LOCKS! 担当講師の中では、Perfume LOCKS!(13年間)に次いで歴代二位の放送期間となった。
ツアー開始を目前に控えた9月29日、惜しまれつつ番組は終了し、かつてのコミュニケーション拠点とも言えるべきメディアだったサカナLOCKS!という居場所がいよいよ無くなって、山口の基盤となる拠点がYouTube配信という新しい居場所に一本化されていく象徴となった出来事だといえよう。
前後して、予定通り9月6日にはリアレンジアルバムが無事発売。メンバーによるリアレンジに加え、国内外の第一線のアーティストの手によるリミックスも収録された。
これらを引っ提げ、10月からはいよいよ単独ツアーが始まろうとしていた。
ツアーは10月19日、山口の地元小樽から開始された。
しかし、ツアーの初日である小樽公演開催の前日、10月18日の朝、公演の中止を求める脅迫メールがヒップランドミュージック宛に届いた。(のちのライブにも同様の脅迫文を複数回送り、犯人は無事逮捕されたが、その容疑者は2016年からファンクラブに入っていた男だったという。)
同日の公演は、小樽警察署やその他関係各所との協議の結果、警備体制を強化した上で開催されたが、ただでさえ開催にセンシティブなタイミングで、さらに余分な不安要素が加わってしまい、初日は異様な緊張感で覆われた。この日は現場だけでなく、SNS上のファンなど全国中の魚民たちが、かつてないほどの緊張感を抱き、とにかく無事に終演できることを祈っていた。
山口の体調も不安定なままだ。何なら初日は現地入りしてからライブ直前まで、体調が極めて悪化していた。リハーサルもままならなかった。
不調を引きずりながら、それでも山口はステージに立った。
その様子についてのちのNHKのドキュメンタリーやYouTubeなどで、以下のように語られている。
小樽公演はもう本当に感動的で、
スタッフもみんな泣いてたし、
やっぱりなんか…すごいな、と思って。
「ステージに立つ人」なんだなっていう…
初日迎えてやり終えてみて、
あ、この人ここでやることで、何かこう逆に貰ってくるというか。
ライブ直前の、結局リハーサルの後半も体調不良で参加できず、という状況で、実際ステージに立つという、ある意味「負荷」がかかる状態で果たしてどうなるんだろう、と正直思っていて…でも結果、ステージに立ってるほうが良いということが、あのライブを観て分かったんですけど。
泣けましたね。感慨深すぎたよね。
ステージに上がったのを見たときはもう、なんかこう…「スイッチ入ったわ」みたいな。
大丈夫そうだな、みたいな感じでしたね。
この小樽公演ではないが、筆者もこのツアーのうちの一公演を観に行った。僕はこれまで2013年以降のツアーに毎回参加してきたのだが、正直、活動休止以降、どうしても気持ちが離れてしまっていたところがあり、金銭的な事情もあって、このソロツアーに関しては直前までチケットを申し込んでいなかった。しかし、やはりどうしても気になって、当日に公式チケットトレードを申し込んでギリギリでチケットをゲットし、行くことにしたのだ。
このとき行くことを決めて、本当に良かった、と思っている。チケットが取れて、本当に良かった。参加することが出来て、本当に良かった。そう心から思った。これを観ていなければ、今ごろ完全にサカナクションのことなんて本当にどうでもよくなってしまっていたかもしれない。そう思うと、恐ろしい。ファン人生の分岐点だったかもしれない。
「リハビリとしてのライブ」とのことだったので、緩い雰囲気なのかと思っていたら、とんでもない。「かつてのサカナクション」の演出の感動がそこにあったし、一郎さんの藻掻きながら進む姿をしっかりと目撃し、応援していく気持ちが再燃した。同じ音、同じ感覚を、同じ時間に、同じ場所、同じ空間で、“同じ種族” と共有しているという、何とも言えないかけがえのない感動を思い出せた。
現在のYouTube配信の雰囲気には正直付いていけていないにもかかわらず、今でも見切らずに応援し続けている理由は、この蜃気楼ライブを体験したからだ、という理由が極めて大きい。このライブに対して抱いた感想を、僕は自分の中で信じ、その後に幻滅する瞬間があっても目をつぶって山口一郎の感覚を長い目で信頼し続けている。
主観的な話が続いてしまい申し訳ないが、2013年の『sakanaction』以降、音源リリースが停滞している中でも、2014『SAKANATRIBE』、2015 - 2016『NF Records launch Tour』、2017『10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around』、2018 - 2019『魚図鑑ゼミナール』、…と、常にライブ演出においては最高点を更新し続けてくれた感覚があった。しかし、2019『834.194』のリリース前アリーナツアーの田中祐介監督の介入以来、少し演出的に刺さらなくなっていた部分もあった。田中監督はやはり、映像監督なので、リアルライブの演出としては賛否のある演出だと感じてしまう部分があった。その後のオンラインライブは文句のつけようがない素晴らしい仕上がりとなっていたが、いざオンラインライブをリアルライブで表現するとなった『アダプトツアー』でも、演出面ではオンラインの感動を超えられなかったという感想も抱いてしまった。
そういう流れもあって、蜃気楼ツアーも、単に再起の姿を一目応援しにいくか、ぐらいのつもりでハードルを下げて観てしまったのだが、うつ病のストーリーを差し引いてみても、一つのライブとしてこの蜃気楼ツアーは圧巻のショーに仕上がっていたと感じる。何ならサカナクションのライブよりも凄いものを目撃した、という感想さえ抱いてしまったほどだ。
個人的な感想はこれくらいにしておくが、山口はこうして体調に波がありながらも一つ一つの公演を「乗りこなして」いき、2023年10月から、翌2024年1月にかけて全国各地が回られていった。その過程で、ボーカリストとしての表現力も鍛えられていき、その変化を自身で楽しめるようにもなったようだ。
その裏では、その「先」の再始動に向けての準備も動き出していた。
蜃気楼ツアーの千秋楽公演、2024年1月14日に東京ガーデンシアターでの公演は生中継配信もされた。
この日、ここで山口は自身がうつ病に罹患していることを、ステージ上で観客に向けて初めて直接公言した。
その後、最後の曲目として、メンバー4人がサプライズ(と言っても直前のYouTube配信などで匂わせに匂わせていたが)で登場し、「サカナクション、完全復活です!」の宣言とともに、「新宝島」が演奏されたのだった。
