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光の屈折|【狸の短編小説】

 姉のイナは、整っていることが何より好きだった。埃ひとつない彼女の部屋は、まるでガラスケースの中みたいに静かだ。

当然、物が置かれる場所はきっちりと決められている。その秩序を体現した空間の中で、イナは小さな万華鏡を覗くのが好きだった。

筒をそっと回せば、色のついたガラスの粒が、息をのむほど美しい調和を見せてくれる。世界はこうでなくっちゃ。彼女はいつもそう思っていた。


 弟のルアの部屋は、まるで正反対。ツンとする絵の具の匂いがして、いろんな色が混じったパレットが転がり、描きかけの絵が壁にもたれかかっている。

この散らかり切った部屋が、イナには弟の心の迷いに見えた。だから、弟を助けてあげたい一心で、彼の部屋を片付ける。それが、姉である自分の役目であり、愛情だと信じていた。


 「ルア、またこんな色を使って。見てると気持ちが沈んじゃうよ

そう言ってイナは、ルアが描いた深い青と濁った紫がうずまく絵を、壁からそっと外した。

この子の才能は本物。でも、このままじゃだめ。もっと明るい光の中で、きれいに咲かせてあげなくちゃ。

あなたのために、新しい絵の具を買ってきたの。ほら、見て。すごくきれいでしょ

彼女が差し出したのは、純白と空色、若葉色に黄色。にごりのない、澄んだ色ばかりを集めたセットだった。

ルアは何も言わず、ただじっと姉の目を見ていた。その黒い瞳が、ほんの少しだけ揺れたのを、イナは気づいていない。


 それから、ルアはあまり絵を描かなくなった。部屋にひきこもることが多くなり、彼の世界の扉はかたく閉じてしまったみたいだ。

イナは、その状況を前向きに捉えていた。新しい自分に生まれ変わるための痛みなんだと、そう信じてやまなかった。

心が古く暗い色に、しがみついて、新しい光を怖がっているんだ。だから、もっと強く背中を押してあげなくちゃいけない。


 雨が降る日、イナは弟の古い絵をぜんぶ部屋から運び出していた。弟が見ている前で、一枚、また一枚と破いていく。

絵の具の叫び声みたいな色が、彼女の白い指先で、あっけなく紙くずになっていった。

これでいいの。古い殻を自分で破れないなら、私が壊してあげる。あなたのためなんだから

そう話したイナの顔は、とても静かで、優しさに満ちていた。ルアは、ただ黙ってそれを見ているだけだった。床に散らかった色の破片が、彼の視界でゆっくりと滲んでいった。


 翌朝、ルアはいなくなっていた。

静まり返った弟の部屋は、イナが望んだとおり、きれいに片付いている。ただ、机の真ん中に一枚だけ、新しい画用紙が置かれていた。彼が最後に描いた絵。

描かれていたのは、粉々に砕け散った万華鏡。イナがプレゼントした明るい色だけを使って、数えきれないほどのガラスの破片が飛び散っている。

光を映すはずの鏡には、ひびが入り、美しい模様はどこにもない。模様があったはずの中心は、ただどこまでも暗い、ポッカリとした穴として描かれている。

開いたままの窓から風が吹き込み、画用紙の端を小さく揺らしている。イナは、その絵の前で立ち尽くすことしかできなかった。

ずっと信じてきたまっすぐな光が、部屋の隅々に、見たこともないほど濃い影を作っていることに、彼女はようやく気づいたのだった。



 ずっとスマホでの読みやすさに拘ってきたのですが、よくよく見返してみると、そこまで読みやすい感じがしないのです。

なので、一旦その拘りを捨ててみることにしました。いちいち、空白とか入れるの面倒ですし、やらなくて良いと思えば気が楽です。


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