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べらぼう23話『我こそは江戸一利者なり』|蔦重の日本橋進出への熱い決断!

大河べらぼう、23話『我こそは江戸一利者なり』。蔦重が吉原から日本橋進出を決意した回でした。吉原の親父連中に切った熱い啖呵、その決意のきっかけを感想・考察します!

◎22話、『小生、酒上不埒にて』の感想・考察はこちら恋川春町の復活と、一文字で情景が浮かぶ見事な『廓𦽳費字盡』についても詳しく紹介しています。

いよいよ、蔦重が世に打って出る前夜。俺には日の本一の仲間たちがいるんだと、少年漫画ばりの意気込みに胸を打たれました。もはやプロポーズか?と思うほどの歌麿の言葉もよかった。今回は蔦重が親父様たちに切った啖呵、その熱い想いのきっかけについて感想・考察していきましょう♪


蔦重の日本橋進出を決意させた3つのきっかけ

天明三年、蔦重の本屋・耕書堂の勢いはますます盛んに。蔦重が出した大田南畝の『万載狂歌集』が大ヒットとなり、元木網の狂歌指南本『浜のきさご』も大売れで狂歌ブームが巻き起こります。

恋川春町の『廓𦽳費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』や朋誠堂喜三二の『長生見度記(ながいきむだいき)』、さらにこの頃、歌麿が絵をつけた志水燕十の青本『啌多雁取帳(うそしっかりがんとりちょう)』(下記)も出しており、こちらも絶好調!

歌麿はのちに「大首絵(バストアップ)シリーズ」で有名になりますが、この黄表紙ですでに女性のアップを書いてるんですよね~(大人国に来た主人公が手のひらに乗せられているところ)。
奈蒔野馬乎人(志水燕十)作 、忍岡歌麿画『[啌多雁取帳]』,[蔦屋重三郎],[天明3(1783)]. 国立国会図書館デジタルコレクション

※そうそう青本がこの頃から黄表紙と呼ばれるようになったこと、理由は表紙が時間が経つにつれ青から黄色に変色するから…という話も、綾瀬はるかさん演じる九郎助稲荷が説明してくれてましたよね。

こうなると、蔦重は一躍時の人。今や蔦重はインフルエンサー兼ベンチャー企業の若手社長さながら。相撲見物に宴席に打ち合わせにとスケジュールに追われる売れっ子ぶりに、おりつが「呼び出し(高級遊女)並みだね」と呆れるほど。

これを苦虫を嚙み潰したような顔で見ているのが、蔦重の育ての親である駿河屋。しかも、今までの蔦重なら喜んで受けていたはずの吉原の贔屓筋からの仕事を、こんなこまごまとした摺り物はもう俺の仕事じゃないと言わんばかりに面倒な顔をするので、余計に腹が立つ。

『勘違いすんじゃねえ、吉原のおかげでここまで来れたんだろう』と蔦重を叱り飛ばします。確かに、売れっ子になった蔦重の言動は、調子に乗ってるようにも見えました。

しかも、田沼派の勘定組頭・土山宗次郎がこんな誘いをしてくる。

「買ってやろうか、店。日本橋にでも。そのほうが赤良の本ももっと売れようし」

さらに今まで市中の本屋・西村屋と手を組んで対立していた小泉忠五郎も、すっかり蔦重贔屓になって情報を流してくれます。

「鶴屋さんの向いの店、空くって噂だぜ。どうだい、ここらでいっそ吉原出て日本橋に打って出るってなあ、俺たちみたいな小店のやつがよ、面白れぇじゃないか」

しかし、蔦重はしばらく踏ん切りがつきませんでした。やはり蔦重にとっても生まれ育った吉原から離れるのは不安があったのでしょう。しかも日本橋に店を出すとなれば大きな金が動くし、今よりさらに失敗は許されなくなる。

