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全てのものに感謝を捧げて|【狸の短編小説】

 磨き上げた窓ガラスを通り抜ける朝日が、床に長い影を落としている。素敵な一日の始まりにまず一言、ありがとう。

沸騰したてのお湯が円を描きながら、粉の上に注がれる。膨らむ粉と立ち上る香りに一言、ありがとう。

ベランダで栽培しているオリーブの葉を揺らす風に、遠くで鳴く鳥の声に、そしてこの静かな一杯の時間すべてに、ありがとう。

私の世界は、たくさんの感謝で満ち満ちている。


 午後は、いつもの喫茶店の窓際で過ごす。通りの向こうの看板には、喝采を浴びる俳優の顔。たった一つだけの彼のための席。

その一つのために、どれだけ多くの人が舞台に上がることさえ夢見ずに、客席を埋める役割を選んだのだろう。

光の当たる場所の数は常に決まっている。誰かが日陰を引き受けてくれるから、私はこうして陽の差す席に座れる。舞台に上がらなかった無数の人々へ、ありがとう。

店内の画面が、外国の地震の映像を映し出している。無機質な数字が、失われた命の数を告げていた。

私はただ、自分の紅茶の表面に映る光の輪を見つめている。世界という大きな器の中で、不幸の総量もまた、定められているのかもしれない。

誰かがその杯を飲み干してくれるから、私の今日の杯は、甘い紅茶で満たされている。私の代わりに、その役を担ってくれた見知らぬ魂たちへ、ありがとう。


 帰宅途中、考え事に気を取られ、足がふらりと車道へ踏み出した。視界の端で、巨大な鉄の塊が迫っている。時間が引き伸ばされていくその瞬間、強い力で肩を押された。

敷石に膝をつく痛みと同時に、背後で軋むような音がする。振り返る必要はない。周囲の悲鳴が全てを教えてくれるから。

私はゆっくりと立ち上がり、破れた衣服の埃を払う。私のための席が、一つ空いている。私を生かすための役割がたった今、果たされた。

かつて人であったもの。それに向かって、私は静かに頭を下げた。今までのどの言葉よりも深く、澄み切った声で。

ありがとう




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