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Wooden Ships (CSN) 歌詞和訳 〜 核戦争後のディストピア

曲そのものが素晴らしく(音楽も歌詞も), だからこのことに拘るわけでは全くないけれど, 核戦争後の世界が歌われるこの歌(1969年, いわゆる「東西冷戦」真っただ中の時代にリリース), 今ちょうど 8月, この際, ヒロシマの日である今日 8月6日に投稿することにした。

で, この歌の歌詞を訳してみて, あらためてこの歌が描く物語を頭に想い描きながら, 今までに何度も何度も聴いてきたこの曲をいま一度聴いてみて, いやはや, なんとまぁカッコいい曲なんだろうと今更ながら思った(それはもちろん歌詞だけでなく音楽があるからこそ)。"カッコいい" だなんてミーハーに過ぎる言い方ではあるけれど。とにもかくにも, この歌 Wooden Ships, ある種のディストピア(しかし最後に新たに「ユートピア」を目指して旅立つ)小説, みたいなものなんだろう。

CSN は 1969年の Woodstock Music and Art Fair, いわゆる ウッドストックですね, あの時のステージでもこの曲を演奏していて(Neil Young も共演, 因みに同ステージでのアコギセットの大方は Neil Young は不参加), 筆者が DVDで持っている "Woodstock: 3 Days of Peace & Music"(邦題「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」, 1970年公開の映画)でも CSN によるこの歌が(映画音楽として)使われている。歌詞も踏まえれば, ある意味, 'love & peaceと ヒッピーの時代を象徴する曲 とも言えるのかもしれない。

今日の本旨はあくまで, 歌とその歌詞の和訳, しかしながら 付録もけっこうな数になってしまった。しかたない(「シカタナイ」は ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』が 日本人のわるい癖と批判した文言だけどね)。


"Wooden Ships" by Crosby, Stills & Nash 〜 歌詞和訳

Wooden Ships 〜 歌詞和訳

この曲 Wooden Ships は, 1969年5月29日にリリースされた CSN (David Crosby, Stephen Stills, Graham Nash) の最初のアルバムに収録されている(セルフ・タイトルで "Crosby, Stills & Nash", 因みに彼らの 2枚目は Neil Young を加えた CSNY による "Déjà Vu", 1970年3月11日リリース)。

当時はLP, A面, B面などと言ったものだけど, そのLPのB面の1曲目。作者は David Crosby (Aug 14, 1941 – Jan 18, 2023), Stephen Stills, Paul Kantner (Mar 17, 1941 – Jan 28, 2016; Jefferson Airplane) の 3人。

https://en.wikipedia.org/wiki/Wooden_Ships によると, この曲 Wooden Ships(邦題「木の舟」)は, リリース前年の1968年に, David Crosby が所有する船(まぁ「舟」ですね, ウィキの英語では ship ではなく boat)の船上で 作曲されたとのこと。作曲者は Crosby 自身で, 作詞の大方は Stephen Stills と Paul Kantner が担ったようだ。

では, さっそく(なお, 日本語訳の中の最初の 5つのパートに当たる部分は, Stephen Stills, David Crosby, Stephen Stills, David Crosby, Stephen Stills の順の掛け合いである)。 

Wooden Ships 〜 from Crosby, Stills & Nash's self-titled album released on May 29, 1969

英語原詞 https://genius.com/Crosby-stills-and-nash-wooden-ships-lyrics

もし僕に笑いかけてくれるなら, 僕は理解するよ
なぜって それは何処でも 誰もが すること
つまり同じ言語なんだ

君のコートからわかるよ, 友よ
君は向こう側の人だよね
一つだけ知りたいことがあるんだ
教えてくれないか, どっちが勝ったんだい?

ねぇ, 君のその紫色のイチゴを少し分けてもらえるかな (*1, *2)

いいよ, 6週間か 7週間くらい食べ続けてるんだけど
まだ一度も具合わるくなってないんだ

なら 二人とも生きていけるかな

海に浮かんだ木の舟, 自由気ままで 気楽なもんさ (*3, *4)
気楽だよ, わかるだろ 本来そうあるべきなんだ
海岸線の銀色の人たちよ, 俺たちを放っておいてくれ (*5)
いま 自由気ままで気楽なもんさ って話してるところなんだよ (*6)

恐怖で身動きできなくなるよ, 君らが死んでいくのを見るなんて (*7)
俺たちができるのは 君らの苦悶の叫びを反響させることだけだ
人間の感情のすべてが消えていくのを見つめるだけなんだ
俺たちはここを去るよ, 俺たちなんか必要ないだろう

