【山の日】終夏の蛍(ついかのほたる)【ショートショート】
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ようこそ、皆さま。
今回僕が拾い上げたのは、すこし湿った夏の夜の匂いがする、誰かの大切な記憶。
どうやら、季節外れの蛍に導かれた切ない再会の物語のようです。
お気に入りのコーヒーを片手に、アナタもこの漂流記を覗いてみませんか?
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遠くで打ち上がる花火の音が、じっとりと湿った夜気の中で爆ぜては消えていく。
祭りの終わり。
人混みを外れた神社の裏手で、私は一匹の蛍を見つけた。
季節外れの、そして今年最後になるであろうその光は、弱々しく明滅しながら山道の方へと私を誘う。
吸い寄せられるように歩みを進める。
私の目に飛び込んできたのは、山の入り口、大きな鳥居の傍らに佇む藍色の浴衣姿だった。
「……遅かったのね」
振り返った女性の顔を見て、私は息を呑んだ。
数年前に亡くなった、私の妻――その人だった。
「どうして……君は、あの夏に」
「ふふ、寂しかったから、会いにきちゃった」
彼女は小さく笑い、私の腕にすがりついてくる。
確かに、声音も、愛おしそうに私を見上げる仕草も、記憶の中の妻そのものだった。
溢れる涙とともに、胸の奥に喜びの火が灯った。
しかし、不思議な違和感もあった。
生前の彼女は、こんな風に男を惑わすような、妖艶な媚態を露にする人ではなかったからだ。
「さあ、行きましょう?」
手を取り、山へ進もうとする彼女の指先を見つめる。
その瞬間、私の頭に、彼女が亡くなる直前に残した言葉が蘇った。
『もし私が死んであなたの目の前に現れても、絶対に山の奥へ入らないでね。私は、ずっとあなたの傍で見守っているから』
ハッと気がついた。
目の前の彼女の姿が、ときおり夜風に吹かれて、淡い緑色の光の粒へと形を変えそうに揺らいでいる。
「……そっか。君は、僕を連れていくために来たんじゃないんだね」
私が足を止めると、彼女は寂しそうに、けれどどこか愛おしそうに微笑んだ。
この山を訪れた数日後に亡くなった妻。
彼女の魂は山の神に囚われながらも、私を寂しがらせないために、あるいは私が後を追ってきてしまわないか確かめるように、今年最後の蛍に姿を借りて、ひと目だけ会いに来てくれたのだ。
いつもより少し妖艶だったのは、きっと、あの頃より大人になった私を少しだけからかってみたかっただけなのだろう。
「会いに来てくれて、ありがとう」
私が手を伸ばすと、触れる直前で、彼女の身体は無数の蛍の光へと散っていった。
光の粒は、私の頬を優しく撫でるようにして、夜空へと昇っていく。
「……さようなら」
風の音に混じって、彼女の声が聞こえたような気がした。
手のひらに残ったかすかな温もりを抱きしめながら、私は山の入り口を背に日常へと歩き出す。
その背後で、スゥー……っと今年最後の蛍が静かに山の中の暗闇へと消えていった。
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最後まで読んでいただいてありがとうございます!
本当はお盆終わりか夏の終わりに投稿しようと思ったのですが、山の日ということもあり今回投稿することにしました。
出会いがあればいつかは別れが必ず来ます。
皆さんも後悔がないように……。
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