「新宝島」は、作曲の経緯(「グッドバイ」~「さよならエモーション」の流れ)を踏まえると、もともと感慨深い泣ける曲ではあったのだが、この日ほど泣ける「新宝島」も無いだろう、というほど、感動的な楽曲に聴こえた。多くの観客も、この「新宝島」を観て、踊りながら涙を浮かべた。
続けて発表されたのは、4月からのサカナクションとしてのアリーナツアーの開催。ツアーのタイトルは『SAKANAQUARIUM 2024 "turn" 』。
後に明かされた情報によると、この「turn」とは、もともと新曲の仮タイトルとなっていたものだった。地動説・天動説が題材のアニメ主題歌だから、「ターンする」「回る」「周回する」という意味合いで思いついたという。自分たちにとっても折り返しのタイミングということで、ツアー名と新曲の両方を「turn」にする案もあったが、最終的にはツアー名のみが「turn」となった。
こうしてソロツアーは終了し、サカナクションとしての復帰へ向けたタームへと突入する。
「turn」は、「完全復活」を告げることをコンセプトとしたツアーであり、執拗に「完全復活」という語が強調されてプロモーションされていったが、あくまでもサカナクションというバンドが活動を再開するということであり、当然、山口一郎の体調が突然治ったわけでも、今まで通りに振る舞っていけるわけでもなかった。ツアーの開催が可能となったのは、山口の体調が万全ではないが、一時期よりかは回復し、主治医の許可が下りたからだった。
NHK番組をはじめとした複数のドキュメンタリー映像を参考に、準備期間の推移を記述する。
4月からのスタートに向け、2月~3月に打ち合わせ・準備・リハーサルが進められていった。テーマは「お祭り感」。そして、「これぞ、サカナクション」と思わせる過去演出のオマージュとブラッシュアップ。「完全復活」に相応しい演出プランが構想されていった。
しかし、山口の体調は再び悪化しており、なかなかスタジオに顔を出せない日が続いていた。ソロツアーを終えた反動なのか、山口は「揺り戻し」に苦しんでいたのだ。
しかし、山口がスタジオに来られないとしても、日にちは着々と迫る。チームサカナクションは準備を進めなければならない。スタジオに入っていたバンドメンバー4人は、どこか確信を持てないまま、マネージャー陣やチームサカナクションの面々とコミュニケーションを取りながら、ライブ用のアレンジやデータ作りといった、ツアーの準備を進めていった。しかし、リーダー不在の中、作業は停滞しがちだった。
ただ、この過程で、活動休止以前の4人の「置いてけぼり」感が解消されていったという側面も指摘できるのではないだろうか。それまで山口一郎が全てを仕切って一手に引き受けてしまっていた段取りを、4人が自発的に考えて担わなければならなくなったせいでというか、おかげでというか、4人の「バンドとしての主体性」の意識がここから回復していったように見受けられるのだ。
これを、学校の1クラスが文化祭に向けて準備に取り組む話に喩えてみる。
それまでは、担任の先生(山口一郎)と一部の実行委員(チームサカナクション)だけがやる気を出してクラスの出し物の運営を進めていて、他の生徒ら(バンドメンバー)は、そいつらの目まぐるしい指示に振り回され、いつしか文化祭へのモチベーションが持てなくなっていき、コミュニケーション不全に陥っていた。そんな中で一人の生徒がとうとう問題を起こしてしまい、学級崩壊寸前に。先生は限界を超えて学校に来なくなってしまった。そこからクラスの生徒全員それぞれが文化祭へ気持ちを向けなおし、実行委員とも協力してコミュニケーションを取るようになった。ここで、先生とクラスの生徒との距離が突然縮まって親密になる、なんてことはないが、クラス全体の雰囲気としては改善した結果、学級崩壊の危機を回避した・・・という感じが近いかもしれない。
長い時間をかけて構築された「チームサカナクション」がいきなり解体されて今更「5人だけのバンド」に戻るわけでは無い。五人一体として仲良しになるわけでも無い。が、4人は「チームサカナクション」を構成するれっきとした責任のある一部署としての自覚を持って振る舞うことができるようになった、といえるのではないだろうか。
4月に突入し、全国ツアーの初日まであと半月となった頃、少しだけ体調が回復してきた山口が、ようやくスタジオに現れた。メンバー4人は何事もなかったかのように山口を迎え入れた。そして、山口が不在の間、4人が主体的に相談しながら練っていったライブ用アレンジのアイデアを、山口に披露し、演出を摺り合わせていった。この日を境に、山口はリハーサルに参加できるようになった。
山口にとっても、自分がやりやすいように雰囲気をバンドが作ってくれているように感じていたが、何よりバンド自体の雰囲気の変化も感じ取っていた。メンバーとチーム全員がそれぞれ人間関係の最適なバランスを見つけて、ストレスなくライブに臨めるようになっていったように見えた。
また、以前精神的に辛い時期があった岡崎については、病状を一番感覚的に理解してくれているように感じ、二人の間に共闘意識みたいなものが生まれた、と山口は語っている。岡崎が辛かった時期はバンド的にも山口自身も大変な状況で、山口は当時の岡崎にキツく当たってしまっていた。しかし、山口が病気になったことで、ようやく岡崎の気持ちも理解できた、と。それはつまり山口自身の問題だったのかもしれない、と反省もした。
岡崎は活動休止期間中に犬(ぐぅたん)を飼い始めたこともあってか、ようやく、調子が回復していき、精神的な安定と笑顔を取り戻していた。
『SAKANAQUARIUM 2024 "turn" 』は幕張メッセでの4月20日公演からスタートし、2年ぶりの全国ツアーの開幕に、復活を待ちわびた2万人のファンが熱狂した。また、これがバンドとしてはコロナ禍以降初の「声出しアリ」での有観客ライブとなった。
アンコールでの最後のMC中、山口が江島に話を振ると、江島は感極まり涙を流した。山口は江島のドラムセットのもとに駆け寄り、後ろから抱きしめた。このシーンはニュースでもセンセーショナルにピックアップされ、「完全復活」を象徴する感動的なシーンとして話題となった。
その後ツアーは7月10日の神奈川・ぴあアリーナでの追加公演を含めて全13公演が回られていった。体調に波のある山口は、一つ一つのライブが「今日が最後かもしれない」と思いながらライブに臨み、何とか完走することができた。このツアー中、山口は「新しいサカナクション」「新しい自分」というキーワードを標榜するようになった。「元に戻るのではなく、新しくなる」。山口はうつ病を患う前の自分に戻ることを目標とするのではなく、うつ病ありきで生きることを前提として活動を続けていく方針を見出した。