それでも、ドラマの中の蔦重が最終的に腹をくくって吉原の親父様たちに啖呵を切ったのは、大きく3つのきっかけがあったからだと思いました。

<3つのきっかけ>

  1. 須原屋の説得

  2. 和泉屋の死

  3. 歌麿の言葉

一つずつ見ていきましょう。

1. 須原屋の説得

駿河屋が蔦重の育ての親なら、須原屋は蔦重のビジネスのメンター、第二の父親というところでしょうか。いつも蔦重の本屋としての悩みや苦しみを受け止め、進むべき道を示してくれていました。

今回も、その須原屋が「日本橋に出るということは大きなブランド、信用を手に入れるということである」と、蔦重に説明しました。蔦重が目下悩んでいる錦絵の販路についても、日本橋に出れば一発で方々のお国(江戸以外)へも出回ることになるんだぞ、と言います。

「お前さんはよ、今、江戸で一番面白ぇもんを作ってるわけだ。それを日の本津々浦々にまで流すことはこの日の本を豊かにすることじゃねえの?耕書堂って名には、そういう願いが込められてんじゃねえのかい」

『耕書堂』。日本橋に出ることは、その名をつけてくれた平賀源内の想いにも報いることだ、単なる個人の営利ではなくこの日本を豊かにするという意義深いことなのだ、そう須原屋から蔦重は説得されるのです。


2. 和泉屋の死

二つ目は、和泉屋三郎兵衛の死去。この人は、江戸の有力な干鰯魚〆粕魚油問屋の主人だったようですね。
▶文化三年刊『江戸独買物案内』に掲載された和泉屋

一話を見返すと、蔦重は幕府の許しを得ていない岡場所(深川や品川)を取り締まる「警動」をしてもらうにはどうすればいいかを考えていました。その最中に町の共同厠(トイレ)で平賀源内と出会い(この時はまだ源内とは気づいていませんが)、源内から「田沼様のところに行ってみるってのはどうか」と言われていましたね。覚えてます?

そこで蔦重が頼んだのが、花の井(後の瀬川)の馴染みであった和泉屋三郎。彼の荷物持ちとして田沼家に入り、見事田沼意次に面会を果たせたのでした。

この和泉屋の死は、蔦重にとって「自分はなぜ本屋をはじめることになったのか」という、初心に返るきっかけとなりました。

意次からかけられた「人を呼ぶ工夫が足りぬのではないか」という言葉に打たれて、とにもかくにも吉原のために何かやろうと走り出して今があること。源内や瀬川、吉原の人々が、一緒になって協力してくれたこと。今までの経験を思い出したことが、蔦重の背を大きく押したのだろうと思います。

3. 歌麿の言葉

そして、最後の一押しが、歌麿の言葉ですよ。
最初、歌麿は蔦重が日本橋に店を出すことに賛成してはいませんでした。

「蔦重は吉原にいるからちょいと恰好よしなんだよ。江戸一の利者が江戸のはずれの吉原にいる。それが粋に見えんだよ」

歌麿自身、今の吉原での忙しくともこぢんまりとした商いのほうが、性に合ってると思っていたのかもしれません。火事の後、焼け出された自分を受け入れてくれた吉原を、歌麿はこんな素晴らしいところはない、と言っていましたよね。

けれど、常に蔦重の側でその心の動きまで見ている歌麿は、蔦重が真剣に悩んでいることも気づいていた。そこで最終的にさりげなく蔦重にかけた言葉が温かい。

「行きなよ蔦重。何がどう転んだって、俺だけは隣にいっからさ」

なんという胸に刺さる言葉。今までずっと吉原という限られた地において濃密な関係性の中で暮らしてきた蔦重の、そこから出ることの不安を一瞬で振り払ってくれました。どこにいようが自分の隣にいてくれる仲間がいる、そのことがどれだけ心強いか、外へ飛び立つ勇気となったか。


