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七歩と三打|【狸の短編小説】

 光の帯に、埃の微粒がフワリと踊る店内。

棚の奥、煤けたガラスのドームが鈍い光を反射していた。

中に収まっているのは柔らかな真鍮の器械。
文字盤も針もなく、ただ中央が浅く窪んでいる。

目を拒むインクが、近くの値札に『雨刻計うこっけい』と記していた。

店主は茶色い歯を見せて、何も言わずにそれを布で拭う。

私は代金を払い、静かな重みを受け取った。


 窓辺に置かれて、天から降り注ぐ光に照らされたそれは、ただ放置された現実を語っているだけだけだった。

やがて、空が灰色に沈んで、アスファルトを叩く音が部屋を満たし始めると、雨刻計のガラスの内側がじんわりと曇る。

遂に音を奏でたと感心したが、発信源は時計ではない。

部屋の空気全体が一斉に震えている。

階段を駆け上がる七つの足音。
間を置いて、ドアを叩く三つの重い打撃音。

音はそれきり消えて、あとは雨音だけが残った。

 雨が降るたびに、時計は同じ音を再生する。

私は椅子を引き寄せ、その音を待つようになった。

七歩の足音と三回の打撃。
誰かの焦燥が、私の部屋の定位置になった。


 その夜は、土砂降りの雨だった。

終電を失ってホームに立ち尽くし、雨に打たれながらアパートへ走った。

錆びた鉄の階段を、息を切らして駆け上がる。
一段飛ばしで七歩。

自室のドアの前で、濡れた手がポケットを探る。

何もない。

鍵は失くした鞄の中。
空虚なポケットの感触に手が震える。

助けを求めるようにドアを叩いた。

ドン。

瞬間、部屋の中から同じ音が返ってきた。

もう一度叩く。

ドン。

部屋の中からも、二つ目の打撃音が響く。

三度目の手を振り上げたまま、私は凍りついた。

私の意志とは無関係に、部屋の中から最後の打撃音がくぐもって聞こえる。

私は三つ目の打撃音を生み出すほかなかった。

ドン。

余韻を洗い流す雨音が、私の演奏時間の終わりを告げていた。


以前書いたものをブラッシュアップしてみました⬇️


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