また、このツアーでは、『834.194 光』ツアーで一度断念したものの『アダプトツアー』で導入された独自音響システム「SPEAKER +」が再度採用され、音響的な死角を減らすことが試みられた。チームの技術力によってこうした試みも実現していることから、ファイナル公演のMCでは、山口は今後の活動に関する展望として、2027年に迎えるデビュー20周年に、ドームでのライブを実現したい、と観客の前で宣言した。本来、音環境が劣悪だとされるドームでのライブを、このチームでチャレンジしてみたい、ということだった。
ドームでのライブを実現するとなると、大人の事情を含めて様々なハードルをクリアしていかなければならない。ましてや、病気を抱えたまま、そこまでうまくやっていけるのかどうか。そのため、現在既にそれに向けて綿密な作戦が練られ、大規模な準備が進められていることだと思われる。ただ、それが実現するとしても、発表になるのは、もう少し先になるだろうと思われる。
さて、ツアーの後、バンドは夏フェスにも出演し、ロックシーンにも「完全復活」をアピールした。
ただ、このキャッチフレーズが演出で強調されすぎた結果、「完全復活」という語のみが独り歩きし過ぎて、病気が完治したように誤解されてしまった側面も否めない。
特に、バンドや山口一郎がYouTube視聴者とともに歩んだ2年間の詳細な歩みなど知る由もないライトな音楽リスナーや、不祥事と活動休止以降一旦見切りをつけて関心を薄くしてしまっていた古参層などは、山口一郎の孤軍奮闘の姿やうつ病のリアルな病状を知らず、「完全復活」の語に期待して、「かつてのサカナクション」を求めてしまった側面があるように思える。その結果、フェスにおける凡庸なセットリストに一部で落胆する意見(僕の知り合いのアカウントでした)も見られ、それについて炎上するような事態も起こった。(この件についての意見は、今回の一連の記事の最初に書いた記事を参照してください)。
結局これは、山口が最も沈んでいた時期に応援を続けることができたか離れてしまっていたかどうかで、その後のサカナクションに対する評価も乖離していった、ということの証左かもしれない。「新しいサカナクション」は、うつ病の物語と共にある。それはサカナクションとして表現活動を行っていくうえでは当然の発想ではあるが、物語を深く共有できていないと大きく誤解されてしまう危険性があったり、一方では「感動ポルノ」化しかねないという側面があったりと、避けられない問題点が極めてたくさんあるし、うつ病の治療・症状改善の観点でも必ずしもプラスには働かない危険な選択である、と筆者は感じている。
また、山口のYouTuber活動も、さらに活性化していた。6月に行われた生配信中には、「切り抜き」という文化を知った山口が、その場で公認切り抜き師を募集。恒例の直接通話対談による面接を経て、「ハマダクション」氏と「金子プロ」氏の2人が選抜され、公認切り抜きチャンネルを立ち上げられることが決定した。突発的な思い付きの企画のようであり、その当時のコメント欄上でも賛否に溢れたが、結果的にこの動きが良くも悪くもその後の山口一郎の支持拡大に、大きく大きく影響していくことになる。
山口の「配信者化」はどんどん進み、NF立ち上げ以降の「文化人化」のときと同じく、山口が音楽制作そっちのけで別の活動にうつつを抜かしていく(ように見える)流れとなってしまった。山口にとっては、この前後でドーム公演の実現を目標すると心に決めたため、なりふり構わず「とにかく支持を拡大していかなければ!」という強迫観念がここで肥大していったのかもしれない。「全て音楽のため」「全てバンドのため」といういつもの言い訳を名目として、配信者としての活動に熱中していく。おちゃらけたキャラクターを全面に出し、時には過剰に道化を演じ、「新宝島」でコールを叫び、はしゃぎ狂う様子を披露していった。多くのYouTube視聴者は、それを「可愛いおじさん」「面白おじさん」「こんなにお茶目な人だと知らなかった」として持て囃し、推し活消費していく。
無理矢理にでも好意的に解釈するならば、制作作業をまともに進めれられるか不透明な中で、もうなりふり構わず裾野を広げるためにこうするしかなくなってしまっているという事情はわかる。しかしやはり、かつての姿勢が崩壊していくさまは、どうしても複雑な心境になってしまう。
それに、本人はあくまで双極性障害ではなくうつ病だと言い張っているため、それを信じるしかないが、区分なんぞ知ったこっちゃなく、狂ったようにはしゃぎ踊る姿は、本来の山口一郎の姿ではない「病気由来の躁状態」に類する状態であることは間違いなく、本当に苦しそうに見える。それを面白がり消費する視聴者についても、どうしても鬼畜に感じてしまうのだ。
さて、『turn』を完走したことで、病気を抱えながら、揺り戻しに苦しみながらも、何とかライブを回れることは確かめることが出来た。
次の課題は、制作だった。病気を抱えながら、新曲を完成させることが可能なのかどうか。山口は元々病気になる以前から、特にタイアップ曲に関して完成まで膨大な時間がかかってしまう傾向があった。ましてや、病気を抱えながら締め切りに間に合わせることなど、到底不可能だ。
さらに、アリーナツアーを頑張ったこともあってか、またもや病気の揺り戻しが山口に強く襲い掛かり、体調は悪化していた。
アニメ『チ。 ―地球の運動について―』は、NHKで10月5日から放送開始予定だった。8月8日、ついにサカナクションがそのオープニング主題歌を担当することが発表された。そして、放送開始の1か月前、9月5日に予告編が公開され、オープニングテーマはサカナクションの「怪獣」、エンディングテーマはヨルシカの「アポリア」という楽曲名だということも判明。予告編では各楽曲の一部を聴くことが出来た。
この地点で何とかアニメ尺は完成できていた。だが、ビクターからは、アニメ放送開始までにフル尺まで完成させることが求められていた。ビクターの戦略としては、アニメの放送開始と同時に楽曲もリリースすることで、セールスを伸ばしたかった。
しかし、アニメの放送開始まで一ヶ月を切ってなお、アニメ尺以降の後半部分は作詞が手付かずで、アレンジも定まっていなかった。歌詞が無いまま、メンバー4人がアレンジを試行錯誤していた。ビクターからは歌詞完成のデッドラインおよびボーカル収録予定日として、9月23日がレコーディングの最終締切だとメンバーに告げられた。