行くんだ, 妹を連れて, 手を引いて
彼女の前を進んで 一緒にこの異国の地を去るんだ
遠く離れた, 笑いを取り戻せるかもしれない場所へ
俺たちはここを出ていくよ, 俺たちなんか必要ないだろう

温かい追い風が 吹いてるぜ (*8)
南から 俺の肩越しに
じゃあコースを決めて 出航させてもらおうか (*9) (*10)

… 🎶 … 🎶 … 🎶

訳注

*1 Say, can I have some of your purple berries? は Say, can I share some of your purple berries? であれば「ねぇ, 君のその紫色のベリーを少し分けてもらえるかな」で完璧な日本語訳になるだろうけど, しかしまぁここは「少し もらえるかな」とか「少し 食べてもいいかな」などよりも「少し分けてもらえるかな」の方が, この場の雰囲気, ニュアンスが より伝わるし, 意味は結局同じなので これでよいのではと思う。そもそも注釈を入れるほどではなさそうな気もするが。

*2 この後, Yes, I've been eating them for six or seven weeks now. Haven't got sick once. と続くから, ここは 核戦争後の世界berries放射能に汚染されていないかどうか を気にしているというわけです。

berries, これは外来語でない日本古来の言葉には置き換えにくい類の言葉。少なくとも正確な意味を外さない条件下では, 一般的な, 普段 日本人が会話の中で使う言葉の中で, 上手く置き換えられる言葉をみつけるのは至難。植物学上は「液果」「漿果(しょうか)」になるようだけど, これ, 普通, 日本人の日常会話の用語にないよね。strawberry なら「イチゴ」, wild berries と言われれば「野生のキイチゴ」, blueberry なら「ブルーベリー」, blackberry なら「ブラックベリー」もしくは「黒イチゴ」(後者はあまり言わないけれど), しかしこの歌詞の中では purple berries, 「紫色のベリー」(の複数形)。

というわけで, 当初, この berries は, 「(紫色の)ベリー」と訳す以外にちょっと思いつかなかった。いや, あまり単語の意味に拘らないで, 意味を若干ずらしてよければ(自分はよく "意訳"的な手法で 英語を日本語に置き換えてるし, その意味では)「紫色の イチゴ」とか「紫 イチゴ」と意訳してもいいんだろうけど, しかしこれだとなんかギョっとするよね。些か不気味な感じだ。ただ, これはこれで 核戦争後の世界 における会話の中では 上手くハマる語感かなとも思う。purple berries は「紫色のベリー」か, 意訳して「紫色のイチゴ」。迷うところですが, とりあえず上の訳では 後者を選択。

*3 Wooden ship(s) は「木船」(「もくせん」, しかしこの言葉, 見るんじゃなくて耳で聞いたら「え? 何のこと?」ですね)もしくは「木造船」。後者も堅苦しい。「木の船」でいいと思う。しかし「木の船」だと この歌の邦題「木の舟」との間で差別化でもしてるのか, と。ここでそんな妙な "語感"を醸し出そうなんて気は起きないし, この歌詞の中で「船」と「舟」の異同に拘ることもない。そういう微妙な 逆 "拘り"(笑)と消去法で, 最後は「木の舟」に。

*4 このラインはわりと意訳です。on the water, ディープ・パープルの曲 "Smoke on the water" の中ならあれも「水上(の煙)」だけど, あれは要するにスイスのモントルー, レマン湖の湖畔の出来事で, 「水上」は 湖面の上のこと。CSN のこの曲 "Wooden Ships" においては, 文脈から判断するに「水上」は「水上」でも, 要は「海の上」でしょう。

それから very free は「とても自由」「非常に自由」ってことだけど, very free and easy から 語感で意訳して このフレーズ自体は「自由気ままで 気楽(なもんさ)」。

*5 Silver people は, この物語が 核戦争後の世界 におけるものであることから想像すれば, 「銀色の防護服を着た人たち」, でもやはり歌詞の中だけでなく日本語訳の中でも, そこまで明示する必要はなく, 「銀色の人たち」でいいでしょう。

*5~*6 Let us be talkin' 'bout very free and easy は, このヴァースの最初のラインからの文脈を踏まえれば, 「俺たちに 自由気ままで気楽なもんさって話をさせておいてくれよ」ということになるわけだけど, この日本語では言い回しが堅苦しい感じがするし, この歌, このヴァース部分を聴きながら頭に浮かぶ日本語は「俺たちを放っておいてくれ, いま(俺たちは)自由気ままで気楽なもんさ って話してるところなんだよ」。

