べらぼう20話|全員悪人?全てをめでたいに変える南畝が登場
登場人物全員悪人? 大河べらぼう20話、「寝惚けて候」について感想・考察していきます。
◎前回の19話、「鱗の置き土産」の感想・考察はこちら。鱗形屋との感動的な和解、そして恋川春町の「楠無益委記」についてなど詳しく紹介してますよ~。
さて、まずは今回の20話でXのトレンドに浮上までしたお江戸のシガール、またはお江戸のヨックモック。大田南畝(桐谷健太さん)への手土産として蔦重が持って行った、ロール状のナゾの贈答品が話題になっていました。皆さんはお気づきでしたでしょうか?
実はこれ、吉原の江戸町二丁目にあった竹村伊勢というお店が作っている「巻煎餅(まきせんべい)」なんです。
竹村伊勢については下記の記事で以前、偶然にも詳しく紹介していました。この記事が放送後にたくさんの方に読まれたようで、一晩で一気に30スキほど増えていてびっくり。スキしてくださった方、どうもありがとうございます。未読の方はよかったらぜひこちらもどうぞ♪
今回の大河、大道具や小道具、地口などあらゆるところに当時の江戸らしさが潜んでいて見逃せません。吉原で育ち、吉原の大門に店を構える蔦重。自店を褒めてくれた大事な先生にご挨拶に行く際に、吉原一の人気店のお菓子を手土産にするのはごく自然なことですよね。
今までここまで細やかな描写があった江戸ドラマがあったでしょうか。本当に毎回細部まで見逃せません、恐ろしいドラマだ(褒めてる)…!
登場人物全員ワル!本屋同士の仁義なき戦い
今回は、「蔦重、おぬしも悪よのう」と言いたくなるような策略が光る回でした。
磯田湖龍斎の絵で人気を博した「雛形若菜」。吉原の有名遊女を描き、ファッションブックにも例えられる同シリーズは、流行りの鳥居清長に画工を変えて、ますます版元・西村屋(西村まさ彦さん)の主力商品となっていました。
売り方は、「今大人気の清長の絵で推しの遊女の姿を描きますよ」というもの。いわば一流モデル雑誌に掲載されるようなものですから、隣に座った遊女も「わっちも描いてほしいでありんす」とねだる(西村屋に頼まれてもいるんでしょうね)。客はそれなら仕方ないなあと鼻の下を伸ばしてスポンサーになる。
こういう流れで高額の費用をたくさんの金持ちからせしめていたわけですが、途中からどんどんスポンサーが降りていってしまいます。これは一体どうしたことか。
実は西村屋の戦術を取り込んだ蔦重が、歌麿に「清長風」の絵を描かせ、半分の金額にして客に売り込んでいたのでした。しかもタイトルは「雛形若菜」と一文字違いの「雛形若葉」。
これってあり??笑
いやいや、著作権もない当時だからパクリもパクられもないわけですが、いくら江戸時代といえどもあまりにも無茶苦茶をやれば仲間内の信頼がなくなってしまって商売にも響くでしょう。
しかし、そこはもともと市中の本屋からはつまはじき状態の蔦重。しかも「雛形若菜」は西村屋の名で蔦重が苦心して出したものを、西村屋がしれっと全取りしてしまったという経緯がありました。
これぞ、復讐!と思いきや、なんとなんと蔦重はさらにその裏をかいていました。「雛形若菜」の件はいわばめくらまし。本丸は「吉原細見」。
西村屋が「雛形若菜」に気を取られている間に、吉原中が蔦重の味方となって西村屋に嘘の情報を教え、「吉原細見」を規定の七月に出版できなくさせてしまいます。
「細見は大事にしてくださいってお願いしたじゃないですか!」
吉原細見こそ最後の砦と危機感を持っている鶴屋(風間俊介さん)に怒鳴られても、まだピンと来ていない様子の西村屋。
