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鶏の赤ワインビネガー煮

歳をとったからか、昔に比べて酸っぱい物が好きになった。
信じられない。
昔は単純に甘いものが好きだった。


どれくらい甘いものが好きだったか説明すると、私の幼少期2歳。
私の覚えている一番古い記憶にまで遡る。


当時から私は甘いものが好きだったようだ。
買い物に行けば「たまごぼーろ」やら甘い「ソフトせんべい」を大人にせびり、買ってもらっては食べていたらしい。
特に祖母は初めて出来た孫に浮かれ、よく買い与えていたようだ。


それを問題視したのが母である。
私が初めての子供だった事もあり、加減もわからなかったのだろう。食べ過ぎて虫歯になっても困るし、肝心のご飯がお腹一杯で食べられない等もあったのかもしれない。

まぁ私が甘い物が好きなのは確実に母の遺伝なのだけど、それはさておき、母は祖母に私への甘いもの禁止令をだした。
「彼奴に甘いものを与えるな」と。
それから私は甘いものを自由には食べさせてもらえない様になった。

今迄は、母以外の大人にねだれば甘いものにありつけていたのに、急に甘いものが食べられなくなった。
人間、困ると脳味噌が働く。
それは2歳児でも変わらないらしい。
私は家の中にある甘いものを探し始めた。
とは言っても、母は甘いものを高い所に隠していた。故に2歳児には見つけられない。


そんな幼い私が目をつけたのが、祖母が飲んでいたコーラック。
便秘薬である。

ここで、私の一番古い記憶の話に戻る。


私は祖母の部屋のドアを開ける。
祖母は居ない。
私は奥のタンスの一番下を開け、そこにあるの丸い錠剤。
それを手に持ち、祖母の掛け布団に包まり、その錠剤を口に入れる光景。
これが、私の一番古い記憶である。

何をしていたのか?
私は祖母のコーラックの錠剤の外側。
糖衣を舐めていたのである。


甘いものに飢えている2歳児は、ここまでするのだ。
2歳児の甘いものを食べたい欲を甘く見てはいけない。


夜な夜な祖母の部屋に忍び込み(正確には昼だが)、便秘薬の周りの糖衣を舐めて糖分を啜る妖怪。
それが私である。


でもこの記事を書いていて、ここでひとつ疑問が湧いた。
何故2歳児の私はコーラックが甘いのか知っていたのか?


2歳児が便秘薬を飲むなんて聞いたことがない。
舐めていたのは果たしてコーラックなのか?
思い違いをしてやしないか?


今コーラックについて調べてみた。
どうやらコーラックには糖衣錠は無いらしい。やはり違うのかもしれない。


そして、調べるに今新たな可能性が浮上してきた。
あの貪り舐めていた錠剤。
あれは正露丸糖衣Aだったのかもしれない。
正露丸糖衣Aならば理屈は通る。
子供はお腹を壊しがちである。
その時、誰かが私に正露丸糖衣Aを飲ませた。
幼少期の私はその時の甘い錠剤を覚えてた。
甘いものに飢えた私は甘い錠剤を探して舐めた。

甘い物への禁断症状を我慢出来なくなった2歳児の薬物犯行。
それがこの謎の真相なのかもしれない。

もしそうだとすると私は筋金入りだ。
正露丸のあの匂いを我慢しつつ、糖衣を貪る2歳児。
匂いはヤバくても、甘ければいいという根性というか、覚悟というか、甘いものへの執着。そういうモノが伺える。


そんな薬にまで手を出す2歳児の私を不憫に思ったのか、祖母は母に隠れてお菓子をくれるようになった。
そんな私の2番目に古い記憶。
それは祖母に抹茶アイスを貰って食べている記憶。

そんな優しい祖母もその後、1年後に亡くなってしまった。
今でも抹茶アイスを食べる度にあの時の、甘い糖衣と薬が染み出してちょっと苦いあの味を思い出す。

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献立です。

◯鶏の赤ワインビネガー煮
◯カレーと馬鈴薯のグラタン
◯グリーンサラダ

鶏の赤ワインビネガー煮

鶏の赤ワインビネガー煮の話が、正露丸と抹茶アイスの話になってしまった。
鶏のお酢煮の洋風バージョン。
今回は手羽元を使った。
手羽元は圧力鍋鍋で高圧5分、その間に玉ねぎ大蒜を炒め、トマトペースト、赤ワインビネガーを入れて煮詰める。
ほぼ水分がなくなったら、手羽元とスープを入れて、トロミが付くまで煮たら完成。

カレーと馬鈴薯のグラタン

18日目のカレーと馬鈴薯のグラタン。
↓これの2日の方。

茹でた馬鈴薯に塩とヨーグルトを混ぜてペーストに。
カレーをのっけて、粉チーズ、パン粉、パセリ、オイルをかけてオーブンへ。
カリカリのパン粉が美味しい。

グリーンサラダ

生野菜が食べたい!

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