IT&scienceで大学教育を考える第5回(最終回):大学教育をどう変えるべきか― AI時代の「就業基礎力プログラム」を考える
前回のおさらい
前回は『企業が本当に求める基礎力― 学際的スキルとは何か』と題して、知識をつなぐ学際的スキルと、それを活かすための考える力の重要性、それことが企業が求めている真の力であることを整理してきました。
大学教育は変わっていくべき
このシリーズも、今回で最後になります。
ここまで、AI時代に大学教育がどう変わっていくべきかについて、私なりの考えを書いてきました。就職率だけでは測れない「就業力」の話。自己分析だけでは身につかない思考力の話。AIを使うことと、AIを使いこなすことは違うという話。そして、企業が本当に見ているのは、専門知識そのものではなく、その知識をどう使って考えられるかだという話です。
では、その力はどうすれば身につくのでしょうか。
いろいろ考えてきましたが、私が行き着いた答えは、とてもシンプルです。知識を教えるだけでなく、知識を使って考える経験を増やすこと。これが、これからの大学教育には欠かせないと考えています。
社会に出て初めて学ぶのでは遅い
採用や人材育成に携わっていると、新入社員が同じようなところで立ち止まる場面を何度も見てきました。
「何から考えればいいのか分かりません。」
「情報は集めたんですが、結論が出せません。」
「正解はあるのでしょうか。」
そんな相談を受けることは少なくありません。まあ相談してくるならまだマシで、考える手段すら分からず停滞していることも目にします。でも、その人たちが勉強してこなかったわけではないんです。
学生時代によく学び、知識もしっかり身につけてきています。それでも悩むのは、知識を使って考える経験が少なかったからではないか、と感じています。
社会に出ると、正解が用意されている仕事はほとんどありません。何が問題なのかを考えるところから始まり、情報を整理し、仮説を立て、自分で判断していかなければいけません。
だからこそ、その経験を社会人になって初めて積むのではなく、大学時代から少しずつ経験できる環境が必要だと思っています。
ちなみに、社会人になって学べばすべての人が考える力が身に付くのかと言えばそんなことはありません。ベテランでも考えられない人の多いことー
その分、考える力が最初から備えられている人は強いです。
「考える力」は教えられる
「考える力は、生まれつきのものではないですか。」こう聞かれることがありますが、私はそうは思っていません。
採用や育成をしていると、最初は考え方が分からなかった人でも、経験を積む中で大きく成長していく姿を何度も見てきました。
問題を整理する。事実と推測を分けて考える。仮説を立てる。まずやってみる。うまくいかなければ、もう一度考える。そうしたことを繰り返しているうちに、考え方は確実に変わっていきます。
これは才能というより、身につけられる技術だと思っています。習慣です。だから大学でも教えられるし、もっと意識的に育てていける力ではないでしょうか。
就業基礎力プログラムが目指すもの
私が考えている「就業基礎力プログラム」は、資格取得や就職試験の対策を目的としたものではありません。目指しているのは、社会に出てからも、自分で考えながら成長し続けられる土台をつくることです。
そのために必要なのは、
情報を整理する力。
課題を構造的に捉える力。
仮説を立てる力。
AIを活用しながら判断する力。
決して特別な能力ではなく、(仕事ができる人ならば)実際の仕事で毎日のように使っている力です。だからこそ、学生のうちから経験しておく価値があります。
教室の中だけでは身につかない
ただ、こうした力は講義を聞いているだけでは身につきません。私自身は、理系大学院の研究を通じて自然とやってきましたし、その後もITの仕事を通して身につけてきた部分が大きいと感じています。
だからこそ、学生にも「実際に考える経験」をしてほしいのです。
企業との共同プロジェクトでもいい。
地域課題をテーマにしたPBLでもいい。
AIを使って課題解決に取り組んでもいい。
大切なのは、知識を覚えることではなく、知識を使って考えることです。考えて、迷って、試してみる。その繰り返しが、社会に出てから大きな力になります。
大学にとっても大きな価値になる
こうした教育は、学生のためだけではないと思っています。企業が求める力を育てられれば、就職実績にもつながります。卒業後に活躍する学生が増えれば、「この大学で学んで良かった」という評価にもつながるでしょう。企業との連携もしやすくなるはずです。
大学を選ぶ基準も、偏差値や知名度だけではなく、「ここでどんな力が身につくのか」が、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。
AI時代だからこそ、「人が考える意味」がある
AIがここまで進化すると、「これからは人が考えなくてもよくなるのではないですか。」そんな声を聞くことがあります。
でも、私は逆だと思っています。AIが答えを出してくれるようになったからこそ、人は以前よりも考えなければいけなくなりました。
何をAIに聞くのか。返ってきた答えを信じるのか。どの選択肢を選ぶのか。最後に判断するのは人です。だからAI時代に価値が高まるのは、知識そのものではなく、「考え方」なのだと思っています。
就職率から、就業力へ
このシリーズで一番伝えたかったことがあります。
大学教育の目的は、「就職できる学生」を増やすことだけではないということです。社会に出てからも、自分で考え、学び続け、変化に対応できる人を育てること。その土台になるのが、大学でしか学べない専門性であり、論理的思考であり、AI活用であり、それらを結び付ける構造化思考だと私は考えています。
知識はAIが補ってくれる時代になりました。だからこそ、人に求められるのは「何を知っているか」ではなく、「知識をどう使うか」です。
大学もまた、知識を教える場であることに加えて、知識を使って考える場へと少しずつ変わっていく。そんな教育が増えていけば、学生も、企業も、大学も、みんなにとって良い未来につながるのではないでしょうか。
私自身も、現場で得た経験を生かしながら、そんな教育を大学の皆さんと一緒につくっていきたいと思っています。
以上、全5回で大学教育のこれからについて考えてきました。最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。私自身の経験を少しでもこれからの将来を支える学生の方々、その学生を育てる大学の方々のためになればと思い、これからも活動していきたいと思います。
