見出し画像

境界線のカフェ|【狸の掌編】

午後のカフェ、窓際の席。

彼は今日も同じ時間に現れ、
ブラックコーヒーを二つ注文する。
空いている隣の席に、慈しむように微笑みかけた。

「やあ、待たせたね」

新人店員が訝しげに見る横で、
ベテラン店長は心得たように、
二つのカップを彼の前に置いた。
伝票はいつも通り一つだけ。

彼が腰を下ろすと、
隣の空席が微かに軋み、
ふわりとフローラルな香りが漂う。

まるで、そこに「彼女」が座り、
彼に応えるかのように。
彼にしか見えない、
彼にしか感じられない確かな気配。

「今日は、君の好きな金木犀を見に行こうか。
            きっと綺麗に咲いている」

彼はそう囁き、隣のカップにそっと手を添える。

店長はカウンターの奥から、
その光景を静かに見守る。

あの席は、
彼が初めて「彼女」とこのカフェを訪れた日から、
ずっと彼らの指定席だった。

彼は毎日、見えない「彼女」を
あの「覚えている席」へといざない続ける。


こちらも是非 ⬆️

読んでくれてありがとう❤️

#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門 #狸

いいなと思ったら応援しよう!