江戸の見世物はこんなに楽しい/バラエティー豊かなショービズの世界
「見世物」と聞いて思い浮かべるのは何でしょう。
蛇女やろくろ首のような怪しげでおどろおどろしいもの?
それとも、大きな板に血色の絵具を塗って「大イタチ」というようなイカサマな出し物?
それはそれで魅力的で私も興味津々ですが、江戸時代の「見世物」といえば、そればかりではありませんでした。
口で笑わせ腕で驚かせる大道芸から、大がかりなスペクタクルショー、馬上で芝居の所作などを演じる曲馬芸、高さ約8mもあったという大スケールの籠細工に、まるで生きているような肌艶も美しい人形が並ぶ展示などなど。
お江戸の見世物はこんなに楽しかったんだ!と、現代人もびっくり仰天のバラエティーあふれるショーがたくさん。
これらをすべて当時の人は「見世物」と呼んでいたのです。
江戸時代の見世物とは?


大河ドラマ「べらぼう」でも、第四話に両国の見世物小屋の話が少し出ていました。
そのときの放屁芸の花咲男の話はこちら。
江戸時代の見世物は放屁芸のような珍芸、物まね芸なども様々ありましたが、メインは、細工物や人形、からくり、異国から来た珍獣、そして軽業や曲独楽、手妻などの曲芸でした。
有名な興行地は、江戸なら浅草の奥山や、両国橋の東西、上野。京なら四条河原、大坂なら難波新地、名古屋なら大須など。大小の小屋がひしめき、人気がでればロングラン公演。宣伝も華やかに、幾種類もの錦絵が刷られます。
寺社の御開帳とも密接な関係があり、参拝の際は多くの人々がその周辺で行なわれる見世物を楽しみました。それは「見世物のついでに参拝する」と言われたほど。
現代も寺社でファッションショーが行われたり、寺フェスという音楽やグルメを楽しむイベントが開催されていたりしますが、江戸時代の寺社こそ老若男女が楽しみに集まる場所、お出かけスポットの第一位といっていいほどの「聖と俗」がごっちゃになった場所だったのです。
なぜ小屋掛けだったの?

江戸時代の見世物は、小屋掛けといわれる葦簀(よしず)張りの仮小屋で行われることが一般的でした。
大小問わず興行ごとに(基本は50日~60日)取り壊され、作り直されます。
人が多く集まる寺社の境内やその周辺の火除け地(火災時の避難場所となる空き地や広小路)に建てられたので、いつでも取り壊せるよう仮設の小屋である必要があったのです。
見世物の入場料はどのくらい?
札銭や木戸銭ともいい、安いものは八文。平均は十六文から十八文で、高いものは二十四文。非常に人気のあるもの(たとえば籠細工の関羽人形)は三十二文でした。
当時の蕎麦一杯が十六文なので、だいたいそのぐらいの金額(500円程度?)で楽しめたことになります。
さらに中銭といって、入場した後、追加でお金を払うものも。相当人気がある公演なら、それでも途中で帰る人はほぼいなかったそうです。
おわりに
私は江戸時代の見世物を知ってからすっかり魅了されてしまいました。
今は知る人もほとんどいない、幻の芸人たち。
女性の軽業師や曲馬師も大勢活躍していましたし、幕末には海外公演を果たした大人気の国民的スターもいます。
また見世物は町人ばかりでなく、武士も楽しんでいました。彼らが熱を入れて書き残した見世物の絵や記録のほうも、これまた大変おもしろく素晴らしい。またこれからも江戸の見世物について書いていきたいと思いますので、お楽しみに。
※江戸の見世物について続きを書きました。こちら ↓
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