聖者のサイレン|【狸の短編小説】
第一話:嘲笑の残響室
壁に投影されたPVランキングの冷たい光。
臥見藍の顔が青白く照らし出される。
数字は無慈悲だ。
彼女の記事は、ランキングの下層に沈んだまま。
浮上する気配すらない。
無機質なグラフを背に、
上司の苛立ちを含んだ声が突き刺さる。
「臥見、またPV伸びてないぞ。
社会派気取りの真面目な記事なんて
誰も読まないんだよ」
「俺だって若い頃は、
お前みたいに青臭い理想を信じてたさ。
でもな、現実を見ろ」
「読者が食いつくのは『叩ける悪役』だ。
お前の小難しい理屈は邪魔でしかないんだよ。
…で、次のネタはどうなってんだ?」
上司の言葉は、正論という名の凶器。
正しくて、痛くて、辛い。
唇を噛みしめ、晒し台から目を逸らす。
かつて、自分も「悪役」を仕立て上げ、
読者の感情を煽ることに長けていた。
その才能が、一人の人間を壊した。
あの日以来、自分の武器を封印している。
「…はい。例の、叫ぶだけのパフォーマーの件で、
今日取材の予定です」
かろうじて絞り出した声は、
自分でも驚くほどか細かった。
「ああ、『沈黙のパフォーマー』だっけ?
ゲテモノだな」
「まあ、適当に面白おかしくいじって、
そこそこPV取ってこいよ」
投げやりな許可に、無言で頭を下げる。
面白おかしく、いじる。
それは、最も忌み嫌う行為。
だが、お荷物ライターの自分に、
反論する資格などない。
プライドはとうに失墜している。
残っているのは自己嫌悪と、
業界への漠然とした反発心だけ。
重い足取りで自席に戻り、
折りたたまれた画面を開く。
『沈黙のパフォーマー』
浮かび上がるのは、嘲笑に満ちた言葉の羅列。
上司が喜んで切り貼りしそうなものばかり。
『意味不明で笑える』『現代アートの迷走』
『カルト的な人気を誇る見世物小屋』
どれも「可哀想で滑稽なゲテモノ」
として消費している。
吐き気を覚え閉じようした、その瞬間。
『彼の沈黙は、SOSだ。』
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
無意識に動く指。
『あれはアートではない。
嘲笑という名の暴力に耐える、
生身の人間の悲鳴だ。』
『なぜ誰も気づかない。
あの単調な叫び声に隠された、必死の信号を。
舞台袖で見下ろす、冷酷な支配者の存在を。
あれは、助けを求める救難信号だ。』
ーー支配者。
ーーSOS。
これは、贖罪の機会なのか。
それとも、千載一遇のチャンスなのか。
コートを掴んで席を立つ。
「今度こそ、間違えない」
その呟きは、誰にも聞こえない。
だが、彼女の魂が再び目覚めようとする、
確かな産声である。
続きはtalesで⬇️(※書かない可能性もあります)
■ 人物紹介
臥見 藍(ふしみ あい):
PV至上主義のウェブメディアに所属するライター。 緻密な調査能力ではなく、断片的な情報を繋ぎ合わせ、読者の感情を揺さぶる扇動的な物語を構築するストーリーテリング能力に長ける。 過去の炎上経験から自己嫌悪に陥り、読者の感情を扇動する才能を封印。結果、PVが取れない「お荷物ライター」として扱われ、職業的なプライドも失墜している。
アベル:
カルト的人気を誇るパフォーマー。 パフォーマンス内容は、ただひたすら「あー」と叫び続けること。
嘉亥 正義 (かい まさよし):
アベルのプロデューサー兼マネージャー。 元々は志の高い社会起業家。途上国支援のフェアトレード事業を手掛けるも、メディアの一時的な同情と大衆の気まぐれな善意に振り回されて事業が失敗。結果的に現地の人々をより苦しませてしまった。この経験から「外部からの無責任な善意こそが最も残酷な暴力である」という信念を持つ。

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