これまで幾度となく経験して来た、締切の逼迫状態だったが、以前と異なっていたのは、「バンド感」だった。バンド存続の危機を経て、チームサカナクションとともに『turn』を乗りこなしたことで、メンバー4人の結束力や、山口に対する意識・姿勢はある種、達観・成熟したものになっていた。
NHKのカメラがこの時期のスタジオを映した際に草刈はこう答えている。
確かに前では考えられないくらい、全員コミュニケーションが取りやすくなっているかもしれないです。
こうしてアレンジ作業は少しずつでも前向きに進められていったが、歌詞は最終締切の9月23日を過ぎても上がってこなかった。山口は作詞作業以前にそもそもの体調がまずいという状況に追い詰められていた。
初回放送日に合わせたリリース予定は、延期された。
その一週間後の9月30日にはNHKの特集番組用の収録があり、そこで怪獣のフル尺がバンド演奏で初披露されることが予定されていた。それに間に合わせることが、新たなデッドラインとされた。それ以上の延期はありえない、と。しかし、9月24日にビクターの担当山上が山口の自宅を訪れても、歌詞の完成は到底無理そうだということだった。
メンバーは、歌詞が完成できた場合と完成できなかった場合を想定し、NHKの収録に向けて数パターンのアレンジを準備していった。
結局、収録には間に合わず、アニメ尺にアウトロを付け加えたバージョンで披露された。
このNHKのドキュメンタリー内で、番組の象徴的なハイライトとして、次のようなナレーションがあった。
これまで何度となく、歌詞作りが遅れることはあったが、最後はギリギリ間に合わせてきた。
書けないことは、初めてだった。


番組は非常に生々しく、丁寧に作られた素晴らしいドキュメンタリーだ。この場面も非常にシリアスで、うつ病を取り扱う上では決して茶化すことのできない場面ではあるが、サカナクションを長年追っている身からすると、「いやいやいや、これまでに間に合わなかったこと何回もあるやんw」と、思わず突っ込んでしまいたくなった。ここは、ドキュメンタリー番組として婉曲・美化されてしまっている部分だとも感じた。
確かに、間に合わないまま「収録」が「強行」された結果、「未完成のまま収録で披露された」という点では、初めてかもしれない。しかしうつ病など関係なく、山口はこれまで何度も締め切りを破り続けて各所に迷惑をかけてきた男である。ある意味、これは通常営業だ。
もっとも、うつ病になってしまったからには、その点について本人を責めてもどうしようもない、ということが言えるが、うつ病という状況のせいで、本人が抱えるもともとの少しの問題点について違和感を抱えることすらできなくなってしまい、批判的視線はすべて非人道的な誹謗中傷行為になりかねず、迂闊に何も言えなくなり、モヤモヤを抱くことすら悪で、まったくの全肯定しか許されないような空気になってしまった、という点は、現在の山口一郎を取り巻く状況は非常にまずい流れになってしまっていると思う。
人間誰しもがそうかもしれないが、山口一郎という男は特に、複雑な側面があり、人間臭く、賛否両論を巻き起こすような振る舞いをする人物である。それが自然なことなのだが、「うつ病」がこのターム以降の全面的なテーマとなってしまったせいで、感情資本主義の時代の潮流に組み込まれて「推し活」的な消費が加速し、まるでアイドルに対する応援と同じように「ゼロかヒャクか」で極めて擁護的な全肯定の姿勢以外が許されなくなってしまっている空気が、非常に息苦しい。それによって、長らくバンドを追ってきた音楽ファンが、見捨てられ、ふるい落とされてしまった。寂しく、悲しい事実である。
10月5日からはついにアニメが放送開始となった。「アニメ尺」ではあったが、それでもサカナクションの本当に久しぶりの新曲の断片を聴くことができる貴重な機会となり、音楽ファン・推し活ファン問わず、多くのファンが放送を注視し、楽曲を享受した。また、アニソンという効果は非常に大きく、これまでサカナクションを深く知らなかった多くのアニメファンも、その作品世界を一層引き立てる完成度の高い楽曲に感銘を受け、放送直後から大きな反響を呼んだ。
10月18日には、新たなホールツアー『SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”』の開催が発表となった。翌2025年1月25日の神奈川公演を皮切りに、全国17会場34公演で回られるということだった。これは当然、新曲がリリースされていることを前提に組まれたであろうツアーであった。
アニメから知ったアニメファンも、当然のように「怪獣」のフルバージョンを探した。エンディングテーマのヨルシカの楽曲の映像はアニメの公式から上がっているのに、オープニングのほうが一向にアップロードされないことに、期待とモヤモヤを募らせた。過去最大級の注目が集まっているこのタイミングで、何故早く楽曲がリリースされないのか。
答えは明らかだ。いつものごとく、歌詞が一向に完成していなかったからだ。
山口は、作詞に一切妥協をしない。一曲に対して100パターン近くの歌詞を書くこともザラにある。これまでいつも、作詞作業に入ると、一切の連絡を絶ち、部屋のカーテンを閉めて、狂気の沙汰で自分を追い詰めて命を削るように歌詞を書きあげてきた。その方法に美学を感じていた。
しかし、そのやり方だと、病気と共生しながら歌詞を書き上げる事ができない。朝起きて、運動して、食事をして、ごく普通の健康的な生活を送りながら、歌詞の作業に取り組む。これが「新しくなる」ことだと思った。様々な新しい習慣にもチャレンジしようとした。
だが、そのスタイルでは結局上手くいかなかった。到底納得のいかない、くだらない歌詞しか出てこなかったという。アニメの放送も着々と回数が進み、ツアーの開始も迫っていった。年末になり、いよいよ追い詰められた山口は、健康を重視した新しいスタイルを諦め、うつ病の揺り戻しによる体調の悪化を度外視して、「もうぶっ倒れてもいい」と、健康を犠牲にした元のスタイル、身を削った作詞方法へと再び戻すことにした。宇宙物理学や古代哲学など、テーマに関連する膨大な量の書籍も読み漁り、自分の中に作詞のための材料を溜めていく作業も行った。
年が変わり、2025年に入る。ツアーの開始が目前に迫っている。ツアーのリハーサルは、山口不在のまま進んでいた。ツアーのプロモーションとなるティザー映像も、山口不在のリハーサル映像が用いられていた。身を削る作詞スタイルに戻したせいで、睡眠も十分にとれておらず、体調も悪い。ライブをやることすら無理だ、という話も上がってきており、中止の選択肢も視野に入ってきた。だが山口本人は、たとえ歌詞が完成しなくても、ループで歌うなど、絶対に中止にはしない、と決めていたという。
