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こだまする壁|【狸の短編小説】

 荷解きの終わらない段ボール箱が、部屋の隅に明日の言い訳を積んでいる。

隣室とを隔てる一枚の壁には、形を失った誰かの余熱が沈む黒い染み。

私はこれから、この暗い跡と暮らす。
ガランとしたこの空間には、その事実だけが横たわっていた。

 夜、ベッドに入ると壁の向こうから、その音は聞こえてきた。

トントン。

乾いた、控えめな二つの音に耳を澄ます。

しばらくの呼吸を躊躇う時間の後、同じ音は繰り返される。

すぐさま身体を起こし、壁に指先を近づける。

冷たい壁紙の感触へ応えるように、私は指の関節で二度叩いた。

すると、間を置いて、壁は二度小さく応えてくれた。


 壁と意思疎通を図ってからというもの、音は日常に溶け込んでいった。

朝、目覚める頃に二度。
夜、部屋の明かりを消すと三度。

規則正しい音の往復が、部屋の静けさを区切るようになる。

気がついた頃には、私が染みを見つめる時間は一日の半分以上を占めていた。

 大雨の夜、窓を打つ雨音に混じって、壁の染みはいつもより黒く、その輪郭を床へと滲ませていた。

壁の向こうから聞こえる音は不規則に途切れて、何か湿り気を帯びている。

私はベッドから出て、壁にそっと耳を押し当てた。

だが、壁はピタリと音を止め、息を潜めてしまった。

朝も夜も、音はしない。

壁に注意が持っていかれて、食事は味がしなくなり、眠りは浅くなる。

何度も壁に手を当てたが、そこにはただ冷たい音の断絶があるだけだった。


 一週間が過ぎた夜、私は耐えられなくなり壁の染みに向かって、縋るように両手を触れた。

しかし、返ってくるはずの反発はなく、指先は壁に沈んでいく。

冷たい水に腕を差し入れる感触に、抵抗はなくただ引き込まれていく。

染みは徐々に腕に絡みついて、私の身体を壁の中へと溶かしていった。

視界が黒く塗り潰されて、次に目を開けた時、私はそこにいた。

かつて私の部屋だったその空間が目の前に広がっていて、身体は動かせない。

やがて玄関のドアが軋んで、新しい住人が入ってきた。

部屋を見回すその視線が、壁の染みで止まった。

声を呑んだ空間に、乾いた音が二つ響く。

トントン。


以前書いたものをブラッシュアップしてみました⬇️


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