*7 意訳です。grip は 他動詞で「(~を)握る」「(~を)しっかりつかむ」あるいは「(~を)引き付ける」。そういうわけで, Horror grips us as we watch you die は「恐怖で身動きできなくなるよ, 君らが死んでいくのを見るなんて」と訳しました。Horror はここでは「恐怖」でも「戦慄」でもいいいと思うけれど。

*8 And it's a fair wind blowin' warm .. And は訳さなくてもいいでしょう。そして, fair wind は「順風」。船が進む方向に吹く風, 追い風

順風満帆」という四字熟語がありますね。「順風満帆」なら "帆船が順風すなわち追い風をいっぱい受けて進むように, 物事が順調に進む" 様を表わすことになるけれど, しかし この歌 "Wooden Ships" は, 核戦争後の世界 における, 人類の「暗中模索」を描いた歌(四字熟語の他の例!)。

ところで, warm に副詞はないのでは。warm は 形容詞か 他動詞(「(〜を)暖める」「(〜を)温める」もしくは 自動詞(「暖かくなる」「温かくなる」, 他に「(~に)心が惹かれる」なんて意味も)あるいは 名詞(「暖(温)まること」「暖(温)めること」「暖(温)かい場所」)。

だから, ここのラインは「順風」(追い風)が「吹いている」「温かい」という語順ではあるけれど, 「温かい追い風が 吹いている」と解釈してよいのではと思う。

*9 Guess I'll set a course and go … Guess は「推測する」の意でよく使われる動詞なわけだけど, 米語(英語の母国イギリスの英語ではなくアメリカ合州国の英語!)の俗語で, あまり堅苦しいニュアンスではなく(?)「~だと思う」という意味合いの使い方があるようで, ググると, オンライン辞書で 例えば "I guess I can do that", 「じゃあそうさせてもらおうかな」(相手からの勧誘などに対する返答)なんてのが出てくる。

というわけで, Guess I'll set a course and go は, 「じゃあコースを決めて 出航させてもらおうか」(fair wind blowin' warm つまり「温かい追い風」の誘い, いざない, 勧誘に対する返答)。

*10 

順風満帆」という四字熟語がありますね。「順風満帆」なら "帆船が順風すなわち追い風をいっぱい受けて進むように, 物事が順調に進む" 様を表わすことになるけれど, しかし この歌 "Wooden Ships" は, 核戦争後の世界 における, 人類の「暗中模索」を描いた歌(四字熟語の他の例!)。

訳注 *8 より

核戦争後の世界 における, 人類の「暗中模索」を描いた歌 "Wooden Ships", その 暗中模索 の 歌詞和訳作業, これにて了。

*11 (「訳注」番外編) しかし 人類の survival のための, 現実世界における "人類が生き延びるための 暗中模索" は, まだまだ続くようです。

英語原詞 について

外国語の歌の歌詞の和訳を試みてそれを掲載するのだったら(note にしろその他のサイトにしろ), できることなら 原詞を併載した方がよい。明らかにその方が分かりやすい。しかし, それは(歌詞原詞の全編掲載は)残念ながら不可能。

英語歌詞, つまりここでは, 英語で歌われる曲の原詞。その(全編)掲載に関するその辺りの事情については, 以下の note の「前説」の次の次の章「英語原詞 について」にて。

さて さて 🎶

"Wooden Ships" by Jefferson Airplane

やっぱ「サイケ」, 音楽的にはかなり趣が違う感じだね。

Wooden Ships (Paul Kantner, Stephen Stills, David Crosby) 〜 from Jefferson Airplane's fifth studio album "Volunteers" released in November 1969

こちらは とりあえず, 今日のところは 音楽を聴くだけで(後日「深掘り」する予定は特にないけれど)。

付録 1 〜 「冷戦」 真っただ中の時代にリリースされた曲に因んで

生ましめんかな 〜 1945年8月6-8日、広島

生ましめんかな ー 1945年8月8日、広島に原子爆弾が投下された同年8月6日から2日後のことだった(栗原貞子の詩)。

〈ヒロシマ、ナガサキ〉 というとき ー 〈ああ ヒロシマ、ナガサキ〉 と やさしくこたえてくれるだろうか

ヒロシマ, ナガサキ, というとき ..