体調の悪化に苦しみながらも、80パターン近くの歌詞を書いた。そこまでは、自分の書いた歌詞の良し悪しすらよく分からず、セレクトできなかったが、ここまで来てようやく判断がつくようになっていき、完成が見えてきた。しかし、どうしても納得のいかない、ハマらなかった一部分があった。
ツアー初日の前々日、山口の自宅にマネージャーの関口(サバちゃん)が訪れた。サバちゃんは山口に、「中止にしますか?」と最終確認した。サバちゃんは山口の唯一の窓口だったから、その背後にはチーフマネージャーや野村社長がいることは明らかで、その代表として確認しに来たのだ。
山口は「ライブは絶対中止にしない」と答えた。「どんな状況でもやるし、怪獣が歌詞出来てなくても歌う。できてないまま歌う」。
サバちゃんは「わかりました」と言って帰っていった。
その翌日(=ライブ前日)はゲネプロ(現地での通しリハ)だったため、それには行かなければもうライブは無理だ、という状況だった。その判断のタイムリミットが、朝6時~7時ごろだった。深夜4時を回り、結局歌詞は出来ず、「もうライブに集中しよう。」と、一度諦めた。そして、これまで何パターンも書いてきた歌詞を、最初から一旦冷静に見直してからライブ会場に向かおう、と思い、見直した。そうすると、今まで「絶対に良くない」と思って軽く読み飛ばしていたゾーン ―― 新しい習慣との両立を目指しながら書いていた20パターン目~30パターン目あたりのゾーンに、自分が今ちょうど詰まっていた部分のアンサーになり得る「何光年」というワードが目に付いた。「これってひょっとして使えるのではないか?」そこからパズルのようにその歌詞をハメていき、「ならばここの部分はこうしよう、ああしよう」と組み合わせていった。脳汁が溢れ、耳鳴りがキーンと鳴ったという。
すぐさま山口はサバちゃんに再度連絡した。「できたかもしれない」、「これで良いかもしれないから、清書してみる」、と。その時は別にレコーディングではないからライブで歌えるものになればそれで良い、というくらいの感覚だったが、清書するうちに「あれっ・・・これは本当に完成したかもしれない」という確信に変わっていった。
山口は我に返った。「ちょっと待てよ。歌詞は出来たけど、俺、リハ1回も行ってないし、まともに歌ってない」という。そこから今度はライブのスイッチのほうに一気に切り替わっていった。会場に向かうまでの移動中に、リハの音源を聴き、「ここはこうした方が良い、ここはこうした方が良い」という点がバババババと一気に出てきた。そして会場に着くなり、メンバー4人に「ここはこうして欲しい、ここはこうするべき、こうしたい」ということを一気に伝えて、それをゲネプロ直前のリハーサルで出来る限り調整したという。会場の控室で「怪獣」のコーラスのレコーディングも行われた。こうして、本当に直前ギリギリの完成によって、1月25日、ツアー初日に「怪獣」のフルコーラスが初披露することができた。
そこから先、しばらくは会場先のリハーサルがアレンジの調整のような時間になっていたという。それからしばらくの記憶はほとんど無いという。
ツアーの合間に音源制作作業の最終調整が急ピッチで進められ、ついに、「怪獣」がデジタルシングルとして、フルコーラス音源が2月20日から音楽ストリーミングサービスにて配信開始されることが2月12日に告知された。約三年ぶりの新曲リリースとなる。
それまでのような、メディアに出演してのプロモーションは一切行われなかった。テレビ演奏も、ラジオ出演も、雑誌取材も無い。そういうスケジュールを入れる余地も無く、完成し次第一刻も早くリリースすることだけが急務だったからだ。アニメ放送開始から大幅に遅れたことで、山口は野村社長からこっぴどく怒られたという。ヒットも期待できず、ビクターもあきらめムードになっていた。
そうした中、山口は自身のYouTubeチャンネルで歌唱して初披露することを思い立った。配信開始日の前日、2月19日の夜からYouTubeで配信が開始され、日付が変わった24:00、生歌で「怪獣」の初披露が行われた。
「多くて2万人見てくれれば良いかな」と軽い気持ちで、ラフな出で立ちで配信を始めた。しかし、結果的にこの配信は同接13万人という驚異的な注目を集めたのだった。
同タイミングから各種サービスで配信開始された「怪獣」は、Spotify Japanのデイリーチャートでは即日1位を獲得し、配信初日の再生回数の国内歴代最多記録を大幅更新するという快挙。オリコンでも1位、Apple Musicでも2位にランクインし、国内ストリーミング市場で圧倒的な存在感を示したほか、同日公開のアニメMVも大反響となる。
続いて田中祐介監督によって早急に作られ3月に公開となった正規MVも話題になった。再生回数も好調を持続し、リリースから2ヶ月でストリーミング累積再生数1億回を突破するという、ここにきてのバンド史上最大のヒット曲となったのだ。それどころか、2025年の日本最大のヒット曲のうちの1つといえる楽曲にまで到達したといえるだろう。
この結果は、レコード会社陣は誰も予想だにしていなかった。この5月でデビュー18年目にも達するキャリアにして、バンドはここにきて新規ファンを大量に獲得することとなった。
注目度が急上昇する中、引き続きホールツアーが行われていた。
1月から開始された今回のホールツアーは、8月まで半年以上をかけて全国各地を回っていく長期ツアーだった。サカナクションのホールツアーは、2020年『834.194 “光”』は新型コロナウイルスの影響で中断、2022年『アダプトNAKED』は山口一郎の休養のため全公演中止となったこともあり、サカナクションとしてはおよそ約5年ぶりの待望の全国ホールツアーとなっていた。やはり会場は、前回・前々回で中止となってしまった会場を中心として選ばれていた。
ツアーを回る中で、山口は引き続き「今日で最後かもしれないと思って歌っている」「新しい自分になる」というキーワードを唱え続け、共感と応援を集めた。
長期にわたったツアーは、8月26日と27日の横浜Kアリーナでの追加公演で千秋楽を迎えた。追加公演はオンライン生配信も実施された。この試みは、「アダプトツアー」以降、「蜃気楼」「turn」と継承されているお馴染みの流れとなっているが、今回特筆すべきなのは、8月26日分の公演の前半10曲がYouTube上で無料生配信された、ということだった。ファンサイトとU-NEXTでは2DAYSの全編を有料にてリアルタイムで配信した。YouTubeの同時接続は10万人を超え、有料配信と合わせるとのべ15万人以上が配信を視聴した。
