サクラは期待が集まる人だった|期待を受け止めていた人のひとつの話
Project MOON No.06
春の訪れとともに、
人懐っこい笑顔と透き通るような明るい声で、
ひとりの女の子が入社した。
彼女の名前はサクラ。
身長は160センチほど。
セミロングの髪を
動きやすいように後ろでまとめ、
いつも清潔感のある服装をしている。
勘がよく気遣いがあり、
相手の感情を察して
動くことに長けている人だった。
根っからの、
いわゆる体育会系で、
情に厚く、
竹を割ったような性格で、
祭りが好きだった。
プライベートでは狭く深くだが、
来るものは拒まない性格である彼女は、
たちまち職場の年配者たちの人気者となった。
1を話すと8くらいまでは汲み取って動く。
若手らしからぬ頭の回転の良さに驚かされ、
その賢さと持ち前の愛嬌で
自然と周りの空気を和らげる人だった。
頭が良すぎる人にありがちな
鼻につくところもまったくなかった。
字は綺麗で、手書きのポップも美しい。
新商品のアイデアを募集した際も、
独特ながら
多くの人の共感を呼ぶ企画書を提出した。
採用には至らなかったものの、
社内にしっかりと印象を残した。
誰もが彼女の社内での明るい未来を確信していた。
会社も彼女を大切にしていた。
一方で
同時に複数の業務を扱うことが苦手で、
業務が一度に多く重なると
決まって動きが止まってしまうことがあった。
思考と体の動きが
うまく噛み合っていなかった。
思考回路はショートし、
メールの返信は遅れ、
声をかけても返事は
「わかりました」一辺倒となる。
途端に業務は滞り、
取引先への遅延連絡が重なることもあった。
そんな彼女に対して会社は、
彼女が抱えられる量に合わせて仕事を振り分け、
時には業務を引きはがし、
励ましながら支えていた。
◇
月日がたった。
彼女のあの人懐っこい笑顔は、
どこか冷めた、
色を失った笑顔へと変わっていた。
日々の業務に追われて疲弊し、
その気配が表情に残っていた。
ただその一方で、
彼女はすっかり垢抜けていた。
毛先を明るく染め、
ドレスコードぎりぎりのラインで
お洒落を楽しみ、
気がつけば
立派な中堅キャリアの
仕事ができる人の佇まいになっていた。
別部署に異動した私は、
会社で彼女とすれ違うたびに
心配になって声をかけ、
その都度近況を聞いていた。
元の部署から様子を聞くと、
彼女は処理できない仕事の量を抱え、
周りのフォローも手薄のまま
クレームに追われているようだった。
期待と能力のあいだに
静かなズレがあった。
すれ違うたびに
彼女は寂しそうな笑顔を見せながら、
今の上司を批判しようとする手前で刀を鞘におさめ、
会社批判をするでもなく、
苦しいとも言わず、
ただ今起きている現状を
淡々と語ってくれるのだった。
彼女がやめるという話を聞いたのは
とある会議の中だった。
「サクラさん、来月でやめるらしいよ」
衝撃、ではなかった。
そうか。
「サクラさん、クレームを抱え込んでずいぶんしんどそうだったからね」
「いい加減だよね。あれだけ業務を抱えさせて、
そのまま任せきりなんだから」
社内には事実と憶測が行き交っていた。
彼女は多くの同僚に惜しまれ、
一部の上司から後ろ指をさされ、
静かにこの会社を去る。
その背中はどこか寂しげで、
そして長く背負っていたものを
降ろしたような安堵がにじんでいた。
了
転職して最初の現場で
サクラは仕事との距離を知ることになります
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