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問題は、『夫が育児を手伝えないこと』ではなかった…⁉︎



――夫は忙しくて育児を手伝えない。
そう言えば、多くの人が
「それは大変ね」と言ってくれました。
でも私にとって、
おそらく問題はそこではありませんでした。


「夫の不在」は、早々に受け入れられたつもり


夫が激務であることは、結婚前から聞いていました。
当直、学会、緊急呼び出し、手術。
予定はよく変わり、週末もほとんど家にいません。


想像以上の忙しさに最初は驚きました。
それでも夫のストレスを少しでも減らそうと、
夜中の帰宅にも食事を用意し、
話を聞くようにしていました。

まるで“深夜営業のスナックのママ”のような気分で。


だから、忙しい夫が
“育児を手伝えないこと”そのものは、
意外と早く受け入れられたのです。



赤ちゃんと二人きりの生活は思ったより楽しく、
静かな時間の中は驚きと発見に満ちていて、幸せを感じることができました。


「私はこれ、けっこう大丈夫かも」――そう思っていました。

……ひとり目のときは。



「帰宅する夫」への戸惑い

「理解できない働き方」への違和感

そして「家族で過ごせない寂しさ」


つらかったのは、
“不在”ではなく“帰宅”でした。


私は夫と話したいし、早く帰って来てほしい。
けれど、連日の激務で帰宅時には心も体もすり減っています。

無言でソファに沈み込む日もあれば、
「ちょっと聞いて」と長い話になる夜もありました。

夜中の赤ちゃんの泣き声にはピクリとも反応しないのに、
携帯電話が鳴れば飛び起きて病院へ向かう。



帰宅時には見ていられないほど疲れていました。
夫が求めていたのは、家族との時間よりも、まずは「休息」と「自身のケア」


“行き倒れの旅人”を介抱するような気持ちで夫を迎えていた日々。
夫には「帰れない夜」「ボロボロになって帰ってくる夜」しかありませんでした。




もう一つは、その働き方そのものです。
夫は「人の命を預かるこの仕事を選んだ以上、当然のことだ」と言いました。
でも私には、こんな働き方を受け入れている思考がどこかおかしく思えたのです。


夫はトイレの便座に座った途端、寝落ちしてしまい、
「どこに行ってた!」と先輩医師に怒られた日もあると話してくれました。
そんな寝不足の人たちで回っている現場で、判断ミスは起きないの?


結婚前に私が働いていた企業も大変な職場だと思っていましたが、それどころではありませんでした。

(ちなみにこの頃の大学病院からの給与は、想像をはるかに下回るものでした)



夫の周囲は皆『そんなものだ』と受け入れていて、私だけがアウェイ。
過労死が心をよぎる、理不尽とも思えるその働き方への怒りを、
どこに向ければいいのかわかりませんでした。




そしてもう一つの苦しさ――
「家族で過ごせない寂しさ」です。

こんなに可愛い
“今しかないこの瞬間”
本当に逃していいの?


母の手伝いと、“残された宿題“


出産前後には、母が手伝いに来てくれました。
仕事の都合をつけて飛行機を予約した母に、
「予定日通りに産める?」と何度も確認されました(笑)


母は、激務の夫と産後の私を気遣い、家事をすべて引き受けてくれました。
滞在中は丁寧な和食をたくさん作り、
母の作る夫のお弁当は、私のものより明らかにグレードが高かった……(笑)


美味しい作り置きまでして帰ってくれて、本当にありがたかったのですが、
その“ていねいな暮らし”を私が引き継ぐことになってしまいました。


赤ちゃんのお世話をしながらお客様(=夫)を迎える形になり、
子どもが増えるたびに、その負担は大きくなっていきました。


「やりすぎなんですよ、お母さん。」
今思えば、あれはちょっと失敗でした。

娘を持つ全ての母へ伝えたい

娘のお産のとき、赤ちゃんのお世話はいいのだけれど――
義理の息子さんへの“お世話の焼きすぎ“には要注意。

娘が後々、苦労します!

手伝いすぎず、見守る勇気を持ちましょう(笑)

―― Aco



取り戻せない時間と、いま思うこと



こうして必死に“理想の家庭”を維持しようとしていた私でしたが、
子どもが3人になった頃には、さすがに息切れしてしまいました。


夫のストレスや疲労は、いつしか私にも伝染していった気がします。
大きなプレッシャーを抱える夫の、気分の浮き沈み。
一緒に過ごすことさえ、気を張る日々が続きました。

強い緊張や疲労を抱えた人のそばにいるのは、想像以上に苦しいもの。
どうしても、その“余波”を受けてしまうのです。


休日の楽しそうな家族連れを見て、つらく感じる日もありました。


でも今振り返れば、夫もまた、
家族と過ごすかけがえのない時間の多くを失っていたのだと思います。


誰のせいでもない
……でもやってられない



――誰かの自己犠牲によって維持されていた医療の現場。
慢性的な人手不足。
患者さんやご家族の苦悩。



そんな話ばかりを聞いて……
そこでワガママを言えば、
私は“ひとでなし”確定です(涙)


「家族のためにも時間を使ってほしい」と言えない。
「誰が悪い」と言うこともできない。
それでも、やってられない。


「どうすればよかったのか」
今も答えは見つかりません。



「家族のかたち」とは何か


家族のかたちは、きっとその数だけあるのだと思います。
夫婦のかたちもそうでしょう。


結婚生活24年。
いまの私にとって“夫婦”は、
「支え合うもの」から、
「お互いが自分を取り戻せる場所」になりました。


かつての私たちは、
家族のためにと頑張るあまり、
自分をすり減らしていました。


私はあのとき見失っていた「自分の人生」を、
不動産投資や賃貸経営という新たな役割りを通して、
少しずつ取り戻していったのだと思います。



夫はよく言います。
「あの頃は大変だったけど、
あの時に比べたら、今の働き方なんて大変とも何とも思わない。」と。


いまどき根性論、肯定派ですか……?
体育会系すぎて、何と言っていいのか分かりませんが……



必死で働き、学ぶ。
目指す医師の姿に近づき、
どこに行ってもやっていける力をつける』


そのために必要な試練だったと、
いまの夫自身が納得しているのなら、それでいいのかもしれません。


そして、それに付き合い全面協力した私も、まあ……よく頑張ったんじゃないかな、と思うのです。



そう自分に言い聞かせ……
このnoteを書き終えたところで、
いちおう夫に聞いてみると――



「あれは本当にひどかった!
全然納得なんかしていない!」



……ん?

私のワンオペ育児は、
いったい何だったんでしょうか(笑)



いまの夫は、
あの頃よりもずっと穏やか。


息子たちは可愛かったし、
元気に育っています。



それで十分なのだけれど、
ふと思い出すと、
ちょっとモヤっとしてしまう(笑)



ほんと、
私もまだまだだなぁ……。




家族のお世話で手一杯だった私が、“お金”と“働き方”の問題に向き合うようになったのは、もう少し後のことです。

【不動産投資を始めたきっかけ】は
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