この追加公演では、さらに怪獣に続く新曲を披露したい、ということが事前のYouTube配信上で語られていたが、結局間に合うはずがなかった。代わりにセットリストにはアンコールに既存曲が追加されるのみとなった。
どうやら、「怪獣」以降の制作も水面下で進んでいるようだ。ごくまれに、山口の口からは「アプライ」という語も飛び出してはいる。そのため、次のアルバムとして「アプライ」を完成させるために動き出しているのかもしれない。そして、じわじわと匂わされている20周年のドーム公演実現に向けても計画が練られていることだろう。
その全貌が明かされることになるのはどれほど先になるかは分からないし、すぐに判明することは全く期待できないことが明白であるが、長い目で、本当に長い目で待ちたいと思う。
さて、ツアーが終了したが、引き続き、YouTube配信活動は精力的に行われていた。
「怪獣」は、バンドとして初めての、ストリーミング時代におけるデジタルリリースとしてのヒットであり、山口とビクタースタッフも知識を持っておらず、再現性が無かった。この予想外のヒットは、具体的なメカニズムとして、どのような要因で発生したのか。それを分析した結果、山口一郎のYouTubeチャンネルおよびその切り抜き動画が大きな効果を出していることが判明した。そこで、ビクターは山口一郎のYouTubeチャンネルをプロモーションの主軸に据える方針にしたということだ。
ビクターの意向を受けて、山口も配信者活動に対しより一層の気合を入れ始める。「怪獣」からサカナクションを知った新規層に向けて過剰にサービス精神旺盛に振る舞い、過去のサカナクションの作品も好きになってもらえるように努めた。その過程で、自らを「いっくん」と呼び、ひょうきんで気さくなキャラクターを演じることがだんだんとエスカレートしていった。結果としてチャンネル登録者数はみるみる上昇していったほか、ハマダクションによる公認切り抜きチャンネルは本家以上の伸びをみせ、大きな効果を及ぼした。
グッズ販売も継続して展開され、油取り紙や笑い袋、エプロンやキッチンミトン、果てはグラビア写真などまで、ロックファン幻滅お構いなしの、特定の “推し活” 層へ向けた節操も無いアイドル商売を続ける。サカナクションのライブは毎回赤字が強調される。配信チケットに関しても、直前までいつも危機が叫ばれ、「赤字商法だ」と揶揄されるほどだ。余程、経済的に危機的状況なのは確かなのだとは思うが、度を過ぎたおちゃらけパフォーマンスも相まって、賛否を呼んでいる。
9月30日には、「新宝島」がリリース10周年だということで、「新宝島祭」として大々的に配信が行われたほか、記念グッズまで販売された。
こうした中、山口は配信内で、批判のDMがたくさん来ているということも明かした。批判的意見に対して山口は、「新しい自分になる」「新しいことをするときにはいつも批判がある」「俺がサカナクションだから」「わかっててやってるから」「これが “リアル” だから」「ビクターの若手社員も含めて多数の人間がサカナクションチームに属していてご飯を食べている現状がある」「そのために動きを止めるわけにはいかない」という弁明を行った。
山口の言っていること自体は理解できる。一方で、批判的な意見を持ってしまう人のことも理解できる。山口自身も、批判的な意見に対して理解を示しながら場を収めてはいる。ただ、山口は、批判的な視線を持つ層のことを「有名になってほしくないファンも居るのよ」「崇高な存在で居て欲しいって人もいるのよ」などとレッテルを貼り、とうとうあからさまにハシゴを外すような言い回しで弁明してしまったのだ。その結果として、新規推し活擁護勢に、古参ヘイトを煽る形のムーブになってしまった。
生配信のチャット欄および切り抜きのコメント欄では、批判的立場に対する極めて排除的な意見および山口一郎を全肯定する擁護コメントばかりに溢れ、「古参はありもしない崇高なイメージを押し付けている」「昔から山口一郎はこういうキャラクターだ」「サカナクションに自分勝手な欲望を押し付けるなんて気持ち悪い」「私は山口さんの明るいキャラクターで最近サカナクションのことを好きになりました」「こんな楽しい配信を見て嫌いになる奴なんているのか」「そんな人はただのアンチだから無視しておけばいい」「勝手に神格化して一郎さんに迷惑をかけるなんてありえない」「厄介なファンを抱えて人気者は辛いのね」などという意見で占められることになってしまったのだ。
さらに、サカナクションのこれまでの流れや昔の発信を知らない他界隈の人々もこの切り抜きを見て問題を一般化して解釈し、「サカナクションも(他界隈と同じ、よくあるような)厄介アンチを抱えている」「それに対する山口一郎の姿勢は偉い」「反転アンチとの向き合い方の模範例だ」などと一面的な認識が広まってしまった。
率直に言って筆者は、山口のこの言い回しと、他界隈からの一面的な状況把握、そして「配信活動への違和感を抱くこと=アンチの誹謗中傷行為」と自動的に認定されてしまう流れになってしまったこの状況に、心底傷ついている。山口一郎に対して違和感があっても譲歩して寛容に遠目からでもずっと応援してきたはずなのに、いよいよ深い悲しみと怒りが収まらなくなってしまっている。「わかってるから!わかっててやってるから!」という言葉によって、逆説的に「ああ、本当に “わかって” ないんだな・・・」と幻滅してしまった。それまで目をつぶろうとしていた疑念は確信に変わってしまった。
批判的な立場について、浅慮な捉え方をされてしまったこと、単なる誹謗中傷DMを送るようなアンチ層と正当なモヤモヤを抱える古参が一括りにされてしまうような表現で切り捨てられてしまったことへの寂しさと悲しさが決定打となって、マイナスの気持ちが抑えられなくなってしまったのだ。盲目的ないっくん推し視聴者らの的外れな正義感による排他的な全面擁護の風潮の強まりには、特に余計なモヤモヤを増幅させられてしまっている。