結局、話題の青本(黄表紙)だけでなく細見まで蔦重の耕書堂から出るとなると、このまま蔦重の本を扱わないわけにはいかないという中小の本屋からの訴えを、大店である鶴屋や西村屋たちは飲まざるを得なくなります。つまり、蔦重の本が堂々と市中の本屋で売れるようになったのです。
お見事……ではありますが、いやいやいや、とても主人公のやり方とは思えませんね笑
そもそも、亡八と呼ばれる百戦錬磨の吉原の楼主たちを味方につけ、瀬川にも「お前だってわっちらの血を吸うヒルじゃないか」と責められながら、作家には吉原での豪遊をちらつかせて本屋になった蔦重。
正論を語るヒーローとして描かれがちな主人公像とは程遠い、限りなく黒に近いグレーな男。しかし、吉原が裏社会ならそれを生み出したのは表社会。蔦重を追いやろうとした市中の地本問屋も悪なら、それに対抗する蔦重の手段も狡猾になっていく。
主人公も含めて登場人物全員ワル、という、このべらぼうの描き方、嫌いじゃないですね。だいたい真っ白の人間なんているはずもない。今回の大河は戦がない時代といいますが、どうして江戸のお城の中でも市中でも、生き残るための切った張ったが日常ではありませんか。
とはいえ、鶴屋やほかの本屋にもそれぞれの正義はある、プライドもある。亡八に親近感を抱き、鱗形屋に泣かされたように、そのうちきっと鶴屋や西村屋のことも見直す場面がやってくるかもしれません。
そうそう、鶴屋がひょっこり顔をのぞかせた山東京伝(北尾政演/古川雄大さん)にこんなことを言っていましたね。
「政演先生、一つ本気で戯作をやってみませんか?」
さてさて、後の黄表紙の大家・山東京伝の出世作が、鶴屋の元で生まれようとしていますよ…。
大田南畝、登場!生きづらい世をめでたいに変える男
一方、今回初めて登場した、桐谷健太さん演じる狂歌の親分・大田南畝もとってもよかったですね。
やぶれ障子のボロ長屋に、赤子を抱いて現れた寝惚先生。蔦重とのやりとりで日焼けした畳までめでたいと詠じて、さっそくその非凡さを見せつけます。
さすが天明三年にめでた尽くしの「めでた百首夷歌」を出す南畝。←これもそのうち出てくるかも?

上記は「吾妻曲狂歌文庫」に描かれた四方赤良。つまり大田南畝です。ちなみに絵は山東京伝(北尾政演)、版元は蔦屋重三郎。
当時の作者はいくつもペンネームを持っているのが当たり前で、大田南畝も寝惚先生、四方赤良、蜀山人などの号を持っています。
ここに書かれた一首を見てみると「あなうなぎいづくの山のいもとせを…」
おっと、これ、ドラマにでてきてましたよね?
「鰻に寄する恋」って何??
南畝に誘われて狂歌の会へ出席した蔦重は、その面白さに一気に魅了されてしまいます。
当時、通人たちの間では、音曲や遊芸の「会」が流行していました。
ちなみに「会」は「かい」じゃなくて「けえ」と読むのが江戸っ子だそうで。
狂歌の会も流行が広がる中で、南畝や朱楽菅江(あけらかんこう)、元木網(もとのもくあみ)たちが門人集団を作り、さらにその中でも居住エリアや活動エリアごとに「連(れん)」を作って定期的に狂歌を詠み合っていたとか。
大真面目にバカバカしい歌を詠む、でもそのためには知識と教養が必要、というのがドラマで再現されていて、笑ってしまいましたね。「~に寄する恋」というのが和歌の題詠のパターンにあるそうで、石とか玉水とか…。
しかしさすが狂歌。「鰻」に寄する恋とは、そこから笑ってしまいます。
わが恋は鰻の見えぬ桶のうちの
ぬらぬらふらふら乾く間もなし
と詠んだ朱楽菅江に、本日の判者(判定人)である南畝が、
「ふらふらではなく、『むらむら』としてはいかがか」
「『むらむら』にございますか」
「うむ、鰻はやはり『むらむら』でありたい」
「では、むらむらで。ご指南かたじけのうございます」
もうどんなコント???
