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朝散歩の効用、ひとつとして同じでない朝に、無目的がもたらす自分だけの発見と、いまここにあるものへの工夫が引き出すクリエィティブな野生

はじめに

朝の散歩が個人的に良い理由について、書いていこうと思うのですが、

「セロトニンが出て」とかではなく、
「自己肯定感が上がって」とかではなく
「一日の始まりを活力の高い状態で始められます」とかではなく、

もちろんこれらについての実感もなくはないですが、
ただただ、朝に外に出て歩いてみると、

「日々ひとつとして同じ瞬間はなく、その瞬間を迎える誰しもまたそれぞれにそれぞれの物語がある」

「誰かの人生においてはなにも役に立たないことでも、自分の人生の喜びの最小単位として数えていくことで不思議と充実されていく」

「哲学とはいえなくとも点々と湧いてくる意思やアイデアが線となり個人的な物語になる」

「どんな一日を過ごしたいか、どんな人生を過ごしたいかすらになってくる。」

といった当然と言えば当然のことですが、昼でも夜でもなく、朝だけがそのことについて結構真剣に伝えようとしている、もしくはそのことについて自分が受けとめてあげられそうな状態になれている、ような気がしています。

ひとつとして同じものはない、限りのある時間をいまこの瞬間もほら、といった感じで、なにか大事なことが分かりそうな気がしてきます。あれ、分かりそう分かりそう、といったところで、また普段の忙しない朝に戻っていき、さっきまでの思索もどこかに忘れていってしまいます。
それでもまた明日、24時間後にはまたあの朝に会えるかもしれない、と思い、また翌日も朝に外に出て歩いてみる。

こんな感じです。

「日々ひとつとして同じ朝はなく、朝を迎える誰しもまたそれぞれにそれぞれの朝がある」

これまで見てきた朝について、と続けてみての自身の変化などにも少し書いていきます。

"この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている"
谷川俊太郎 「朝のリレー」の一節 リンク(Amazon)

"僕は朝を愛す
日のひかり満ち亙る朝を愛す
朝は気持が張り詰め
感じが鋭どく
何物かを嗅ぎ出す新しさに餓ゑてゐる
朝ほど濁らない自分を見ることがない、
朝は生まれ立ての自分を遠くに感じさせる
朝は素直に物が感じられ
頭はハツキリと無限に広がつてゐる
木立を透く冬の透明さに似てゐる。
昂奮さへも静かさを持つて迫つて来るのだ。
朝の間によい仕事をたぐりよせ、
その仕事の精髄を掴み出す快適さを感じる。
自分は朝の机の前に坐り、
暫らく静かさを身にかんじるため
動かずじつとしてゐる。
じつとしてゐる間に朝のよい要素が自分を囲ひ。
自然のよい作用が精神発露となる迄、
自分は動かず多くの玲瓏たるものに烈しく打たれてゐる。"
「朝を愛す」室生犀星

目的を持って黙々と歩くひくも、無目的に川辺を眺める自分、それぞれにひとしく太陽はある


背景と自己紹介

普段、Web365というフリーのWeb担当として、クライアント企業へのWebから売上増を目標に、サイト改善(制作・マーケティング)をワンストップでサポートしております。
https://web-365.biz/

以前、「【good&new】など日々の良いことなど書いていくといいよね」という記事を書きました。

ある程度たまった記録を見返すと、日々の良かったことのほとんどに朝散歩したときのことが書かれています。

はじめに、でも少し触れた朝そのもの自体の良さもありますし、さらには、書ける余裕自体がそもそも朝散歩に内包されているからかもしれない、と思っています。

よって、今回「朝散歩」を少し深ぼって書いてみようと思います。

メンタル意識から朝のひとり時間に味をしめる

木陰でストレッチ中に顔を上げると、空に白い月が浮かぶ

そもそもなぜ朝散歩を始めたか。現在、朝散歩を継続して数ヶ月というような状況ですが、始めたのは、ひとりの時間がもう少し欲しかったからです。

もしかしたら、無目的に身体も頭もふらふらしたい、というか、それがないと少ししんどくなりそう、というようなメンタル状態だったような気がしております。

朝っぽい音楽を聴きながら、家の近くの川辺まで歩いてボーッと水面をみているような感じでした。

朝はある程度早く起きれば自分ひとりの時間を作れる、その時間でしたいことができる、と味をしめ、朝を意識しはじめました。

“オーナーシップ(Ownership)”という考え方
オーナーシップとは直訳すると「自分のものとして所有する」という意味ですが、「自分の判断は自分でして、その結果も自分のものとして受容する」という考え方です。リンク(記事) リンク(Youtube)