山口は、かつての山口自身やサカナクションが掲げてきた理念や思想、そしてそれを信じて付いてきたリスナーたちとの「同じ種族」としての感覚や大切な思い出を、今や完全に忘れ去ってしまった、ということを、自白してしまったようなものだ。これはかつての音楽的ファン層をハッキリと切り捨てる完全なる裏切りムーブであり、現在の山口は推し活的な個人ファンへの発信にしか気持ちが向いていないということを露呈させてしまった。山口は、過去の発信と現在の発信が矛盾してしまっていることを誤魔化しており、その軋轢が問題化してしまっているのだ。あるいは山口は、自分の今の言動が「大きな手のひら返し」であるということに自分で気付いていないか、「うつ病だから」「新しい自分になる」という弁明さえあれば何もかもすべて許されると思ってしまっている。しかし、山口の抱える問題点は罹患以前からの大きな蓄積があり、それは病気とは関係ない。しかしそれが「うつ病」という免罪符の存在のせいで指摘できなくなってしまったモヤモヤが従来の「バンドのファン」には溜まっていく一方なのである。
このような流れもあり、SNS上でも「バンドとしてのサカナクションのファン」と「山口一郎個人を推し活崇拝する層」との乖離が表立って大きく議論されるようになってしまった。当記事の執筆も、その流れにあるものだ。
山口一郎はもともと、うつ病になるより遥か昔、そもそも暗いキャラクターだった。そうした中で、マニアックな音楽と大衆への遡及というバランスを神経質に考え続け、内向きに籠るでもなく、大衆迎合するでもない、芸能的なシーンへの「カウンター」のポジションを目指して上を目指す姿勢を明確に口に出し表明することで支持を獲得してきた。「戦略すら表現」などのキャッチフレーズを再三にわたってイキリ顔で宣言し続け、邦ロックシーンにおけるダークヒーローのようなポジショニングを強固にした。
その後、紅白出演後に、一度外向きの表現からはドロップアウトし、内省的表現へと大きく舵を切った。そのような最も鬱屈とした期間を経て、2015年以降、再び前を向き始める。NF立ち上げに伴い、始めは「文化人」「昭和オマージュ」といった「照れ隠し」を纏うことで、タレントのように明るく振る舞うキャラクターを獲得した。しかしその間も、外向きの露出や派手なシングル曲はあくまで「撒き餌」であり、表層のミーハーな部分から、その先にある深い世界へと「このまま君を連れて行くよ」という大義・理屈付けは便宜上続けられてきた。それによって保たれていた大切な「バランス感」があった。ただ、その頃から、肝心のバンドとしての音楽活動が疎かになり、バンド外の活動にうつつを抜かしているだけのような状態になってしまった。毎年のように「今年アルバムが出ます」と告知をしてはそれを黙って反故にし続け、口だけの「オオカミ少年」のような印象も強まってしまった。
そうした状況が清算されないまま、コロナ禍に突入してしまい、業界の危機的状況を救いたいという気持ちと、生活の苦しいリスナーにも寄り添ってコミュニケーションを取りたいという熱意によって活動が続けられた。そこでは多面的なバランスを保ちながらも、対外的な「バンドの顔」を山口が一人で作り続けていかないとすぐに忘れられてしまう、という強迫観念も肥大してしまった。それによって一人で突っ走っていってしまったことが、うつ病発症の引き金にもなった。
山口が闘病生活から復活していく過程で、「元の自分には戻れないけど、新しい自分になる」という新たな方針が生まれた。
この言葉は普通の場合、「(明るく元気に振る舞えていた)元の自分には戻れないけど、(体調の波を受け入れて鬱と共に生きる)新しい自分になる」という意味で多くの人は受け取るだろうし、当然山口も始めはそのつもりで口にしていたのではないだろうか。しかし、どうやら最近の山口を見ているとその意味が逆転してきているように思えてならないのだ。
「(暗さとのバランスをとっていた)元の自分には戻れないけど、(バンド継続のために完全に割り切って、昔の自分を完全に消し去り、自己のキャラクターを更新して明るく元気に振る舞う)新しい自分になる」というような意味にいつの間にか転化してしまっているように思えるのだ。
そして、それが当たっているとしたら、元々の山口の性格から鑑みても、それはうつ病の症状軽減にはかなり危うい選択ではないのか。ビクターからの圧力や経済的な理由のために、うつ病の発症前よりもむしろ自己犠牲を是としてしまっているのであれば、それは非常に悲しいことだし、大変危険な事態だ。
そもそも、事務所にも内緒で山口一郎個人が病気から再起するために「リハビリのために始めた」YouTubeではなかったのか。怪獣のヒットによってこれ見よがしにバンドのプロモーションツールとして利用しようとするビクターにそそのかされ、支持拡大のため、スタッフ含めて食べていくために自己犠牲も厭わない、というのなら、それこそ、またもや「前と話が違う」ではないか。それに、山口一郎は長年、口うるさくドヤ顔で「ライスワークではなくライフワークで」という姿勢を表明し続けてきた。その点でも「前と話が違う」。
古参が勝手に期待を押し付け、単に丸くなった山口に勝手に失望しているのではない。かつて山口自身の言動によって集められた大きな期待が宙吊りされたまま、一向に伏線が回収されないまま、長年に亘ってドヤ顔で熱弁し続けてきた理念がしれっと手のひら返しされてしまった形になっているから、モヤモヤが溜まってしまうのだ。あまりにも「前と言っていることが違う」が続きすぎている。これは「うつ病の人に期待するな」という話ではない。(本人はそのつもりがないとしても)罹患前から長年繰り返されてきた虚言癖の蓄積によって、信頼が失墜してしまっているのだ。
しかし、昨今の方針転換の結果、ここ数ヶ月で過去に例を見ないほどの相当数の新規ファンを獲得することができた。圧倒的な数字として結果に現れている以上、それは正しかったと言わざるを得ない側面もある。だがその一方で、一定数の従来ファンがサカナクションから気持ちが離れていく決定打になってしまった。
しかしまあ、これまでも幾度となく気持ちが離れるきっかけとなってもやむを得ない出来事が多々あっても、ライブを観れば、音源を聴けば、そこには確かに感動があり、すべて許せる、ということも繰り返してきた。その点がむしろ、長いキャリアの中で、同世代の他のバンドよりも圧倒的にファン数を維持し続けてきた大きな理由なのだと思う。そこだけに最後の信頼がある。だからこそ、音源リリースが無いと、ライブが無いと、本当に気持ちが離れてしまう。もう一度だけでも、無事に新曲が聴きたい。もう一度だけでも、無事に新アルバムを届けてほしい。
この新たなフェーズを経て、今後どのように落としどころを作っていくのか、どのようにまた気持ちを引き戻してくれるのか、山口一郎がどのように生きていくのか、見ものである。その答えが【アプライ】になるのだろうか。
◉あとがき
