残響する部屋|【狸の掌編】
古びた安アパートの一室。
荷解きもまだ終わらぬ部屋の隅に、
それは埃を被って忘れられたようにあった。
古い留守番電話だ。
再生ボタンに指を触れると、
テープの軋む音に続いて、
幼い少女の声が微かに流れ出した。
「パパ、まだ? ハンバーグさめちゃうよ」
日付は、奇しくも十年前の今日。
テープが止まり、静寂が戻る。
それでも、部屋の空気に溶け込んだかのように、
その声はいつまでも耳の奥で反響し続けた。
ふと、足元の床に目をやった。
そこには黒ずんだ古い染みが、
まるで拭いきれない記憶のようにこびりついている。ただの汚れではない。
凝視するうち、その染みの輪郭が徐々に、
うずくまる幼い少女の姿を浮かび上がらせる。
十年前の悲劇を
無言のうちに物語っているかのように。
『パパは、帰ってこなかったの』
不意に、脳裏に直接響く声。
留守番電話の幼い声ではなく、
もっと近く、あの染みから滲み出してくるような、
静かな確信に満ちた声だった。
染みは、もはや形を変えるでもなく、
ただそこに在るだけで、
冷え切ったハンバーグの皿と、
その傍らで永遠に待ち続ける小さな影を、
私の脳裏に焼き付けた。
この部屋全体が十年前の少女の絶望を、
その内に深く抱え込んでいるかのようだった。
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