オーナーシップのような、自分で自分をコントロールしている、主体性を持って選択、行動できている感覚を持てる時間を増やすことで、日常の満足度は高くなっていきます。

身軽に身体を動かしたい健康意識から運動として

歳を重ねてくると、年々と身体の変化を感じ始めます。数値や見た目ももちろんですが、一番の変化はなによりも身体が重く固くなってきたように感じられることです。

もう少し身体を軽やかに動かしたい、という多少の運動能力の向上を求めだして、運動をするか、という気持ちになったことから、ジムに通いランニングや筋トレなどをしていましたが、通うための準備や予定をつくること自体が面倒に思いはじめ、結果的にこれらの課題を解決できそうな方法として現在は、先の朝のひとり時間の散歩に落ち着きました。

そういえば散歩が好きだったこと、歩きながらなにかを見つけることが楽しい、なんなら写真を撮ってSNSに投稿するようなことをしていた人間だということを思い出し、散歩をまた日々の生活に取り入れたら楽しくなるはずだ、とさらに芽生えた運動意識も絡めて、散歩にストレッチや筋トレ、ランニング、ダッシュなど、その時の身体の調子や気分に合わせてしたいようにしよう、負荷は長い道や段差、公園などで適当に見つけていこう、など散歩と運動をまぜていくことで現在の形になりました。

"というか散歩って観光とは違う。 
目的なんか持たず 自分の好きなように のんびり歩けることの喜びです。 "
「散歩もの」谷口ジロー リンク(Amazon)

"レヴィ=ストロースは、具体の科学としての神話的思考を「ブリコラージュ」にたとえている。ブリコラージュは、器用仕事とか寄せ集め細工などと訳されているが、限られた持ち合わせの雑多な材料と道具を間に合わせで使って、目下の状況で必要なものを作ることを指している。"
「レヴィ=ストロース入門」(p.135) リンク(Amazon)

この記事で紹介すること

  • 朝散歩の良さ

  • 朝のよさ、同じ朝がない

  • 散歩のよさ、無目的、発見

  • 自分だけの創意工夫のよさ、ブリコラージュ、

  • 具体的な朝散歩を紹介(自分本位な工夫の過程)

  • 朝散歩をしてみての変化と気付き

こんな人におすすめ

  • 朝散歩をはじめてみたい方

  • 自分の時間をつくりたい方

  • いい一日をつくりたい方

朝散歩の良さと変化と気付き

朝と散歩のそれぞれに分けて、変化や気付きを書いていきます。

朝のよさ、同じ朝がない

太陽を中心として織りなす毎日変わる空模様。きょうはどんな空かを鑑賞しにきているようなもの

朝は身近な自然を特に感じやすい時間帯な気がします。
朝はまだ社会的な活動をしてないからか思考にノイズがなく、暑いだの、湿気があるだの、腰の調子がいいだの、足に張りがあるだの、身体的な感覚で物事を考えはじめます。

外の自然と自分自身という自然が向き合っている状態とでもいうのか、自然を感じていると、そこまでの距離こそ徒歩圏内、数十、数百mですが、もっと遠くに来たような感覚さえします。

"基本的に「冒険とは何なのか」と問われたら、『新・冒険論』で書いてきたように、「システムの外に出ること」が一番の要素だと思っています。"
角幡唯介(記事リンク

冒険家の言葉を拝借するのはおこがましいですが、遠くに来たのは、都会のシステムから自然を媒介にシステムの外に出ていくような感覚、なのかもしれません。
当然、自然はシステムではないので再現性はありません。

