太陽の涙|【狸の掌編】
夕食の匂いが消えたリビングで、
息子は床に広げた画用紙に没頭していた。
妻はソファから、その小さな背中を見つめている。
クレヨンの箱から彼が掴み取ったのは、
またしてもあの赤。
他の色はほとんど手つかずのまま、
赤いクレヨンだけが日に日に短くなっていく。
「ねえ、太陽さんは、どうしていつも赤いの?」
以前、何気なく尋ねたことがある。
息子はきょとんとして、
「だって、太陽さんは心配しているから」と答える。
「何を?」
と問うと、ただ黙って首を振るだけだった。
今、彼の手の中で、
赤いクレヨンが画用紙を塗りつぶしていく。
やがて描き上がったのは、
やはり巨大で歪な、血のような太陽。
だが、今日の太陽はいつもと少し違った。
その赤い円の中心に、ぽつんと、
黒い涙のような点が描かれている。
まるで、巨大な赤い目が、
何かを憂い、静かに涙をこぼしているようだ。
「太陽さん、泣いてるの?」
妻が思わず呟くと、
息子はこくりと頷き、小さな声で言った。
「うん。パパが、まだ帰ってこないから」
長期出張中の夫。
その言葉に、
妻は背筋に冷たいものが走るのを感じる。
この子は、一体何を見ているのだろう。
画用紙の上の「心配する太陽」は、
まるで世界の終焉を予感しているかのように、
不気味なほど赤く、そして悲しげだった。
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