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空白の盗難|【狸の短編小説】

完璧主義な私は、
何よりも「秩序」を愛していた。

日々のルーティン、部屋の配置、
そして二重ロックされた玄関の鍵。

すべてが緻密に管理される。

まさしく「完璧」と呼べる
セキュリティ意識の持ち主だったはずだ。

しかし、その夜、
帰宅した私を待ち受けていた光景は、
白昼夢ような戦慄を呼ぶものだった。

***

鍵をポケットから取り出し、
いつものように二重ロックの鍵穴に差し込む。

カチリ、と回るはずの鍵が、
なぜか抵抗なくスッ、と入る。

おかしい。

二重ロックの片方がなぜか、かかっていない。
ドアノブを回すと、軽い音を立てて開いた。

ドアは微かに隙間を作る。
そこから内部の冷たい空気が、
何者かの呼吸のように、静かに漏れ出している。

背筋に悪寒が走る。

泥棒か?

いや、まさか私が閉め忘れた?

「……」

乾いた音が喉の奥で鳴る。

震える手でドアを押すと、
重い音を立てて観音開きになる。

リビングへ足を踏み入れると、
まず目に入ったのは、整頓されていたはずの棚。

引き出しが完全に
開け放たれたままになっている惨状。
中の書類や小物が散乱している。

ソファのクッションはひっくり返され、
テーブルの上のリモコンは床に落ちている。

最も目を奪われたのは、
床にまばらに散らばった白い粉。

まるで「犯人の足跡」のように点々と、
キッチンからリビングの方向へと続いている。

「これは、何かの証拠隠滅か?
 それとも、犯人の異常性を示すマーキングか?」

震えを抑えながら、
盗まれたものの確認に取り掛かかる。

財布、キャッシュカード、通帳、
貴金属類、ブランドバック。

どれもこれも、全て定位置に、無傷で残っている。

美術品や骨董品なども飾られたまま。

「おかしい。
 これだけ荒らして、何も盗らないなんて。」


「特定の物を探していた?」

「私に対するメッセージ?」

あらゆる可能性が頭を巡るが、
どれも決め手に欠ける。

キッチンに入ると、食器棚の扉が半開き。
棚の中からは、片栗粉の袋が破れて飛び出し、
中身が半分以上も散らばっている。

「まさか、食べるものを漁っていた?」

「でも、なぜ片栗粉?」

混乱の極みに達する。
米やパン、肉ならばまだしも、
片栗粉など、そのまま食べられるものではない。

改めて床に視線を落とす。
片栗粉の中には、細長い線状の痕跡や、
小さな「ひっかき傷」のようなものが見られる。

「犯人が何か道具を使った痕跡か、
 あるいは慌てて物色した跡?」


ソファの布地には、
ごく微細な「」のようなものが付着している。

「犯人の衣服の繊維?」

壁の一部には、
奇妙な「擦れたような跡」が残されている。

「犯人が何か大型のものを持ち出そうとした?
 しかし、何かを盗まれたとは思えない」


更なる矛盾が私を苛む。

「これは何?なぜ何も盗らないの?」

この異常な状況が、
私の探求心を異常なまでに刺激する。

何か重要なものを見落としているに違いない。
盗られていないにもかかわらず、
その確信だけが強かった。

私は、文字通り家中を這いつくばって調べ始める。

床に散らばった片栗粉の
わずかな跡すら見逃すまいと、
目と鼻の先で観察する。

ベッドの下を覗き込む。

そこには、普段使わないはずの古いCDや、
紛失したはずのUSBメモリが、
片栗粉まみれで転がっている。

クローゼットの奥を漁る。

靴下やタオルが何枚も、
奇妙な塊になって片隅に転がっている。

これらの不可解な荒らされ方は、
従来の「泥棒」という犯人像から、かけ離れていた。

「プロではない。
 何か変わった目的を持つ者の犯行」


最後の可能性を求め、
最も片栗粉が散乱しているキッチンに戻る。

破れた片栗粉の袋の残骸。

そこには、複数の「爪痕」と、
かすかな「歯形」のようなものが見えた。

まさか。

その時、視線が、
食器棚の奥の暗がりに吸い寄せられる。

わずかに光る二つの点滅するLEDライト。
紛失したはずのレーザーポインター。

すぐ傍に、犯人が残したと思われる
片栗粉の跡」が、連続して残されている。

跡は、棚の下から、
ダイニングテーブルをグルっと回り、
ソファを乗り越え、リビングの窓際、
最も日当たりの良い場所へと繋がっていた。

その瞬間、
フワリ、とどこからともなく犯人は現れる。
まるで探偵の推理を待っていたかのように。

口元には片栗粉が、わずかに付着している。

犯人は顔をチラリと見上げ、
やれやれ、やっと気づいたか
とでも言うかのように、自分の鼻をひと掻きする。

そして、そのまま悠然と、
片栗粉の海を横切り、
日当たりの良い場所で丸くなる。

何もなかったかのように静かに目を閉じて、
微かな寝息を立て始めた。

完璧な「知らんぷり」。

やっぱり、お前だったか

犯人は、私が作り上げる秩序を唯一乱す存在。

それでも君を非難したりはしない。
なぜなら、君を愛しているから。
この秩序以上に。



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#片想い文芸部
#片栗粉文芸部


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