境界線のカフェ|【狸の掌編】
午後のカフェ、窓際の席。
彼は今日も同じ時間に現れ、
ブラックコーヒーを二つ注文する。
空いている隣の席に、慈しむように微笑みかけた。
「やあ、待たせたね」
新人店員が訝しげに見る横で、
ベテラン店長は心得たように、
二つのカップを彼の前に置いた。
伝票はいつも通り一つだけ。
彼が腰を下ろすと、
隣の空席が微かに軋み、
ふわりとフローラルな香りが漂う。
まるで、そこに「彼女」が座り、
彼に応えるかのように。
彼にしか見えない、
彼にしか感じられない確かな気配。
「今日は、君の好きな金木犀を見に行こうか。
きっと綺麗に咲いている」
彼はそう囁き、隣のカップにそっと手を添える。
店長はカウンターの奥から、
その光景を静かに見守る。
あの席は、
彼が初めて「彼女」とこのカフェを訪れた日から、
ずっと彼らの指定席だった。
彼は毎日、見えない「彼女」を
あの「覚えている席」へといざない続ける。
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