朝を迎える時間は場所や季節によって様々です。

日の出や日の入りの時間も1日ごとに1分前後の変化をし続けます。

理屈でなくとも、朝を迎えると太陽、空、風、気温や湿度などが毎日違うことで肌感として同じ朝はないことを実感します。

また、太陽と地球の位置関係がもたらす日々の小さな違いが同じ朝がない理由としてあげてもいいとも思いますが、実際に、朝を迎えた一個人が見た風景ひとつとっても1つとして同じ朝はない、と思える瞬間がいくつもあります。

たとえば、下記は最近1ヶ月で見つけた風景のいくつかです。

  • 川で魚を丸呑みしている鳥

  • 雨上がりの河川敷に出てくるミミズを捕まえる研究職的なひと

  • どこからともなくひとが集まってはじまるラジオ体操

  • どこかの事務所で仕事前に神棚に挨拶するひと

  • 名残惜しそうに手を振る朝帰りのふたり

  • 朝練している少年とお手本であろうとする父親

これらは一個人の一定期間、一観測地点での話なので、ひとそれぞれに無数の朝があるとも考えることができそうです。

散歩のよさ、無目的、発見

次に散歩の良さについて、これはさきほど引用した言葉の再掲ですが、

"というか散歩って観光とは違う。 
目的なんか持たず 自分の好きなように のんびり歩けることの喜びです。 "
「散歩もの」谷口ジロー

"僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っている。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。"
「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹(リンクAmazon)

喜びももちろんですが、あらゆる制限から解放されて歩くことで、本来の観光という字の通り「光を観る」が体現できたりします。

自由に闊歩するのは足だけでなく、視界や頭のなかも普段と違って自由きままになっていきます。

ひとは目的を持ち始めると、身体や思考がそこに向かってより効率的に進むような「予測」をしはじめます。

"発見だけは予測できない、予測できたら発見じゃない"
鈴木康弘 アーティスト (リンク公式サイト

無目的な時間を過ごすことが、なにかを発見する近道なのかもしれません。

最近、無目的に歩くことで発見したものの一例です。

  • 朝、地面で感じることは大きい、久しぶりに履くスニーカーの違和感や、アスファルト、経年による変化、国道、堤防下、砂利、小石の凹凸の足の裏、

  • ないものはない、と謳ったハンコ屋があった、とんち

  • diving schoolをdying schoolに見間違える、死ぬことの学校、つまり生きることの学校、とも読める

  • 仏壇屋さんの前に好物キャンドル、お酒のワンカップを模したキャンドルなどがあった

  • 道幅に対して前後のひとが多くいる時の様子でときに感じる。ひとは自分のペースで歩けないとイライラする、もしくは合わせられない、合わせようとするとストレス、そして前の人を抜く、向かいの人がちょうどすれ違うような隙間になったとしても。

  • 朝、とても朝帰りな感じの二人がいた。世代的に馴染みのない言葉だがエモい。と思った。さらに「残ってる」という曲を思い出し、少しあの頃を思い出す、まだ昨日を生きていたそうなふたり、散歩などと今日をはじめまくってる自分だけどふいにめにする街中がどこかに連れてっていってしまう、それも散歩のいいところ

ここでいう発見は、なにも誰かの役に立つ社会性や経済性、学術性もないものかもしれません。
ただ、一個人の心が動いた瞬間、なにか違うことに気づいた瞬間を発見と呼んでいます。
その発見は、誰かの人生においてはなにも役に立たないことでも、自分の人生の喜びの最小単位として数えていくことで不思議と充実されていくようなものです。

自分を自分でコントロールできる喜びと、創意工夫、ブリコラージュがもたらす小さな野生

朝焼けのなかを鳥が飛んでいく

日々の朝散歩は、繰り返しが与えてくれる安心感こそベースにあると思います。
ただ、繰り返しによる飽きや無意識の改善など変化も起こります。
安心と変化を行ったり来たりする、それ自体、自分を自分でコントロールできる喜びと、創意工夫、ブリコラージュがもたらす小さな野生について紹介します。

具体的な朝散歩を紹介(ブリコラージュ、創意工夫、自分本位な工夫の過程)

現在のルーティンの詳細を後述しますが、その前に、そもそも散歩すらしていない朝もあり、少しずついまの形に変わってきたこと経緯もあります。

  1. まず起きるだけ(夜が早いので朝が早くなった)