楽しすぎますね。ずっと見ていたい。
次郎兵衛義兄さんは、「お供のやかまし」なんていう名前がつけられるし、蔦重の歌は全然下手でばっさりだめだし。
あな鰻いづくの山のいもとせを
さかれてのちに身を焦がすとは
と蔦重に代わって南畝が詠み直したこの一首は、先ほどの「吾妻曲狂歌文庫」にあるように、実際に南畝の代表作です。
「あな憂(ああつらい)」と鰻をかけて「あな鰻」、山芋が鰻に化けるという諺から芋=「妹と背(恋人同士)の間を裂かれて」、そして鰻が背開きに身を裂かれたのちに炭火で焦げゆくように恋に身を焦がす、などと言葉遊びがはりめぐらされています。
ちなみに鰻の蒲焼は、江戸中期以降から関東でも醤油醸造が盛んになりだしたことで、甘め濃口のタレで焼く今にも続くスタイルが流行りました。黄表紙や浮世絵にもよく登場します。開き方も上方では腹を裂きますが、武士の多い江戸では切腹のイメージがあってよくないと背開きにした、と言われます。
また、「詩は李白、書は弘法に、狂歌おれ!」なんて言ってましたね。めちゃごきげんな自画自賛ソング。
これは実際には
「詩は詩佛、書は米庵(べいあん)に、狂歌おれ、芸者お勝に、料理八百善」
だと思うんですが、ドラマでは分かりやすく改変したのかもしれません。
会では南畝の即興で歌を繰り出す凄さだけでなく、「軽少ならん」という狂歌名の旗本・土山宗次郎(南畝のパトロン)が現れると、「いよ、お待ちしてました!軽少ならん様」と進んで持ち上げにいく下級武士の処世術のような部分も描かれていましたね。
だれもかも多面的な描き方がされるのが、このドラマの面白いところだなーとつくづく思います。
源内に認められた、秀才少年
「寝惚先生」の由来は、南畝が19歳のときに須原屋から刊行した「寝惚先生文集」。
南畝が作った狂詩(有名な漢詩をもじったもの)を見せられた平秩東作(ドラマでは木村 了さん)が、版元・須原屋を紹介し、さらに平賀源内に序文を書いてもらうよう手配したことが、南畝が世にでるきっかけとなります。
……いやちょっと待って。平秩東作、すごくない?
もちろん南畝の作品がそれだけ力があったということでしょうが。
その時の源内の序文(一部)がこちら。

源内は、「寝惚先生(南畝少年)は寝惚けているといってもよく世の中の本質をついている、共にたわけることができる同志である」と褒めています。
中でも特に有名なのが、赤線部分。
「馬鹿孤(ばかこ)ならず、必ず隣有り」
という一文です。
これは論語の「徳孤ならず、必ず隣有り(徳ある人は孤独にはならない、必ず理解し共鳴する人が現れる)」のもじり。
「馬鹿は一人にはならない、必ず仲間が現れる」
という意味です。
こんなこと、平賀源内大先生に言われたら泣いちゃいますよね。
「楽しくふざけることができる奴には、かならず理解者が現れるよ。俺もその一人だよ」
今をときめく大スターから贈られたこの言葉は、激しく南畝少年の胸を打ったことでしょう。
この源内→南畝の流れは、京伝にもつながっていきます。京伝の作を褒めて京伝を一躍人気作家にするのは南畝ですからね。
江戸時代はおおらかな時代、明るい太平の時代と言われがちですが、実際はそうでもありません。身分制度があるためにできることも限られ、火事や飢饉、地震など人災、天災も多い。現代と同じく、いやもっとままならない世界で当時の人も生きています。
その中で、ただ辛いしんどい夢がないというだけでなく、別の視点からこの世を楽しんでやろう、笑ってやろう、めでたくしてやろう、そんなムードを作り上げていたのが、この源内→南畝→京伝とその周辺作家たちだったといえるかもしれません。
私たちが見ている楽しいお江戸のイメージは、かつてそんな風に明るく楽しい世であればいいと願いながら、ままならない現実を生きた人たちの視点から来ているのかも。
だから私は、黄表紙や戯作が大好きなんですよね。
おわりに(次回はいよいよ屁ですよ屁)
以上、今回は仁義なき(?)本屋バトル、そして何でもめでたいに変える狂歌の親分・大田南畝について、ドラマと史実の両面から感想・考察しました。
ほかにも最近私がほっこりするのは、みんなが話しているところをそっと見て微笑む歌麿。ようやく自分の居場所、役割が見つかったようで、楽しく騒ぐ仲間を見ながら一人嬉しさを噛み締めている様子がかわいい……。
政治パートでは、一橋治済がくるくる回していたワイングラス。あんなクネクネ回さなくても…笑
あれはやはり傀儡人形と同じで、「俺の手の中で意次の心を揺らしてやろう、操ってやろう」という心の表れなのでしょうか。そして同じ葡萄酒をあおっていた高丘の姿も、やはり治済とつながっていることを暗示しているのでしょうか?
さて、次回はいよいよ「俺たちは屁だ~~!」ですよ、皆さん。あ、工藤平助も出てくるから今後は蝦夷周りが騒がしくなるのかな。
江戸はえ〜ど〜、
蝦夷もえ~ぞ~。
おあとがよろしいようで。
皆さんは、本屋バトルが気になりました?それとも狂歌にぐっと興味をひかれましたか?
お気軽にコメントで教えてくださいね。
それではまた次回の記事でお会いしましょう♪
▶︎参考文献/「江戸に狂歌の話咲かす 大田南畝」小林ふみ子著(株式会社KADOKAWA)
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