こうしていろいろ振り返って検証してみると、「新宝島」がリリースされるより前、ドロップアウト期のストーリーをアルバムとして完成させて一度終わらせておくべきだったのだと本当に強く思う。そうしておけば、本人らにとってもファンにとっても、時期ごとの方針としてわかりやすい方向性の転換と、気持ちの折り合いのつけかたが違ってきたと思う。
しかし、それが叶わず、ストーリーが混同した形で『834.194』となり、そのツアーも中途半端に終わり、そこから『アダプト/アプライ』へとなだれ込み、結局、アプライできないまま鬱病になってしまったという、グダグダ、ダラダラとした悪循環が延々と続いているのだ。
反転アンチ寄りの元ファンの立場の中では、サカナクションはとっくに解散するべき状態を迎えたまま、復活を経てもなお、それがまだ解消できていないように感じている者も居ると聞く。自分も正直その意見を否定できない。しかし、ダラダラ来てしまったからこそ、良くも悪くもサカナクションが現在まで継続し、そのおかげで幾度となく、かけがえのない感動を届けて貰えたという側面も間違いなくある。外野が何をどう空想してもどうしようもない。我々は結果論で語るしかない。
「次出るものは暗い作品になると思う」という言葉も毎回のように聞かされてきた。コアファンとしてはそういうものでも全然OKだと思っている人も多いだろう。しかし結果としてそうはならず、サカナクションは、大衆へのアプローチの要素を諦めない選択をし続けてきた。その選択に固執しすぎた結果、今度は自分でもコントロールできないほど山口一郎のサービス精神のみが突っ走ってしまい、引き返せないところまで来てしまったのではないか。
もう正直言って、休んでほしい。・・・いや、そうは言ってみたものの、「アプライ」が完成しないかぎりは、やっぱりスッキリしない。記事冒頭の2013年から延々と続いてきた紆余曲折の物語が、まだ完結していない。この紆余曲折は「アプライ」のリリースを以てようやく一段落になると思うし、そのことは一郎さんの脳内構想にも絶対にあると思う。
もしかすると一郎さんはもう、最後に「アプライ」を完成させ、20周年のドーム公演でサカナクションを終了させる気なのではないか、という良からぬ予感も抱いてしまった。それらを華々しく成功させるために今、半ばやけくそになって裾野を広げているのではないか。そう考えると納得がいく点もあるし、それが一番綺麗なんじゃないかとも思ってしまう。
まあ、バンドを終了させるまではいかなくても、「アプライ」とドーム公演を成功させることによって、本当に長いあいだ解消できなかった悪循環がようやく解消し、穏やかな活動・穏やかな余生へとシフトしていけるならそれが良いな、と思う。
だから、「いっくん」の姿を見るのは辛いが、「アプライ」まで何とか見届ける覚悟がこっちにはある。何とかやり遂げて貰わないと困る。
うつ病を抱えながら気丈に振る舞って自らを「躁状態」に追い込むことで裾野を広げようと痛々しく頑張るようすを面白がって推し活消費するYouTube視聴者たちが、現状にモヤモヤした気持ちを持つバンドファンのことをアンチ扱いして「理想を押し付けている」「どうしてうつ病の人に対してそんな酷い想いを抱くのかわからない」「嫌になったのなら見なければいいだけ」「自分勝手」「キモすぎる」などといくら見当違いの憎悪をこちらに向けて来ようとも、やはりこっちだって一郎さんやサカナクションがどんな状態になったときもなんやかんやずっと応援し続けてきたのだから、今さら見放す訳にはいかないのだ。
一郎さん本人がいくら「わかっててやっている」「やりたくてやっている」などと言おうが、明らかに無茶をしていることぐらいわかる。何より、うつ病のドキュメンタリーで、明るく振る舞ってきたことを山口は「やりたくないけどやってんじゃん」「自分を洗脳してやってた」と語っていたではないか。そこを汲み取らずに、病気を抱えてなおサカナクションの継続のために覚悟を決めて痛々しくも気丈に振る舞う様子を「親しみやすい」「お誕生日祝ってください」「おもしろおじさん」「お誕生日祝ってください」「ギャップ萌え」「お誕生日祝ってください」などと軽薄に消費する推し活淑女どもと、呆れながらも心配しているこちら側の、どっちのほうが「理想を押し付けている」「どうしてうつ病の人に対してそんな酷い想いを抱くのかわからない」「自分勝手」「キモすぎる」のだろうか???
どんなに寂しい気持ちにさせられようとも、どんなに待たされようとも、どんなに一郎さんが新規ファンを焚き付けて古参を排除しにかかろうとも、こっちはもう腐れ縁的な感覚で苦笑しながら、でも一郎さんとバンドのことを根っこの部分では信じているし、心の奥底でまだサカナクションが確かに大好きな気持ちを消し去ることができないからこそ、このバンドの行く末を、遠目からでも最後まで見届けたい気持ちでいっぱいなのである。
※2025/11/15 追記
12年ぶり2度目の紅白出場決定が発表されました。おめでとうございます。
2013年~2025年と括ったこの記事は、図らずも「2度の紅白に挟まれた12年間の記録」という恰好になりました。この期間のドラマに思いを馳せると、様々な想いがこみ上げてきて、感慨深く、シンプルに泣けてきます。
批判面も含めて長々と書きましたが、結局のところ最後は我々の耳に届けられる「音楽」が全てだと思います。
個人的に体調を崩してしまったこともあり、当記事を書いた後、サカナクション関連の情報をしばらくシャットアウトしていたのですが、大晦日はしっかりとその姿を見届けたいと思います。
※さらに追記
思うところがあり、さらにもう一つ記事を書きました。
※2025/12/31 追記
紅白歌合戦、素晴らしかったです。
どんなにモヤモヤがあっても、音楽が届いた瞬間だけはすべて許せる。
今までもずっと、それの繰り返しでした。
ずっと、変わらないまま、変わっていっている。
こうやって無事に音楽を届けてくれるだけで良い。
モヤモヤしそうなときは、寂しいけど自分で頑張って努力して離れる。
リスナー側が過度に努力して自衛しなければならないような構造が続いてしまっているのは極めて問題だとは思いますが、もうどうしようもないんですよね、それどころじゃないんですよね、もう。
YouTube配信や山口一郎ソロイベントはもう積極的に追うことがしんどいけれど、サカナクションは自分なりの距離感で応援する。遠目から、自分のバランスで見届ける。もうそれでいいです。
そんな気持ちにさせられた紅白でした。
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