非常の人非常に死す|蓬莱の希望【べらぼう16話考察】
平賀源内は一体どの時代ならその才を思う存分発揮できたのか? 考えてみる度に、どの時代もその才の速さには及ばないのではないではないかと思い、しょんぼりしています。
大河べらぼう16話、「さらば源内、見立は蓬莱」。
サブタイトルに悲しみも希望も込められていて、毎度ながらその巧みさに驚いてしまいますね。
今回は、ドラマの源内の死と、蔦重が発行した作者不明の黄表紙『伊達模様見立蓬莱』について書いていきたいと思います。
◎家基を毒殺した「死を呼ぶ手袋」がまたもや意次をそして源内を苦しめました。前回の松平武元と田沼意次の緊張走るやりとりについての感想・考察は下記の記事をどうぞ。
ああ非常の人、なんぞ非常に死するや
意次との絆が死へ向かわせたか。ドラマの源内
前回、家基を毒殺した「死の手袋」。その犯人を追究することは、田沼意次だけでなく、現在の将軍である家治の命をも危うくする…。
そのことに気づいた意次は、これ以上犠牲者を出してはならないと、平賀源内をも遠ざけようとして冷たくあしらいます。
源内にとっては、この手袋の犯人を捜しだすことこそ自らの起死回生のチャンスでした。この事件を見事解決してみせれば、「平賀源内」の有能さを改めて意次はもちろん世間に認めさせることができる、大手を振って蝦夷地の金山調査や、さらには露西亜(ロシア)との交易にも着手できる可能性が見えてくる。
本草学、地質学、蘭学…。画家や戯作者、人形浄瑠璃の劇作家などは余技とはいえ、様々な分野で非凡な才を発揮しながらも、そのどれも自らが願ったほどには大成しなかった。意次の理解を得ていてさえ、「自分の価値はこんなものではない」と思い続けていた。山師と世間で笑われるのを、世間が自分の才能を正当に評価できないせいだと呪った。
そのことが「エレキテルの失敗」をきっかけにして、「狐憑きか」と言われるほどに源内を狂気の淵へ追い詰めていく、という形で描かれていましたね。
だからこそ、「死の手袋」事件の真相を突き止めた段階で、源内は再び希望を見たことでしょう。自信を取り戻し、また大きな一歩を踏み出せる未来に胸を高鳴らせたことでしょう。
しかし、それはこれ以上の被害をとどめようとする意次によって阻まれた。
一度見た希望からの絶望。
そこへ、隙ができた。源内は(おそらくは一ツ橋治済の手の者によって)大麻か阿片か何らかの麻薬によって狂わされ、知らぬうちに人殺しにさせられてしまいました。竹光が血まみれの真剣に変わっていたのを見たときの、源内の驚きと怯え、放心。
何より、切れすぎるほどの明晰な頭脳を誇った自分の記憶や思考が信じられなくなることは、耐え難かったのではないかと思います。
牢内に田沼意次がやってきたところもよかったですね。本当は源内も意次が置かれている状況に気づいていた。意次が自分を切り離そうとした真意を。それが、書きかけの草稿に残っていました。
『近頃、お江戸に流れしは、死を呼ぶ手袋の噂。そこに目をつけたは稀代の悪党。だがその鬼畜の所業に気づいたる男がいた。その名も七つ星の龍。しかし悪党も大したもの。なんとその龍こそ人殺しに仕立て上げる。そこに現れたるは古き友なる源内軒。これより幕を開けたるはそんな二人の痛快なる敵討ち』(要約)
七つ星とは、田沼意次の紋である「七曜の紋」。そして意次の幼名は「龍助」。
まさかの意次と源内のバディ物だったとは。泣かせるねえ、源内先生。そのお話、最後まで読んでみたかったよ。自分の才能を見せつけるだけではない、意次をも世間の噂から守ってあげたかったんですね。
それなのに、その草稿を燃やしその火で焼いた薩摩芋をうまそうにほおばる一ツ橋治済。いやー、なんという腹の立つ悪党ぶりでしょうか…! 生田斗真さんうますぎる、芋だけに笑
しかし、その草稿がかえって意次に源内を見捨てざるをえない決断をさせることになるとは。「言うたではないか、源内。そなたのためにも忘れろと…」。
悔しそうにゆがむ田沼意次の顔。このドラマでの意次はいつも苦しそう。意次と源内の絆が誰よりも深すぎたがゆえに、共に明晰な頭脳で察することができる間柄だっただけに、誰にも真相は明かされないまま源内は葬り去られる。意次一人が憎まれる悪役となって。
皮肉なものです。
蔦重も「亡八!」とまで意次を罵ってましたが、本当に蔦重にとって「亡八!」と叫びたくなるのは、意次が去って松平定信政権下で出版統制が始まったときですよ…と思わず教えてあげたくなりますが、それは無理なお話でした。
平賀源内を愛した人々。史実の源内
本記事のタイトルにした「非常の人」とは、平賀源内の死後、杉田玄白がその死を悼んで書いた碑銘によります。
※実際にこの銘を刻んだ碑があったかどうかは不明だとか。
「ああ非常の人、非常の事を好み、行いこれ非常、何ぞ非常に死するや」
(ああ、好みも行いも人の常識から外れていた人よ、しかし死ぬときまで非常でなくともよかったではないか)
玄白の嘆きが響きます。
実際に、源内は多くの人から愛され慕われ師とも仰がれていました。
例えば、ドラマにも出てきた吉原マニアの「まあさん」こと朋誠堂喜三二、源内の付き人のように出ていた戯作者でもある平秩東作、そして今後登場するだろう狂歌の才人・大田南畝や朱楽菅江といった面々、そしてさらにその後進に至るまで、多くの文人たちが、源内の非常な才に打たれ、影響を受けています。
ドラマの最後で、書物問屋の須原屋が「源内さんの本を出し続けることで、平賀源内を生かしていこう」と言ったのは、本当に胸に沁みましたね。
まさに今も平賀源内の残した非凡な作品やアイデアは、私たちを驚かせ魅了し続けています。
『伊達模様見立蓬莱』とは?
