IT&scienceで大学教育を考える第4回:企業が本当に求める基礎力― 学際的スキルとは何か
前回のおさらい
前回は『AI時代のキャリア教育とは― AIを使うだけでは勝てない理由』と題して、AI時代に社会で必要とされるのは「考える力」だけでなく「決める力」「判断に責任を持つ力」ではないか、と整理してきました。その中から大学教育で必要なのは『学際的スキル』と定義し、今回はそちらを掘り下げていきたいと思います。
日頃感じていること
私の娘は現在大学生です。ここ数年、オープンキャンパスや説明会など、私自身も興味を持って着いていって(嫌がられていないハズ)は話を聞いてきたのですが、最後によくこんな話題がでます。
「企業は、どんな学生を求めているのでしょうか。」
私はIT業界で採用や人材育成に長く携わってきましたが、この質問への答えは、この数年で少し変わってきたように感じています。
以前であれば、「コミュニケーション能力」や「主体性」、「チャレンジ精神」といった言葉がよく挙げられていました。もちろん、今でも大切な力です。ただ、AIが普及し、仕事の進め方そのものが変わり始めた今、それだけでは十分とは言えなくなっています。
採用や育成の現場で見ていて感じるのは、成果を出している人には共通点があるということです。それは、専門知識が飛び抜けていることでも、特別な才能があることでもありません。
分からないことに直面したときに情報を整理し、自分なりの仮説を立て、周囲と対話しながら答えを見つけていける人です。この力こそが、これから企業がますます求める基礎力なのではないかと思っています。
専門知識だけでは仕事は進まない
大学では、それぞれの専門分野を深く学びます。経済学、法学、文学、工学、理学、情報科学。どれも社会に必要な学問ですし、専門性はこれからも重要です。ただ、実際に仕事をしていると、一つの専門知識だけで完結する場面はほとんどありません。(その専門性だけで生きている人はごくひと握りー)
例えば、新しいサービスを企画するとします。顧客の課題を調べ、市場を分析し、データを確認しながらAIも活用する。その上で営業や開発、経営層と議論を重ね、コストやリスクも考慮して方向性を決めていきます。
どの仕事も、一つの知識だけでは前に進みません。複数の知識を組み合わせ、多様な立場の人と協力しながら、一つの答えを形にしていく。その繰り返しです。
だから今の企業が見ているのは、「何を知っているか」だけではなく、「知識をどう組み合わせて使えるか」なのです。
学際的スキルとは「知識をつなぐ力」
私は、この力を「学際的スキル」と呼んでいます。「学際的」という言葉を聞くと、「幅広く何でも知っている人」をイメージされるかもしれませんが、そうではありません。一つひとつの専門を土台にしながら、それぞれを結び付けて考えられる力です。
(京都大学の望月新一教授によって構築された数学理論である「宇宙際タイヒミュラー理論」の”際”と同じようなニュアンスですかね)
例えば、
ITを理解する。データを読み解く。
論理的に考える。
AIを活用する。
そして、自分の考えを相手に伝える。
こうした力は、本来それぞれ独立したものではなく、仕事ではそれらを自然に行き来しながら課題を解決しています。
実際、現場で活躍している人ほど、「これは営業の仕事」「これはITの仕事」と線を引くのではなく、必要に応じて知識をつなぎ合わせています。
「文系・理系」の境界は、現場ではほとんどない
就職活動では、「文系なのでITの経験はありません」「理系なのでコミュニケーションには自信がありません」そんな話を聞くことがあります。でも、社会に出ると、この区分を意識する場面は驚くほど少なくなります。
営業でもデータを分析します。人事でもAIを活用します。エンジニアも、技術だけではなく顧客や経営を理解しながら仕事を進めています。私自身もエンジニアとしてのキャリアの中で、営業のようなことも経営のようなことも自然と行ってきました。
仕事そのものが、文系・理系という枠を越えているのです。
だから私は、「理系人材を増やそう」と言いたいわけではありません。文系・理系を問わず、理系的な思考を身につけることが重要だと考えています。
理系的思考とは、「考え方」のこと
ここでいう理系的思考とは、数学や物理が得意という意味ではありません。
複雑な問題を整理する。
情報を分解する。
原因と結果を考える。
仮説を立てる。
試してみて、うまくいかなければ修正する。
こうした思考の進め方です。
採用や育成の現場で活躍している人を見ていると、この考え方を自然に実践している人が本当に多いと感じます。逆に、最初から正解を探そうとする人は、変化が大きい場面ほど立ち止まってしまいます。社会では、答えが用意されている問題よりも、答えを自分たちでつくっていく仕事の方が圧倒的に多いからです。
だからこそ、この思考力は一部の専門職だけではなく、すべての学生に必要な基礎力だと思っています。
AIが普及したからこそ、人に求められる力が変わる
生成AIが登場してから、知識を得ること自体はとても簡単になりました。分からないことがあればAIに聞けばいい。企画書のたたき台やプログラムも書いてくれる。これまで時間をかけていた作業が、あっという間にできるようになっています。
だからこそ、価値の源泉は少しずつ変わってきています。
知識をたくさん持っていることではなく、その知識をどう使うか。AIの答えをどう評価するか。どんな問いを立てるか。そこに人の価値が移ってきています。
AIを使えば誰でも一定レベルのアウトプットは出せます。その先で差がつくのは、考え方なのです。
大学教育も、「知る」から「使う」へ
私は、大学教育にも同じ変化が必要だと感じています。もちろん、専門知識を学ぶことは欠かせませんが、それだけでは社会に出たときに十分とは言えません。
学んだ知識を実際の課題にどう生かすのか。異なる分野の知識とどう結び付けるのか。そうした経験があって初めて、「知っている」が「使える」に変わります。
企業との共同プロジェクトでもいい。地域課題に取り組む活動でもいい。AIを使った課題解決でもいい。大切なのは、知識を実際に使って考える経験であり、こういった大きな取り組みでなくても、何かしらの定期的な訓練が必要な状況にあるのではと感じています。
企業が見ているのは、学部名ではなく「考え続ける力」
採用の現場では、「文系だから」「理系だから」という理由だけで評価が決まることはほとんどありません。
見ているのは、未知の課題にも向き合えるか。状況が変わっても学び続けられるか。そして、自分の頭で考え続けられるか。そうした姿勢です。AI時代だからこそ、企業が求める基礎力は「知識」ではなく「思考力」へと比重が移っています。
大学教育もまた、専門知識を教えるだけでなく、ITリテラシーや論理的思考、AI活用を結び付けながら、社会で活躍できる力を育てる場へ進化していくことが求められているのではないでしょうか。
次回はいよいよ最終回です。
ここまでお伝えしてきた内容を踏まえながら、大学で実践できる「AI時代の就業基礎力プログラム」とはどのようなものか、具体的な形を提案したいと思います。