ヒロシマ、わが罪と罰 〜 「良心の立入禁止区域」と、広島への原爆投下時の気象観測機パイロットだったクロード・イーザリー

以下は, 下掲 note 前文より。

タイトル上に掲げた写真は、1961年にドイツ(当時はもちろん西ドイツ)で "Off Limits für das Gewissen" (「良心の立入禁止区域」といった意味合いになると思います) というタイトルで刊行され、翌1962年にアメリカ人読者向けに、 "Burning Conscience: The Case of the Hiroshima Pilot, Claude Eatherly, told in his Letters to Günther Anders, with a postscript for American readers by Anders" というタイトルで英語翻訳版として刊行された本の、その表紙です。

この表紙を見ても分かるように、序文をイギリスの哲学者、論理学者、数学者であり、かつ社会批評家、政治活動家でもあった、そしてその 10年余前の1950年にノーベル文学賞を受賞していた(今から 4年前にはボブ・ディランという人も受賞しているアレ *1)バートランド・ラッセル (Bertrand Russell, May 18, 1872 – February 2, 1970) が書いており、それに続く前書きを、ドイツ生まれのユダヤ系オーストリア人で作家兼ジャーナリストであったロベルト・ユンク (Robert Jungk, May 11, 1913 – July 14, 1994) が書いています。

著者であり、往復書簡の一方の担い手であるギュンター・アンデルス (Günther Anders, July 12, 1902 – December 17, 1992) は、友人の全てをナチスに殺された悲惨な過去を持つユダヤ系ドイツ人(当時はドイツ支配下の現在のポーランド・ヴロツワフで生まれ、オーストリア・ウィーンで死去)の哲学者で、かつジャーナリスト、随筆家、詩人でもあった人、そして、クロード・イーザリー (Claude Eatherly, October 2, 1918 – July 1, 1978) はアメリカ人で、第二次世界大戦中にアメリカ合州国空軍の少佐を務め、1945年8月6日、広島に原爆を落としたエノラ・ゲイを中心とする戦闘機の一団において、気象確認を担当し、広島市街地に原爆を投下する作戦において適切な天候かどうかをチェックしてエノラ・ゲイに「投下可能」を連絡するという重要な(重大な)任務を果たした、気象観測機のパイロットだった人です。

*1 本投稿の冒頭部分において、バートランド・ラッセルが 1950年にノーベル文学賞を受賞していることに絡み、今から 4年前の 2016年に「ボブ・ディランという人も受賞している」と皮肉ってますが、それについて書いた私の note 投稿テキストへのリンクを貼っておきます。ボブ・ディランはまさしく、イスラエルとパレスチナの問題に際して「良心の立入禁止区域」を作り、自らが良心の呵責を感じないままにシオニストのシステムの歯車や部品になってしまうような愚を犯している、私はそう思いますね。

https://note.com/dailyrock/n/nfd691e541e88#UJy5Q

合わせて 以下も。

番外編:クロード・イーザリーに捧ぐ

"A Most Peculiar Man" (Paul Simon) 歌詞和訳

今日, 2021年8月6日, "A Most Peculiar Man" というタイトルの歌の歌詞を日本語にしてみようと思ったのは, 今日が 8月6日で, そしてクロード・イーザリーのことを思い出していたからだ。

クロード・イーザリーは元アメリカ合州国軍人。1945年8月6日のアメリカ合州国空軍による広島への原爆投下の際, 原爆搭載機エノラ・ゲイ号の先導機ストレート・フラッシュ号に搭乗, その日の気象観測をし, 原爆投下が気象状況上可能かどうかを判断するという重要かつ重大な役割を担い, エノラ・ゲイ号に「準備完了」「投下可能」を連絡した人物で, 戦後, 原爆投下に関わった人間の中でただ一人, 罪の意識を公にした人物。彼については昨年8月7日, note に投稿している(*1)。以下は, その note 掲載の文章の一部。

https://note.com/dailyrock/n/n475413430b60#axMok

ではでは。

ギリシャ, アテネ part ε' 〜 大規模反核デモに遭遇したアテネ, 1983年8月初旬(写真8枚)

ヒロシマ 8月6日 から ナガサキ 8月9日 の時期に合わせて行なわれた, 「民主主義の故郷」ギリシャ・アテネ における 1983年8月 の 反核運動・大規模集会とデモ。

この旅の中で。

では, あちらも。

付録 2 〜 Wooden Ships, 邦題 「木の舟」 に因んで 「ノアの方舟」

旧約聖書の御伽噺「ノアの方舟」が着いたとされる アララト山を拝んだ, ドグバヤジッド(トルコ), イランとの国境の街にて 〜 1983年11月12-15日

因みにアララト山を「拝んだ」のは聖書を信じているからでは全くなく, 自然を畏怖しているから。

前章の最終節にも載せたけれど(しつこい, 笑), この旅の中で。

ではでは, 今日はこれにて 了。

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