烏亭焉馬と源内と蔦重と
さて、平賀源内と縁があった人物としては、今回登場した烏亭焉馬もその一人。
この人も大変面白い人で、大工の棟梁でありながら戯作もし、浄瑠璃作家もする。芝居も好きで、四代目鶴屋南北と合作までしている。さらに落語を自作自演して、江戸落語の中興の祖といわれる人物。
しかも見世物好きで、南無阿弥陀仏の六字名号が浮き出るという「名号牛」というものを作り、源内と一緒に見世物興行をしたというのです。
源内も屁っぴり芸の花咲男や、男根を模した棒で机を叩きながら講釈する深井志道軒など、面白い見世物が大好きですからきっと話が合ったんでしょうね。
ドラマでは、この烏亭焉馬が手掛ける芝居の中で吉原を取り上げたいから蔦重に吉原のことを詳しく教えてほしいと言い、蔦重はその引き換えに自分の本屋『耕書堂』の名前を出してほしいと頼んでいました。そして、それが最後のシーンで実現していましたね。
蔦重の本屋のことが芝居に出てくるというのは史実でもありました。安永九年(1780)の正月に初演された浄瑠璃『碁太平記白石噺』(紀上太郎、烏亭焉馬、容楊黛の合作)内のこと。
この浄瑠璃芝居は吉原を題材とし、当時実在した吉原の人々が登場します。その遊女や禿、そして吉原内の小間物屋とのやりとりに、「本重(ほんじゅう)」という呼び名が出てくる。これは当時の人ならすぐに、吉原の五十間道に見世を構えている本屋の重三郎=蔦重、であるとすぐにわかっただろうとのこと。
このころ、すでに蔦重の本屋が吉原名物として知られており、蔦重自身もすっかり有名人になっていた、というわけですね。
作者不詳の『伊達模様見立蓬莱』
さて、ドラマの最後に満開の桜に短冊がぶらさがっていたシーンがあったのを覚えておられますか?
あれは実際の舞台ではなく、ドラマ内で下記の再現をしたものと思われます。

これは『伊達模様見立蓬莱(だてもようみたてほうらい)』という黄表紙の最終ページ。何のページかというと、蔦重の本屋『耕書堂』の新刊告知ページです。現在も本の最後にこういうページがあると思いますが、この作品の告知ページはなかなかデザインがしゃれてますよね~。
左下の男は、背中に「富士型に喜」のマークがあり、これは当時の耕書堂のマークで、蔦重本人を指しています。蔦重が幕を開けると作り物の桜があり、そこに新版黄表紙の書名が短冊になって吊るされていると。そういう趣向です。
さらに、この作品、ドラマでは蔦重が喜三二に「大事な人と一緒に作った本」というようなことを言ってましたよね。お気づきのとおり、それは瀬川!
ハイハイ、皆さん、瀬川がどんなアイデアを出していたか、思い出してください。「検校は悪く描きたくない、検校は亀だよ、亀に導かれて竜宮城へ行って楽しんで帰ってくる話がいいよ」というようなことを言ってませんでした??
ハイ、この作品、亀でてます!


詳しくは私もまだ読んでないのでアレですが、竜宮城に亀がいる! まさにこれを脚本家の森下さんは、瀬川と蔦重と検校の物語に持っていったんだなあとこの作品を調べたときに鳥肌が立ちました。
しかも、これ実際に作者不詳の作品なんですよね。
ということはいくらでも想像の余地がある、ということで…。
今回のドラマ、マジで神ってます笑
※今は忙しくてちゃんと読み込めませんが、いずれ読みたいなあ。もし読んだらまたこちらで報告しますね!
終わりに
今回は平賀源内、さらに烏亭焉馬や、黄表紙『伊達模様見立蓬莱』について感想・考察、紹介しました。
思えば私も黄表紙の現代語訳の本を作っています。
詳しくは下記の記事へ。
須原屋さんが「源内さんの本を出し続けることで、源内さんを生かそう」と言っていたように、私も黄表紙を現代に紹介していくことで、江戸の戯作者たちのことを伝えていけたらいいなあと改めて思いました。微力ではありますがネ。
今回の16話のサブタイトルに私が震えたのは、「さらば源内、見立は蓬莱」が、源内は亡くなったけれど、蓬莱の不老不死の伝説のように、彼の才と心が蔦重や須原屋の手で永遠に生き続ける希望を表していると見たからでした。
源内ロスに泣いてる人、このサブタイトルに少し救われませんか?
さて、次回はドラマはお休みだそうですね。代わりに「ありがた山スペシャル」という特番があるそうなので、ほっと一息、役者さんのコメントや撮影の裏話などでなごみましょう。
源内先生への熱い思いやドラマの感想など、お気軽にコメントくださいね~。
それではまた次回の記事で~!
参考文献:「蔦屋重三郎」鈴木俊幸著(平凡社)
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