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大河べらぼう|『青楼美人』に閉じ込めた二人の夢【第十話】

大河ドラマ「べらぼう」。
第十話「『青楼美人』の見る夢は」が放送されました。

◎第九話の感想・考察はこちら ↓

毎回、あっという間に過ぎる濃密なドラマ。今回も印象的な場面を元に感想と考察を書いてみます。


大門を出ていく瀬川、残る蔦重

いや、もう瀬川が大門を出ていく際の演出、すごかったですよね。

シーンと静まり返った中、ゆっくりゆっくりと進む瀬川の下駄の音だけが響く。すれ違う二人、けれど決して互いを見ることなく振り返りもしない。そのことがなおさら二人の深い絆を象徴しているかのよう。

二人で見た夢の中に一生居続けると言った蔦重と、苦界から門をくぐって夢から覚めた瀬川。その手は別の男に添えられる。

途端、湧き上がる『青楼美人合姿鏡』の宣伝の声。その本には自分が書いた序文と瀬川の絵姿が載っている。二人の夢の証を蔦重は高く掲げるのだった……。

鳥肌が立つほど素晴らしい脚本と演出の妙。しかも、実際の『青楼美人合姿鏡』とうまくリンクしていて、まさに「虚実の被膜(事実と虚構の微妙な境界こそ芸術の真骨頂)」(by 近松門左衛門)となっているのです。


青楼美人に残る本を読む瀬川の姿

北尾重政・勝川春章「青楼美人合姿鏡 春夏」(国立国会図書館デジタルコレクション)

これが「青楼美人合姿鏡」ですが、よく見てみると右側の女性に「瀬かハ(瀬川)」とあります。さらによく見てみると…

アップ

その手にあるのは本! 
まさにドラマで蔦重から本を借りて読んでいた、小芝風花さんの瀬川そのままの姿ではありませんか。

またドラマで瀬川が
「最初で最後のわっちの姿、こんな風に描かれると楽しいことばかり思い出してしまうよ」
と言っていましたね。

写真がない当時、吉原から消えれば自分が吉原で暮らしていたことが泡のようにすべて消えてしまうような心持ちだったかもしれない。辛かったことも憎んだことも絶望したこともあったはずだけれど、それでもその中で笑いあったり慰め合ったりした朋輩(同僚)や、世話になった女将さんたちとの思い出も大切なものだったでしょう。なにより自分の人生だから。

そして蔦重と想いを確かめ合えたことも、この一冊の本に閉じ込められている。何度でもその頁を開けば、そこにあのときの自分がいる。蔦重から借りた本を読んでいる自分が…。

……などという想像に浸ってしまいました。

蔦重と瀬川との恋愛話はドラマの創作だと思いますが、こうして現実に残っている本の中に描かれている本を読む瀬川の姿と、ドラマがうまくはまっているのは本当に素晴らしい。

以前、研究者の先生が「小説から史実と虚構をきっちりと分けるのは実はとても難しいことだ」と仰っていましたが、さもありなんと思いました。

「青楼美人合姿鏡」とはどんな本?

今回は前回に引き続き、蔦重と瀬川の恋模様に重きが置かれていたので、本作りや本そのものの話はあまり出てきませんでしたね。

「青楼美人合姿鏡」は、遊女たちのオフの姿を描いたものですが、実は彼女たちの発句も巻末に掲載されています。
発句とは、上の句ということで、誰かが上の句を作ったら、誰かが下の句をつけるという遊び。

馴染み客がこの本を買って、いわゆる推しの遊女の上の句に、「こんな下の句をつけてみたよ」なんて話題にして楽しむということも想定されていたのでしょう。

瀬川の発句も見つけました◎

「青楼美人合姿鏡 員外」(国立国会図書館デジタルコレクション)

となりには松の井の句もありますね。松の井は、演じている久保田紗友さんの不機嫌っぷりや所作のかっこよさに、すっかりファンになってしまいました。

それから序文は蔦重が書いているのですが、ドラマの中の蔦重が書いたとはとても思えない(笑)達筆に驚きます…!

おわりに

今回は大河ドラマ「べらぼう」の第十回「『青楼美人』の見る夢は」の感想と考察でした。

個人的には勝川春章にもっと出てほしかったな~。なにせ春章は北斎の師匠。恋川春町も私淑した画工なので、ぜひもっと出演の機会があることを願っています。あ、北尾重政と二人で歩いていたところは、ウキウキしてしまいました。

さて、次回のタイトルは「富本、仁義の馬面」ということで、いよいよ富本節の正本がでてきますね。
蔦重の経営する耕書堂をがっちり支えた二大柱が、吉原細見と富本節の正本と言われてますから、楽しみにしていましょう。

◎毎週1~2回、大河べらぼうの感想や考察をつづっています。マガジン登録してぜひお楽しみください◎


それではまた~!

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