  2. 外に出る(朝にベッドでごろごろしているだけでは退屈で外に出てみる)

  3. 近くまで歩く(とりあえず太陽がよく見える場所まで、など歩いてみる)

  4. だんだんルーティンが増えてくる(下記が現在)

人間は継続的な行動において、自然と作業効率が良くなったり、工夫が施されていくような生き物です。

"どんな髭剃りにも哲学がある"
サマセット・モーム

一個人の朝散歩の過程にある些細な変化にも、「哲学とはいえなくとも点々と湧いてくる意思やアイデアが線となり個人的な物語になる」ことが伺えます。

"人間は誰しも、自分の物語を作りながら生きています。そうでなければ、生きてゆけないのです。"
中学三年生の国語教科書に寄せた随筆「なぜ物語が必要なのか」作家の小川洋子

現在の散歩

こんな朝散歩、ルーティンをしてます(背景や、創意工夫についても記載しています)

  • 起床:5時ごろ

    • 家族との生活リズムから自然と夜は早く寝て、朝も早くなってきた

    • 季節による日の出時間で多少変わる

  • 準備:5時から6時前くらいに

    • 少しでも早く外に出られるように、きのうの夜に朝の準備をするようになる

      • 服(動きやすい服、靴、財布などを選び志向が変わる)

      • 朝食の準備(メニューに必要な食材をまとめておくなど)

      • カフェイン(脂肪燃焼効果があるとか)

      • 歯磨き(朝一の水分を摂る前に口腔の菌を減らす)

  • 外に出る:5時から6時前くらいに

    • はじめはサンダルと動けない私服

      • だんだんランニングもできる服とシューズに、財布も軽く薄くなり、財布も置いていき、交通ICカードと家の鍵だけポケットにいれるように

    • その日に合わせたゴミ出しもする

      • カラスがごみ置き場を荒らしている現場を見つけ退治、後処理をすることが数回あり、掃除グッズを準備し、カラスの鳴き声で戦闘態勢万端で目覚めるなど、自治、公共意識が高まっていく

  • 散歩:30分~45分くらい

    • 音楽やスピーチを聞き流す(朝は本質的なことを耳にしたい気分)

      • 般若心経
        (楽曲にされたもの、この世は全部、空、だよ、ということを心地よいトラックにのせて唱えてる リンク(Youtube)

      • スティーブ・ジョブズの卒業祝辞スピーチ
        (過去の点と点はつながる、愛と喪失、死について、総じて好きなことをしなよ、ということ リンク(Youtube)

      • キング牧師の演説
        (マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、黒人と白人が一緒になって食卓を囲む未来を話す、対立するのではなく、同じ未来を見ようという提案が良かった リンク(Youtube)

      • アン・ハサウェイのスピーチ
        (北極星はどこ?という幼少時の父親からの質問からアメリカの育児環境についての提案、大事なことはなに?という質問として真似したい リンク(Youtube)

      • 中田英寿 × 稲葉浩志 / en-zine 対談
        (なぜ運動をするのか、2つ理由があり、努力することで幸せを増やしたい、身体でなく頭を鍛えている、朝の運動がその後の仕事への立ち向かわせてくれる リンク(Youtube)

      • 生きる
        (不可思議ワンダーボーイ、谷川俊太郎の詩を楽曲にして彼なりの生きるを表現、その彼もいまはもうこの世界にいないことを想う リンク(Youtube)

      • 最近気になるもの
        (Youtube、podcastなどで後で見る、としたプレイリスト、ライブラリにあるものから)

    • 写真を撮る(気になったもの)

      • よく撮ってしまうのはやはり太陽、これが毎日無料で見られるのか、と有り難みから自然と拝む気持ちが理解できてくる

      • 「撮る」マインドフルネス 写真を見ると今の自分がわかる、心がととのう」という本にもあるが、撮る行為、それを振り返る行為は心に良いそう
        リンク(Amazon)

      • "感情を記録して何年後でも思い出せるのが写真の魅力です。写真はいつか宝物になります。自分の宝物にも誰かの宝物にも。"
        「うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真」 幡野広志(著)
        リンク(Amazon)

    • トレーニングのようものをしはじめる

      • ストレッチ(全身をまんべんなく、見聞きしたストレッチを試してみる)