上記の3つのきっかけが、蔦重の心の迷いを取り払い、江戸のはずれの吉原から、日本橋のど真ん中に店を構えようという決心をさせたのでしょう。

駿河屋の座敷で集まっていた吉原の親父連中に、「俺に日本橋に店を出させてください」と、頭を下げる蔦重。

親父連中は驚きます。当然ながら駿河屋に「べらぼうめ!」とつき落とされる階段の下。
ああ、たしかに、吉原から日本橋へ店を出すなんてべらぼうな夢です。しかし、今の蔦重は階段下に叩きつけられても諦めない。起き上がって階段を一歩一歩のぼりながら、自分の想いをぶちまけます。

「江戸のはずれの吉原もんが日本橋の真ん中に店張るんですぜ。そこで商いを切り回しゃ、もう誰にも蔑まれたりなんかしねぇ。それどころか見上げられまさね。吉原ってなあ、親もねぇ子を拾ってあそこまでにしてやんだって。俺みてぇな奴が成りあがりゃ、その証になりますぜ。それはこの町に育ててもらった拾い子の、一等でけぇ恩返しになりゃしませんかね」

奇しくも、和泉屋の葬式で屈辱的な思いをしていた吉原の親父たちは息を飲みます。「吉原もんとは同席したくない」という理不尽な差別を受けて、葬儀の間中、座敷ではなく庭のむしろの上で雨に打たれながら座り続けるしかなかった親父たち。このままではさらに吉原の中に閉じこもり、忸怩たる気持ちを仲間内でなだめあうしかなかった。

しかし、そんな「吉原者」の悔しさを、目の前の蔦重は晴らしてやりましょうという。吉原を見捨てていくのではなく、自分たち吉原もんの代表として天下の日本橋に打って出るのだと。

「失敗は許されないよ、勝ち目はあるのかい」と言うりつへ、蔦重は己の才能や技量をもって自信があるとは言いませんでした。

「俺には歌麿がいる。まあさんも春町先生も、赤良先生も、重政先生も政演も、太夫も、参和さん、燕十さん、近頃は政美もいる。俺の抱えは日の本一に決まってる」

そしてその奥には、源内や瀬川やそのほかたくさんの人たちの顔がある。自分はひとりではないから強い。日本一の仲間たちをもつ自分だから強いのだ。そう蔦重は言うのです。

「俺に足らないのは日本橋だけ。俺に賭けてくれませんか」

蔦重のこの熱い想いは、親父たちにもしっかり届いていましたよね。よかった、蔦重は何も変わっていなかった。吉原をなんとかして良くしたい、そんな想いでかけずりまわってきたころのあの想いのまま、吉原をバックにして、とうとう江戸一の商業エリアへ打って出ようということになりました。

ーーー蔦重、やるじゃねえか。

源内先生の声や、瀬川の笑い声が聞こえてきそうですね。


おわりに(ていと蔦重の恋の行方は?)

さて、そんな蔦重の店・耕書堂の移転先は、なんとあのバチバチのライバル関係にある鶴屋の店の前?
しかも、店を売ろうとしている本屋の娘・ていは、「吉原の耕書堂だけは、一万両積まれてもお避けいただきたく」と厳しい口調で鶴屋に依頼していました。

でもこのていさん、ゆくゆくは蔦重の奥さんになるという設定の方。いやいや、こんなハードモードな出会いで大丈夫?

大文字屋の蠱惑的な遊女・誰袖の手練手管に惑わされる松前藩主の弟・廣年もお気の毒。誰袖は吉原から抜け出したい一心なのだろうけれど、事があまりに大きすぎて、彼女の世間知らずさ(これは彼女のせいだけではありませんが)が怖くなるほど。

パリピの集まる狂歌会についていけない、ヤングケアラーの不遇な旗本・佐野政言もじわじわと不穏です。

蔦重の日本橋への熱い決意、あなたはどう思いましたか?
歌麿の心強い言葉、須原屋の導き、吉原への恩返し、あるいは初登場のていや誰袖の動きなど、感想や気になることをぜひコメントで教えてくださいね。

それではまた次回の記事でお会いしましょう~♪



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