      • ビジョントレーニング(目のトレーニング、眼球運動やピント合わせなど、トレーニングしているときは、視ることを意識するようになる)

      • 片足バランス(筋力も大事だがバランスがとれる運動能力も大事かなと、片目閉眼など負荷をかけるようになる)

      • 河川敷をダッシュ(脈拍があがるとやった感がある、だんだん身体が全体が動くようになり、最大出力が上がってきているような気がしてくる)

      • 筋トレ(スクワット、ジャンプ、ディップス、懸垂など、きょうは上半身、下半身など決めて、河川敷の段差や階段、公園の遊具をつかって筋トレをしみてる、筋トレできるかどうかの視点で公園を眺めるようになる)

      • 多少の雨なら外に出る。傘を差して、人が少ない場所、トンネルなどでトレーニングしてみる、など工夫する

ブリコラージュ、つまり野生的、野良的、ストリート的な環境においての創意工夫について

上記に書いたような創意工夫を、先述に引用した「ブリコラージュ」と呼んでいます(引用元の本来の意とは違うかもしれないですが、ここでは野生的、野良的、ストリート的な環境においての創意工夫をブリコラージュと呼んでいます

"レヴィ=ストロースは、具体の科学としての神話的思考を「ブリコラージュ」にたとえている。ブリコラージュは、器用仕事とか寄せ集め細工などと訳されているが、限られた持ち合わせの雑多な材料と道具を間に合わせで使って、目下の状況で必要なものを作ることを指している。"
「レヴィ=ストロース入門」(p.135) 

野生的、野良的、ストリート的な環境においての創意工夫が、自分自身から生まれると、クリエィティブな瞬間のなかでもさらに、生き方自体を工夫したような、生命力のある、強度の高い瞬間のように感じます。
誰も真似はしないようなものでも自分には価値の高いもの、かつ自分が生み出したもの。
粗雑で稚拙で無骨でも、個性の発露でもあるのではないか、とオリジナルな感覚を得られるのがブリコラージュのいいところです。少なくとも一個人の生活においては、そして朝散歩はそれが発生しやすい、と感じます。

"そのためブリコラージュにおいては、貯めていた断片だけをその場に並べ、それを動かしているうちに、相互に異様な異質性を発揮する。のみならず、しばらくして「構造」ができあがっていくうちに、しだいに嵌め絵のように収まっていきもする。本来、神話というものはそういうものではないか、構造が生まれるとはそういうことではないか、そこにはブリコラージュという方法が生きているのではないかと、レヴィ゠ストロースは見たわけである。
これはぼくの言葉でいえば「創発的な編集」がおこっているということになる。編集というのも、だいたいこんなことをしている。編集はブリコラージュなのである。つねに「全体」と「部分」の関係を有機的に動かしていて、どこかで決着をつけていく。その決着のときに、あとから入ってきた部分がするする育って「超部分」となり、それが「全体」の様相をがらりと変えてしまうのだ。"
317夜 『悲しき熱帯』 レヴィ=ストロース  −  松岡正剛の千夜千冊 松岡正剛

変化と気付き

実際に、朝散歩をしてみての変化と気づきの一例を列挙します。
大きく分けて、健康面とメンタルや思考の面の視点から記述します。

健康面

  • 体脂肪率が下がる
    (歩き始めた5、6月くらいから2,3ヶ月で体脂肪率が数%落ちる。下記グラフ)

  • だんだんと負荷をかけるようになり、それに応じて身体が軽くなる
    (歩きからランニング、ダッシュ、筋トレなど、身体がだんだん動けるようになってくるので、さらに刺激を与えてみたくなる)

  • 風邪で体調を崩したとき、健康についての自意識も崩れる、健康とメンタルとの関係
    (途中、風邪をひき、高まっていた健康への自意識も崩れる。そんなにうまくはいかない。メンタルの持ちようや健康あっての全てだと、2つの関係性を再認識する)

散歩をはじめた5,6月から体脂肪率が減少傾向、昨日と明日では変わらないけど期間を広げると確かに変わる

メンタルや思考の面

  • 朝の太陽が恥ずかしげもなく「美しい」と思える。美は満足度が高い。
    またこれが毎日、無料で見れるのか、という有り難さが湧く、さらに、考えてみれば太陽なくしてこの命はない、当然の生命観が肌感で湧く。
    結果、幸福感の閾値が下がる。幸せを感じやすくなる。

  • 散歩をすると、満足度が高いというよりも、散歩に行けない日が少し嫌かもしれないという気持ちになり、無意識レベルで満足度が高いのだと思う。
    なくなると嫌だな、と思えるものが1日のうちに増えていく。

  • 雨でも強い雨なら、ゆっくりと朝食をとる、読書をする、など「晴耕雨読」もまたよいと別の高い満足度を得られる

  • 【good&new】が見つかりやすい。
    ひとり時間だから、余裕があり、発見があり、工夫があるから。【good&new】が見つかればまた満足度も高い

  • ルーティンがどんどん研ぎ澄まされていく。
    自分自身をつかった創意工夫や試行錯誤ができるクリエイティブな時間を楽しめる。
    さらにブリコラージュができたときのひらめきや自分で自分を褒める具合ったらない。

  • なくなると嫌だなと思える朝がなぜきょうも経験できたのか、と考えると、1日を通して、自分の時間をつくることが大事だと再認識する。
    つまり、朝だけでなく、朝以外、昨夜の睡眠、夜の過ごし方、帰宅、仕事、昨日の朝、など今朝の時間は過去の時間を地続きになっていて、その延長線上にある。
    それぞれの時間の過ごし方で「今朝」を迎えることができる。時間だけでなく、自分ひとりの時間をつくることができるのは、自分以外の存在、関係のおかげと有り難みが湧く。
    身近な家族のおかげ、見知らぬ誰かが食物を作ってくれ提供してくれるおかげ、仕事があるおかげ、など。
    すべてのものとの関係の産物が「今朝」になる。
    どんな一日を過ごしたいか、どんな人生を過ごしたいかすらになってくる。

8月に朝、で書き出している【good&new】が31個あった

結論とまとめ

見出しの再掲ですが、まとめます。朝散歩は個人的なおすすめです。

  • 朝散歩の良さ

  • 朝のよさ、同じ朝がない

  • 散歩のよさ、無目的、発見

  • 自分だけの創意工夫のよさ、ブリコラージュ、

  • 朝散歩をしてみての変化と気付き

最後に書きました通り、いい朝を迎えるためには、つまるところ、1日、生活、人生をどう作るかにも考え取り組むようになっていきます。

" When I was 17, I read a quote that went something like:
“If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.”
It made an impression on me, and since then, for the past 33 years , I have looked in the mirror every morning and asked myself , 
“ If today were the last day of my life , would I want to do what I am about to do today? ”
And Whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something. 
17歳の時に、こんな言葉を読みました。 「毎日を人生最後の日のように生きれば、いつか必ずそれが正しい日が来るだろう。」
この言葉は私に強い印象を与えました。それ以来、33年間、毎朝鏡を見て自分に問いかけてきました。 「もし今日が人生最後の日だとしたら、今からしようとしていることを、本当にやりたいと思うだろうか?」
そして、何日も続けて「いいえ」と答えることがあったら、何かを変える必要があると感じるのです。"
スティーブ・ジョブズ リンク(Youtube)

このスピートを朝によく聴いているのですが、この箇所について彼自身少しもぶれていないわけではなく、何日も続けて「いいえ」と答えてしまうところが人間ぽくていいなといつも感じます。

どんな朝でありたいか、人生でありたいか、どんな自分でありたいか。

毎朝、ジョブズがしていたような自分自身への問いかけを、きょうも朝散歩(太陽の方へ、川辺に沿って、ふらふらとなにかを発見したり、ときどきは負荷を走ったりして)しながら自分に話しかけています。

"川のことを考えようと思う。雲のことを考えようと思う。しかし本質のところでは、なんにも考えてはいない。僕はホームメードのこぢんまりとした空白の中を、懐かしい沈黙の中をただ走り続けている。それはなかなか素敵なことなのだ。誰がなんと言おうと。"
「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹 
リンク(Amazon)

夏のあいだで2、3度、雨上がりの朝に大きな虹がかかっているのを見つける


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